アクセサリー作り・ハインド
アクセサリーの登録は既に済んでいる。
今回は物が手元に残る仕様なので、審査を待たずに実際に装備することも可能だ。
確か俺のは、インベントリのこの辺に……あった。
「これこれ。ほらよ」
そう言って差し出したのは、ガラス球の付いた指輪だ。
トビが受け取り、目を細めて観察する。
「おぉ……これが」
感心しつつ、指輪を上下に振る。
すると、ガラス球の中にあるスノーパウダーがふわりと舞った。
「スノードームの……ええと」
「そのまんま。指輪型だから、スノードームリングでいいよ」
俺が作ったのはスノードームを飾りとした指輪だ。
裁縫系と迷ったが、みんな苦手な分野にも挑戦しているので……。
自分もと考え、佐野先輩とセレーネさんに教わりながら完成させた。
取り付けられた球のサイズはそこそこ。
スノードームとしてはかなり小型だが、指輪としては大きめの部類になる。
「よく見たら、すっげえ精密でござるな!? 何これ!」
「凝りに凝ったからな。そう言ってもらえるとありがたい」
小さく作るのは苦労したが、個人的に満足のいく出来だ。
中の液体は魔法の力を帯びており、属性付与とも好相性となっている。
「出来に納得がいかなかったら、もうちょい大きくしてペンダントにする予定だったんだ。でも――」
「……ハインド殿のアクセ、このメンバーが作ったものの中で一番乙女チックじゃね?」
「え?」
趣味に合わないという顔をしつつも、中々トビは指輪を返さない。
何度も指輪を上下に揺らし、舞う雪に口元を緩めている。
「だって、スノードームでござるよ? 中々出ないと思うでござるなー。拙者なんて、脳内で候補にも挙がらなかったし。前に姉上からお土産でもらった故、存在自体は知っていたでござるが」
「――マントは乙女チックではないとでも言うのか!」
俺が抜けた後も、何やらリィズと言い争いしていたユーミルがやってくる。
その頭にはヘアピンと髪紐が装着され、体にはマント、そしてマフラー。
手には何故か懐炉を握りしめている。
「セーター以外はフル装備だな、おい。暑くねえの?」
「括った髪の分でトントンだ! 首筋が涼しい!」
「あ、そう……」
現在のユーミルの髪型は、髪紐を使いポニーテールになっている。
前髪もヘアピンでいつもよりさっぱりしており、言葉通り頭だけは涼しそうだ。
シエスタちゃんとの一件があった後なので、俺は程々にして目を逸らす。
「で、何だって? マントが乙女チック?」
「そうだ! マントは全てを包み込む……すなわち! この華麗なマントの中には!」
「……」
「乙女な心もたっぷり含まれているということだぁ!」
バサッとマントを勢いよく脱ぎ捨てるユーミル。
いや、脱いじゃってどうするんだよ。
乙女の心、今まさにお前自身の手によって放り投げられたよ?
ユーミルのマントは戦闘開始時、早脱ぎするために色々と工夫したので、それを見せたいというのは分かるのだが。
「――それでハインド殿。そのスノードームリングの個体名は?」
「あー、それは……」
「おい! 貴様ら!」
個体名というのは、今回のイベントを行うにあたって定められているルールだ。
TBのシステム側で割り当てられる大雑把なアイテム名とは別に、プレイヤーがそのアクセに込めたこだわりや想いを名に込めて伝えてほしい――のだそうだ。
例えばセレーネさんの場合、システム側のネーミングだと『水のマフラー』という名だが、個体名はセレーネさんが提出の際に入力した『鍛冶師のマフラー』となる。
ユーミルは『早脱ぎマント・水』だそうだし、リコリスちゃんなら『雪だるまさんヘアピン』……といった具合だ。
「そういえば、私も知らん! ハインド、どういう名にしたのだ?」
「俺のは……」
「うむ!」
「俺が作ったアクセの名前は……雪庭ニ舞フ二羽ノ鳥だ」
「……失敬。ハインド殿、なんて?」
「雪庭ニ舞フ二羽ノ鳥」
「………………」
「?」
ユーミルはスムーズに頭に入ってこなかったからか、その場で首を捻る。
トビは沈黙と共に腕を組み、頭巾をずらし、頭をぐりぐりと指で回してから……。
一つ頷くと、大きく息を吸い込んだ。
「ハインド殿が壊れたぁぁぁ!!」
その声に、談話室内で散っていたメンバーも全員何事かと集まってくる。
分からなくもない反応だが、ちょっと待ってほしい。
これには理由がある。
「別に壊れてねえよ。訳を――」
「ついにか……ハインド、残念だ」
「ついに?」
ついにとはどういうことだ、こいつ。
俺は疑問を口にしつつも、続けて一昨日の件を離そうとしたのだが……。
ユーミルを先頭に、事情説明の声は遮られてしまう。
「だが、お前がどんなになっても私は傍にいるからな! 絶対に治すし! 安心しろ!」
「さすが過ぎます、ユーミル先輩! 格好いい!」
「ストレス多そうですからね、ハインド先輩……」
「ストレス源の私が思うに、二人の気質は近いからねー。サイも気をつけるといいよ?」
「自分で言わないでよ、シー……」
「あの、えっと」
「ハインドさんがそちら側に行くのでしたら、私もご一緒しますが」
「リィズ殿の発言が一番怖いでござるよ!? そちら側ってどちら側!?」
「――あーもう! とにかく話を聞いてくれ! 聞けよ! ……聞いてください! お願いだから!」
掻い摘んで話すと、ああいう個体名になった理由はこんな感じだ。
まず、一昨日の深夜に俺のスノードームリングは完成した。
そして、偶然そこに来たのが――
「アイテムの納品に来たパストラルさんだったんだ」
「あー……」
「そういうことですか……」
それしか話していないのに、納得したような顔なのは三名。
リィズにシエスタちゃん、それからセレーネさんだ。
話を続ける。
「そしたら、普通は見せるだろう? 完成したアクセサリー」
「そうですね! せっかくできたんですもんね!」
「達成感と作業からの解放で、ちょっと気分もいいしね。分かる、分かるよ」
「リコリスちゃんとセレーネさんが言うように、まさにその時の俺もそんな感じでした。誰かの感想も聞きたいですし」
のめり込んで作るほどに、客観性というものは段々と失われていく。
おかしな点があればまだ修正できる段階だったし……と。
とにかく。
俺は一昨日のパストラルさんとの会話を軽く思い出してみることにした。
「素敵ですね! ノクスとマーネに……私たちのルートまで! こんなに小さい球の中に再現して……はぁー、芸術的……」
拡大鏡を使い、ピンセットで位置を微調整という作業で疲れていたが……。
パストラルさんの感想を聞いて、疲れを忘れると同時に俺の気持ちは更に上向いた。
「あ、ルートも気が付いてくれました? 木の傍に佇んでいるんで、分かりにくいかと思ったんですけど」
「もちろん分かりますよ! ハインドさんのそういうところ、ちゃんと私たちのことも忘れていないんだなぁって思って嬉しくなります」
「そ、そうですか?」
ウッドゴーレムの神獣・ルートは、遠目に見ると背の高い切り株のようなのだ。
二羽を見守るような構図で、雪中の木を見上げている。
お世辞抜きで褒めてくれるパストラルさんの態度が嬉しくて、しばらくスノードーム談義に花が咲いた。
「……ところで、ハインドさん。このアクセサリー、なんていう名前にしたんです?」
「あ、それはまだ……」
実は、名前についてはずっと悩んでいる。
どうしてデフォルトの『スノードームリング』では駄目なのか……。
こういうのは昔から苦手なんだがな。
いっそのこと、目の前の彼女に委ねてみるか?
「パストラルさん。よかったら名前、付けてくれま――」
「いいんですか!?」
あ……これは。
何だろう、まずったかな? 凄い食いつきのよさだが。
「では、雪庭ニ舞フ二羽ノ鳥で!」
「スッと出ましたね……えっと? すみません、もう一回いいですか? 雪庭に舞う……」
「こう書きます!」
訊き返されることは予期していたのだろう。
素早くメモ帳に書いて表示させたパストラルさんの文字を見た瞬間、俺は……目眩がした。
何だ、これは? どうして送り仮名がカタカナなのだろう?
舞うも舞ふで古い仮名使いだし……一体、何の意味が?
「っていうか、これだとルートの要素がなくないですか?」
「ルートは庭の一部みたいなものですから! 大事な土台です! 変でしょうか?」
「あ、ああ、それなら異論はないですが。つまり“雪庭”の中に含まれているんですね……」
よくよく考えると、ネーミング自体は見たまんまだ。
雪の庭で、鳥が遊ぶという。
ただ、表記があれなだけで。
「ぱ、パストラルさん。普通の送り仮名では――」
「駄目です! だって、こっちのほうが格好よくないですか!?」
「……そ、そうですか。ちなみにですけど、パストラルさんがパンクな髪色なのは――」
「格好いいと思ったからです!」
「魔導士なのは――」
「格好いいからです!」
「じゃあ、パストラルさんが土魔法メインなのは――」
「あ、それはおじいちゃん、おばあちゃんと農業やるためです」
「そこは祖父母優先なんですね……」
急に真顔になられると、反応に困る。
俺はパストラルさんに付けてもらった名に、顔を引きつらせつつも……。
イベント受付が終わる今日の午前、正式にその名で登録したのだった。
「……と、こんな感じでだな?」
「ハインド、それは……」
「やっちまったでござるなぁ……」
ここまで話したところで、全員の理解を得ることに成功した。
このスノードームの中身は、雪景色の中でフクロウとカナリアが仲よく飛んでいるというものなのだ。
それを踏まえた上で、パストラルさんの頭に電撃的に浮かび上がった名が……さっきのあれだ。
「ま、まあ、名付けを人に委ねたのは自分だしな……また、いつもの悪い癖が出ただけで。自業自得ではあるんだが」
「ハインドさんは、他の案を一つも出さなかったのですか?」
「……だって、すげえいい笑顔で言ったんだぜ? パストラルさん。会心のネーミングって感じで……一応、深夜マジックのなせる業かと思ってさ。次の日……昨日か。昨日、改めて連絡を取ったんだけど」
深夜に書いた日記帳、ポエムのように。
あるいは、深夜に血迷って送った、友だちへの変なメールのように。
……秀平が偶に送り付けてくる怪文書を思い出すな。
彼女の名付けも、そういった不思議な熱に浮かされてのものかと思ったのだが。
しかし、俺のそんな淡い期待はあっさり裏切られることになった。
それを話すと、セレーネさんが納得しつつも……気の毒そうな笑みと共に、頷きを一つ。
「パストラルちゃんは、きっとあれで平常運転だから……どちらかというと、夜型体質だって言っていたし。むしろ夜のほうが本調子かも?」
「そうなんですよね……あのいい笑顔を思い出すと、今更、別の名前を付けるのも気が引けて」
「どんまい、ハインド!」
「い、いや、決して悪い名前じゃねえよ!? ある意味、突き抜けているし! 間違いなく目立つ、それは確かだ! 審査員の目にも、きっと――」
「どんまいっ!」
「くっ……」
適当に肩を何度か叩いたユーミルと入れ替わるように、ノクスとマーネが俺の両肩にとまる。
そして二羽は、俺を慰めるように羽を顔に向けて広げるのだった。