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アクセサリー作り・リィズ

 セレーネさんの飲み込みは早かった。

 元々、手先は器用な人だ。

 教えたことといえば基本的な手順くらいで、後は見ているだけ――という間もないほどの時間で、マフラーは完成した。


「あっ……自動補完されたね。それも随分と早く」

「編み物は基本、繰り返しの作業ですからね」


 現実の数十分の一の労力・所要時間……といったところだ。

 それでも普通、初めてやる作業には苦労するものだが。

 セレーネさんが楽しそうに話しながら作業を進めるものだから、尚更短く感じたということもある。


「教えてくれてありがとう、ハインド君。どうかな、このマフラー……?」


 セレーネさんがクリーム色のマフラーを広げる。

 茶の毛糸を用い、端に鍛冶ハンマーのマークがあるのが印象的だ。

 名付けて『鍛冶師のマフラー』、らしい。

 水属性の付与数値が非常に高く、これのみで寒さを防ぐことが可能という性能に仕上がった。


「トビがされたアドバイスを丸々吸収した一品、そう感じます」

「そ、そうだよねぇ……結果的にそうなったというか……」


 さりげない主張が全体の柔らかな印象を損ねておらず、とてもいい感じだ。

 ハンマーマークも武骨なものではなく、丸っこくデザインされていてグッド。

 ……実はこれ、偶にセレーネさんが気に入った武器に刻んでいるマークだったりする。

 言ってみれば、セレーネさんが付ける銘みたいなものだ。


「いいじゃないですか。佐野先輩、喜ぶと思いますよ。このマークも可愛いって言ってくれそうだし、マフラーの完成度も高いし。スクショを一枚撮っても?」

「あ、うん。どうぞ?」


 セレーネさんの姿が入らないよう、テーブルに置いてもらって撮影を行う。

 この作品に限らず、完成品はログアウト後に出力して佐野先輩に見せる予定だ。


「……ハインド君」

「何ですかー?」


 全体図で角度を変えたものを数枚と、近めのショットを数枚。

 ……うん、さすがセレーネさん。

 アップにしてもほとんど粗が見えない。実に綺麗だ。

 この編み目の揃い具合なんて、初めて作ったものとは思えない。


「このマフラーの編み方って、現実でもそのまま使えるんだよね?」

「あー、それは……はい。もちろんですよ」


 要する技術は現実と変わらない。

 セレーネさんに教えたのはリコリスちゃん……小春ちゃんに教えた編み方と、おおよそ同じだ。

 やり方だけはガーター編み以外にもいくつか教えたので、セレーネさんならすぐにできてしまいそうだが。


「セレーネさんは基本を全て瞬間習得したので、あとは根気だけです」

「い、言いすぎだよ。瞬間なんて……でも、そっか」


 その根気も、普段から物作りに傾倒しているセレーネさんには言う必要もないだろうが。

 ただ、彼女の質問の意図するところがわからない。

 セレーネさんは赤い顔で、おずおずと話を続ける。


「だったら、その……もし、だけどさ」

「はい?」

「えっと……」

「……」

「ご、ごめん! その時が来たら、察して!」

「ええっ!?」

「ハインド君なら、きっと分かってくれると思うし!」


 引っ張っておいて、それ!?

 ここまでの話から推論だけならいくらでもできるが、これは……。

 仮にでも結論を出すと、当たっても外れても俺が恥ずかしいことになるパターンでは?


「……あ」

「ど、どうしたの? ハインド君」


 小さめに設定した通知音と共に、視界の端でメールのマークが点滅する。

 軽く頭を下げつつ、中身を開いて内容を確認。


「すみません、リィズからメールが……ログインしたので、今からこちらに来るそうです」

「そ、そうなんだ……」

「はい。リィズも裁縫系ですから、この部屋を使うんでしょう」

「そういえば、そうだったね……」

「ええ」

「……」

「…………」

「………………」


 き、気まずい。

 さっきの会話に触れないのも不自然だし、かといって思考を巡らせるのも……。

 何も考えるな、そしてなるべく自然に話を……自然に……自然に……って、無理では!?

 指向性を持たせた会話を無思考でって、難題にも程があるだろう!


「失礼します。私も縫い物なので、ここで――?」


 固まった縫製室の空気を動かしたのは、外からの刺激だった。

 しかし今度はリィズが入り口で立ち止まり、その場で室内の様子を観察し始める。

 な、何だ? 妙に視線が刺々し――あれ?

 刺々しいかと思ったら、一気に緩んだな。


「……セッちゃん」

「な、何かな? リィズちゃん」


 リィズは溜め息を吐くと、肩の力を抜きつつ中に入ってくる。

 その表情は呆れているような、はたまた心配しているような。


「通常、私は敵に塩を送るような真似はしないのですが。セッちゃん」

「は、はい」

「……もう少し、積極的に行きませんか? いえ、私としては助かるのですが。助かるのですが、敵としてあまりに不甲斐ないのもどうかと」

「どうして見てもいないのに分かったの!?」


 具体的な言葉をざっくりと省いた会話だ。

 ……さては、これも深く考えたら負けなやつだな?

 今日は多いな、このパターン。


「手順が分からないところがある、などと言って手くらい取ってもらえばいいのに。その様子だと、何もしなかったようですね」

「お、教え方が丁寧で、そんな箇所なんて……それに、わざとらしいのはちょっと……」

「まぁ、私もそんな小(ずる)い真似をする女は嫌いですけどね」

「えぇ!?」


 そういえば、色々あったがクリスマスもすぐだな。

 TBのアクセ作りも佳境だが、現実の相談会の成果も気になる。

 みんな、本番に向けてきちんと準備を進められているだろうか?

 佐野先輩のケーキ作り、上手くいくといいなぁ。


「セッちゃんなりのペースというものがあるでしょうから、あまり強くは言いませんが」

「わ、私は二人きりでいられただけで、今は充分だから……!」

「結構。それならそれで、私は好きにやらせてもらいます」


 ウチのクリスマスディナーもどうするかな。

 みんなの好物や定番は押さえるとして、いつもと同じというのも面白くない。

 何かいいメニューはないだろうか?

 季節感があって、それでいてちょっと意外なものだといい感じだが。

 ……これ、相談会のケーキでも同じようなことを言った気がする。


「ということで……ハインドさん」

「あ、お、おお」


 不意に話を振られ、俺は意味もなく慌ててしまう。

 急いで頭を働かせ、リィズの製作物を思い出す。


「確かリィズは、セーターだったな?」

「はい」


 セレーネさんの使っていた道具をそのまま使えることを確認。

 TBの一部の衣服、特に上から覆う物の多くはアクセサリーにカテゴリされている。

 マント、コート、ジャケットに、変わり種としてはダボッとした大きなシャツなどもここに分類される。

 そしてリィズが調べたところ、セーターもアクセサリー類に含められそうということで……。


「それにしても、どうしてそこまでセーターにこだわるんだ? いかにも上衣カテに含まれそうな装備だし、レギュレーション的にすれすれだろうに」

「現実で作るための予行演習です」

「こ、答えが明瞭……!」


 座る席をリィズと交代したセレーネさんが、何やらショックを受けている。

 ……はて、予行演習?

 セレーネさんも、現実で編み物をするような話だったが。


「セーターは二着作ります」

「何故に二着」

「色違いで、柄は一緒です」

「いや……あれ? 聞いていないぞ、そんなの」


 佐野先輩とのやり取りを経由していたのは俺なので、知らないのはおかしいのだが。

 まさかデザイン案の隅にあった、あの暗号みたいな謎の数字――


「早速取りかかりましょう。時間がありません」

「ちょっと待て。何か嫌な予感がする」

「ハインドさんも、そろそろご自分の作業に取りかかってください。どうせ、皆さんの作業ばかりずっと手伝っているのでしょう?」

「気遣いはありがたいんだけど、リィズ……あれ、リィズ!?」


 は、速い!? もう編み棒を手に、毛糸の選定まで終わっている!

 有無を言わせぬスピードだ。

 しかも過去に教えたことがあるとはいえ、手順も完璧だ!?

 まるで最近、一度復習したかのような動きで……。

 こうなると、邪魔するのも失礼という気がしてくる。


「せ、セレーネさん! セレーネさんは、何か知って――」

「じゃ、じゃあ、ハインド君。私はマフラーを登録してくるから……」

「え!? 登録って、別にここでもできますよね!? あの、セレーネさん!? セレーネさぁぁぁん!!」

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