アクセサリー作り・シエスタ
サイネリアちゃんが草木染めの材料に選んだのは、北のベリに広く分布している『ベリフロース』という青い花だ。
冬に咲き、雪原でも目立つ青の鮮やかな色なので、煮出すと青い染料になるかと思いきや……。
これが意外なことに、柔らかな茶と橙の中間色に化ける。
温めると色が変わることから、プレイヤーの間では別名「ツンデレ草」と呼ばれているとかいないとか。
「おお、染めにムラがない……綺麗に仕上がったね」
「ありがとうございます。ハインド先輩が補助してくださったので、集中して作業できました」
既に髪紐は完成している。
本人が職人に教わったと言った通り、サイネリアちゃんの手際は見事なものだった。
興味はあっても門外漢の俺に、口出しするようなことは何もなく……。
サイネリアちゃんによって、糸は美しく染め上げられた。
「それと、後顧の憂いを断つ……とまではいかなくても、優しく和らげてくださったので……」
「いやいや、それは言いっこなしだよ。あのくらい、どんどん頼ってくれていい」
むしろ俺のほうから、元気がないことに気が付いて声をかけられればよかったのだが。
ゲームプレイ中は努めて態度に出さないようにしていたであろうことを考えると、胸が痛む。
ただ、そういった話はここまでということで――話を完成したアクセサリーに戻そう。
「……今更だけど、呉服屋って売る人であって作る人ではないよね?」
「父の方針なんです。作り手の苦労を知ろうとしない商売人に、物を売る資格はないと」
つまり技能習得が目的ではなく、あくまで体験させることが目的だったと。
とはいえ、半端な態度は見透かされるだろうし、覚えるつもりで本気でやったであろうことは想像に難くないが。
椿ちゃん、真面目だし。
職人さんも、売り手が商品を深く理解してくれていると嬉しいだろうからなぁ。
「それにしても、いい色だ。見ているだけで、体がポカポカしてきそうな暖色系」
髪紐、組紐は赤が多いイメージなので、色合い的にも違和感が薄い。
それらと比べた際に、かなり優しい色ではあるのだが。
さすがツンデレのデレ色、とでも言えばいいか?
「ですね。シーに見せたら、こたつ布団カラーとか言いそうですが」
「ははっ、確かに言いそう。こたつ布団って、大抵この系統の色だし。シエスタちゃんなら――」
「呼びましたー?」
「「……」」
「あれ? 二人して、薄い反応」
噂をすれば影がさす、とはよく言うが。
このぬるっとした登場、もう何度目かなので……。
「慣れてきたから」
「慣れているから」
「何だ、つまんない」
顔を少しだけ出していた机の向こうで、シエスタちゃんが立ち上がる。
同時に、肩に乗ったマーネが小さく一鳴き。
「せっかく気配を消しながら、ゆっくり近づいてきたのになぁ……はぁー……」
シエスタちゃんが肩を落とすと、マーネも同じように下を向く。
想像以上に深いため息に、少し心配になってくる。
「し、シエスタちゃん? そこまで落ち込まなくても。何か、ごめんね?」
「……先輩の情けない悲鳴を聞くのが、私の生き甲斐なのに。はぁー、がっかり。がっかりですよ」
「そんな生き甲斐、その辺の砂漠にでも捨ててしまえ! 謝って損したわ!」
「ライフワークにしてもいいくらいなのに」
「どういうこと!?」
なんてことを言うのだ。
それでなくても、俺は強心臓からは程遠いというのに。
「ところで、こたつとかいう素敵ワードが聞こえましたが?」
「どうしてキョロキョロしているのよ……この暑さで、入りたいの?」
「これは本能だから」
本能に従うシエスタちゃんの前に、サイネリアちゃんが髪紐を差し出す。
こたつがないことを確認してから、シエスタちゃんはのそのそとそれに顔を近づける。
「これよ、これ」
「あー……確かに。こたつ色? 渋いじゃん。いかすー」
「……予想通りの反応、どうもってところだけど。もうちょっとマシな表現はないの?」
サイネリアちゃんは半笑いだ。
一方のシエスタちゃんは髪紐を見終えると、その奥にある顔をまじまじと観察した。
「……あれ? サイ、なんか調子戻ってきた?」
「な、何のことよ?」
「最近、元気なかったでしょ? うーん……」
「……」
「心なしか、ツッコミのキレが戻ってきたような」
「判断基準、そこなの!?」
見透かされまいと引き締めていたサイネリアちゃんの表情が、容易く崩れる。
それを受けてシエスタちゃんは、楽し気に追撃をかけた。
「まぁ、それは冗談として。学校で見た時よりも顔色いいよ? 純粋に」
「そ、そう? 私、そんなに分かりやすい?」
「いやー、超分かりにくい。リコの千倍分かりにくい。付き合い長いから分かるだけ」
「何よ、それ……」
サイネリアちゃんは憮然としている。
続けてシエスタちゃんは俺とサイネリアちゃんを交互に見、笑みを深くして頷く。
「ふーん……なるほどー」
「だ、だから何よ! そのしつこい視線と顔は!」
「別にぃ? ふふふ……」
シエスタちゃんはそれ以上、具体的なことを何も言わない。
ただ、訳知り顔でこちらを見てくるだけだ。
しかし、サイネリアちゃんはそれに耐えきれず――
「わ、私、帰る!」
「え!?」
「帰ります! 失礼します、ハインド先輩!」
俺とシエスタちゃんに背を向けると、あっという間にログアウトしてしまった。
しばらく呆然としてしまったが……不意に、我に返る。
「やりすぎだよ、シエスタちゃん……」
顔は見えないようにしていたが、去り際のサイネリアちゃんの耳は真っ赤だった。
俺の言葉を聞いて、シエスタちゃんは小さく舌を出す。
「すみません。サイ、弄られるの苦手なんですよねぇ……」
「分かっているなら、やめてあげてね?」
「先輩だったら、あれくらいで逃げたりしないのに」
「俺だったら何してもいい、みたいなのもやめようか? 確かに逃げないけど、弄られたいわけじゃないからね」
「しかし先輩は、いつしか弄られることに喜びを感じ始めるのであった……」
「感じないから。嬉しくないから」
それにしても、シエスタちゃんとサイネリアちゃん……互いに理解がありすぎるのも考えものだ。
視線のやり取りだけで、ああも人を追い込むとは。恐ろしい。
「でも、あの感じだと……サイは、やっと先輩に相談したみたいですねー。決断するまで、結構長かったなー」
「へ?」
緩い表情のままだが、シエスタちゃんにしては急に真面目な声色へと変わる。
サイネリアちゃんの前では見せなかったが、それは幾分かホッとした顔にも見え……。
そうか、そういうことか。
「……やっぱり、シエスタちゃんはサイネリアちゃんが何で悩んでいるか知っていたんだね?」
「まー、そうですね。ついでに“程よく距離があって信頼できる人”を相談相手に選ぶよう、さりげなく誘導してみたり? ほんのり、バレないようにですけど」
「相談の結果、どうだったかは――」
「聞かなくていいでしょ? だって先輩だし。何なら、サイの顔を見れば分かるし? 必要ないない」
「……」
何だかんだで仲がいいな、この二人。
それを口に出そうとしたら、機先を制したシエスタちゃんに手の動きで遮られてしまったが。
……弄られるのが苦手なのは、お互い様じゃないだろうか?
「後でサイから“急に帰ってすみません”みたいなメールが来ると思うんで、早めに返してやってください。きっと、返事がないと眠れなくなっちゃうんでー」
そのサイネリアちゃんをログアウトに追い込んだのは、シエスタちゃんだよね?
もしかしたら、多少は自分に相談しなかった怒りでもこもっていたのかもしれないが。
「そこまで分かっているなら、あそこまでやる必要――」
「それはそうと、先輩」
「柳に風って、こういうことを言うんだろうなぁ……何?」
シエスタちゃんは、話しつつ机の上にある髪紐を摘まみ上げた。
マーネがその腕を伝い、テーブルの上に到着すると腰を落とす。
「こっちの髪紐は何です? サイのではないですよね?」
「そっちは俺が作ったやつ。染めた糸が余ったから、一緒に編んだんだ」
サイネリアちゃんが作ったものは自身で持ち帰ったので、この場にはない。
こいつで髪を縛る予定はないが、家具の飾りにアレンジしてもいいし、武器・防具・馬具などの飾りにしてもいいと思ったので作製した。
「ふーん……これ、私が使ってもいいですか?」
「え? 別にいいけど……」
シエスタちゃんの髪は非常に長いが、いつも自然に下ろしているだけだ。
きっと、セットが面倒なのだと思う。
だから髪を結ぶこと自体、イメージに全くないのだが……。
「実は私、思ったんですよね。よく考えたら、懐炉って湯たんぽにもできるじゃん? みたいなことを」
「湯たんぽ……そ、そうだね。それで?」
「なので、髪でも縛って少し気合を入れようかと。お出かけに使う品って考えるとときめかないですが、寝具の一種と考えると……ときめきますよね?」
「端から同意を得ようと思っていないよね? その質問」
シエスタちゃんは髪を大雑把に後頭部で括ると、軽く位置を調整する。
それによって緩くカーブのかかった色の薄い髪が、少しずつ持ち上げられていく。
やがて全く日焼けせず、染み一つない真っ白なうなじが見え――
「ついでに、あわよくば先輩がヘアチェンジにときめかないかなぁと……おや?」
「――!」
「おやおやぁ、どうしました? 先輩、うなじとか首元とか好きでしたっけ? 後れ毛、多めのほうがよかったりします? それともぴっちり派?」
「い、いやいや! そういうのないから!」
「夏祭りの時、どうでしたっけ? 確か浴衣を着たから、女性陣の何人かは――」
「掘り下げなくていいよ!? さっさと懐炉作りに入ろうよ!」
単に、普段見えない部分が見えると注目してしまうというだけの話だ。本当だ。
シエスタちゃん、肌が綺麗だな……とは思ったが、それだけだ。
決して他意はない、はずだ。多分。
「……あれ? 割と難しいなぁ、紐で結ぶの。先輩、やってくれます?」
「男に軽々しく髪を触らせるの、駄目だと思うよ?」
シエスタちゃんは慣れない髪紐に苦戦している。
しかし妹の髪ならともかく、セットをお願いされても簡単には承諾しにくい。
「男に、じゃなくて私は“先輩に”お願いしているんですけどね? 分かっている癖にぃ」
「っ……だ、だったら、こうしよう。ヘアゴム的なものを作るから、そいつに飾りとしてその髪紐を付ける。これなら簡単に装着できるでしょ? どうかな?」
「おー。結び目ができてて、内側の紐で締めるインチキネクタイみたいな? 楽そうでいいですよね、あれ」
「インチキじゃなくて、ワンタッチネクタイとか呼ばれているやつね……まぁ、要はそんな感じ。ひとまず、今はそれで勘弁してください……」
「勘弁してあげましょー。今は、ですけど」
懐炉作りの前に、早速余計な仕事が増えてしまった。
ただ、これは首筋に反応してしまった自分が悪いと思っておこう……。