佐野先輩の助言 前編
「はい、今日のうちに手芸部の部長さんからデザインのアドバイスをいただいてきた。それを俺が洋紙に書いてまとめたんで、呼ばれた人から順番に受け取るように」
「言い方がテストの返却みたいで、嫌でござるなぁ……」
翌日、再びTB内の談話室。
佐野先輩の対応はとても早く、朝に渡したデザイン案への助言を放課後には済ませてくれた。
その時の反応については……まあ、洋紙を渡しながら思い返すとしよう。
「じゃあ、最初にトビ」
「……赤点でござるか?」
いかにも腰が重いといった様子で、のそのそと立ち上がってから寄ってくる。
この姿、現実の教室で何度も見たものとまるで同じだ。
「テストから離れてくれ。先輩の助言、ものすごく優しさに満ち溢れているから見てみろよ。難しい用語も使わずに説明してくれたし」
プロではないから、勉強中だからと何度も重ねて謙遜していたが、あれは性格から来るものだろう。
とにかく佐野先輩の言葉は丁寧で分かりやすく、聞いていて納得のいくものばかりだった。
なのにトビに洋紙を差し出したまま待っていると、まだ警戒を解かず恐る恐る手を伸ばしてくる。
「誠でござるか? ハインド殿の意地悪フィルターで、ものすごく厳しい内容に転じていたりは――」
「よし、分かった。今すぐ望み通りのものに書き直してやるから、そこで待っていろ」
「ちょ、冗談! 冗談! 謹んでお受け取り致す所存!」
これから書き切れなかった内容の補足を全員分しなければいけないんだ、さっさと受け取ってくれ。
トビへの助言はおおよそ、アクセの実用性やデザインの味付けに関するものだった。
「ざっと読んだ感じ……忍者要素と冬要素の融合は否定されなかったようでござる?」
「そこを潰したら意味ないしな」
佐野先輩が素晴らしいのは、他人のアイディアに対してまず肯定から入るところだ。
その上で、難しい要素があれば難しいとはっきり言ってくれるので、非常に頼りになる。
同級生の手芸部員も、部長として尊敬していると言っていたしな……裁縫の技術以外は、だが。
「しかもただアクセを作るんじゃなく、手裏剣型のマントの留め具はどうか? なんて提案までしてくれたぞ」
トビの案では、ぼんやりとネックレスだとか指輪、あるいは苦無をかんざし代わりにするなどという、どこかで見たようなアクセの定番候補を並べてあるだけだった。
どうも忍者風アクセという以外、具体的にこれが作りたいという構想がまとまっていなかったらしい。
そこでTBの世界観やゲームの雰囲気を軽く伝えたところ、それなら武具などに使える装飾品はどうか? という佐野先輩のありがたい助言をいただくことができた。
「マントの留め具、でござるか? ええと……」
「フィブラ、だっけな? 俺たちがTBで使っているマントにもある、安全ピンみたいな金属の留め具のことだな。それを手裏剣っぽく、かつ冬を感じさせるものにしたらどうかって」
「おおっ!」
そこまで聞いて、トビが興味を惹かれたように大きな声を出す。
何か琴線に触れる部分があったようだ。
「それから、もっと踏み込んだ具体的なデザインに関する話な。振り切って忍者忍者したデザインにすると――」
「忍者忍者……ニンニン! でござるな?」
「ひとまず最後まで聞いてくれ。そうすると、良くも悪くも人を選ぶデザインになるって話をしてくれてだな?」
これはコンテストで狙う賞にもよるし、最終的にはデザインする者の裁量になるそうだが……。
より一般受けを求めるなら、さりげなく要素を盛り込むのも大事とのことだ。
簡単に言うと、ぱっと見ではそれと分からないデザインでも――
「スーツでばっちり決めたおじさんのネクタイの柄が、実はゆるキャラのシルエット……みたいな感じでござるか?」
「可愛いです!?」
途中まで頷きながら話を聞いていたリコリスちゃんが、思わずその場で立ち上がる。
まさかとは思うが、それ秀平のお父さんの話じゃないだろうな?
お姉さんたちの誰かからのプレゼントで……なんて、いかにもありそうな話だ。
あの気弱そうなおじさんなら、逆らわずに身に着けて出社しそうだし。
「例えが極端だが、そうだな。ライオンかと思って恐る恐る近付いたら、にゃんこだった……みたいな感じだ」
「えっと……ハインド君のその例えも、どうなんだろうね……?」
セレーネさんに苦笑されてしまった。
うん、今のは自分でも微妙な例えだったと反省している。
よく考えたら若干的外れだし……と、気を取り直して。
これをフィブラに適用すると、形は普通だが彫金で手裏剣模様を掘り込む、といった感じになるだろうか?
「ま、とにかくだ。実用性……機能性を取るかデザインを取るか、それから要素を前面に押し出すか調和させるか。それらをよく考えながら調整するといいよ――ってことらしい。どうだ? 候補は絞り込めそうか? トビ」
「なるほど……あっ、ちょっと見えてきたでござるよ!? 拙者、すぐにデザインを描き起こすでござる!」
座学関係は今一つなトビだが、美術や音楽などは割と得意だ。
ただ音楽は音ゲー、美術はお絵描きゲームやら建築ゲームが源泉と考えると、非常にらしい特技とも言える。
早速といった様子で、トビが新たなデザイン作りに取りかかる。
ありがたいことに、後で佐野先輩はもう一度デザインの確認をしてくれるらしい。
具体性のあるデザインには具体性のある助言をくれると思うので、それまでになるべく完成度を上げておくのがいいだろう。
「次、ユーミル……って、あれ!? お前は直接先輩から聞いただろう!? 何でまとめさせた!」
「まとめ終わってから文句を言うのでござるか……」
視線を落としていたトビが、わざわざ顔を上げてツッコミを入れてくる。
バイト後の疲れた頭でやったせいか、今の今まで疑問に思わなかった。
やってしまったものは仕方ないので、俺は未祐にそのまま洋紙を渡す。
すると、未祐は何やらバツが悪そうで……。
「む……いや、並行してやっている――」
「あ?」
「な、何でもない! 私は忘れっぽいからな! 一応、紙に書き残しておいてほしいと思ったまでだ! 手間を取らせて、すまない!」
「……」
そうか、そういうことか。
現実で並行してやっている作業があるから、頭がこんがらないようにまとめさせたと。
推測になるが、そちらの作業も指導者は佐野先輩だろうしな……。
ユーミルは必死に誤魔化そうとしているが、苦しさは隠しきれない。
「そうか。さすがに細かい内容は、こいつを見れば思い出せるな?」
「大丈夫だ! ありがとう、ハインド!」
みんなも生暖かい目でユーミルを見守っている。
普段なら鳥頭などと揶揄するであろうリィズですら、察したのか黙っているし。
やがてその空気を感じ取ったのか、ユーミルが慌てたように言葉を重ねる。
「そ、そもそも、私だけ仲間外れというのは寂しいだろう!? しっかり全員分用意するのだ!」
お菓子か何かじゃあるまいし、自分の分がなかったとしてもどうということはないと思うが。
まあ、乗ってやるけど。
「その論法で行くと、俺のまとめはないままだけどな?」
「だ、だったら私がハインドのを書いてやろう! 洋紙を出せ!」
「いや、いい」
「どうしてだ!?」
文字が雑だとかまとまりがないとか、理由は色々とあるが。
それらを抜きにしても、前提となる部分に大きな齟齬が存在している。
「自分にされた助言すら忘れるようなやつが、人がされた助言を憶えているのか? さっきお前が言ったことだぞ」
「あっ……」
元々、無理のある言い訳を重ねているので矛盾が生じるのは避けられない。
ユーミルは視線を泳がせた後、もどかしそうにテーブルを叩いて叫ぶ。
「何なのだ、もう!」
「……何なんだろうな?」
その台詞を言いたいのは、本当はこちらのほうなのだが。
やはり、こいつに隠し事の類は難しいと思う。
……微笑ましいので、進んで暴き立てるような真似をするつもりはないが。