デザイン案の作成
さて、収集イベントと同時開催されているアクセサリーデザインコンテストだが。
デザインコンテストといっても、運営ちゃ……じゃない。
運営に直接デザイン案を送りつけるというわけではない。
「要は、アイテムコンテストと同じだってよ。今回の審査は運営スタッフがするらしいけど」
TBには、デザインを現実よりも簡単に形にできる生産システムがある。
それを使い、実物を使って納品することで登録が完了という流れだ。
「では、アクセの完成度も審査に加味されると?」
「多分そうだろうな」
ユーミルの質問に答えつつ、俺は鉱石系素材を手に取り吟味する。
こうして実際に手で触れながらのほうが、デザイン案がまとまると思っての行動だ。
今日はTBの談話室で、アクセサリーコンテストの準備をしている。
ユーミルは俺と同時にログイン、少し遅れてリィズもログインしてくるそうだが――
「先輩、先輩。ぬいぬい系アクセを作る場合は、先輩にお願いしてもいいんですか?」
「ぬ、ぬい……? あ、ああ、縫い縫い……裁縫ね」
こちらに向かって変な手の動きをしているから、俺に呪いでもかけているのかと思った。
どうやらシエスタちゃんは、縫製技術を要するアクセサリーを考えているようだ。
「あ、私も縫い物系はお願いしたいです! まだ何も考えていませんが!」
「ちょ、ちょっと二人とも……ハインド先輩にだって、自分のアクセサリー作りがあるのよ?」
「ハインド殿、手裏剣型のアクセってベタでござろうか?」
リコリスちゃん、サイネリアちゃん、そしてトビ。
集合をかけたわけでもないのに、みんなTB内の談話室に集まっている。
この場にいないセレーネさんも鍛冶室で鍛錬を……と、ログインしたらしいリィズと一緒に戻ってきた。
これで全員揃ったことになる。
「あー……それじゃ、みんなで相談しながら一緒にやるか。とりあえず、分かっていない人もいるみたいだから基本事項のおさらいからいこう。細かいことはそのあとで」
「「「はーい!」」」
「いつもすみません、ハインド先輩……」
第一回アクセサリーデザインコンテスト、テーマは冬。
最優秀賞に選ばれたアクセは、イベント終了後に運営から全プレイヤーにレプリカが配布される。
賞は複数あり、数も多く入賞難度は飛び抜けて高いということはない。
手間に見合うだけの参加賞もあるので、普段生産をあまりしないプレイヤーが街の施設に入っていく姿を見ることもしばしばだ。
店売りの既製品を送りつけるのはもちろんアウトで、納品するのは最低限手作りである必要がある。
「基本事項はこんなところか……で、とりあえずトビ。手裏剣はおかしいよな? 冬要素はどこいった?」
もしや何か考えがあるのかと思い、突っ込んで聞いてみる。
どんなに精彩を欠いていても、こいつがゲームの基本事項を見落とすことはまずない。
「……氷で作る! というのはどうでござろうか? ファンタジー的な溶けない氷みたいなものを削って!」
「……あったっけ? TBで、溶けない氷なんて」
「ベリ辺りにないかなぁ? などと思っているのでござるが。時間的に――」
「厳しいな。見つかるかどうか以前に、移動に時間がかかるから。っていうか、TBで一番プレイヤーに文句を言われているのもここだしな……」
最上位の馬を揃えている俺たちでも、少し長いと感じるほどだ。
最初のうちこそ「旅をしている雰囲気が出て好ましい」とする意見が大多数だったが、ゲームに慣れてくるほど煩わしいと思う者が増えるらしい。
馬の背に羽が生えるか、各地へのワープが可能になるのも時間の問題――と、それはそれとして。
トビの案だが、頭から無理だと否定してばかりでは実りがない。
「でも、氷っぽい鉱石でそれらしく作るのはありなんじゃないか? 武器じゃないなら、丸みを帯びたデザインでもいいんだし」
「なるほど、悪くない代案でござるな!」
「確か、取得済み素材の中に青いハードクリスタルが……ありましたよね? セレーネさん」
俺の言葉の途中から、そわそわし始めたセレーネさんに話を振る。
すると、間を置かず嬉しそうに頷きを返してきた。
「あるよ、加工に向いているのが。鍛冶部屋にあるから、ちょっと持ってきてみるね」
「おお、誠でござるか!? かたじけない!」
トビの言葉に対しても、頷きを一つ。
それからパタパタと足音を立て、慌ただしく素材を取りに鍛冶室へと戻っていくセレーネさん。
その姿を見送った俺は、シエスタちゃんとリコリスちゃんへと視線を向ける。
「……まあ、あれだ。あんなふうに俺たちみたいなのは、趣味で高めた技能を頼られるとつい嬉しくなっちゃうからさ。さっきの質問だけど――」
「つまり、手伝ってくれるんですね?」
遮るように、言葉を先回りしてシエスタちゃんがそう結論付ける。
確かにその通りなんだけど……その面白がるような顔はやめてほしい。
「ただ、なるべく助言に留めることにするよ。手を貸すのは、本当に必要なところだけね」
「えー。どうしてですかー?」
……分かっていて訊いている。
絶対に分かっていて訊いている顔だ、これは。
「やり過ぎると俺の作品になっちゃうからだよ。そんなの、受賞しても嬉しくないでしょ?」
「ああっ!? 確かにそうですね!」
「うむ。どれだけ拙くても、己の色を出すことは大事だな!」
俺の言葉に素直に同意するリコリスちゃんとユーミル。
手を貸し過ぎない、というのは学校でやっているクリスマス相談会にも通じるものだ。
セレーネさんに加工をやってもらうつもりだったのか、トビが俺の言葉にびくりと震える。
「私はそれでも嬉しいですが、何か?」
「何か? じゃないよ。共作ならそれでもいいんだけど……リコリスちゃん!」
「はい?」
このままでは、俺のデザインを練る時間は全てシエスタちゃんに吸い取られてしまう。
今回は裁縫技術を活かしやすいし、個人的に狙っている報酬もある。
手伝いで済む範囲なら構わないが、少しだけ自分の時間がほしい。
「編み物製作をやりきった君なら、シエスタちゃんにその価値を伝えられるはずだ。ゴー!」
というわけで、リコリスちゃんをけしかけてみる。
俺に軽く背を押されたリコリスちゃんは、拳を握って膝を軽く曲げる。
エンジン始動!
「はいっ! いい、シーちゃん!? コツコツ作る系のものが完成したときの達成感は、何もにょにも……何ものにも代えがたいんだよ! 分かる!? 分かって!」
「ちょ、リコ。噛んでるし、待っ――」
「待たないよ! だからシーちゃん、私と一緒に達成感を味わおうよ! 楽しいよ! 慣れてくると、苦しかった反復作業も段々と楽しくなってくるんだよ!? 疲れた腕も軽くなってくるし!」
「それは細かい作業のやりすぎで、おかしな状態に入っているだけじゃ……?」
「おかしくないよ! 楽しいよ!」
「えー……」
勢いが付くと止まらないところは、ユーミルに似ている。
ぐいぐい行くリコリスちゃんに、押された分だけ下がるシエスタちゃんが苦し気に顔を背けた。
「先輩、これはズルいですよ……リコ、暑苦しいなー……」
「わはははは! お前の負けだな、シエスタ!」
もう充分だと、ユーミルがリコリスちゃんを抑えてサイネリアちゃんのもとへ運送。
戸惑った様子ながらも、サイネリアちゃんがしっかりとリコリスちゃんを受け止める。
「お、おかえり、リコ」
「ただいまサイちゃん!」
助かったとばかりに息を吐くシエスタちゃんだったが、同時にユーミルの言葉にやや憮然とした様子も見せる。
どうも、自分のペースが崩され気味なことが気に入らないようだ。
「負けっていうか……いつも先輩に負けっぱなしのユーミル先輩には、言われたく――あー、何でもないです。今のなしで。ここで言い返すと、妹さんと同類になっちゃいそうだし」
「……ナチュラルに私に喧嘩を売っている時点で、何一つ自制できていないと思いますが? 何ですか? シエスタさん。生意気にも、私になら勝てるとでも考えていますか?」
「いえいえー。いやー、妹さんと話していると安心するなぁ」
「は!? ……あ、貴女、まさか!?」
右から左へ、流れるような負の連鎖である。
にしてもシエスタちゃん……。
理詰めで話せるリィズに喧嘩を売って、無理矢理自分のペースを取り戻すとは。
とんだ荒業を使ったものだ。
ユーミル、リコリスちゃんのような感情論主体の人間を真っ向から相手するのがよほど苦手……というか、面倒らしい。
その二人はシエスタちゃんとリィズのやり取りの意味が分からず、頭に沢山の疑問符を浮かべているようだが。
「ほら、ストップストップ。とりあえず今日は、デザイン案を考えるところまでだから。絵が苦手な人は文書でもいいんで、完成したら後で俺かユーミルに教えてくれ」
「あ、う、うむ! 候補の羅列でも可!」
ゲーム側に提出するのは完成品なので、絵や図面が必須ということもない。
もちろん、あったほうが精確なものができあがるのは当然だが。
「……ですが、ハインドさん。いいのですか? そうなりますと、チェックしてくださる手芸部の部長さんが大変なのでは?」
「大丈夫だよ、リィズ。むしろ自分のアイディアの肥やしになるから、絞り切れていない候補を並べてくれるのは歓迎だとさ」
「そうですか。素晴らしい向上心の持ち主ですね」
「そうだぞ! 佐野ちゃんはすごい!」
「すごいと思うなら、もっと敬意を持って接してもいいと思うんだけどな……」
そこまで話したところで、ようやく各自デザイン案の思索がスタート。
使用できそうな素材などを見つつ、俺たちは洋紙とペンを手に頭を捻るのだった。