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膨らむケーキを目指して

「ケーキが膨らまない……膨らまないのぉ!」

「あ、荒れていますね……佐野先輩……」


 予想はしていたが、佐野先輩……料理はあまり上手ではない様子。

 一年生の女子部員が一生懸命サポートしたらしいが、それも実らず。

 隣で申し訳なさそうにしている。

 それを見かねてか、佐野先輩がこう続けた。


「……ち、小さいのは私の身長だけにしとけって話よ! 全く!」

「自虐的だな、佐野ちゃん! このままでは、ケーキだけでなく夢も膨らまないな!」

「胸!?」

「む、胸ではない! 夢だ、ゆ・め!」


 佐野先輩が己の胸を抑えつつ、未祐の豊かなそれを睨みつける。

 かなりテンパっているようだが、焦ったところでケーキの完成度は上がらない。

 未祐と佐野先輩が話している横で、俺は担当交代の旨を後輩に告げる。


「す、すみません、副部長。上手くサポートできなくて……」

「いやいや、こっちこそごめんね? ケーキは料理部内でも経験者が少ないから、そもそもちょっと無理があるんだよね……」


 その上、作っているものに幅があるので料理部員はてんてこ舞いだ。

 一斉に同メニューを作るのとは話が違ってくる。


「参加者数も予想以上だったし、気にしないで。柏木さんは盛り付け関係が上手だったよね?」

「あ、えっと……自分では分かりませんが……」

「あっちの一年生のグループが、そろそろ仕上げに入りそうだから。手伝ってきてくれるかな? 確か、彼女たちと仲がよかったよね?」

「は、はい! ……ちゃんと見てくれてるんだ……」


 佐野先輩の盛り付けはきっと問題ないので、おそらく不適材不適所だろう。

 このままだと彼女も仕事した感がないだろうし、こういった配置の変更は大事だ。

 意気揚々と別テーブルに向かう後輩を見送っていると、後ろから視線を感じ振り返る。


「……何モテようとしてんのよ、亘ちゃん。こんなときに!」

「いや、モテようとって……していませんよ?」


 佐野先輩はまだ失敗を引きずっているのか、言葉が刺々しい。

 未祐の腕を引き寄せ、俺を指差して同意を求める。


「今の、未祐ちゃんも見たわよね!? ね!?」

「む?」

「後輩ちゃんに甘い言葉をかけたじゃない! あの子、間違いなく亘ちゃんへの好感度をグーンと上げたわよ! いいの!? 放っておいて!」


 しかし、対する未祐の反応は鈍かった。

 何かおかしな点があったかと首を傾げつつ、俺と視線を交わした後……。

 佐野先輩に向き直る。


「特におかしなところはなかったと思うが? 後輩に対する態度としては普通だろう!」

「ええ!? ってことは、未祐ちゃんも普段から――」

「俺以上に後輩に甘いですよ、こいつは。もちろん叱るところでは叱るので、ただ甘やかしているのとは違うと思いますが」

「ず、ずるい! そうやってあなたたち、周囲の支持を生徒会に集めているのね!? 何かずるい!」


 間違ってはいない、と思う。

 未祐はとにかく人を素直に褒めるし、やる気を刺激するのが上手い。


「未祐のは天然ですけれどね……俺はまあ、多少狙ってやっているところがありますが」

「黒いわね、亘ちゃん……」

「うむ、黒いな!」

「佐野先輩はともかく、お前に言われると何か腹立つ」

「何故だ!?」


 そんな話をしているうちに、佐野先輩の様子が少しずつ落ち着いてくる。

 やがて佐野先輩はテーブル上に視線を落とし……失敗作のスポンジケーキの姿を再確認。

 渋面を作ると、溜め息交じりに肩を落とす。


「はぁ……これじゃ、ゲームのケーキを再現する以前の問題よね? 土台が駄目なんだもん」

「大丈夫ですよ。お菓子は……というか、料理は手順を守ればきちんと形になります」

「ほんとに?」


 何よりも、まずは一つ一つの作業を丁寧に。

 アレンジや基本から外れた味付けのことは考えず、レシピをなぞることに集中するのがいいだろう。

 ――が、その前に。


「佐野先輩が失敗した理由を知ることからいきましょうか。生地がダマになる原因は、主に二つ。一つは薄力粉が湿気を含み、最初からダマになっていた」

「え? 開けたばかりの粉でも、そんなに簡単に固まるものなの!?」

「薄力粉って、すごく粒が小さいんですよ。誤って湿気の多い場所に置くと、あっという間ですよ?」


 佐野先輩が薄力粉を手に取り、目を細めて確認を試みる。

 隣で未祐が屈み、頭の高さを合わせて同じように目を細めた。


「むー……未祐ちゃん、分かる?」

「全然分からん!」

「人の目で見て分かるほどじゃないことも多いです。なので、こいつの出番です」


 使われた様子のない粉ふるいを手に取り、佐野先輩へと渡す。

 佐野先輩がやや困惑しつつも受け取ったのを見てから、その真下に渇いたボウルを設置。

 俺がふるいの上から薄力粉を注ぎ、佐野先輩がふるいをぎこちなく左右に振る。


「こ、こう?」

「はい。ふるいにかけることで、湿気を含んで粒子が粗くなっていた粉を取り除くなり粉砕することができます。ここまではいいですか?」

「う、うん。お菓子って、手がかかるのね……」


 やはりこの工程は行っていなかったようだ。

 生地系統は特に繊細で、少しでも手を抜くとあっという間に残念なものができ上がってしまう。


「もう一つの原因は粉の混ぜ方で、卵と合わせるときの話ですが……もっと後の工程なので、それは一旦置きまして」

「ふ、ふるいも置いていい?」

「いいですよ。小麦粉をふるうのはこうして事前にやっておいてもいいですが、混ぜる時でも可です。夏場なんかは湿気が多いので、直前のほうがいいかもしれませんね。次に――」


 次に、生地が膨らまなかった原因について。

 これに関しては、一にも二にも卵の扱いだ。


「大事なのは卵の温度と、これまた混ぜ具合。温度に関しては、まず常温にしておいた卵を割り入れて……」

「割ったわ! まだ粉とは混ぜない?」

「はい。で、グラニュー糖を入れたら、35度のぬるいお湯で湯煎しつつ混ぜます」

「泡だて器でいいのよね? 電動じゃなくて、手動のやつ」

「ええ、そうです。湯煎することで、卵の泡立ちがよくなります」

「お湯だ、佐野ちゃん!」


 未祐がお湯の温度を測り、佐野先輩が持つボウルの下に湯を入れた器を差し込む。

 手つきが荒いのでお湯が少し跳ねたが、先程の小麦粉には入らなかったのでセーフだ。


「あ、ありがとう未祐ちゃん……補佐に慣れているのね?」

「亘の横で、簡単な手伝いなら何度かやっているからな! 佐野ちゃん、蜂蜜も入れるか!?」

「あ、うん。弟たち、蜂蜜大好きだけど……」

「では、たらーっと」


 佐野先輩が心配そうな目でこちらを見てくるので、俺は黙って頷く。

 水飴や蜂蜜を入れると、生地をしっとりさせることができる。

 加えて蜂蜜なら、独特の香りもプラスされる。

 入れるかどうかは好みの範疇なので、未祐の行動は何も問題ない。


「……なんか、失礼だけど言っていい?」

「何だ、佐野ちゃん?」


 今度はバターと牛乳を混ぜる用に60度のお湯を作る未祐の姿を見て、佐野先輩が眉を寄せる。

 そのテキパキとした動きを見る目は、どこまでも意外そうで……。


「私の料理スキルって、もしかして未祐ちゃん以下?」


 結果、そのような感想を抱いたらしい。

 未祐はそれに不満そうな顔をせず、事もなげに答える。


「そんなことはないぞ! 何故なら……えーと……亘!」

「……未祐にできるのは、あくまで補佐までです。こいつがメインで調理をすると、ロクなものができ上がりませんよ?」

「何だと!? もう一回言ってみろ!」

「お前が振ったんだろうが……」


 そう言われると覚悟の上じゃないのかよ。

 未祐の料理の腕は、佐野先輩が前もって考えていた通りのもので大体間違いない。


「例えば、佐野先輩がやっている今の作業。未祐なら、きっと卵を泡立て過ぎてしまうでしょうし」

「フルパワァァァー!!」

「それが駄目なんだって。加減してくれ」

「あー、泡立て過ぎは駄目なんだ。足りなくても駄目なんだよね?」

「はい。過不足なく、ですね。基本、生地作りは程よい粘性と気泡を残す感じで――あ、まさにそのくらいでいいですよ。ここからはハンドミキサーを使いましょう」


 未祐の調理は力任せが過ぎるのだ。

 味も必ず独自性を出そうとして失敗するし、とても一人で任せられるものではない。

 雑だが手際は悪くないので、勿体ないといえば勿体ないのだが。


「お、白っぽくなってきたけど……亘ちゃん?」

「いいですね。一度ミキサーを止めて、生地を持ち上げてみてください。途切れなく流れるくらいがちょうどよくて、落とした生地が――」

「ちょ、ちょ、ちょ! 速い速い! メモしていい!? チェック項目多くない!?」


 っと、しまった。

 初心者には辛い速度だったか……もっと丁寧に教えないと。

 慣れていないと、覚えることが多くて大変だよな。


「どうぞ。その間、俺は型にクッキングペーパーを敷いておきます」

「私はオーブンの予熱をしておく! 扉を開けっ放しにしたせいで、冷めているようだからな!」

「至れり尽くせりね!? だ、大丈夫かしら、私!? ここまでサポートが手厚かったら、家で一人でできなくなるんじゃ……」


 佐野先輩の最終目標を考えると、独力でできたほうがいいというのは分かる。

 しかし、焦りは禁物。


「まずは自信を回復しましょう、佐野先輩」

「まずは自信を回復だ、佐野ちゃん!」

「同時に!? そ、そんなにさっきの私、酷かった!?」

「「……」」

「何か言ってよ!」


 とりあえず、どんな形でも完成に持っていくことが佐野先輩にとって何よりの経験になるだろう。

 その後、いくつかの工程を経て完成した生地を型に流し込み、予熱が済んだオーブンへ投入。

 佐野先輩が固唾を飲んで見守る中、生地が熱を受けつつゆっくりと膨らみ始め……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ケーキの作り方をこんなに細かく… もう春ですね
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