二人のクリスマス準備
翌日。
新しいゲームもいいが、TBに使う時間はあまり減らしたくない。
そんな考えのもと、着ぐるみを脱いだら次は剣と魔法の世界へ。
明日の準備全般と家事を済ませ、いざログインというところで――
「すまん、亘! 私はやることがあるので、今夜の生産作業は任せた!」
自室に戻りかけた俺を呼び止め、未祐が欠席を表明。
……もちろんゲームプレイを強制することは有り得ないが、この家にいて不参加というのは珍しいな。
深く理由を訊かないほうがいいのだろうか?
「……分かった。お前の担当分は、俺がやっておく」
「ありがとう! 私はいつもの部屋にいるから、何かあったら自由に――でなく! ノックしてから! ノックして、私の返事があったら! いいと言ったら入ってくれ!」
「お、おう?」
ノックを要求するなんて、またも珍しいことを。
自分が無遠慮に人の部屋に入る手前、相手にそれを求めたりもしないのに。
やけにそわそわしていて、落ち着かない様子も変だ。
「みんなにもよろしく伝えておいてくれ! では、また後で!」
「あ、ああ」
もし隠れて何かしたいのなら、ここでやらずに自宅に帰れと言いたいが。
未祐はさっと身を翻すと、長い黒髪を揺らしてそそくさと立ち去っていった。
……何なんだ、一体?
その後、俺のそんな疑問は一分も経たずに氷解した。
「――佐野ちゃんか!? 私だ! 今、大丈夫か!? 早速で悪いのだが、昨日の続きで困ったことが……」
「………………」
分かりやすっ!?
ちなみに今の未祐の声、俺が耳を澄ませたとか後をつけたとかそんなことは一切ない。
純粋に電話しているらしき声がでかく、まだ閉じていなかった扉の間から漏れ聞こえてきたものだ。
「佐野先輩ってことは、あいつ何か編み物でもやって……いや、いいや」
詮索はやめておこう。
推測が当たっているにせよ、当たっていないにせよ、言葉にすべきではないはず。
そっとドアを閉じ、充電しておいたVRギアを手に取る。
時間的に、みんなもうログインして待っているはずだ。
「――兄さん? いらっしゃいますか?」
ベッドに横たわろうとしたところ、ドアをノックする音と理世の声が。
はいはいと返事をしつつ、VRギアをベッドに置いて出迎える。
「あ、兄さん。クリスマスプレゼントを作りますので、私は今夜TBにログインしません」
「おま……」
「おま?」
お前もか、と思わず口走りそうになった。
未祐と同じ扱いをされると、理世は酷く不機嫌になるからな……危ない危ない。
気を取り直し、理世の体が冷えないようドアを閉めて暖房のスイッチを入れる。
「いや、そうか。今夜は薬草の世話、ほとんどすることがないもんな」
「はい」
「……プレゼント作り? ってことは、部屋に籠もる感じか?」
「はい。楽しみにしていてくださいね?」
と、こちらは対照的に直球で伝えてきた。互いに普段とは真逆に近い行動だ。
それはそれで反応に困るのだが……わざわざ明かしてきたのは、暗に当日まで隠しておきたいから勝手に部屋に入らないようにと言っているのだろう。
理世は未祐と違って自室にいる際、物音が少なく非常に静かだ。
勉強時と区別がつかない可能性があるので、差し入れなどをする際は注意が必要だな。
「了解。何を作るのか知らないけど、あまり遅くまでやらないようにな? みんなには俺から言っておくよ」
「ありがとうございます。……みなさんの生産をお手伝いできないのは、心苦しくはあるのですが」
本心なのだろう、少し渋い顔でベッドの上にある俺のVRギアに目を向ける理世。
……硬いよな、こういうところ。
決して悪いことではないのだが、ゲームに対する姿勢としてはどうなのだろうか?
「問題ないって。何となく気が乗らない、なんて理由でやらなくても全然いいんだからな? ゲームはさ。娯楽に義務はないんだし」
「……そういうものですか?」
「ああ。やるなら楽しく、それでもって長続きしたほうがいいだろう? この話、以前もしたかもしれないけど」
義務感を覚えた瞬間に、それは娯楽と呼んでいいか微妙なものへと変わるだろう。
ふとした瞬間、何気ないときに自然と足が向く……手が伸びる。
そんな状態が理想だと個人的には思うのだ。
「ところで……前々から理世に訊きたかったんだけどさ」
「何ですか?」
「理世個人としては、TBっていうゲームを楽しめているか?」
意外な質問だったのか、理世がまばたきを増やして俺を見返す。
まあ、今更といえば今更な質問だよな。
俺たちがTBを初めてから、もう半年以上が経過している。
「……それは、兄さんのことを抜きにしてという意味ですよね?」
「ああ。俺たちとの付き合いを抜きにして」
理世個人として楽しめているかどうか、是非とも本人の口から聞きたい。
ここのところ、理世がゲーム全般に興味を持ってくれているということは分かっている。
ただ、この質問だけは……これまで、不思議とできていなかった。
「そうですね……TBのゲームとしての完成度がどうなのか、システム面の完成度などがどうなのか、ほとんど比較対象を持たない私には分かりませんが……」
「……」
「少なくとも、現実で行えない……魔法を撃ったり、有り得ない素材から妙なアイテムを作ったり。奇妙な生き物と戦ったり、観察したり、触れ合ったり……かと思えば、現実に存在する動物と現実にはない手軽さで触れ合えたり」
「……!」
「そういったところは、とても楽しいと感じています。本当ですよ?」
理世が常にはない優しい顔で笑む。
最近の理世の行動から、こう言ってくれるだろうことは薄々分かっていたが……。
実際に言葉にされると、何だか満たされたような不思議な気持ちになるのだった。
「――と、いうわけで。二人は来ないってさ」
「はー、珍しいでござるな。ハインド殿あるところ、お二人ありというくらいのログイン率を誇っているというのに。クリスマス、というのは拙者何のことか存じ上げぬでござるが」
急な欠員が出たものの、今日も今日とて生産作業に精を出す。
メンバーは二人を除いた全員がログイン済みで、今は厩舎内で馬のブラッシング中だ。
「しかし、いいでござるなぁプレゼント。どうせハインド殿がもらえるのでござろう? クリスマスとやらの存在は拙者、全く知らないでござるが!」
「やめろよ。そのつもりでいて、もらえなかったらショックが半端じゃないことになるだろう? 酷く惨めだし。理……リィズには楽しみにしていろって明言されたけど」
「どうしてそこまで卑屈になれるん……? ――とと、なれるのでござるか? まぁ、拙者クリスマスなどという単語は一切合切耳にしたことがないのでござるがっ!! 何それ食えるの!?」
「――しつこいな!? どんだけクリスマスを知らないことにしたいんだよ、お前は!?」
「あーあー、聞こえないぁぁぁい! なぁんにも聞こえなぁぁぁい!」
トビは血走った目でそう叫んだ後、何やらぶつぶつと自己暗示のようなものをかけ始めた。
ついでに告白に成功したクラスメイトが憎いだとか、街中のイルミネーションがうざいだのと恨み言を並べていく。
そんな感情に呼応するように、ブラッシングの手つきが乱れ――
「ごふっ!?」
「あ……」
馬に頭突きされたトビは、そのまま地面に転がって動かなくなった。
痛みからではなく、立ち上がる気力が湧かないといった虚ろな表情で――は、ともかく。
何で俺を見る。
そんなトビの姿に、女性陣は……。
「トビ先輩、ドンマイです!」
「あ、あの……きっといいことありますよ!」
「おー、イルミネーションに関しては私も同意します。煌びやかな反面、眠い時はちょっと目に沁みますよねー」
「えと……と、トビ君? 別に、クリスマスだからって必ずしも恋人と過ごす必要はないんじゃないかな……? げ、元気出して? ね?」
「うぅぅぅぅ……」
外面はともかく内面の残念さを知っているので、かける慰めの言葉も適当なものだった。
ちなみに所有馬・育成馬に攻撃されても、派手に吹き飛ぶことはあるが痛みもダメージもない。
そもそも農業区は安全エリアなのだし。
元気のない呻き声を上げながら、トビが厩舎の中を転がり……って、危ない危ない。
馬に蹴られるぞ? 恋路の邪魔もしていないのに。
「あー……ま、まぁ、とにかく。みんなも、今はイベント少なめだから無理せずに。年末ってこともあるし、現実の都合を優先してほしい」
「はーい!! はい、はい、はーい!」
「シー、そういうときの返事だけは無駄に元気ね……文句を言っても、しっかりログインはする癖に」
「シーちゃん、さっきから仔馬さんばっかりブラッシングしてる……」
クリスマス前後というのはゲーム的にも大きな稼ぎ時のはずだが、TBはアクセサリーコンテストと軽めの収集系イベントがあるだけだ。
クリスマス当日にアップデートが予定されているが……まだ内容は未公開なので、果たしてどうなることやら。
掲示板では、今は大きなイベントの前準備期間だと予想されており、俺も同意見だ。
「年末年始に大きなイベントがありそうだから、夏みたいに早めに冬休みの宿題を終わらせてさ。できるだけそっちに注力を……どうしました? セレーネさん」
「あ、な、なんでもないよ! ただ、私もプレ――」
「……?」
「う、ううん! さ、さぁ、そろそろブラッシングを終わらせないと! 次の作業が待っているよ!」
セレーネさんは焦ったように話を切り上げ、愛想笑いと共に手を速める。
残る作業は羊の毛刈りと鶏舎の掃除、それからキノコの世話といったところだ。