アクセサリーコンテストに向けて その3
鍛冶場が光に包まれる。
炉を中心に金床、火箸、水槽などの施設に備え付けられた道具たちが一斉に輝く。
その近くにいたユーミルが――
「ぬおっ!?」
大型化する施設に弾かれ、滑るように横の空間へ移動する。
なるほど、こういう処理がされるのか。
だから施設内でレベルアップを行っても大丈夫と。
横から見ていた感覚としてはトビの……軽戦士のスキル『縮地』に近い動きかもしれない。
「何だ、今のは!? もう一回やる!」
「つまり、あなたは金床と一体化したいのですね? どうぞ。止めません」
「!?」
はしゃぐユーミルが煩わしかったのか、リィズがぴしゃりと制する。
確かに、何かの変身中に異物が触れると融合してしまうのはお約束だが……。
そんな発想に至る辺り、リィズが大分毒されてきたのを感じずにはいられない。
「ふざけるな! どうせ融合するなら、私はハンマーか火箸がいい!」
「論点おかしくねえか? っていうかお前、好きだなハンマー」
手を振り回しながら主張するユーミル。
その動きからして、腕がハンマーや火箸になる想定なのだろうか?
「えー。火箸は微妙でござらんか? 手に付けてもどこかの海賊みたいでござるし」
「ま、まぁ、火箸もマジックハンドの一種だものね……あの、リィズちゃん。どうして金床をチョイスしたの?」
変化を見せる鍛冶施設を横目で気にしつつも、セレーネさんが問いかける。
リィズはユーミルへと視線をやってから、あさっての方を向いて口を開く。
「いえ……いっそユーミルさんが金床のように、平坦な体になりはしないかなと」
「おい!!」
「あ、あはは……」
金床は火の入った鉄などを乗せ、槌を振り下ろす作業台のことだ。
その上面は加工品を整えやすいよう、平らなものになっている。
……リィズの食事メニュー、大豆でも増やしてやったほうがいいのだろうか?
「あ、そろそろ光が収まりそうですよ!」
リコリスちゃんのそんな声に、話を切り上げ再度施設に注目する。
彼女の言葉通り、施設から出ていた光は徐々に収束。
輪郭が安定し、ようやくその全容が明らかになる。
「レベルアップ完了か!? セッちゃん、あちこち触っても!?」
「あ、う、うん。みんなの設備なんだから、いいと思うよ?」
「よし来た! 行くぞ、リコリス!」
「はい!」
興味が惹かれるものを求めて、二人の騎士が突撃していく。
それに釣られるように設備を見回すと……ああ、結構変わるものだな。
あれだけの費用を使ったのだから、些細な変化では困ると言えば困るのだが。
中でも最も大きく変化していたのは、やはり……鍛冶場の心臓部であるあそこか。
「は、ハインド君! 私たちは炉を!」
「あ、そ、そうですね!」
「行こう、行こう! 一緒に!」
いつになく嬉しそうなセレーネさんと共に、元は木炭高炉だったものの傍へと駆け寄る。
レベルアップ後の設備情報は事前に表示されていたし、他のプレイヤーによる使用感も掲示板では既に書き込まれていた。
故に俺たちが全プレイヤーの中で、このレベルの鍛冶施設に触れるのが最初ということはない。
しかし……話に聞いて想像していただけのものと、実際に目にするのとではまるで違う。
「これが“魔導炉”ですか……」
「うん! ちょっと、プリンケプス・サーラの機関部を思わせる形をしているよね!」
「確かにそうですね。見ていて同系統の技術だなっていうのは分かります」
ここから先の施設レベルでは、現実に即した鉄鋼炉ではなくなっていく。
燃料が魔法の力へと置き換えられ、炉内の最大温度も上昇。
当然、この炉で作った武器や防具の品質はこれまでよりも上がるとのこと。
炉自体の耐久性や重厚感も増しており、属性付加もやりやすそうな雰囲気を感じるな……。
「た、試しに剣を一本打ってみたいんだけど……いいかな?」
我慢できないといった様子で、セレーネさんが俺に訴えかける。
わざわざ訊いている割には、もう槌を手にしていることに苦笑を禁じ得ない。
「もちろんいいですよ。みんな自由に施設を見て回っていますし、炉の温度管理なんかも勝手が変わるでしょうから。時間的にも問題ありません」
「ありがとう!」
言うが早いか、セレーネさんがあっという間に新しい炉に火入れを始める。
小窓から見える火の様子は、今までの木炭燃料とは色合いが異なっているようだ。
新たに設置された炉内の温度を知らせる温度計もあり、ある意味これまでよりも経験や勘、技術が介在する余地が減っている。
「極めつけはこれか……」
俺が次に注目したのは、ベルトコンベアのような……というか、炉に繋がっているベルトコンベアそのものなパーツについてだ。
そいつが目の前から炉を通って部屋の反対側へ、壁に沿うように展開されている。
おそらくだが、こいつが噂の――
「半自動で動く生産設備でござるな!」
一通り眺めて暇になったのか、トビが隣に来てベルトコンベアを軽めに叩く。
俺はベルトコンベアの通過点にある装置などを見ながら、頷きつつそれに応じた。
「だな。鋳造の武器・防具だったら、今まで以上に量産できそうだ」
「鋳造? ……って、何でござったっけ?」
「あらかじめ作った窪みのある型……鋳型に鉄を流し込んで、形にするって製法」
「ああ、たい焼きづくりみたいなアレでござるな!」
「たい焼きって……まあ、いいけど」
材料を手動で充填しておく必要はあるそうだが、セレーネさんが拵えた一級品の鋳型で大量に増える武器か……。
もしかして、設備に投資した費用を回収するのは一瞬で済むのでは?
「す、すごい!? 一瞬で炉内の温度が上がったよ! これなら、加工不可だったあの素材を混ぜて……あ、そうだ! 以前、焼成のときに失敗したあの――」
「……」
と思ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
あの感じだと、しばらくは手打ちの武器にかかりきりだろうな……。
「では、これでアクセの性能も上がりそうでござるか?」
「上がると思うぞ。純粋に炉の性能と使い勝手が向上しているし」
「ハインド殿かセレーネ殿にその鋳型とやらを作ってもらって、楽にというのは――」
「!」
シエスタちゃんがトビの言葉に反応し、ちらちらとこちらを見ている。
あんなに横からリコリスちゃんに話しかけられているのに、耳聡いな。
「残念だけど、それはやめておいたほうがいいな」
「……やっぱり、それをやるとその人の作品にならないからでござるか?」
「それもあるんだけど……自動化された設備を使うと、ゲーム側の設定で品質に若干の劣化が生じるらしくてさ。今回みたいな一点物に手間を惜しむと、あまりいいことはないと思う」
「あー、なるほど……そういや拙者も掲示板で見た記憶があるでござるな。その情報」
シエスタちゃんが興味を失ったようにリコリスちゃん、サイネリアちゃんとの会話に戻る。
現金な子だな、本当に。
「しかし、そうなると手動生産と自動生産の差がどれくらいあるのかは知っておきたいでござるな。今回のイベントには関係ないにせよ」
「それは確かに。じゃあ、えーと……」
セレーネさん……は駄目そうだ。
彼女の鋳型を借りるのが、元が高い品質ということもあって一番分かりやすくていいのだが。
……検証用なのだし、ここは割り切ることにしよう。
ちょうど、部屋の隅に置かれたままだった自分の鋳型が目に付いたところだ。
「じゃあ、俺が過去に練習用として作ったブロードソードの鋳型で。古いものだけど、今回は試運転だから。こいつでいいだろ」
「さすがに初心者用としても、あまり使われなくなってきた武器でござるな……」
「まあな。後は、材料の鉄鉱石を……」
「あそこのストックボックスっぽいのに入れればいいのでござるな? 拙者、取ってくるでござ――」
それは、トビが駆けだそうとした瞬間のことだった。
多少配置が変わった室内と、増設されたベルトコンベア。
ユーミルのように弾かれて移動してしまい、足元に転がった資材などなど。
それらが邪魔をし、必然、歩ける範囲は狭まってしまっている。
言葉の途中で、トビがこちらを向いたまま傾いでいき――
「ぶへぇっ!?」
資材の詰まった箱に足を取られ、ベルトコンベアの上へと倒れ込む。
俺は慌てて助けおこそうとしたのだが、トビが体中のあちこちに身に着けている投擲武器が周囲に飛んでいき……。
「危なっ!?」
あちこちに散乱し、金属音を響かせる。
みんなもその物音に、何事かとトビに視線をやった直後――。
ガコン、という何かが動き出す音と共に、トビが目の前を右から左に流されていく。
「えっ……?」
流れ、流れていく。細身の体がベルトに連れられていく。
セレーネさんが既に火を入れてある、熱気を湛えた『魔導炉』へと向かって。
俺はそれを呆然と見送り……横にある炉の入り口が開いた瞬間、我にかえった。
「――はっ!?」
「ひぃぃぃぃ!? う、動けな……何で!? 何か引っかかってるぅ!?」
「お、おい! トビ!」
「しゅ、縮地! 縮地は……オブジェクトに接しているため無理ぃ!? いやああああ!!」
「トビィィィィ!!」
必死に伸ばされたトビの腕を掴み、絡まっているらしい服も全力で引っ張る。
女性陣が未だ呆気に取られる中、野郎二人が慌てふためき必死に叫ぶ。
「まずい!? もう炉が近い! 近いって!」
「ああああああああ!! ハインド殿! ハインド殿ぉぉぉぉ!!」
「もう駄目だあああああああ!!」
「ハインド殿ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
後から確認したところ、どうも転倒した際、物の見事にトビの苦無がベルトコンベアの始動スイッチに命中したらしい。
ついでに炉の入り口には、安全装置というべきものが存在していた。
これにより、プレイヤーは最初から中に入れないことも判明。
……つまり、慌てる必要はなかったらしい。
「全く……何をやっているのだ、お前たちは!」
「め、面目ないでござる、ユーミル殿……」
「え? たちって、俺もか?」
結局、トビは炉の側面入り口にある見えない壁に当たって止まった。
二人とも多少は熱い思いをしたが、奇跡的にHPがある程度減ったくらいで済んだ。
安全エリアである鍛冶場でHPを減らすのを見たのは、ヘルシャ以来のことである。
しかしまあ、そうだよな……普段からプレイヤーたちは、モンスターの吐く炎などを受けているのだ。
あれが現実換算で何度あるのかは不明だが、現実世界の並の人間よりも耐久力がずっと上なのは間違いない。
さすがに千度を超える炉に完全に入ってしまえば、無事では済まないだろうが……繰り返しになるが、炉はプレイヤーが入れる仕様にはなっていない。
ちなみに正面扉から鉄を取り出す際などは、また違った仕様になっているとのこと。
「ゲームでよかった……! ゲームでよかったでござるよ、本当に……!」
「そ、そうだな……現実では絶対にやるなよ? 洒落にならないからな……」
現実で同じことが起こった際は、必ず近くにあるであろう緊急停止ボタンを押そう。
とはいえ、そうそう服が挟まるような作りになっている機械は少ないと思いたい……。




