アクセサリー作り・リコリス
ヘアピンというと、飾りや模様こそ数多くの種類があるが……。
その基本構造は大体同じ。
金属のピンで挟み、髪型を固定するというものだ。
アレルギーの人向けに金属以外の物もあるだろうが、金属製が主流なことに変わりはない。
「冬場のヘアピンって、つけるときに冷たいんですよね……」
「へぇ、そうなんだ?」
談話室で発されたリコリスちゃんの呟きに、いまひとつ共感できない俺はそう返すしかない。
男でヘアピンをつけるやつはあまりいないからな。
前髪が長い人が洗顔するときくらいか? ――あ。
でも、そうか。
「俺もベルトのバックルとかは、触った時に冷たいって思うかも。あと、ドアノブ」
「ですよね! 冬場の金属は凶器ですよ、凶器!」
「そうか? 私は大丈夫だぞ!」
「冬でも朝からほっかほかなのは、ユーミル。この中ではお前くらいだよ……」
そもそも着替えの服ですら、朝一番はヒヤッとしていて嫌なものだが。
じゃあ仕方ないね、で終わっては発展性がない。
「……それなら、触っても冷たくない素材でヘアピンを作ろうか? リコリスちゃん」
「できるんですか!? そんなこと!」
「ファイアーホーンの角を使うのだな!?」
「違うわ!? 火傷するっての!」
『ファイアーホーン』というのは、燃え盛る角を振り回す鹿のようなモンスターである。
そいつの角は、本体から切り離しても燃え続けるという希少な素材で……。
ヘアピンっていうか、焼きごてができあがるぞ?
「そうじゃなくて。なるべく熱伝導の低い素材を使おうって話だよ」
「おー……?」
「おお……?」
「……わかった。一からちゃんと説明するから」
この騎士コンビは、ほんと……。
触ってもひんやりしない金属。
こういった性能よりもユニークさに重点を置かれた素材は、取引掲示板などで手に入れくい。
よって、入手の際は直接採取ということになる。
「場所は、この砂岩洞窟の奥なんだけど……リコリスちゃん?」
「は、ひゃい!」
「だ、大丈夫? そんなに深く潜る必要はないから、力を抜いていこう。可能な限り戦闘も避けるし」
「ふぁい!」
ホームを出てからこっち、何だかリコリスちゃんの様子がおかしいんだよな……どうしてだろう?
ユーミルがいればすぐに分かったのだろうが、生憎やることがあるとログアウトしてしまった。
それにしても……
「……」
「……」
妙に気まずい。
会話が続かない。
何故だ?
「えーと……リコリスちゃんはさ」
「な、何でしょうか!!」
「毎朝、どのタイミングでヘアピンを――ごめん。今のなし」
何だ、この質問は。気持ち悪い。
風呂で洗う順番を訊く質問に近しいものを感じる。
そこまでいかなくとも、プライバシーの観点からはアウトだろう。
俺がどう会話を盛り上げるべきか思案していると、リコリスちゃんに異変が生じる。
「ふっ、ふふふふふ」
「り、リコリスちゃん?」
「あはははははははは!」
「リコリスちゃん!?」
笑いが収まるまで、少しの時間が要した。
どうもリコリスちゃんは、悩む俺の表情がツボに入ったとのこと。
ともあれ、その笑いを契機にあの妙な空気は霧散してくれた。
「そういえば、こうしてリコリスちゃんと二人になる機会……今まで、あまりなかったかもね」
「すみません……何だか、変に緊張しちゃって」
俺ごときに何を緊張することが、と思わなくもないが。
年頃の女の子は中々に難しい。
「でも、編み物を教えたテレビ電話の時は、平気だったじゃない?」
「電話と直接会うのとでは違うじゃないですか!」
「直接……VRは、その。直接って言っていいのかな?」
実に微妙な問題ではあるのだが。
現実の体格、声、表情に匂いまで再現するVRだ。
もう大して変わらないという声も、それでも現実とは壁があるという声も、どちらも分かる意見である。
「あ、ハインド先輩、知らないんですか!? VRの技術力が上がってからは、遠距離恋愛でカップルが別れる率が減ったんですよ!」
「知っているよ。それと、単身赴任なんかで夫婦仲が悪くなるのも減ったって聞いたけど」
「生々しいです!」
「何で!?」
遠距離恋愛がOKで、単身赴任だと生々しいって。
改めて、年頃の女の子は難しい。
リコリスちゃんの中では、二つの間に謎の境界線があるらしい。
「まぁ、でもそっか。これだけ進化したVR空間内なら、直接会っているのとさして変わらないか。ゲームや使う機能を選べば、遠距離のカップルもデート代わりに使えると」
「そうですよ! だから、今だって……」
「うん?」
「あっ……ち、違うんです! 採掘はノーカウントです! これはデートじゃないです!」
ああ……要はリコリスちゃん、異性と二人きりの時点でもう恥ずかしいのか。
別に俺のことを特別、意識しているわけではないのだろう。
やはり年頃の――って、それはもういいか。
「採掘デート……セレーネさんなら喜んでくれると思うんだけどなぁ」
「それ、きっとセレーネ先輩だけです……」
この砂岩洞窟内は所々天井から日が差し、砂も落ちてくるなど脆い印象があって少し怖い。
それが潜っていくにつれ、段々と隙間が減って暗くなっていき……。
俺はアイテムポーチからランタンを取り出すと、点灯させて杖の先端へと引っかけた。
「それにしても、リコリスちゃんから恋愛系の話が出るのは珍しいね」
話題に困っていたので、俺としては渡りに船といったところだが。
……足元、流れる砂に隠れるように穴があったので、リコリスちゃんに手を貸して渡らせる。
悪質な配置だな、これ。
落ちると大概、面倒なペナルティが付くから気を付けないと。
「ありがとうございます! ……クリスマスが近いですからね。別に今すぐ恋人がほしいとか、そういうことはないんですが」
「あー。学校とかで、話に上がりやすいわけか」
男同士だと、いっそこの時期だけ全く話題にならなくなったりするが。
いわゆる秀平現象である。腫れ物に触れるがごとし。
そういやあいつ、ここ三日くらいで急に静かになったな。
諦めの境地が嫉妬心を塗りつぶしたか?
「よく、好きなタイプは誰か? とかの話になります!」
「具体的に誰と誰が付き合いだした、とかじゃなくて? 芸能人とかを例に出す感じ?」
「ですです!」
「中学生らしくていいね。それで?」
「でもですね! 私、テレビに出ている有名人とかはあんまり知らなくて……」
「何だかんだ言っても、俺らゲーマーだしね……」
普通ならテレビ番組などを見る時間は、大体ゲームに費やされる。
それは高い頻度でログインしてくるヒナ鳥三人も例外ではない。
「なので、好きなタイプは頼りになる人って言っています!」
「おー、いいね」
具体性には欠けるけど。
高校で同級生女子の話を小耳に挟むことがあるが、一部の層はちょっと……リコリスちゃんの言葉を借りるなら、生々しくていかん。
このくらいの話のほうが、安心して聞いていられる。
「あと、家事ができると素敵だと思います! 任せきりにしたいとかじゃなくて、一緒にできると嬉しいです!」
「そっか、なるほどー」
はい! それ俺! と手を挙げたくなるところだが、前提条件の「頼りになる」を満たしていないこと甚だしい。
家事をする男性は昨今、珍しくもなくなってきたことだし。
自意識過剰は内心に留め、相槌を打つだけにしておく。
「それから、やっぱりゲームですね!」
「ゲーム?」
「はい! 若いころはもちろん、おじいちゃんおばあちゃんになっても一緒にゲームをやってくれるような旦那さんがいいです!」
「素敵だよね。バウアーさんとエルンテさんみたいな?」
「それです! お二人は私の理想の夫婦です! ……あ! ウチのお父さんとお母さんもですけど!」
あの二人は年を取ってからゲームを始めた口らしいが……それはそれとして。
微笑ましいなぁ、リコリスちゃん。
その上、話しているとこっちまで元気をもらえる気がしてくる。
やっぱり、この話しながらの手振り身振りがいいんだよな。面白い。
「それから、私としてはユーミル先輩とハインド先輩みたいな――って、ハインド先輩?」
「な、何かな?」
「前に同級生に話した時と、同じ顔になってます!? どうしてですか!?」
「いや、それは、ほら……あれだよ」
「あれって何ですか!? ちゃんと説明してほしいです!」
「あー、えーと……」
それは理想を語るリコリスちゃんが可愛らしかったからだが……そのまま伝えるのはちょっとな。
答えをせがむリコリスちゃんに困り果てていると、洞窟の行き止まりに光るものが。
少し遠いが、視認できていれば充分。指をさす。
「あ、ほら、目的地が見えてきたよ!」
「え!? どこですか!?」
「あそこ、奥の壁の一部が光っているでしょ? 行こう。モンスターは出ないと思うけど、一応周囲を警戒してね」
「はい!」
どうにか誤魔化すことに成功した。
到着した壁の周辺はひんやりしていて、例の素材――『エオニオ』が断熱材の代わりになっていることがわかる。
道中、洞窟の中は外よりも涼しかったが、さすがにこの場所ほどではなかった。
早速『ツルハシ』を取り出して壁を叩き始める。
「何だか、触った感じ金属というより……硬いプラスチックみたいな?」
獲得した素材を手に、リコリスちゃんが小さく首を傾げる。
俺はその疑問に答えるべく、『ツルハシ』を『ロックピックハンマー』に持ち替えた。
「分類はきっちり鉱石になっているよ。中を割ると……ほら」
「え? ……あ、本当です! しかも、色が綺麗! 見る角度によって変わります!」
「チタン……が近いのかな? 多分」
表層が金属らしくないのは、単に砂が固まっていたせいだろう。
現実のチタンであれば軽くて丈夫で武器向きなのだが、こいつは若干脆い。
ただし加工に耐える強度はあるので、アクセサリーにはそこそこ向いているとも言える。
「よし……採りきったかな?」
「はい! 全部採りました!」
「じゃ、帰ろうか」
「はいっ!」
あとは戻って、いくつか試作してみるのがいいだろう。
採取ポイントが遠くなくてよかった。
ここからなら、二十分もかからずホームに戻ることができるはず。
荷物をまとめ、帰路につく。
「ところでリコリスちゃんは、サイネリアちゃんたちと現実でパーティを開く予定とかないの?」
「ありますよ! 昼間に集まって、夕方くらいまでで……夜はそれぞれ家族とって感じで!」
「ほほう」
「料理とお菓子は持ち寄りです! ……今月、ちょっとお小遣いがピンチですけど」
「そっか。それなら、何か簡単な料理でも教えようか? 見栄えがよくて、その割にお小遣いを節約できるようなやつを」
「本当ですか!? ありがとうございます! やっぱりハインド先輩、頼りになります!」
「はっはっは。そうだろう?」
「急にユーミル先輩っぽい返事です!? 何で!?」
リコリスちゃんが想定外の反応に混乱しかけたところで、天井から日が差すエリアが見えてくる。
俺はランタンを杖から外して収納すると、穴を飛び越え……再びリコリスちゃんに向けて、手を伸ばした。