アクセサリー作り・サイネリア
「サイちゃん!」
「な、なぁに? リコ」
「サイちゃんサイちゃんサイちゃんサイちゃん!」
どこか既視感のあるやり取りだな……。
談話室に戻っていた俺とリコリスちゃんは、ログインしたてのサイネリアちゃんを発見。
リコリスちゃんは笑顔になると、名前を連呼しつつ跳びはねるように駆けよっていく。
「これ、着けてみて!」
「え?」
リコリスちゃんがサイネリアちゃんの前髪付近に触れる。
普通なら頭を避けてしまいそうだが、信頼しているからだろう。
戸惑いつつも、サイネリアちゃんは動きを止めてされるがままになる。
「ちょっとポニーも結び直すね……えーと……よし! できた!」
素直に下ろされていたサイネリアちゃんの前髪が、雪だるまヘアピンによってすっきり分けられている。
あー……やはり戸惑っているな。
とりあえずサイネリアちゃん、手鏡をどうぞ。
装備確認画面でもいいのだが、こちらのほうが楽だろう。
「どうですか!? ハインド先輩!」
基本的に、おでこが多く見えるほど他人に明るい印象を与えるものらしい。
ただ、サイネリアちゃんは目元がキリッとした感じの女の子なので……自分の前髪と比べ、程よく残してセットしたリコリスちゃんの判断は正しいと思う。
はっきり視線が見えすぎると、彼女の場合は攻撃的に見えて逆効果になる可能性がある。
「そうだなぁ……ポニーテールで元から凛とした印象だったけど、より活発な感じがしていいと思う」
「もっと素直に! ストレートに褒めてください!」
注文をつけられてしまった……にしても、ユーミルそっくりな物言いだな。
改めてサイネリアちゃんを見ると、恥ずかしそうに視線を逸らされてしまった。
あまりジロジロ見ないほうがいいな、ごめんね。
「……ええと。爽やか可愛い?」
「私もそう思います!」
あ、それでいいんだ。
的確かどうか微妙だと思ったのだが、リコリスちゃんの同意を得ることに成功した。
デフォルメが利いた雪だるまと装着者のギャップもいい感じだし、これはこれで。
「……私よりも、リコのほうが似合うと思うんだけど?」
「え? そう? えへへ」
でもサイちゃんも、と褒め合いが始まってしまう。
女子の間でよく見られる光景だが、この二人の言葉に裏はない。
表面上は褒め合って、机の下で足を踏み合っているようなやり取りは怖いんだよな……ちなみにこれも、同学年女子の一部のお話。
是非、二人にはいつまでもこのままピュアでいてほしいところ。
「あ、あの……ところで、リコ。このヘアピン、もしかして完成品なの?」
さすがサイネリアちゃん。
褒め言葉に照れつつも、しっかり頭を回転させてくれていたようだ。
理解が早い。
どうして自分に、という疑問を一旦棚上げしているのもポイント高し。
「うん! 温度変化に強いヘアピンだから、雪だるまさんもきっと溶けないよね!」
「そ、そうなの? ……そうなんですか?」
「雪だるまへの影響はわからないけど……熱伝導の低い素材を使ったんだ。サーラ国内だと、あまり効果を感じられないかもしれないけど」
冬の寒さをイメージしにくいのは、砂漠の難点である。
『ベリ連邦』であっても普通の金属類よりは、装着したときに冷たくない……はずだ。
あくまで気持ち程度の違いではあるものの、大事なことだろう。
サイネリアちゃんがヘアピンに触れ、軽くまとめられた付近の髪を引っ張る。
「……普通の金属ヘアピンよりも、触感が柔らかい気がします」
「着け心地がいいよね!」
「うん。それでいて、保持力もしっかりあるし……」
それらを求める場合、現実ならシリコン製になるか?
ベビー用品でそういったものを見たことがある。
他は……プラスチック製のヘアピンだろうか?
ただ、TBでは原油が未発見なんだよな。
「冷たくない、痛くないを金属で目指すと、今のところこいつが限界って感じはするよ」
それが審査側に伝わるかどうかはわからないが。
こんな素材を用意する開発がいるのだから、きっと大丈夫だと信じたい。
「一緒に作ってくれて、ありがとうございました! ハインド先輩! サイちゃんのお墨付きももらえたので、私のコンテスト作品は完成です!」
リコリスちゃんが目を瞑って胸を張ったところで、そっとサイネリアちゃんがヘアピンを持ち主の髪に返す。
羽ヘアピンの下で、雪だるまがにっこりと笑っていた。
「ところで、リコはどうして私にヘアピンを試着させたんでしょう?」
ホーム傍の用水路から水を汲み上げつつ、サイネリアちゃんが俺に問いかける。
俺は隣に屈んで同じようにすると、少し前のリコリスちゃんとの会話を思い出しながら答えた。
「自分以外の人が着けているところを見たかったんだってさ。まさか、俺が着けるわけにもいかないし」
「そうだったんですか……私は見たかったですけれどね」
「え?」
聞き間違いかと思い、俺は視線を横に向ける。
するとポニーテールを揺らし、珍しく悪戯っぽい表情を浮かべたサイネリアちゃんが腰を上げた。
「ヘアピンを着けたハインド先輩を、ですよ。案外、似合うんじゃないですか?」
「勘弁してよ……シンプルなヘアピンならまだしもさ」
「ふふっ」
可愛い雪だるま付きのヘアピンは、いくら何でもハードルが高すぎる。
そういや、リコリスちゃんもノリノリで勧めてきたんだよな……。
どうにか説得して、ログインすると連絡があったサイネリアちゃんを待つことになったが。
この話題は何かと旗色が悪いので、早めに違う方向に持っていくとしよう。
「サイネリアちゃんは……確か、髪紐を作るんだったね」
水を汲んでいるのは、紐を染めるところからやるためだ。
染色に水を使うとのこと。
髪紐を選んだのはポニーテールを結ぶためだろうが、リボンなどではないところが実にサイネリアちゃんらしい。
サイネリアちゃんにその意思があるのかは未確認だが、和風ギルド辺りに持ち込んだら喜ばれそうなアクセサリーだ。
「リコから、連続でヘアアクセサリー関連になってしまいましたね。何だか、申し訳ないです」
「女の子らしくていいじゃない。って、この発言は問題あるかな? 性差別とか言われそう」
「いえ、そんなことは。真に平等を論ずるなら、それは互いの違いを認めた先にあるものかと」
「おー……」
女子中学生とは思えない含蓄のある発言だ。
俺が感心していると、サイネリアちゃんは恥ずかしそうに片手で顔を覆いつつ下を向く。
「あ、その、口幅ったかったですね!? こういうのはリィズ先輩の得意分野ですよね、すみません! 私ごときが――」
「いいや? 言葉を返すようだけど……全然そんなことはないよ」
大体、サイネリアちゃんなら答えてくれそうだったからといって、おかしな話の振り方をした俺が悪いのだ。
結果、予想以上に舌鋒鋭い反応があったわけだが。
とはいえ、こんな話をこれ以上掘り下げても仕方がない。
「それじゃ、改めて。ヘアアクセサリー、女の子らしくていいんじゃない?」
「そ、そうですよね! ある意味、定番ですし……」
余計な部分を削ぎ落しつつ、やり直し。
少なくとも、マントの造形に拘る女子と比べれば遥かに理解は容易だ。
「一つ確認なんですが、ハインド先輩。ご自分の作業は大丈夫ですか? 一緒にやっていただけるのは、すごく助かりますけど……」
「気にしないで。どうせ、状況的にお節介の血が騒いで集中できないから」
「ああ、なるほど。よくわかります」
サイネリアちゃんが同意と共に苦笑する。
横で誰かが作業をしていると、何か手伝えはしないかと、どうしても気になってしまう性分なのだ。
水がこぼれないようにしつつ、縫製室のドアを開ける。
「しかし、染物かぁ……サイネリアちゃん、やり方はわかるの?」
「はい。職人さんのところにお邪魔したこともありますし、基本は押さえているつもりです」
「おお、さすが呉服屋の娘。店の将来は安泰だ」
「……」
あれ? 何故に沈黙?
不思議に思いつつも、俺は先に汲んできた水を水槽に注ぎこんだ。
問いかけてもいいのだが、何かを言いあぐねているような気配も感じる。
動きを止めたサイネリアちゃんの桶も取ると、同じように水槽へ。
ここは我慢強く、何も言わずに彼女のほうから話し始めるのを待つ。
真面目な話になりそうな空気があるので、その間を使って自分の頭を切り替えながらじっと待つ。
「……あの、ハインド先輩。実は――」
サイネリアちゃんが話した内容は、次のようなものだった。
まず、最近学校で進路希望調査と保護者を交えた三者面談があったこと。
そして、自分が呉服屋を継ぐか迷っているということ。
もし継ぐなら、経営に役立つ高校――会計科などがある高校に進学するべきではないか? と考えていること。
そして最後に一つ、担任の先生は成績がいいということで進学校を勧めてくれたそうだ。
「楽しくゲームをしている時にする話じゃない、というのはわかっているのですが……」
「いいんだよ。気にしないで」
こういう話ができるのも、MMOの醍醐味だと思うし。
長いプレイ時間を共有しているからこそだろう。
同盟相手のサブギルマスとして……というよりも、素直にゲームを通じてできた友人として、暗い顔でプレイする仲間は放っておけない。
「進路に関して、ご両親はなんて?」
「両親は……自分のやりたいようにやっていいと。家業を継ぐことに拘らなくてもいいと」
「素晴らしいご両親じゃないか」
「……はい」
継がなくていい、などと簡単に言っているように聞こえるが……。
以前、上がらせてもらったサイネリアちゃん――椿ちゃんの実家、夜久家の店はかなりの歴史がありそうな佇まいだった。
いわゆる老舗というやつである。
だというのに、自由に生きていいと娘に言えるご両親は立派だ。
それ自体が、これ以上ない愛情の表れであるということは、サイネリアちゃんも理解しているようで……。
「でも、私、店は大好きなんです。それに、我が家は一人っ子なので……」
「自分が継がなかった結果、店が畳まれるところは見たくないんだね?」
「……」
泣きそうな顔でサイネリアちゃんが頷く。
辛いだろうが、こればかりは自分で選ぶしかないことだ。
しかし……。
「サイネリアちゃんは、家業を継ぐ以外にやりたいことはあるの?」
「え?」
まさか内容が進路相談とは驚いたが、俺なんかの助言でいいならいくらでも。
どう見ても一人で抱え込むタイプの彼女が、こうして相談を持ちかけてきたのだ。
俺に相談するべきかやめるべきか、それだけでもすごく悩んだはず。
そうやって話してくれた以上、何か力になりたいじゃないか。
「私は……その……どう言ったらいいのか……」
「今は特にないけど、このまま家業を継ぐ自分は想像できない? しっくりこない?」
「……!」
「どうかな。的外れだったら悪いんだけど」
驚いたような顔の後に、何度か強い頷きが返ってくる。
そうか……他の進路の具体性がないから、ご両親や先生に言い出し難かったんだろうなぁ。
でも本当は、それはそのまま話しても問題ないものだと思う。
「だったら、まだ答えを出す必要はなんじゃないかな? 迷っているなら、普通科でもいいと俺は思うよ」
「ですが、それだと中途半端な気がして……」
「じゃあ、全部やろうよ」
「はい!?」
「全部やろう。普通科に通いながら、経営の勉強もしておこう。そしてやりたいことも探そう」
再びの驚きと、若干の失望がサイネリアちゃんの表情から見て取れる。
この人に相談するんじゃなかった、みたいな。
わかるよ? 失敗の典型例だし、馬鹿みたいだもんなぁ……だが、最後まで聞いてほしい。
「いいかな? まず、サイネリアちゃんは自己評価があまりにも低い」
「そ、そんなことは……」
「ないって言えるかな? ついさっき聞いたばかりだよ? “私ごとき”ってさ」
「……言っていましたね」
思うに、サイネリアちゃんにはリィズと論戦できるくらいの能力は充分にある。
シエスタちゃんほど要領はよくないが、それは彼女の真面目さ故のものだ。
「大体、今までのサイネリアちゃん……椿ちゃんがやってきたことと、どう違うのさ? 華道、習字、日本舞踊に茶道。和に偏ってはいるけれど、色々な習い事をやってきたのは何のため?」
「それは……何に適性があるかわからないし、教養・技能は一生の財産になる。どんな道にでも進めるようにと、両親が……私自身も、今ではそう思っています」
「お店の経営も、同じことじゃないかな? お店は一つしかない大事なものだから、慎重になるのはよくわかる。でも君は、もっと欲張ってもいいと思うんだ。それだけの時間も、能力もあるはずだよ」
道を一本に絞らないことを、甘いと言われればその通りなのだろうが……。
何か他の職業と二足のわらじで店を経営している人は少なくない。
それに、後々店が一番だとサイネリアちゃんが思える日が来たら、そのときは経営に専念すればいい。
また、この人にならと思える人が現れたら、店を託すのもいいだろう。
何が言いたいかというと――
「今から選択の幅を狭める必要、あるだろうか? 迷っているなら、迷っているなりの努力の仕方だってあると思うんだ。無理に切り捨てるよりも、俺だったらそっちを選ぶかな。多分、そっちのほうが……あれもこれもで忙しくはなるかもしれないけど、心は軽くなるよ」
「……」
「あ、ここまで全て俺の勝手な一意見ね? 優柔不断といえばそうだし、アテになる保障もまるでない。参考程度にして――」
「いえ!」
少々熱く語り過ぎたかと思い、それを誤魔化すように言葉を並べていた途中。
サイネリアちゃんがそれを遮り、強く拳を握って頭を振る。
「いえ……その、とても心に響きました。ただ、ハインド先輩が言うように鵜呑みにはせずに、自分の中でしっかりと消化してから……」
「うん」
「それから。自分の意志で、自分の言葉で。ちゃんと答えを出しますね」
「……そうだね」
やはり、彼女は賢い子だ。
真面目で、ちょっと不器用だけれど、賢い子だ。
「ありがとうございました! あの……ハインド先輩」
「?」
「私、実はハインド先輩のこと……」
まるで告白の前振りのようだが、違うのはわかっている。
だから、俺は笑みを浮かべたままサイネリアちゃんの言葉の続きを待った。
「こっそり、お兄さんみたいだと思っているんですよ? もし自分に兄がいたら、ハインド先輩みたいだといいなぁって……あ、え、えっと! このことは、みなさんにはどうかご内密に!」
「ははっ、大丈夫だって。言わな――」
「お願いしますね!? 本当にお願いしますね!? 特にシーとリィズ先輩には、言わないでくださいね!? 絶対ですよ!」
「言わないって!? 何もそんなに念押ししなくても!」
……違うのはわかっていたが、ちょっぴり残念にも思う。
それくらい晴れやかになったサイネリアちゃんの表情は、魅力的に見えた。