クリスマス相談会 その4
クリスマスケーキの定番といえば、まずは雪を連想させる生クリームたっぷりのショートケーキ。
次に、木をイメージしたロールケーキであるブッシュ・ド・ノエルであろう。
どちらも仕上げにサンタの砂糖菓子や、メリークリスマスと書かれた飾りなどを載せれば、グッとそれらしさを増すことができる。
「迷っている人は、この二つから選んでみてください。初心者にはどちらも簡単ではないですが、なるべく丁寧にお教えしますので頑張りましょう。今日は練習なので、失敗しても大丈夫です」
「どっちも美味しいわよねぇ……イチゴたっぷりのショートケーキ……ココアパウダーがアクセントのブッシュ・ド・ノエル……ああ……」
「……」
クリスマス相談会、料理部・ケーキ調理実習の当日。
教壇に立ち、開始の軽い挨拶をしている部長の井山先輩と副部長の俺だったが……。
部長、さっきからこんな相槌ばかりで俺しかまともに話していない気がする。
ちなみに今紹介したショートケーキとブッシュ・ド・ノエルの作り方は、事前に黒板に記入済みだ。
「ただ、一番は作ってあげたい人の好みに合わせることだと思います。ケーキに拘らなくとも、旬の林檎を使ったアップルパイとか」
「アップルパイ! 美味しいわよねぇー、冬の林檎! パイ料理ならクリスマス感もあるし!」
「……この時期の旬というとイチゴはもちろんですが、12月はクランベリーなども旬を迎えます。冬
はレモン、ライム、柚子にみかんなどの柑橘類も豊富ですから、酸味を利用したさっぱりめのケーキも個人的にはおすすめです」
「いいわねー! ウチのお父さん甘いの苦手なんだけど、そういうのなら喜んでくれそう」
にぎやかしのような合いの手を続ける井山先輩。
別にいいのだが、その姿勢は明らかに進行側のものではないような……いや、むしろ進行側らしいか?
通販番組のキャストのような大袈裟な反応だ。
……今日の実習はこれまでとは違い参加料あり、必要な共通食材はこちらで用意。
その上で、紹介したような特殊な素材は各自の持ち込みという形だ。
今日は調理実習室の利用時間をたっぷり取ってあるので、何なら今から買いに出てもらっても問題なし。
「家族や恋人、友人へのサプライズをお望みの方は、実習後にお腹を空かせた運動部が来ますので。食べきれない分は彼ら彼女らに食べてもらって、痕跡を残さないように――」
「「「ケーキバイキングと聞いて!!」」」
タイミングを見計らっていたかのように、実習室の窓をがらっと開けて運動部が外から声を上げる。
何なんだ? 誰の仕込みだ、これは。
「……バイキングではないですが。二時間後にまたどうぞ」
「「「うーっす!!」」」
「「「はーい!!」」」
未祐のジェスチャーを合図に、窓が一斉に閉じられる。
お前か、犯人は……。
大体、分かっているのだろうか?
多くの参加者は初心者な上に練習で作るのだから、必ずしも美味しいものができ上がるとは限らないということを。
「……と、そうだ。もし運動部に意中の人がいる場合は料理を持ち帰ってもいいですし、先に食べてしまうのもありです。判断は自由ですので、そこはみなさんにお任せします」
その辺りの融通は利くので、気になるようなら上手く立ち回ってもらいたい。
早めに完成させ、食べて帰ったり持ち帰る人の中には単純に時間がない組も含まれる。
それに紛れることができるので、特段目立つこともないはずだ。
「話を戻します。作ったものの中でもジャムやジュレなど、保存の利く食品はクリスマス当日でも使用可能です。本番のケーキにそのまま使えるよう、存分に味を調整して持ち帰ってください。自信がない場合は、料理部の誰かに協力を仰いでいただければ。味見をしたり、助言をしたりしますので」
「副会長も味見とか、してくれんの?」
と、同級生の男子から質問が飛んできた。
別のクラスの男子で、三人のグループで参加のようだ。
編み物は少数なのだが、料理はこのようにそれなりに男子の姿が見られる。
本日の参加者はほぼ満員、定員一杯で室内の調理台は全て使われることになりそうだ。
というか、わざわざ俺に頼まなくても。女子とお近づきになるチャンスでは?
既に彼女がいるから余計な勘繰りを受けないように、とかだろうか? それとも単に臆病風に――なんて、余計なことまで考え過ぎか。
ここは純粋に、料理の腕を買われていると思っておこう。
「……俺の胃袋が限界を迎えるまでは、可能な限り。他の料理部員もいるし、後ろで仁王立ちしている生徒会長も舌のほうは確かなんで」
「む?」
毎日健康、風邪なし病気なしな未祐の味見は参考になる。
自分の体調が優れず自信がないときでも、我が家では未祐の意見を参考にすればいつも通りの味を出すことが可能だ。
「そちらも頼ってください。味を調える参考になると思います」
「任せろ! 言っておくが、知識はない!」
「ないんかーい」
未祐と仲のいい女子から雑なツッコミが入る。
その言葉通り、未祐に分かるのは味がどうかまでだ。
濃さ、薄さ、舌触りに、コクがあるかどうか、苦み、酸味の強さなどなど。
訊けば高い精度でそれを教えてくれる。
その上でどの調味料を加えればいいかは自分で判断するか、料理部員の誰かに訊いて解決してほしい。
「あー、それともう一点。スポンジケーキの焼成後、それから味付け時などは料理部員がなるべくチェックを入れます。そこで最低限、食べられるものになっていない場合は手を入れますので。あしからず」
「最低限って?」
またも質問が続くが、おかしいな……。
参加者ならともかく、どうして事前周知が済んでいるはずの料理部員からそれが出てくるんだ?
あえてその質問をしてくれているなら、ありがたいのだが――
「?」
あ、これは違うな。キョトンとしてら。
まあいいか……どちらにしても、そこは突っ込んで説明しなければならないことだ。
「最低限というのは、えーと……火を通すべき食材に火が入らず、生であるとか」
「あー。物によっては、食べたらお腹壊しちゃうもんね? 生地が半生とか」
「そう。それと、砂糖の量が健康に影響を及ぼすほど過剰だとか」
ビクッ、と井山先輩が隣で大きく肩を上下させる。
……程々にしてくださいよ、本当に。
甘いものはストレスを緩和してくれるが、過ぎれば体に悪い。
「他には、致命的に取り合わせの悪い調味料を入れようとしているだとか」
「えー、大丈夫だよきっしー」
「唐辛子の瓶を掲げながら言わないでほしいんだけど……それで何すんの? ロシアンルーレット?」
大丈夫などと宣ったのは、クラスメイトの女の子だ。
口にしたキャラクターが目を血走らせて絶叫、という恐ろしいパッケージの商品を手にしている。
ハバネロだろうか? 明らかにケーキ作りには不要なものである。
……ともかく、挨拶はこの辺でいいか。
みんなも話を聞くよりさっさと作りたいだろうし、そろそろ実習に入ろう。
「注意事項は以上です。では、部長」
「え? ………………あ、そっか!」
長い長い間の後に、井山先輩がようやく理解の色を示す。
小さな笑いが起きる中、健治が俺に気遣うような視線を向けてくる。
……料理部の連携の悪さに、早くも心が折れそうだよ。
文化祭のときはもうちょっとマシだった気がするんだけどなぁ。
元々は俺に持ち込まれた相談が原因なので、感謝こそすれ一切文句を言う気はないが。
「はい、実習スタートでーす! 張り切っていきましょー!」
井山先輩の宣言により、ケーキの調理実習が開始された。
作るものはそれぞれ違うが、デザート系という方向性は同じだ。
しばらくすると、室内には甘い香りが漂い始める。
まだ開始から三十分ほどだが、早い人ならもう焼成に入っている証拠だ。
「佐野先輩、お待たせしました」
「来たぞ、佐野ちゃん! って……」
全体の作業が落ち着くのを待ってから、約束通り佐野先輩のところへ未祐と向かう。
場所は教室最後尾の窓側、三年生のショートケーキ調理組でまとめられたテーブルだ。
しかし、そこで待っていたのは――
「わ、亘ちゃん……未祐ちゃん……」
「しっかりしろ! 佐野ちゃん!」
全く膨らんでおらず、所々がダマになったスポンジケーキ。
それを前に、椅子に座り頭を抱える佐野先輩の姿だった。