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佐野先輩の助言 後編

 トビ、ユーミルの順で洋紙を渡し終えたところだが……。

 同じテーマに基づいている割に作るものがバラバラで、どうしてもまとめて一気にという訳にはいかない。

 全員アイディア面での被りがほとんどなかったためか、刺激を受けたと佐野先輩も嬉しそうだった。


「雪だるまのヘアピンはありがちだけど……」

「うぅ、やっぱりですか?」


 しかし、そんな中でも一番アイディアが出ず(うな)っていたのは……。

 意外なことに、人一倍ファッション関係に興味を持っているリコリスちゃんだった。

 どうにか絞り出したのが、この雪だるまのヘアピンという案だ。

 ヘアピンは彼女自身が身に着けているので、そこから得た発想だろう。


「でも、奇抜ならいいってものでもないって佐野先輩が。一つのイメージに捉われて脱却(だっきゃく)できない場合は――」

脱臼(だっきゅう)?」


 ごきり、と話の腰が盛大に折れる音がした。

 どうにも、今日はスムーズに話が進まない日のようだ……。


「痛い痛い!? 脱臼じゃなくて、脱却!」

「……リコ。脱却っていうのは、えーと……主に、よくない状態から抜け出すこと、よ。この場合は脱出と変換して考えても大丈夫」

「あ、ああ! はい、分かりました!」


 サイネリアちゃんのフォローが光る。

 とりあえず、忘れられないうちに途中まで言いかけた話を終わらせてしまおう。


「……一つのイメージから脱出――つまり抜け出せないときは、素材や作りに()るのも手だってさ。だから、定番でもいいんだよ」


 リコリスちゃんにはこのように、ちょっと難しい言葉を使うと(まれ)に通じないことがある。

 これは彼女のせいということではなく、平易な言葉を選べていない俺が悪い。

 リコリスちゃんの知識はおおよそ年齢相応だと思う。

 どちらかというとサイネリアちゃん、そしてそれ以上にシエスタちゃんが年齢不相応なだけだろうから。


「詳しくは紙に。リコリスちゃん、見てみて」

「はい! えっと……雪だるまの素材をフェルトにすると柔らかく、毛糸にすると冬らしさがアップ……わぁ! いいですね!」

「寒いと人は暖かくしようとするから、そういうイメージで作るのもありってことじゃないかな」

「はい!」


 夏に涼を求めるように、気候と反対のものも季節に合っている。

 むしろ身に着けるものとしては、暖かいもののほうがテーマである冬に適していると言えるだろう。


「えっと……じゃあ、お鍋のヘアピンとかってありですかね!?」

「え!?」

「温かいですよ!」


 そうして助言を受けた結果、リコリスちゃんがおかしな方向に飛び出していった。

 ま、まあ冬は鍋だよね……間違ってはいない。

 個人的には、ユニークなのでなしではないと思うが。


「……でもリコリスちゃん、身に着けたい? お鍋の絵があしらわれたヘアピンなんて」

「……。ちょっと微妙かもしれま――」

「しゃぶしゃぶ! すき焼き!」

「ちゃんこ! 豆乳! キムチ!」

「水炊き、モツ、石狩(いしかり)ー」

「うるさいうるさい!? お前ら、黙れ! どうして次々に鍋の名前を挙げる!?」


 順番にユーミル、トビ、シエスタちゃんという並びでの発言だ。

 そうやって茶々を入れるから、いつまで経っても次の作業に取りかかれないんじゃないか。


「っていうか、渋いなシエスタちゃん!? 地方鍋か!?」

「はりはり、きりたんぽなんかもいいですよねぇ。ねー」

「いいな! 前に旅行先で食べたことがある!」

「最高でござるな!」

「……」


 天井を見上げて鍋の姿を想像しつつも、ちらりちらりと視線を投げてくる。

 作れと言いたいのだろうか……?

 とりあえず、一旦放置してリコリスちゃんに向き直る。


「とにかく、リコリスちゃん。雪だるまがいいと思ったら、そのまま突っ走っていいんだよ。デザインを考えるときは、誰かと被ることを恐れるな! ……って先輩も言っていたし」

「そ、そうですか?」

「そうだよ。さっきも言ったけど差別化は素材、作りなんかで充分にできるから。それに、TBにはもっと大きな差別化可能ポイントがあるでしょ」

「……?」

「ゲームならではのものだよ。分からないかな?」

「う、うーん……?」


 リコリスちゃんが助けを求めるように、視線を右に左に。

 残念ながら理解に至らないようなので、答えを――


「そりゃ、もちろんステータス補正ですよねー? 先輩。しょっつる鍋」

「……」

「あれ? 無視ですか? 正解ですよね? あんこう鍋」

「無視はよくないな! えーと……ねぎま鍋!」

「黙っていては何も分からないでござるよ、ハインド殿。って、そろそろネタ切れなのでは? あー……お、おでん!」


 しつこい、そして鬱陶しい。

 しかし……これはまずいな。

 (あお)られている俺自身よりも、三馬鹿の背後にいるリィズが先にキレそうだ。


「あなたたち、いい加減に――!」

「分かった。作ろう」

「よーしっ!」

「来たぁぁぁ!」

「わーい」

「ハインドさん!?」


 大丈夫だ、もちろんただ甘やかすつもりはない。

 ハイタッチする三人を横目に、まずはリコリスちゃんに作業を始めていい旨を告げ……。


「ただし、アクセコンテストでちゃんと入賞できたらな。そしたら好きな鍋料理を作るよ」

「何!? それはゲームでか!? それとも現実でか!?」

「どっちでも。今回はよほどの物を送りつけない限り、等級の低い賞なら取れるはずだからな。おふざけは程々にして、そろそろ自分の作業に取りかかってくれ」

言質(げんち)は取ったからな!? 言質は取ったからな!」

「その言葉、忘れないでほしいでござるよ!」


 特にトビとユーミルには、もう洋紙を渡し終えている。

 というか、トビは何度も手を止めるんじゃないよ。

 せっかく思い付いたアイディアが霧散してしまっても知らないぞ?


「で……次。一番の問題児」


 ようやく四人目だ。

 残りが楽とはいえ、ここに来るまでに結構な時間を要してしまった。


「誰のことでしょーね? さっぱり分かりません」

「その言いっぷり、完全に分かって言っているじゃない……」


 次はシエスタちゃんだ。

 ひとまず机に寄りかかったままの上体を起こし、手にアドバイスが書かれた洋紙を掴ませる。

 シエスタちゃんがこさえたデザイン案は、リコリスちゃんとは別の意味で問題だらけだった。


「着る布団って……シエスタちゃん」

「何ですか?」

「……これ、普通にコートだよね? 超厚手のコートだよね?」

「そうとも言いますね」


 やる気のなさと眠気に溢れている。

 これを見た佐野先輩は大笑いしていたが……。

 このままでは、シエスタちゃんの作品は審査基準を満たせずに()ねられてしまうだろう。


「コートは服だからさ……最低限アクセの(てい)はとろうよ。このままだと、まずいよ」

「じゃあ、普通の布団でいいです」

「じゃあじゃないよ。もうアクセも冬も関係ないじゃない……」

「毛布を上にかければ冬ですよ? 湯たんぽを抱いて、下に起毛のパッドも敷きましょー」

「そろそろ布団の話から離れて?」


 先の見えない会話が続くせいか、シエスタちゃんの眠気が伝染してきそうだ。

 ただ、当の本人が非常に楽しそうなので、ついついそれに付き合ってしまうのだが。


「にしても、なんて不毛な会話なんだ……」

「毛布だけにですか?」

「違うよ!?」


 例え有益な会話をしたとしても、毛布がアクセサリーとして完成することはまずないだろう。

 アクセサリーの定義はおおよそ服飾品、あるいは何かの付属品のことを指すそうだから。


「先輩、先輩。毛布の線が消えて寒くなったところで、もう一つの携帯お布団はどうです? ワンプッシュでお布団が展開ぃー、な優れものですが」

「だから、アクセじゃないよね? 百歩譲って作るにしても、それは便利アイテムの類だよね?」

「では、第三の案。冬らしくおこたを。おこたを内蔵したコートで――」

「だからぁ!」

「待って、シー」


 さすがに不憫(ふびん)に思ったのか、会話がループしかけたところで助け船が到着。

 サイネリアちゃんが後は任せろとばかりに、こちらを一瞥(いちべつ)してからシエスタちゃんに向き直る。

 ありがたく俺は後ろを向くと、溜め息を吐きつつ額を抑えた。

 リィズが気遣うように寄り添い、背に手を当ててくれる。


「シー。炬燵(こたつ)を内蔵ということは、つまり熱源を中に入れるってことよね?」

「おこた内臓コートのこと? まー、そうなるね」

「服の中に、暖かい物を?」

「うん。だからそうだって」


 本当はシエスタちゃん、入ったまま移動できる炬燵などというものを作りたかったのだろう。

 というか、実は佐野先輩に渡したシエスタちゃんのデザイン案にも書いてあった。

 ゲーム内で見た本人直筆のものでは、端っこのほうに他よりも気合の入ったイラスト・考察と共に……あ、いかん。

 昼間聞いた、佐野先輩の大きな笑い声が勝手に脳内で再生されている。


「いい、シー? それ、服のほうは普通の物なんだから……」


 そして、サイネリアちゃんが話の核心に到達する。

 シエスタちゃんのおこたコートとやらの案は、こうだ。

 移動できる炬燵が不可能なら、せめてコンパクトに。

 服から体の熱が逃げないようにしつつ、更に熱を発するものを中へ。

 ……そう、それは何のことはない。


「だったら、もうカイロだけ作ればいいんじゃない?」


 ただの、懐炉(かいろ)が入ったコートである。

 懐炉・イン・コートである。

 シエスタちゃんの言葉を借りるなら、沢山の人が日常的におこた内臓コートを身に着けていることになる。

 今朝の通学時の俺なんかも、普通にその状態だった。


「……あー、確かに。じゃ、サイの言う通りカイロにしよっか? TBにはあんまりないものみたいだし。材料工夫しつつ、包みを可愛い感じにすりゃーいっか」

「マジで何だったんだよ、今までの会話!?」


 シエスタちゃんが俺に向かい、とぼけた様子でぺろりと舌を出す。

 しょうもない問答の結果、シエスタちゃんの製作物はカイロに決定したのだった。

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