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アクセサリー作り・トビ

「使い捨てない懐炉って、要は金属の筒みたいなものを用意すればいいんですよね? だから鍛冶場に来た……で、合っています?」


 いざ手をつける段に至り、最初にシエスタちゃんが言った内容がこれだ。

 使い捨てない、ということからも分かるように……。

 現代では、使い捨てカイロの原型となった懐炉に触れる機会が減って久しい。


「そうらしいけど、見たことあるの?」

「木炭とか、他にも灰とか入れるんですよね? 時代劇で見ました」

「おお!」

「……って、この前サイが言っていた気がします」

「おお……」


 そのタイプの灰式懐炉が日本で使われたのは、江戸時代・元禄ころのこと。

 といっても広く普及した品ではなく、そうそう時代劇で出てくるようなものでもない。

 現代においても発熱の際に水を発生させないため、結露を避けたい環境では今でも使われるそうだ。

 サイネリアちゃん、どれだけディープな時代劇を見て知ったのだろう?


「と、そんな感じかな。もうちょっと後の時代になると――」

「江戸といえば忍者! 忍者と言えば……後は分かるでござるな!?」

「大正時代、白金を触媒にした懐炉が登場したんだけど」

「へー、白金。プラチナですかー……」

「あれ?」


 シエスタちゃんが眠そうな顔になってきたので、簡潔に説明する。

 要は、懐炉は発火を避けつつ、適温で長く温めることができれば最高ということだ。

 そのため、古くは温石を懐に入れた時代から今日まで、様々な工夫が凝らされてきた。


「先輩。そういう知識って、いつ調べているんですか? 元から知っているわけじゃないんですよね?」

「必要な日の前日とか……結構直前だよ。理世ならともかく、俺の知識量と記憶力だとね」

「先輩の長所は頭のキレとかじゃなくて、そういうマメなところですよねー。セッちゃん先輩も図書室エピソードを聞いて、えらく感動していましたし……」

「俺がやめてほしいのを分かっていて、ワザと掘り返しているよね? ねぇ? ……全く、シエスタちゃんは――」

「どっせーーーい!!」


 強引に視界に入るよう、俺に体当たりしつつシエスタちゃんとの間に割り込むトビ。

 シエスタちゃんを気にしてど真ん中に入って来られない辺り、こいつの性格がよく表れている。

 そして体当たりの拍子に、トビの肩にいたノクスがこちらへ飛び移ってきた。


「無視はよくない! いじめはノー! でござるよ!」

「いじめじゃねえよ。被ってんだよ、シエスタちゃんと行動が」

「なんと!」


 ノクスを世話して、鍛冶室まで連れてきてくれたのはナイスだが。

 さっきまで籠の中で寝ていたので、空腹だっただろうから。


「二度目で新鮮なリアクションは無理ですよねー。それに江戸時代って、忍者は勢力的に衰退していますよね? トビ先輩。私、あんまり詳しくないですけど」

「確かに!」

「それこそ、時代劇なら結構な頻度で登場するけれどな……くのいちのほうが」

「た、確かに!」


 男の忍者も出ないことはないが、傾向としてはそちらが多いだろう。

 忍びの時代が終わっても、裏で活躍を続ける名サポート役だ。

 諜報、戦闘にお色気と……とにかく華がある。


「あー、そういう話なら私でもできますぜー。綺麗な女性の演者を使うための、貴重なドリーム枠ですよね?」

「露骨に言うとそうなるね。女医なんかもそうだけど、時代設定的に無理な存在も割と出てくる気がするし」

「助産婦さんが限界でござろうなぁ、現実的に考えてしまえば。くのいちも大半は、本格的な戦闘なんかできないでござろうし」

「創作だから別にいい、夢があるからそれでいいって枠だな。シエスタちゃんの言う通り」


 あっという間に時代劇談義に流れてしまった……だから無視していた面もあるのだが。

 仕方ないので、話しながら鍛冶の準備を進めるとするか。


「で、トビ先輩は脱がないんですか?」

「シエスタ殿!? 急に何を……」

「もちろん、時代劇のお風呂なんかでよくあるお色気シーンですよ。情報収集しつつ、危なくなったら謎の忍術でエスケープ! ……やらないんですか?」

「拙者、くのいちではないござるよ!? どこに需要が!?」

「相手は悪代官で決まりですねー。帯も回しましょう」

「そこも変更なし!? せ、せめて、悪代官の娘とかにしてくださらんか!? 父に似ず、年下で儚げな感じの!」


 さりげなく自分の要望を練り込むんじゃない。

 何がせめてだ。


「サイがいたら、もっと色んな話ができたと思うんですけどねー。ストーリー、時代背景、史実との違いから使っているカツラ、着物や小物の話まで何でもできますよ。原作ありのやつは大抵、既読だし」

「めっちゃ詳しいでござるな!? それは是非とも――」

「ほらほら、準備できたぞー。トビも、せっかく来たんだから一緒に作業していけ」




 懐炉のデザインについては、特に佐野先輩からも色々とアドバイスをいただいている。

 基本は登山者や冬季スポーツ愛好家などが持つことが多いとあって、機能性重視のものが大半だ。

 しかし繰り返し使えてエコ、持続時間が長い、レトロ商品として面白いなどという意見もある。

 だから冷え性の女性などに向けて、デザインが洗練された白金触媒の懐炉も存在しているのだそうだ。


「で、差別化点として通気孔の形に凝ってみたら? ――と言われたわけだけど……」


 形を大きく変えるのは難しい。

 携帯性、服に入れたときに邪魔にならない、などを考慮するとどうしても長方形の角を丸くしたような形状に落ち着く。

 使う金属も温度を伝えやすいものということで、限定される。

 通気孔に目を付けた佐野先輩の意見は正しいと思う。

 思うのだが……。


「何これ?」


 フェンスを飛び越える羊が、何故かこちらを向いて笑いかけている。

 笑顔なのに、不思議と眠そうな顔はシエスタちゃんにそっくりだ。


「見ての通り、羊数えをモチーフにしたデザインですが?」

「湯たんぽにする気しかねぇ……」

「可愛いでしょう?」

「可愛いけども」


 通気孔の穴を利用し、彫りも使い、巧みに表現している。

 絵心があるし、しかも器用だな……。

 飛んできたマーネが懐炉の上に乗っかり、羊と見つめ合う。


「よく面倒がらずに作りきったね、これ」

「褒めてもカバーの入れ物は縫いませんよ?」

「いや、縫おうよ……俺はこれまで通り、補助しかしないからね?」

「えー。補助という名のメインクリエーター――」

「じゃないから。補助という名の補助だから」


 だったら、カバーは肌触りを重視しようかな……などと、どこまでも寝具目線なシエスタちゃん。

 懐炉の燃料は、ファンタジー世界らしく火精を引き寄せるとされる『イグニスストーン』。

 それを細かく砕いたものだ。

 常時40度以上で発熱し、持続時間は丸一日という素晴らしさ。発火もしない。

 何でもいいので火の魔法を使えば石の効果は発動するので、魔導士でなくても適当な巻物を使えば問題なし。

 ――といったところでカバーこそ未完成なものの、懐炉本体は完成を迎えた。


「先輩、私もう眠いので……」

「あ、うん。カバーは明日でもいいと思うよ」


 シエスタちゃんにしてはかなり頑張ったほうだ。時間も遅い。

 片付けは任せて、ログアウトして大丈夫と手振りで示す。


「この懐炉を使って、一緒に寝ましょー?」

「現実で寝なさい。疲れが取れないよ」

「現実で添い寝してくれるんですか?」

「いや、物理的に不可能でしょ……田舎の終電時間を舐めちゃいけない」


 バス……は分からないが、電車はもうないんじゃないだろうか?

 俺たちの地域は都市部へのアクセスのよさはそこそこだが、地方には違いない。


「じゃ、ログアウトしてー……柵を飛び越える先輩の数を数えながら……あれ?」

「言っていることが支離滅裂だよ? シエスタちゃん、早く寝よう。さあさあ」

「はーい……」


 マーネを預かると、シエスタちゃんはのろのろとした動きでログアウトボタンを押した。

 ……大丈夫だろうか?

 事前に寝る準備をしてあるといいのだけれど。


「トビ、こっちは終わったけど……トビ?」

「せいっ!」


 屈み込んで作業していたトビが突然、こちらに向けて何かを放り投げてくる。

 それは俺の額に突き刺さったのだが……あれ?

 安全エリアであることを差し引いても、全く痛くないぞ?


「……?」


 引き抜くと、きゅぽっという小気味のいい音が鳴り響く。

 見るとそれは、苦無の先に吸盤が付いた玩具のようなものだった。


「ふはははは! どうでござるか!? 拙者が作った吸盤苦無の味は!」

「――おらっ!」

「あふん!?」


 トビの額目がけて勢いよく投げ返すと、苦無は綺麗に命中。

 そのまま大袈裟に、低い作業椅子から転げ落ちた。

 頭巾を外していたのが仇になったな。


「真面目に作れ!」

「はい……」


 まさかこちらで懐炉を作っている間、ずっとこれを作製していたのだろうか?

 石を削る作業は根気が必要なので、気力が尽きる前に取りかかってもらいたいのだが。

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