トビの運営分析
今回のTBにおける収集イベントは、必要数をかなり易しめに設定してある。
集め方も戦闘を介さないもので、プレイ期間の短い初級者でも充分に達成可能なもののようだ。
ただ、古参勢がスルーできる報酬内容かというとそうではない。
それなりに豪華だし、イベント定番の『スキルポイントの書』も含まれている。
「こういうときの報酬に、運営の姿勢って現れるでござるなぁ……」
「え? そういうものなのか?」
現在、俺はトビとフィールドに散らばる『冬のかけら』と呼ばれる結晶体を二人で収集中だ。
こいつが今回のイベントの収集用アイテムとなっている。
場所は『ルキヤ砂漠』、モンスターのレベルが低くあちらから襲ってくることはない。
周辺のかけらを取り切って再配置を待つ間、どうやらトビはイベント報酬ページを再確認していたらしい。
「そういうものでごザルよ? ハインド殿も、もっと最近のネトゲやソシャゲでウッキーすれば……」
「おい、別ゲーの自分に人格が浸食されているぞ。怖い、怖いって」
「ウキ? ……おっとっと、これはしたり。大丈夫、拙者は正気!」
「自分で自分を正気と定義する奴ほど、割と信用ならないよな? ……よくそんなんで、他のゲームをやれと人に言えたもんだな」
かけらの配置はランダムで、それなりの数が同一フィールドに存在。
再配置もそれなりに早く、一つのフィールドを駆け回ってイベントを完結することも可能だ。
取得すると通常アイテムとは別枠で数が加算され、インベントリを圧迫しない。
「ま、冗談はその辺にして。基本、こういうイベント報酬ってある程度ライトなプレイヤーでも達成できるラインがあるでござろう?」
「ああ、聞いたことがあるな。ゲームによっては、そこまでを完走って表現するとかどうとか……」
「マジで全部の報酬を取りきることをそう指す場合もあるでござるが、そういうゲームもあるでござるな」
「定義が曖昧なんだな……」
「ゲームによりけり、でござるよ」
ゲームによって違うなら、あまり積極的に使わないほうがよさそうだな。
特に掲示板などに書き込む場合……そういった畑違いに当たる単語を持ち込むと、あまりいい感情を持たない人もいるそうだから。
郷に入っては、というやつだ。
「拙者が言いたいのは、そのライト層が取り切れる報酬。そしてそこから先のやり込み勢が取るであろう報酬を見ると、そのゲーム毎の運営の方針や考えが少し見えてくる……」
「おお」
「……気がする、という話でござるな!」
「お、おお……」
まあ、何でもかんでも決めつけて話すやつよりはずっといいのだが。
途中まで確信を持っているかのような口調だったので、思わず力が抜けてしまう。
……相変わらず、隙あらばゲーム雑談を持ちかけてくるやつだ。
「どうせ収集中は雑談しかすることがないのでござるし、少々付き合ってほしいでござるよ」
「別にいいけど。話してみろよ?」
「ハインド殿も一緒に、レッツシンキング!」
「あ、ああ。聞き役だけをしていればいいわけじゃないのか……」
と、話している間にかけらがリポップしたようだ。
馬だと速度が乗り過ぎて回収に向かないので、今日はラクダを連れてきている。
俺は目でトビに合図すると、周辺で光を放つかけらに向かってラクダで移動を再開した。
このフィールドにいるのは俺たちだけではないが、だからといって焦ってかけらを集める必要はない。
出現アイテムは各プレイヤー固有のもので、誰かが取っても自分の取り分がなくなったりはしない。
つまり、取り合いが発生しないのだ。
「例えば、ユーザーが滅茶苦茶減って終わりかけのゲームがあるとするでござろう?」
「え? 例えって言ってもお前、いきなりそんな極端な……」
サービス終了直前のゲームか……俺はそういったものに立ち会ったことはないが。
そもそも、イベント報酬の話からは少しズレていないだろうか?
「まあまあ、聞いて? そういう終わりかけのゲームは、どうにかしようという体力が残っている場合、大抵体制が二極化するのでござるよ。ヤケクソ気味に課金アイテムなんかをばら撒くか、残った数少ないユーザーを締め付けて限界まで搾り取るか」
「……」
前者はともかく、後者は酷いような……。
ユーザーを客ではなく、金づるか何かと勘違いしているんじゃなかろうか?
しかも最後まで見捨てずに残ったユーザーたちなのに。
「ばら撒き側はイベント報酬も緩々、締め付け側は有り得ないほど遠い位置に報酬を設定する感じでござるな。それこそ課金者、無課金者問わず」
「ひっでえ。どっちも末路は同じとはいえ、これは……」
「会社が倒産しなかった際に、次に出すゲームの評判にかかわる感じでござる。どちらかというと、ばら撒き側のほうがずっとマシになるでござるよ?」
「生まれ変わったときのスタート地点が変わるってイメージでいいか?」
「そう! そうそう! その通りでござるよ!」
「お、おう……今の例え、そんなに食いつくほど上手くなかったよな?」
妙な反応だが、面倒なので細かいことは気にしないことにする。
それよりも、さっさと話を先に進めてしまおう。
「その感じだと、トビは経験あるみたいだな? 両方とも」
「あるでござるよー。ばら撒きはゲームバランスが破綻、後者は人が更に減って終末感が凄かったでござるなぁ……“混雑”と表示されていたサーバーが、どの時間でも“快適”表示になったときはもうね……」
「……どうしてそんな苦しい思いをしてまで、そんなゲームに付き合い続けるんだ?」
「いや、そこはハインド殿なら分かるでござろう?」
「……」
分からない、というのは簡単だが……俺だってゲームをやっている身だ。
TBだって、今の調子がいい運営がいつまでも続くとは限らない。
俺がプレイしたことのある古いオフラインのゲームだって、中盤までよかったのに終盤は……というものもあったりする。
ただ、どうしても愛着というのは湧くものだ。
磨り減ると惰性、と言い換えてもいい感情に変わっていったりもするが。
「まあ、そうだな。想像はでき――」
「しかしそこで運営ちゃんを擬人化すると、あら不思議!」
「……は?」
運営、ちゃん?
擬人化? ゲームの運営を?
こいつは何を言っているんだ?
大体、ゲームの運営って男の人が多いイメージなのだが。
「病気で臥せった運営ちゃん! お見舞いに来てくれるお友だちが減る中、俺にだけは我儘を言ったりしちゃう! もしくは、こっちが心配になるくらい甲斐甲斐しく色々してくれちゃう! ……みたいな! どう!?」
「馬鹿じゃねえの?」
そう思った瞬間、思わず言葉が口を突いて出ていた。
完全に暴言だが、フレンドフィルターによって消えることなくそのままトビの耳に届く。
だが、トビは気にした様子もなく言葉を続けた。
「そう思うと、全然辛くない! むしろ俺だけは、あの子のために最後まで……! 的な! どうでござる!? 拙者のこの完璧なイメージ力は! サ終直前のゲームとは、こう付き合え!」
「病気なのはサ終直前の運営よりも、お前の頭のほうなんじゃねえかな……」
「何をぅ!? ハインド殿だって、さっき生まれ変わりとかどうとか言っていたでござろう!? あれこそ、拙者と同じイメージ力を持つ同志の証! 仲間! 同類っ!」
「勝手に同類にしないでほしいんだけどなぁ!? 切実に!」
だから変に食いつきがよかったのか……勘弁してくれ。
こいつ、クリスマスが近づいたせいで益々おかしくなっているんじゃないのか?
やがて、言い合っているうちにトビは真顔になり――
「……と、それくらいしないと末期のオンラインゲームとは付き合えないという話でござるよ」
「急に冷静になったな、おい」
「拙者、消え行くゲームをいくつも看取ってきた故に。ハインド殿の言う通り、得てして先にやられるのは見捨てきれないプレイヤー・ユーザー側だったりするものでござるなぁ……」
「深――くはないな、何だこれ? っていうか、何でこんな話をしていたんだっけ?」
二人、ラクダを光に向けて左右に移動させながら話の経緯を思い出す。
『冬のかけら』は騎乗状態でも回収可能であり、気合を入れれば必要分は一晩で集まりそうだ。
一度遠ざかり、合流したところでトビが先んじて口を開く。
「あ、そうそう。プレイヤーくんへの報酬から読み解く運営ちゃんの性格診断でござったな」
「言葉のチョイスがアレなままなんだが……」
「その分析で行くと、今回のTBちゃんの傾向は……」
一応最後まで聞いてやるかと、俺は黙って次の言葉を待つ。
どの道、ろくでもない話なのは目に見えているが。
「次の大きなイベントの準備もあるし、みんなにはそっちに参加してほしい。だから今は程々でいいけど……」
「けど?」
「全く構われないのは寂しいから、ログインはしてね? ちょっとでいいし、報酬もあるから! ……みたいな、構ってちゃんタイプでござるな!」
「面倒くせえ!?」
聞いているだけで疲れてきた。
本当に何なんだよ、今回の擬人化例え話は!?
「ハインド殿、それはどっちの意味で? 拙者が想定した運営ちゃんのイメージが? それとも拙者自身が?」
「どっちもだよ! もうどっちもでいいよ!」
「ちなみにTBちゃんはバリバリの健康体でござるよ? 未だ病気の気配なし!」
「知ってるよ!」
「さあ、ハインド殿も! この報酬リストから、運営ちゃんの姿をイメージ――」
「しねえから!?」
やはり、クリスマスが近いせいか普段より倍増しでおかしくなってきているな。
ちょっと友人として心配になってきたぞ……。