着ぐるみVR体験 その3
「着ぐるみワンダーランド」プレイ二日目。
このゲームの基本的な流れは、まず何よりも着ぐるみの着用。
それが終わると、次にメインとなる要素が出現する。
「おい、ネコ」
イノシシ(未祐)がネコ(理世)に話しかける。
ちなみにこのゲームでは、着ぐるみのモチーフになったものに「ちゃん」や「くん」を付けて呼ぶのが基本らしい。
「何ですか、イノシシ」
ただ、二人は一切それを守る気がないようだが。
理世が着ているのは、綺麗なグレーの短毛にエメラルドグリーンの瞳をしたネコの着ぐるみだ。
過去に俺がイメージした種類の猫と、まさかの駄々被りという結果に。
……おかげで、あの自動診断のことを悪く言えなくなってしまった。
「どう見てもこの遊園地、廃墟なのだが……?」
イノシシが蹄を前に突き出し、周囲の風景に沿うようにそれを左右に動かす。
手だけでなく体も合わせて大きく動いているので、本人は問題ないと言っていたが……やはり視界の制限は大きい模様。
「……廃墟を再建するという体なのでしょう? おそらく」
そう、主目的となるのは遊園地の再建。
目の前に広がる夢の残滓、寂寥感漂う憩いの場だったもの……それを復活させることだ。
要はこのゲーム、遊園地経営シミュレーションなのである。
「ゲームが進むとオリジナルの遊具とか、自由に配置する機能も解放されるらしいけど……ほら、基本は子どもが対象だから」
把握できる限りでは、メリーゴーラウンド、観覧車にジェットコースター、ティーカップ。
軽食を売る小さな店舗に、土産屋、ベンチ、やや遠くに入場ゲート。
全て機能を停止しているものの、遊園地にありがちなものは一通り揃っている。
「これら全てを復活させると、ベーシックな遊園地ができあがるらしいぞ。そこまでが初級編」
そのままの配置で遊具や遊園地全体を発展させるもよし、一から並べ直して完全なオリジナルを作るもよし。
そういったビルド系の要素が、このゲームが大人にもヒットした一番の要因だとかどうとか。
「で、そのベーシックな配置にはいつでも戻すことが可能らしい。上手くいかないときは戻せばいいし、ゲーム側が設定している配置のパターンだけでも種類が豊富なんだと。気が利いているな」
「なるほど! それをベースに弄れば、小さなお子さん作でもそれらしくなるということだな! さすがわた……フライパンくん! 分かりやすい!」
「……。何か、そう呼ばれると一切褒められている気がしないな。イノシシちゃんよ……」
最初に選ばれるセットは、複数ある中からランダムで選ばれるそうだ。
今ある配置は大噴水跡を中心に、ぐるっと円形に遊具が配置されたもので……少しサーラの王都に近しいものを感じる遊園地だ。
「っていうか、聞けよゲーム側の説明を。また悪癖が出ているぞ、イノシシ」
「いいのだ! 後でまとめてお前から聞くのが一番早いからな!」
「……多分、あの説明。子どもでも理解できるような、分かりやすい内容に仕上がっていると思うんだけど」
実はもうこの場にはポップな妖精が登場し、ばっちりとチュートリアルを開始している。
小春ちゃん(ポメラニアン)と椿ちゃん(ポニー)はちゃんと妖精の話を聞いているが、どうも他のメンバーは話半分といったところ。
この最初のチュートリアルを終了すると、お目当ての『ご褒美ホイップクリームケーキ』を一つ取得することができるそうだ。
頼まれごとがきっかけではあるが、個人的にもどんな味かちょっと楽しみ。
「先輩、先輩」
「お?」
俺もチュートリアルを聞こうかと平べったい体を向けたところで、視界外から腕を引かれる。
真横は全然見えないが、この呼び方をするのは一人だけだ。
「何だい? シエ……じゃなかった。ヒツジちゃん」
もこもこと豊かな毛の中から、短い手を伸ばしていたのはヒツジの着ぐるみを着た愛衣ちゃんだ。
彼女がこうなったのは、睡眠導入にヒツジ数えがいいというイメージからだろうか?
発症国との文化の違いもあり、日本人には効果がないとの説もあるな。
……もっとも中身の愛衣ちゃんの髪がふわふわ系なので、それほど違和感のない診断だったとは思うのだが。
「先輩。ちょっとここで横になってください」
「え? ここって……」
白い毛のヒツジちゃんが示すのは、遊園地のぼろけた石畳。
石のブロックの下から雑草が伸び、石自体も所々欠けてデコボコしている。
着ぐるみなので、ここで寝転んでも痛くはないと思うが……念のため訊き返す。
「……地面に?」
「はい」
「何で?」
「先輩と二人で、どうしてもやりたいことがあるのでー」
「……」
どうしても、と言われると断りにくい。
俺はせめて顔が地面につかないようにと、上を向いて指示通りに寝転んだ。
そのまま待っていると――
「よっこいしょ」
「――!?」
何かがお腹の上に乗っかる感触が。
嫌な予感がするも、視野と首付近の可動域の問題で状況の把握が一瞬遅れる。
「あーっ!」
「……何の真似ですか?」
そしてイノシシとネコから上がった声に、俺は身じろぎするのをピタリと止めた。
というか、呼吸を含め一時的に全ての動きを止めた。
俺はフライパン、俺はフライパン、俺はフライパン……。
その後、あろうことか腹部――柔らかい鉄板部分の上に乗るヒツジから出た言葉は、こんなものだった。
「完成、ラム肉のステーキぃー」
「ふざけるな! どこの世界の人間が、丸焼き毛まみれの料理を食べると言うのだ!」
「丸焼きがお望みでしたら、まずはその毛を全て毟って差し上げます。今すぐそこから降りなさい!」
あ、お腹の上の重みが増した。
体重を完全に預け、ヒツジちゃんがリラックスモードに入る。
「ぐう……」
「寝るなぁぁぁぁぁぁ!!」
「この……っ!」
結局のところ、俺を布団代わりにしたかっただけのことらしい。
フライパンの着ぐるみは平べったいからな……クッションとして使うには、この中だったら上等な部類だろう。
イノシシとネコがヒツジをどかそうとするものの、蹄と肉球付きという己の手に苦戦している。
「ウキャキャキャキャ!」
ようやく立ち上がった俺を出迎えたのは、ウザかわ系の顔をしたお猿の着ぐるみ。
中身は言うまでもなく、残った二人のうちの騒がしいほう――秀平である。
……すげえ。
着ぐるみフィルターがかかっているというのに、受ける腹立ち度合いが普段と全く変わらない。
「……おい。何だよその笑い方は? 俺を馬鹿にしてんのか?」
俺のそんな言葉に耳を貸さず、サルは笑うのをやめない。
さては答える気がないな、こいつ……。
やがて笑いを引っ込めると、今度は一方的に自分の話を始めた。
「何で俺がサルなの!? っていうのは散々昨日言ったけど!」
「言っていたな」
納得いかない、納得いかないと秀平の愚痴は長いこと止まらなかった。
四度自動診断を受け直した時点で、どうやっても結果が変わらず諦めたようだったが。
「どうせサルならロールプレイ! 忍者もサルもどんどこい! ってことで、ウッキィィィィィ!!」
「うるせえ! ここは動物園じゃねえ!」
「ウッキィィィィィィィ!!」
他の着ぐるみ同様の、短い手足をバタつかせて荒ぶる秀平サル。
何故かこちらに向かってくるので、でかい頭を片手で押さえて距離を取る。
あまりにもそれが鬱陶しかった俺は、思わず横合いにあった手を引いて言った。
「こいつ……! 静かにしないと、このハンマーさんでお前の頭をかち割るぞ!」
「ウキッ!?」
「あの、ハイ……フライパンくん? 私の頭のこれ、きっとピコハンよりも痛くないと思うんだけど……」
綿がたっぷり詰まったハンマーは痛かろう! ……などということになるはずもなく。
ついでに受ける側の頭も防御力が高いので、衝撃力は限りなく低くなる。
とはいえ体重を乗せれば中身の無事は保障されないが、どちらにしてもこのハンマーさんを打撃に用いる意味は皆無だ。
「っていうか、俺の頭がかち割られること自体はいいの!? は、ハンマーさん!?」
「あ、ご、ごめんね!? そういうわけじゃ……」
「ハンちゃんを苛めるなぁぁぁ!!」
イノシシが状況も見ずに介入してきて、更に収拾がつかなくなる。
その段に至り、俺は妖精さんがしているチュートリアルを聞くのを諦めた。
……後でポメラニアンちゃんとポニーちゃんに詳しく教えてもらうとしよう。