クリスマス相談会 その3
「猪に羊、犬、猿……干支? 干支だよね? あ、でも……ポニーは馬に入る? 亘ちゃん」
「ポニーはサイズが小さい馬の総称なはずなんで、入れてもいいかと」
「そうなんだ。じゃ、やっぱ干支……あれ? 猫は違うよね?」
「違いますね」
佐野先輩が昨夜のあらましを聞いて得た最初の感想は、それ干支じゃない? というものだった。
その表情にはわざわざゲームをプレイしてもらったという申し訳なさと、俺たちの行動への若干の呆れが混ざり合っている。
二人で、と言っていたのが急に八人まで増えるとは思わないよな……。
「そして俺がフライパンで、最後の一人が――」
「ハンマァァァッ!」
俺の言葉に続けて、未祐が意味もなく叫ぶ。
昨夜の光景は、さながら魑魅魍魎が集う百鬼夜行のよう……とまではいかないが。
「うん、意味分かんない」
佐野先輩がいい笑顔で親指を立てる。
前半の動物系はともかく、後半二人の物系キャラは確かに意味が分からない。
昔から日本では、万物に魂が宿ると言われているが。
中身が人間、二足歩行の時点で無理のある着ぐるみができ上がるのは当然。
ハンマーの着ぐるみも、フライパンと同レベルの残念デザインになってしまっていた。
「ですね。ハンマーになった本人が、一番困惑していましたよ」
「ハンマーのヘッドも柄もふにふにだったしな!」
「何じゃそりゃ……でも、そっかぁ。もし私がそのゲームやったら、裁縫道具になっちゃうのかな? 針とか、ミシンとか」
冗談めかして言う佐野先輩に、俺と未祐は顔を見合わせた。
佐野先輩が、あのゲームで自動診断を受けた場合か。
ふと、先輩が自分の髪に触れた拍子に、絆創膏が巻かれた指が目に入る。
……佐野先輩が俺たちと同じように自動診断を受けたとしても、そうはならないのでは?
「な、何!? その微妙な反応!」
「だ、だって、佐野ちゃんの技能では……な、なあ! 亘!」
「え? あ、ああ。好き・嫌いだけじゃなく得意・不得意の質問もあったしな。どちらかというと、デザイン用の鉛筆とかのほうが合って……い、いえ! 技術は後からついてきますって、絶対! 大丈夫です、佐野先輩!」
震え始めた佐野先輩に対し、精一杯のフォローの言葉をかける。
しかし佐野先輩は、下を向いたまま深く息を吸い……。
そのまま、顔を勢いよく上げて口を開く。
「フォローになってなぁぁぁいっ!!」
……磨くのが大変なセンスが足りないよりは、ずっといいと思うのだけれどなぁ。
現在はクリスマス相談会の日程中盤、手芸部担当の放課後だ。
最近になって期末テストの結果も出始め、俺たち二年の間では弛緩した空気が流れ始めている。
三年生はまた違う空気だが……。
「でも、いいの? そんな多人数で、わざわざ弟たちのケーキのために……」
受験組に該当するはずの佐野先輩は余裕がありそうな様子。
井山先輩曰く「ああ見えて悠ちゃん、成績いいのよ! ……私よりも」とのこと。
「いいんです。遊びですから」
「うむ! 楽しんでやっているから、そんなに気に病むな!」
話は引き続き「着ぐるみワンダーランド」に関して。
今は相談者の波が途切れ、参加者は室内のあちこちで歓談しながら作業を続けているといった状況だ。
「そう言ってもらえると助かるけど……ケーキの実習日までに間に合いそう?」
「調べたところ、序盤で手に入るご褒美アイテムらしいので大丈夫です。ですので、見た目だけでなく味もかなり近付けられると思いますよ」
「試食役は私に任せろ!」
「おー、頼もしい……本当にありがとうね? 二人とも。それとごめんね?」
佐野先輩がくどいくらいにこう言ってくれるのは、俺たちが生徒会役員であることを考慮してのものだろう。
しかし、もうすぐ終業式ということで生徒会の仕事はあまり多くない。
俺たちがいない間は、緒方さんが後輩の指導期間に当てると張り切っていた。
故に心配は無用なのだが――
「すまないと思うなら、代わりに佐野ちゃんにやってほしいことがあるぞ! な、亘!」
タイミングがいいと判断したか、未祐が佐野先輩へのお願いを切り出す。
こちらはTBのイベントに関連したもので……新イベントの発表は、昨夜のうちに行われている。
未祐の声に続き、俺は小さな頷きと共に佐野先輩に向き直った。
「俺たちがメインでやっているゲーム、次のイベントがアクセサリーのデザインコンテストなんですよ。それで――」
「話は読めたわ……亘ちゃん!」
「え?」
まだ最後まで言っていないのだが……。
やけに自信満々なので、ここは遮らずに佐野先輩の言葉を待ってみる。
茶髪を揺らし、腕を組んで白い歯でニッと笑う。
「私がそのアクセのデザインを考えればいいのね!」
「違います」
「違うぞ!」
「あれぇ?」
結果、見事に答えを外された。
ぺろっと舌を出し、照れを誤魔化すように目を泳がせる佐野先輩。
佐野先輩にお願いしたいのは――
「俺たちが考えたデザインへのアドバイスを頼みたくて。簡単な一言でもいいので」
「佐野ちゃん、頼む!」
「あー、そういう……そっかぁ。ゴーストデザイナーじゃないんだ」
「ゴーストデザイナー……」
あまり聞き慣れない単語だが、佐野先輩的にはそうではないのだろう。
普段から触れている分野の違いか……。
俺も裁縫は好きだが、ファッションの流行などは最低限しか抑えていない。
「おお、格好いい! ……格好いい?」
「いや、よく意味を考えろよ未祐。最高に格好悪いだろう? 字面が格好よさげなだけで……他人の手柄を自分のものにする行為だぞ? むしろダサさの極みだ」
「……むぅ、確かに! それらしい横文字に惑わされてはいかんな! まるで格好よくない!」
未祐が英語やカタカナ語に弱いからこその反応だ。
自分の言葉に自分で首を捻っていた辺り、それに気が付くのは時間の問題だったと思うが。
「あっはっは! 清廉だねぇ、後輩たち! ……ま、私もそんなお願いだったら断るつもりだったんだけどぉ」
だとしたら、悪ノリが過ぎる言葉だったと……俺たちを試したのか? それとも偶然?
どちらにせよ、TBは俺たち自身が楽しんでやっているゲームなので、自力でデザインを生み出さなければ意味がない。
ただ、その中で助言を受けることは何ら恥ずべき行為ではないはずだ。
「そんなわけですので、改めて――」
「求む、佐野ちゃんの助言! 頼む!」
そんなお願いを聞き終えた佐野先輩は、笑顔で頷いてくれる。
「うんうん、頼まれますとも、頼まれますとも。でも、私だって素人に毛が生えた程度のことしか言えないからね? アクセもそれなりだけど、本命は服だし……ていうか、服なら亘ちゃんでいいだろうし! それでもいいのね!? 私の助言が正しいとも限らないからね!? デザインに絶対の正解はないし! ……ないし!」
引き受けてくれるそうだが、妙に言い訳のようなものが長い。
外見に反して、性格は謙虚というか生真面目というか……非常に親しみが持てる人だ。
こんなことなら、もっと早く佐野先輩と色々話せる関係を築いておきたかった。
少し勿体なかったかな……と、今は返事をしなければ。
「もちろん、それで問題ないです。お願いします」
「しばらくしたら、最初の案を佐野ちゃんに持っていくな! 人数分!」
八人分かぁ、と大変なことになりそうな予感に佐野先輩が苦笑い。
ケーキと交換条件のような形になったが、快諾してもらえてよかった。
そのまま雑談していると、助言を求める声が同時にこちらへと届く。
雑談を切り上げ、俺たちはそれぞれ受け持ちの場所に移動を始めるのだった。