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アクセサリー作り・ユーミル

 冬がテーマのアクセサリーを作るにあたって、鉄板となるのが水属性付与だ。

 防御系装備の水属性には副次効果として耐寒能力があるので、付与するプレイヤーはきっと多いだろう。

 しかし……しかしだ。


「マントでいい!」

「それを言っちゃうとな……」


 イベントの度に、気候が大幅に異なる地域への移動があるゲームだ。

 既に多くのプレイヤーは防寒具の類を所持済みだし、市場にも安く出回っている。

 だから、ユーミルの意見はもっともで……属性付きマントは、ゲーム内で一番多く使われている防寒具だ。

 ただ、そういった水属性アクセ全般が駄目かというとそうではない。

 リコリスちゃんに話した内容と一部、被ってはいるが……。


「何か特殊な付加価値があれば問題ないと思うぞ」

「マントでも?」

「マントでも。模様が冬っぽいとか」

「ふむふむ」

「単純に色が青いとか。青っていうか、アイスブルーか? それと、白も。雪とか氷って、その辺の色でイメージされることが多いじゃん」

「なるほど……」


 ついでに性能が高めであれば、それで問題はないはず。

 しつこいようだが、奇をてらえばいいというものではない。


「じゃあ……私はあえてマントにする! マントで行く!」




 そんな話をユーミルとしたのが、アクセの案を練り始めた初日のこと。

 そして今しがた、マント作りに着手したのだが……。


「ふんっ! はぁ! でやあああっ!!」

「……あれは何をしているのですか? ハインドさん」


 気合の入った掛け声が縫製室内に響き渡る。

 問いかけてきたリィズの位置からは、俺が邪魔になっていて見えないようだ。


機織(はたお)り」

「えっ」

「機織りだよ」


 横に移動しながら後方を示すと、リィズは眉をひそめた。

 ユーミルが横糸の付いたシャトルを勢いよくスライドさせ、通った糸をリードで手前に寄せると、ペダルを勢いよく踏む。

 それを確認すると、リィズは一度頷いたものの……改めて首を傾げる。


「……それで、あれは何をしているのですか?」

「だから機織りだって! そうは見えないかもしれないけどさ!」

「とても機織りしている人の声とは思えませんでしたが?」

「そ、それは……」

「どぅああああっ!!」

「そうなんだよな……」

「そりゃあああああ!!」


 ガショガショと織機(おりき)が派手な音を立てる。

 施設レベルアップでミシンのように織機も魔導式になればよかったのだが、残念ながら対象外。

 それでもユーミルの力強く手早い動きにより、高速でマント用の生地が織り上げられていく。

 ……見た目のド派手なダークエルフが機織りをしている姿は、中々に不可思議な光景だ。


「うおおおおおおおおおっ!」

「……織機、壊れませんか?」

「ゲームらしく丈夫に作られているから問題ない。現実なら壊れるかもだが」

「……手つき、粗くありませんか?」

「意外にも、きちんと織物の目は整っているんだよな。思い切りのよさも大事みたいだ」

「……あの叫び声、必要なくないですか?」

「必要ないな」

「おおおおおい! どうせなら最後まで味方してくれぇぇぇっ!!」


 ガショッ、とユーミルがこちらに叫びつつペダルを踏む。

 それと同時に、織物が光を放って残りの工程を補完。

 そこそこの質を持った(がら)入りの生地が完成する。


「表面に艶のある深い青色の生地……ハインドさんのセンスですか?」

「いや、青系とは言ったけど。この色を選んだのはユーミル」

「ふふん!」

「そうですか。では、この柄は……?」

「ノルディック……いや、スカンジナビアンかな? 近いのは」

「???」

「……選んだ本人がよくわかっていないようですが」

「ざっくり言うと、北欧系」


 青地に銀の糸で氷をイメージした模様が、鬱陶しくならない程度に散りばめられている。

 武器や技は派手派手を好む癖に、場合によっては自制が利くのが不思議なところだ。


「これも冬っぽい模様ってだけで、選んだのはユーミルだ」

「私だ!」

「……相変わらず現実のファッション含め、センスは悪くないのが腹立たしいです」

「もっと素直に()めろ! 褒め(たた)えろ!」

「嫌ですが?」

「このへそ曲がりめ!」


 ともかく、生地ができたら次は仕立てをどうするかだ。

 マントと一口にいっても、外套(がいとう)タイプもあれば鎧の後ろに付けるタイプもある。


「お前は作業が速いから、今日中に完成しそうだな。マントの種類、どうするんだ? 先輩に見てもらったデザインでは、絞り切れていなかったけど」

「無論、鎧……じゃない。用途の広い外套タイプ!」

「今、抑えているものが顔を出しかけましたよね?」

「格好いいもんな、鎧についているマント」

「う、うるさいぞ! 兄妹揃って! が……そうなのだ。確かにあれは格好いい! 悩む!」


 このゲームの中で、鎧付属のマントで有名な人だと……確かグラドの皇帝様は、鎧の後ろにマントだったかな?

 真っ赤なマントで、実戦派らしい割に頻繁に換えるのか、パリッとした状態だったな。

 あれはあれでいいが、戦いを重ねてボロボロになったマントもまた風情があっていいものである。

 TBにはボロボロ状態を作り出す、おあつらえ向きの機能もあることだし。

 ユーミルが悩むのもよく分かる。


「ところで、ハインドさん。鎧の後部に着けるマントには、どういった機能があるのですか? マントを身に着けることに、儀礼的な側面があったのは知っていますが」

「そうだなぁ……」


 戦いで鎧の後ろにマントを着ける意味は、第一に鎧の保護。

 行軍中の直射日光や汚れなどから鎧を守り、(さび)や変色・変形を防ぐ目的があるそうだ。

 第二に、戦闘において相手の武器を絡めとること。

 背でなびく布というのは厄介で、避けて斬るにも諸共に斬り裂くにも相応の技量を要する。

 武器を奪うまで行かずとも、上手く使えば目測を誤らせることができ、思った以上に実用的な防御効果があるらしい。


「他にも、指揮官が派手なものを身に纏うことで士気高揚の効果が期待できる……かもな。グラド皇帝なんかはそれだろうし」

「俺の背中についてこい、というやつだな! 燃えるぅぅぅ!」

「はぁ、一々(やかま)しい……しかし、マントというものは単に騎士の見栄が込められただけの無意味な装飾ではなかったのですね」

「戦いが遠のくと、徐々に見栄え重視になっていくのは武具全般そうだけどな。日本の刀だって、幕末頃には実用に足る品が減っていて困ったって聞いたことがあるし」

「そういう細かい話はよく分からんが……聞いた感じ、思った以上にメリットが多くて迷うな! 鎧付属のマント! いっそ、そっちにするべきか?」


 揺らいでいるな。

 どちらを選ぶかは本人の自由だが、いい面ばかり教えるのはよろしくない。


「もちろん、デメリットもあるぞ。着慣れていなければ自分の腕や体に絡んでしまうこともあるだろうし、敵にマントを掴まれる可能性だってあるしな。目立つから、集団戦で狙われやすくなるし」

「……ユーミルさんが自分で身に着けるつもりなら、外套タイプを選んだほうが無難だと私は思います」

「俺もそう思う」

「どういう意味だ!?」


 似合わないということは決してないはずだが……というか、以前も触れた通りこいつは洋装全般が似合う。

 手足が長いし、スタイルもいいので。

 ただ、装備したらしたで、慣れるまでは絶対に大事な場面で腕なり剣なりをマントに引っかける。

 もしくはマントそのものをどこか――尖ったオブジェクトなりに引っかける。

 そんな姿が脳裏に浮かぶのだ。

 ……さっきはどちらを選んでもと思ったが、どうにもその悪いイメージを払拭(ふっしょく)できない。

 だから、ちょっと誘導してみることにした。


「お前は軽装で突進していくスタイルなんだし、戦闘中にマントは邪魔になるんじゃないか? 結構空気抵抗を受けそうだぞ」

「そうですね。どちらかといえば、マントは重装の鎧とセットのイメージがあります」

「む……」

「それにだ、ユーミル。外套型のマントを、戦闘開始前にバサッと脱ぐのも――」

「おおお!? そうか、その手があったか!」

「な? 格好いいだろ」

「……」


 リィズが理解の範疇を超えた、という顔になる。

 邪魔な服を脱いで戦闘態勢に入る、というのは昔からある様式美なのだが。

 それはそれとして、外套型に決まったので――


「では、この生地を仕立てて完成だな! ハインドォ!」

「はいはい。さっきと同じように基本は教えるから、残りは自分でやれよな」

「分かっている!」

「……さっき?」


 ある程度、縫いやすいように形は作ってやるが……リィズ?

 リィズが何かに引っかかったように、顎の近くに手を添えている。


「さっきということは、機織りもハインドさんが?」

「ああ、うん。現実と違ってガイドが出るから、そんなに難しくないって言ったんだけど。それでも綺麗に作るコツみたいなものはあるから、力加減とか……」


 その甲斐があったのかどうかは、正直ちょっと自信がない。

 何せ教えた結果、あの気合の入り過ぎた声と動きで最後まで織り上げたわけだから。

 そう答えると、リィズが俺から視線を移動させる。

 自分にじっと注がれる目に耐えかねたように、不意にユーミルが慌てだす。


「な、何だ急に!? 何もやましいことはしていないぞ! ないったらない! 上から手を握ってもらってなどいないからな!」

「そうですか。手を。へえ……」

「あっ」


 そして自分からばらしてしまうユーミル。

 (くら)い目をしたリィズに詰め寄られ、ゆっくりと部屋の隅へと追われていく。

 ……今のうちに、マントの仮縫いを済ませておくとするか。

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― 新着の感想 ―
[一言] めっちゃ距離感近いのに手を握って貰ったことがテンパるほどやましい事に含まれるあたり実にピュアである。ええのう…
[一言] 語るに落ちるとは正にこの事よ……!
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] もともと、儀礼用のマントには暗殺から身を守る意味もあったそうです。おそらくですが、裏地に鉄板かなにかを仕込んでいたのではないでしょうか。
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