料理部小話
「料理部……料理って、言うなれば女子力を高める行いじゃない?」
大きな業務用の小麦粉袋を両手で抱え、唐突に井山先輩が呟く。
これはケーキ実習用で、先輩がパン屋の伝手を使って安く融通してもらったものだ。
一度井山ベーカリーに仮置きしてもらったものを、今度は学校へ運んでいく。
ちなみにパンの多くは強力粉、これは薄力粉なので簡単に見分けが付いた。
調理実習は明日、運搬中の現在は前日の放課後となっている。
「女子力とやらの定義によりますが……まあ、そうですね。料理は配点高めかと」
料理は女性がするもの、というのはもう古い考え方に思えるが……。
できないよりはできたほうが高いのではないだろうか?
それにしても、粉物は重い。
ぎりぎり台車を使うほどでもない、という絶妙な量なのがまた辛い。
「亘、大丈夫か? きつかったら言えよ」
「……」
ただ、一人で何袋も担いでいる健治を見ると愚痴も言えない。
その上で、まだ持てると言うか……さすが「何でお前、料理部にいるの?」と週一ペースで訊かれるだけはある。
料理部女子部員の女子力は分からないが、こっちの男っぷりはカンスト気味に思える。
俺が袋を抱え直したのを見て、すぐに気を回してきた。
「……サンキュー、大丈夫だ。ところで、健治はどう思う?」
「お?」
「今の部長の話」
「え? 今の話、途中じゃなかったのか?」
そういえば途中だったか。
それでも今の時期と部長の思考を照らし合わせれば、最後まで聞かなくとも――
「分かるだろ。それなのに、どうして恋人がいない子が多いんだーって繋げたかったんだと思うんだけど」
「それが分かるのは、料理部では亘だけだと思うが……そうなんすか? 部長」
「そう! そうなのよぅ!」
「そ、そっすか。う、うーむ……料理部女子に彼氏がいない理由……?」
この場にいるのは井山部長、健治、そして俺の三人限りである。
裏手からとはいえ、あまり大人数でお店に押しかけるのも迷惑なので……。
部の責任者二人に、力持ちの健治で荷運びという人選に落ち着いた形だ。
「は、花より団子……とか?」
「「すっごいわかる」」
どうもウチの料理部女子は、得た技能を活かすのは専ら自分のためというか……。
もちろん、可愛い子がまるでいないとかそういうこともない。
むしろ井山先輩を筆頭に、美人の数は他の部より多めであると言ってもいい。
しかしながら、浮いた話をほとんど聞かないのは本当のことである。
「色気より食い気とも言うけど……どっちだ? 亘」
「意味は似たようなもんだ。実利優先とか、そんなん」
あまりいい意味で使われることは多くないので、間違っても本人たちに言うことはないが。
個人的には部活中に色恋の話ばかりされても困るので、そういう人たちなのは大歓迎である。
反面、そのパワフルさが時々怖くなるのも事実。
「運動部を呼んでの試食会を、餌付けとか言っちゃう人たちだからな……斎藤さんも同じことを言っていたけど、それを聞いたからか?」
「陰で言っているんじゃなくて、当の運動部にまで伝わっているのはまずくないか……?」
「よくないわよねぇ。それに、笑い声がお淑やかに“うふふ”じゃなくって、“あっはっは!”みたいな感じなのよね……全体的に……」
どうしてかしら? と、井山先輩がおっとりした口調と共に首を傾げる。
その様子に、俺と健治は顔を見合わせた。
……部長がそんな風だから、周囲に男勝りでしっかりした人たちが集まってくるのでは?
「酷いときは“あっはっは!”を通り越して“がはは!”みたいな笑い方してますけどね……」
「そ、そろそろやめようぜ、亘。こんな話をしていたって、後から知れたら……」
「そうねぇ。怖いわねぇ」
「だ、黙っていればバレないって! 言わないでくださいよ、井山先輩!」
「うーん、どうしようかしら」
「「やめて!?」」
と、そこで会話が途切れる。
商店街から学校へは、そこまで遠い距離ではない。
学生服で業務用の袋を担いでいるのは目立つが、これも部活動の一環なので仕方ない。
会話が切れると、自然と目が行くのが周囲の景色だ。
「綺麗ねー、イルミネーション」
「このところ陽が落ちるのも早いんで、もう点灯しているとこが多いっすね」
「そういえば、井山ベーカリーもやっていますよね? イルミネーション」
俺がそう話題を振ると、井山先輩は待っていましたとばかりに手を叩……こうとして失敗した。
袋を抱えているのだから当然だ。
代わりにドヤ顔を……いや、それドヤ顔なんですか? 先輩?
井山先輩は普段の笑顔とあまり変わらない、本人的には得意気なのだろう表情で俺の問いに答える。
「そうなの! 可愛いサンタさんと、トナカイさんがパンをたくさんソリに積んでいてね!」
「へえ、パンを。部長の力作っすか?」
「……悠ちゃん作だけど」
あれ、佐野先輩デザインだったのか……。
イルミネーションの発注に関しては、電飾関係の専門店が商店街に存在している。
そこが手広くやっているので、通学路でもある付近一帯は秀平がうざいと評するだけあるイルミネーションの量に仕上がっている。
遠くの町からわざわざ足を運ぶ人がいるほどで、観光資源としても一役買っているほどだ。
「と、とにかくー。パン屋さんとしてはこの時期、ケーキ屋さんに奪われがちなお客さんをいかに引き留めるかが大事なのよ! そのために、今回多めに仕入れた薄力粉で作ったスポンジケーキを販売中なの! お安く済ませたい奥様方を狙い撃ちよ!」
「スポンジケーキ? 生クリーム塗って、デコって簡単手作りって路線すか? 悪くないっすね、小さい子と一緒にやってもいいし」
スポンジケーキと聞いて、健治がすぐに販売の意図を読んでみせる。
この辺りは料理部員ならではといったところか。
実際、ケーキ屋さんでホールケーキを買うよりもずっと安上がりで済むやり方だ。
完成時の出来栄えについては、作り手の努力次第といった感じだが。
「で、そっちは誰の案なんですか?」
「……亘ちゃん」
「……」
部長が健治から顔を背けながら、光のない目でぽつりと一言。
……井山ベーカリーは沢山の人の温かい支援により、本日も営業中。
やがて、学校の門が見えてくる。
ここまで来れば、後は調理実習室の準備室に小麦粉を置くだけだ。
多少腕に怠さがあるものの、この程度なら筋肉痛にはならないだろう範疇。
「ところで、そういう部長はどうなんすか?」
「どうって?」
実習棟への通路を歩きながら、健治が思い出したように話題を振る。
何だか嫌な予感がするのだが……。
俺はどうにか片手をフリーにしつつ調理実習室の扉を開き、二人よりも先に中へ入る。
「さっきの話っすよ、恋人がどうのとかいう。部長は、クリスマスの予定は――」
「よせ、健治!」
「え?」
「……」
担いだ複数の袋を調理台に順番に降ろしつつの、健治の何気ない一言。
部長は小麦粉の袋を静かに降ろすと、笑みを深くした。
そのまま無言で健治に顔を向ける。
「あ、あの……部長……」
「……健治君」
「は、はい! すみません!」
「クリスマスケーキが甘いのはね……一人で寂しい女の子の心を埋めるためでもあるのよ?」
「う、うっす……そ、そっすか……」
気まずそうに後頭部を掻く健治。
部長はその人柄から、他人に怒りをぶつけるということがない。
ただし、こうやって傷つけるようなことを言うと――
「ぐすっ……わだるちゃぁぁぁん! 健治君がいぢめるぅぅぅ!」
「あー、はいはい……」
泣くし、拗ねるし、食欲が増す。
これは、実習日に激甘ケーキが一つでき上がるのは確定だな……。