会話が生み出すもの
リィズ、セレーネさん、そしてサイネリアちゃん。
この三人は、いわゆる優等生組である。
「本当、助かるよ……話が円滑に進むって素晴らしい……」
「疲労困憊ですね、ハインド先輩……」
「……さっきはありがとうね、サイネリアちゃん」
「い、いえ!」
まずは洋紙を渡すと、三人がそれを読み込む。
その後、各自が気になったところを数点俺が答えると終了だ。
テーブルの反対側でユーミルたちが賑やかにする中、俺は長く長く息を吐きつつ椅子に座り込む。
「ご、ごめんね? 私も何とかしたかったけど、みんなの勢いがすごくて……」
「気にしないでください、セレーネさん」
見ているこちらが気の毒になるくらい、オロオロしているのが見えたので。
右往左往する姿が可愛らしくて、ちょっと癒されたくらいだ。
「優に私たちの四倍は説明に時間がかかっていましたからね。ハインドさんがお疲れになるのも、無理からぬことかと」
「え? 計っていたんですか? リィズ先輩」
「計っていたというか……開始時間が偶然目に入っていましたので」
TBにおける俺たちの視界……他のゲームで言う主観カメラに映るものは、ある程度のカスタマイズが可能だ。
その中には、時計を出しっぱなしにしておくという機能が存在している。
時計は主に二種類。
現実の時刻とゲーム内時刻の二つで、片方だけ出すことも同時に出すことも可能だ。
「あー、見るのが癖になってんだな。リィズにはしょっちゅう、戦闘関連で計測をお願いしているから」
戦闘時間が表示されるのも、非戦闘時の時間とほとんど同じ位置なのだ。
戦闘は戦闘で、開始時からカウントアップのタイマーを自動で作動させることができる。
細かく訊いたことはないが、リィズの視界内はもしかしたら他のプレイヤーに比べて数字で一杯なのかもしれない。
「そういえば……私たちのログアウトの予定時間が近付くと、大抵教えてくれるのはリィズ先輩でしたね」
「ゲームプレイに夢中になっていると、つい忘れがちだものね……いつもありがとう、リィズちゃん」
「ありがとうございます」
「感謝しているよ。俺には過ぎた妹だ」
会話の流れでそうなったとはいえ、本心からの言葉だ。
正面切って感謝と称賛の言葉を受けたリィズは、こうなると予想していなかったのだろう。
常にないほどの狼狽えを見せた。
「い、いえ。そう褒められますと、少々――」
「お? 何だ、どうした? 何の話をしていたのだ?」
「――な、何でもありません! いいから、あなたはあちらで自分の作業をしていなさい!」
「む? むぅ……何なのだ? 一体……」
ユーミルも、普段と違うリィズの様子に困惑している。
すげなく追い返されたというのに、特に言い返さず自分の席に戻っていた。
「はぁ……それにしても。ハインドさんを困らせないようにすると、会話が短く終わってしまうという欠点がありますね」
「え? 気にするようなことか? それ」
「これは由々しき問題です。あの人たちの四分の一ですよ? 正直、私は寂しいです」
「あ、あはは……それは確かに」
言われてみれば、この三人とは会話が短く終わることが多い。
それだけ無駄が少ないということの証明だと思うが。
「でもセレーネさんとは、偶に一時間以上話し込んでしまうときがありますよね?」
「そうだね。古い武器の話もそうだし、ちょっと前は船も……最近はハインド君、近代兵器の話にまで乗ってきてくれるよね?」
「――こいつ、わざわざセッちゃんに話を合わせるために、休み時間に学校の図書室で調べ物までしていたのだぞ!? 泣けるな!」
「スマホも使っていたでござるよ! 拙者も見た!」
「うっさいよ!? 何で言うかな、お前ら! そういうのは一々、人に言わなくていいんだよっ!」
デザインを弄っている間も、ユーミルとトビは時折ああやってこちらの話を聞いているらしい。
的確なタイミングで会話に割り込んできた辺り、ちょっと集中力が足りないんじゃないかと思う。
リィズのときみたいに聞き逃してくれればいいのに……。
「そ、そうだったの!? ご、ごめ……うぅん。ありがとう、ハインド君。私、とっても嬉しいよ」
「だっ、あっ……の、ノーコメントで! この件に関してはノーコメント!」
わざわざ恥ずかしい裏話まで暴露され、俺の羞恥ゲージは簡単に限界を振り切った。
もうセレーネさんの礼の言葉に応える余裕もない。
「ずるいですね、セッちゃんは。それこそ、私は四倍……いえ。人の四十倍でも、四百倍でもハインドさんとお話していたいのに。私も問題児になったほうがいいのでしょうか?」
「いやいや、待てよリィズ。困らせて会話を引き延ばそうとしないでくれ? そこは普通に話しかけてくれよ……是非ともセレーネさんのほうを参考にしてくれ」
「ふふ……分かっていますよ。冗談です」
大体、俺とリィズが二人でいるときはあまり話さないじゃないか。
長く一緒にいることによる相互理解があるため、セレーネさんやサイネリアちゃん以上に話す必要が減る、という面も多分にあるのだが。
リィズはあまり騒がしいのが得意ではないし。
「すみません……ウチのシーはいつもハインド先輩にご迷惑をかけて……本当にすみません」
「あの子は時々、俺を困らせることに全力を傾けてくるからなぁ……」
サイネリアちゃんの言葉を受け、軽く横目で見ると……。
シエスタちゃんはもう船を漕ぎ始めていた。
デザイン案は完成したのだろうか?
彼女の場合、サボっていたかと思うと既に完成していたり……かと思えば、見たまんま全く手を付けていなかったりと判断が難しい。
「困らせたり、おかしなことを言ったり……ハインド君は穏やかだから、みんな甘えているんじゃないかな? きっと」
「穏やか……? そうですか? つい今しがたもですけど、結構頻繁に大声を出したり叫んだりしている気がしますが」
「でも、それは本気で怒っているわけではないよね?」
「ま、まあ、そうですが……」
今日のセレーネさんは手強い。
そう優しい笑顔で言われると、益々恥ずかしさで居心地が悪くなってしまう。
先程までのリィズの立場がよく分かるな……手放しで褒めちぎられるというのも考えものだ。
「ハインドさんには絶対的な信頼感と安心感がありますからね、ええ。私だけが知っていれば充分なことではありますが」
「ですよねー。安心感……分かります」
うわ、シエスタちゃんいつの間に……。
サイネリアちゃんだけは慣れているからか、リィズの後ろに立つシエスタちゃんに全く動じていない。
……いや、リィズもか。
僅かに眉をひそめただけで、背後に立たれた割には目立った反応を見せず。
「先輩相手なら、まず面倒なことにならないって確信を持てますしねー。だからついつい――」
「帰りなさい。あなたのターンは既に終了しています」
「えー」
シエスタちゃんはリィズに背を押されると、俺のほうを見てから自分が座って――もとい、寝ていた席に戻っていった。
何だい? その今夜はこの辺にしておいてやるか、みたいな満ち足りた顔は……。
「……ともかく、ハインドさん。今夜はもう少しお話してから作業に取りかかりませんか?」
「……そ、そうだな。急がなくてもイベント期日は先だし……そうしようか」
雑談しながら、のんびりとデザインを詰めるのもいいだろう。
誰かに話すことで改善点が分かることもあるし、頭の中の整理もできる。
ここ最近の学校での活動も含めて、話すことの大切さが身に染みて分かってきたところだ。
何気ない会話の中にこそ、アイディアやヒントが落ちていることは多いだろうから。