完成品お披露目会
ペアルック、というものがある。
ペアルックは家族や友人知人、あるいは恋人などで同じもの身に着けることを指す。
その幅は広く、服に限らずちょっとしたアクセサリーを揃いや対のものとすることで達成可能だ。
そういう意味では、結婚指輪なども広義にペアルックと言えなくもない。
誰かに強制されていない限りにおいて、同じものを身に着けることは親愛の情を示す行為だ。
「だからリィズ……」
「はい」
「無理矢理は、よくないと思うんだ」
「……身に着けて、くださらないのですか?」
俺たちの前、縫製室の作業机の上には二つのセーターが鎮座している。
一つはピンク地のセーター。
白の毛糸で、これでもかとハートマークが乱舞している。
もう一つは色が薄めのブルー地のセーター。
こちらも白の毛糸で、これでもかとハートマークが狂い踊っている。
「だって……何だよ。この何世代も前のカップルでも引きそうなファッションは」
「――酷いです! 一生懸命作ったのに!」
「おーい。釣り上がった口の端が隠し切れてねえよ」
どうせ両手で顔を覆うなら、しっかり口元を隠せ。小顔なんだから。
この二つのセーターに俺が名を付けるなら、「バカップルセーター」だろうか?
性能はともかく、着た人間を恥ずかしい気持ちにさせる強い効果がありそうだ。
「では、試着してみましょうか。ハインドさん」
「あれ!? ここまでの会話、丸々無視か!?」
さっきやんわりと断った気がするのだが。
こちらに向けて押し付けられるピンクのセーターを――って、しかもそっち!?
俺がピンクなの!? 道理でブルーに比べてサイズが大きいと思ったよ!
「ま、待て! 待ってくれ!」
「……そんなに嫌なのですか?」
「……嫌っていうか」
ここではっきり「嫌だ」と言えないのが自分の駄目なところだという自覚はあるのだが。
さっきの笑みを見る限り、そう言ったところでリィズが本心から傷付くはずないということも分かっている。
それでもリィズ相手だと特に、長年の癖で強い言葉を使うことを避けてしまう。
「先程、ハインドさんは仰いました。ペアルック装着は親愛の情を示す行為だと」
「言ったけど……」
「でしたら……ハインドさんは、私のことが嫌いなので――」
「そんなわけがあるかっ!!」
思いの外、大きく出てしまった否定の声。
それにリィズは驚くことなく頬を赤くして笑むと、俺の腕をそっと抱きしめた。
しまった、今のって単なる誘導じゃあ……!?
「……では、試着してみましょうか」
「!?」
しっかり腕に頬擦りまでしてから、リィズが元の位置に戻る。
そうして発した言葉は、つい数分前に聞いた言葉と一字一句違わないものだ。
「お、おい、リィズ――」
「では、試着してみましょうか」
「無限ループか!?」
「では、試着してみましょうか」
「断ったよね!? まわりくどい言い方はしたけど、断ったよね!?」
「では、試着してみましょうか」
「もうやめて! 実際にやられると、壊れたレコーダーみたいで怖い!」
「では、試着してみましょうか」
「だあああっ!」
どうやら、この場は「はい」と答えない限り話が進まないらしい。
ストーリー進行上、断れない依頼なのに、わざわざプレイヤーに質問してくるNPCみたいだ。
あんなにゲームに疎かった妹が、いらん知恵まで身に付け始めてしまった……。
しかし、俺はまだ諦めきれない。
どうにかしてこの事態、避けることはできないだろうか?
できれば、このピンクのセーターは……うぅむ。
ちょっとなぁ……。
「わははははは! 何だその格好は! ハインド!」
翌日。
大笑いするユーミルに、俺は視線を向けずに憮然とした表情で応じた。
今日はイベント用のアクセサリーが一通り完成したので、みんなでお披露目会と相成ったわけだが。
ピンクのセーターを着た俺は、黙って湯気を立てるカップを口元に運ぶ。
「こんばんは、ユーミル先輩。ハインドせんぱ……!?」
今度はサイネリアちゃんが談話室に入ってくる。
しかし、いつもの神官服と違う俺の姿に絶句。
驚いた顔のまま、ちょっと離れた場所にそのまま着席した。
「こんばん――ええっ!?」
次はリコリスちゃんか。
……はぁ。
どうせこのパターンだと、事情を承知のリィズとセレーネさんは後のほうで来るんだろうな。
そんな俺の予想は外れることなく、二人がログインしてきたのは最後だった。
「ふふふ……どうですか? このペアルックは」
そう勝ち誇ったような顔でリィズが宣言したことで、ようやくみんな謎が解けたようだ。
リィズは俺と色違い、空色のセーターをあらかじめ着用している。
「あー。やっぱり妹さんの差し金でしたか……」
「やっぱりとは何ですか、シエスタさん」
「妹さんにしては大変アレな行為に思えますけど……」
「どうとでも言ってください。私にとっては必要なことです」
俺にはその必要性が分からないんだが。
しかし、リィズは迷いなく滔々と語って聞かせる。
「冬、特別な季節……そして、まるでバカップ――心が通じ合っているかのような揃いの服装!」
「今、バカップルって言いかけたよな? やっぱり自分でも思っていたんだよな?」
「これはもう、私とハインドさんが特別な関係であると言い換えても過言ではないでしょう! ええ!」
「過言だと思う」
色の明るい服に合わせてか、普段は平坦な口調の魔女っ子がいつになく饒舌だ。
やっぱり、少し恥ずかしいんだろう? なあ?
目的達成の高揚感だけじゃないよな、その頬の赤さは。
……俺は最初、この服装については冷ややかな反応があるか、もしくは笑われるだけかと思っていたのだが。
「くっ……その手があったか!」
「どの手だよ」
ユーミルが悔しそうに拳を握ったところで、みんなのリアクションが想像と違うことに気付く。
俺が予想した通りに笑い転げているのはトビだけだ。
「ハインド、ペアマントだ! 私とペアマントをするぞ!」
「聞いたことのないワードだな……」
意味は分かるが、マントを揃いのものにしたところで何が起きるというのだろう?
どこぞのギルドはユニフォームとして採用していた気もするが。
「やっぱり、ここはペアヘアピンですよね! 一緒に着けましょう、ハインド先輩!」
「リコリスちゃん……君は俺の変な格好を見たいだけだよね? ただの再チャレンジだよね?」
「あ、ではペア髪紐で……」
「サイネリアちゃん!?」
ただでさえピンクのセーターを着ているので、これ以上の辱めはやめてもらいたい。
っていうか、砂漠でセーターだから暑いんだよな……段々と額に汗が浮かんできた。
ゲーム内の夜時間はまだか?
「じゃー、先輩。私とペア懐炉を……」
「もうそれペアルックとしては微妙だよね? 懐に入れるんだから、見えないし。それに暑いって!」
「ぺ、ペアマフラー……なんて」
「セレーネさん!? 乗らなくていいんですよ!? やっぱり暑いし!」
「暑いならそのセーターを脱げ! ハインド! 今すぐ脱ぐのだ!」
「あ、おい! ユーミル!」
「やめてください! ハインドさんにそのセーターを着てもらうために、私がどれだけ苦労したと思っているのですか!」
ユーミルにセーターの襟首を掴まれたところで、リィズが気色ばんで止めにかかる。
俺としても暑い上に恥ずかしいので、セーターは脱ぎたい。
しかし、これでは毛糸が伸びて――って、二人とも力つよっ!
更には、ニコニコとした表情で忍びよってきたリコリスちゃんとサイネリアちゃんが俺の髪をロックオン。
シエスタちゃんがそれに続き、セレーネさんがマフラーを手に微妙な距離をキープする。
結果、俺は揉みくちゃにされた。
「あっはっはっは! 酷いでござるなぁ……よくハラスメント判定にならないことで」
「わ、笑っていないで止めてくれ! トビ! 今回はマジで! 頼むから!」
「いいじゃないでござるか。美少女に群がられて……いやー、羨ましい。羨ましいでござるなぁ! ぷくく……」
「ぶっとばすぞテメエ!」
玩具扱いを羨ましいはないだろう。
自力で脱出……は無理そうだ。
――だから引っ張るなって! ぐえっ!? 首が!
「ぶっとばすぅ? あー、助ける理由が減ったでござるなー。もうちょっと言い方があるでござろう? ハインド殿ぉ?」
「悪かった! とりあえず助けてくださいお願いします! 助けてくれたら、その後で張り倒すから! な!」
「仕方ないでござるなー……あれ? 何かおかしくない?」
そんなやり取りがありつつも、珍しく逃げずに俺を助けてくれるトビ。
張り倒すというのはもちろん冗談なので、この礼は後で何かするとしよう。
……どうにか、セーターが伸びるのも防ぎきったことだし。
どんなに恥ずかしいデザインでも、一生懸命にリィズが作ったものだ。
雑に扱う気はない。
「ところで、ハインド殿のアクセは? 完成したのでござるか?」
引っ張られた服や半端に撫でつけられた髪を直していると、トビがそんなことを問いかけてくる。
そういえば、まだ見せていなかったか。
「俺のか? 俺のは――」