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アクセサリーコンテストに向けて その2

「――はっ!?」


 不意に、沈んでいた意識が急浮上する。

 寝ていたのは数十秒から一分前後だと思うが……。

 まず感じたのは、側頭部が接しているものの柔らかさだ。


「……ま、マシュマロか……?」


 起き上がる気を根こそぎ奪っていくような、どこまでも柔らかく温かな物体。

 マシュマロのごときそれがまるで底なし沼のように、二度目の眠りへと誘ってくる。

 甘い香りがするのが余計にマシュマロっぽい。

 マシュマロにしては随分と大きいが。


「……」


 逆らわずに目を閉じていくと、現実とは比べ物にならない安らぐような感覚があった。

 TB固有のリフレッシュ効果によるものだろうか?

 そうして、視界が閉ざされる寸前……。

 HP回復エフェクトである緑の光が、ふわりと立ち上がって消えていくのが見えた。


「どういう、つもりですか……! あなたっ!」


 直後、聞こえた(とげ)のある声に慌てて周囲を確認すると、最初は丸みを帯びた物体に視界を遮ぎられていたものの……。

 僅かに身を(よじ)って視界を動かしてみると、頭上で六本の腕が行き交っているのが確認できた。

 横たわる俺に向けて鋭く突き出される腕を、ゆっくりとした動きの手が払いのけている。


「愚問ですねー、妹さん。己の眠りを知るものは、人に眠りを授けることもできるんですよ?」

「何か達人みたいなことを言い出したぞ、こいつ!? このっ!」

「というか、台詞以前に動きが変ですよ!? おかしいでしょう!」


 ユーミルとリィズの手を払うシエスタちゃんの動きは、あくまでも遅い。

 だが完全に読み切っているのか、防ぐ手が必ずそこにある。

 まるで千手観音のようだ。

 そして、ようやく俺は自分のいる位置が確認できた。

 確認できたが……動くに動けないな!?

 異様な状況に、雑多な感情は全て一瞬でどこかに消し飛んでいく。


「先輩……」

「な、何!? シエスタちゃん!」

「薄々お察しかとは思いますが……すみません。これでも、私にしては頑張ったほうかなーって」

「えっ?」

「もうちょっと、膝枕する側の気持ちも知りたかったんですけどねー。残念無念。これにておさらばー」


 しかし、やはりユーミルには運動神経で。

 リィズには構築パターンの豊富さで押し切られ、シエスタちゃんの手が押され始めた。

 加えてスタミナ不足で、元から遅い動きが更に遅くなっていく。

 やがて、二人の手がその場から引き剥がすように俺を強く掴み――


「ぐえっ!?」


 柔らかな膝の上から、お腹に乗っていた二羽と共に落下した。

 ただし硬い床に打ち付けられたのは自分だけで、二羽は羽ばたき……。

 再度、俺の背へと着地するような羽音が耳に届く。


「……何でござるか? これ。ハインド殿……」

「……俺が訊きたいよ、そんなの……」


 助け起こすでもなく、トビが脇腹を突いてくる。

 冷たい床に突っ伏したまま、俺は大きく嘆息するのだった。




 俺を癒したかったのか、痛めつけたかったのか、はたまた本人の言う通り他の目的があったのかは謎だが……。

 気を取り直して、アクセ作製へと戻ることに。


「で、先輩。何で今日は集められたんです? 私たちが独力でできない部分があるとはいえ、アクセづくりは各自バラバラでやってもいいですよね?」

「あ、ああ、うん」


 これだけリィズとユーミルに睨まれているのに、平然と話すんだな……。

 とはいえ、蒸し返しても仕方ない。このまま話を進めよう。


「実は……」


 今夜、みんなに集合をかけたのは俺だ。

 理由としてはギルドホームの施設に関する話があり……。


「生産関連の施設を一斉にレベルアップだと!? 随分と久しぶりではないか!」

「ああ。かなり間が空いたよな」


 ギルドに集めた資金の管理は自分に一任されているが、何せ大金ということもある。

 承認を得てからにしたいし、黙ってやるのは違うと思うのだ。

 乗り気なユーミルの声を聞いたみんなの反応を見るに、反対する者はいないようだが――


「施設の使い勝手も変わるし、こういうのはみんなでやらないと。ということで、決を採りたい」

「賛成! 賛成だ!」

「異論ありません」

「あ、えっと……すごく嬉しいんだけど、資金は大丈夫……?」

「ご案じ召さるな、セレーネ殿。ケチなハインド殿がGOサインを出すということは、きっと貯金も十分なのでござろうよ」

「ケチじゃねえ。倹約家と言え」

「だ、だったら賛成! 賛成だよ、もちろん!」


 このレベルアップで一番恩恵を受けるのは、おそらくセレーネさんだろう。

 ひいては、俺たちの武器・防具の性能にも直結するわけだ。

 ……渡り鳥側は問題ないようだが、集めた資金にはヒナ鳥側のものも入っている。


「ヒナ鳥の三人は――」

「大丈夫です!」

「元々、生産設備はこちらのものを使わせてもらっていますし……私も大丈夫です」

「お堅いですねー、先輩は。一々断らなくても、反対なんてしませんよ」


 同意を得られたので、俺は頷いてからギルドホームのメニューを呼び出す。

 施設のレベルアップは、メニュー内の項目からワンタッチで即座に完了する。

 該当する部屋の中にプレイヤーがいても、特に問題はないらしい。


「それにしても、いいタイミングですね……ハインドさん」

「アクセコンに合わせたような形になったな。偶然だけど」

「しかし、計算では費用が貯まるのはもっと先だったように記憶していますが……?」


 リィズが最後にホームの資金状態を見たのはきっと、前回の『天空の塔』イベント終了時だろう。

 多量のアイテム消費があったものの、それを埋める副賞の賞金などで微増といった様相だったわけだが……。


「費用が貯まった要因か。それは、取引掲示板で……ふふっ。ふふふふふ……」


 まずい、思い出すと笑いが止まらない。

 資金が増えた理由は単純、取引掲示板で大儲けしているからだ。それも現在進行形で。

 目論見通りというか、天空の塔で急上昇した回復アイテムの需要は未だ収まっていない。

 どころか、次のイベントへの期待感で益々増えている形だ。

 増産体制に入った回復アイテムで自分たちのものを確保しつつ、余剰分を少しずつ取引に出すだけで資金が見る見るうちに増えていく。


「わぁ、先輩が悪い顔してるー……」

「本当だ! わっるい顔してるな!」

「いやいや、普通の笑顔だから!? みんなで生産を頑張った成果だろ!? 俺は真っ当な商売しかしていねえ!」

「失礼でござるよ、お二方! 心配性で考え過ぎで気が小さいハインド殿が、真っ当な商売以外をできるはずがないでござろう!?」

「お前が一番失礼だよ!」


 どちらにしても(けな)されるのは納得がいかない。

 ただ、本当に何も悪いことはしていないし、鳥同盟・止まり木印の回復薬はむしろ優良価格で提供している。

 品質も安定しており、方向性としては薄利多売にあたるだろう。

 だからこそ売れるし、掲示板での評価も上々となっているのだ。

 以前と違うのは、今のゲーム内情勢……出した傍から売れる販売ペースにある。


「サーラ内で親交のあるギルドは、直接買い付けにも来てくれているしな。生産待ちの予約も入っているし、それに伴ってまとまった資金を得られるから収支の計算も立てやすい。資金が増えた理由はそんなところで――」

「回復薬が売れているのは分かったから、ハインド! 早くレベルアップをしよう!」

「もうちょい待ってくれ。あー……」


 普段あまり使わない項目なので、呼び出すのに少し手間取った。

 そうして、表示された金額を見て……つい指が止まる。

 分かってはいたけど、改めて確認すると凄まじく高額だ。

 ……。

 ……本当に高いな。


「……ユーミル、押すか?」

「お?」

「レベルアップのボタン。好きだろう? こういうの。ギルマスなんだし、やるなら俺よりお前のほうが相応(ふさわ)しいと思ってな」

「押す押す! もちろん押したい!」

「ハインドさん……」

「――ぶふっ!?」


 何も言わないでくれ、リィズ。

 そして笑うな、トビ。お前の言う通りだよ、畜生!

 仕方ないじゃないか、額を見ると指が震えるんだもの。

 この金額を貯め込むのにかかった時間を考えると、決して軽いものではない。


「じゃ、じゃあ、ギルマス。決定を」

「うむ!」


 メニュー画面を放り投げると、スライドしたそれをユーミルが受け取る。

 そして何の躊躇もなく決定ボタンに向かい――


「行くぞ、みんな! まずは鍛冶場から、レベルアァーップ!!」


 宣言と共に、指を振り下ろした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 金額見て押せなくて、ユーミルに体よく押し付けてるのが最高にハインド君でめっちゃニヤニヤした
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