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着ぐるみVR体験 その1

 佐野先輩から相談を受けた数時間後。

 俺と未祐は、ヴァーチャル空間内で向き合っていた。


「……」

「………………」


 そして生まれたのは、沈黙。

 どちらか先に話したほうが負けという空気。

 俺は未祐を少し狭まった視界で捉え直す。

 光を反射する黒々とした円らな瞳、動かない口元。

 ずんぐりした腕、物を掴みにくそうな手に太い脚と足。

 ふかふかとした長い毛に、身の丈二メートルを超える大きな体躯。


「……ぶほぉっ!?」

「あ、こいつ噴き出しやがった」


 素顔が見えないので、音で判断するしかないのだが。

 俺たちは昼間の約束通り、例のVRゲームをインストールしてプレイ中だ。

 タイトルは『着ぐるみワンダーランド』とのこと。

 このゲームにおいて、プレイヤーは着ぐるみ姿でしか存在できない。

 つまりは、そこにログインしている今の俺たちの格好も必然的に着ぐるみなのである。

 ……未祐が笑った理由は、その格好よりも沈黙に耐えかねてのものだと思うが。

 昔から、睨めっこなどで遊ぶと異常に弱い傾向があったからな。

 それにしても、だ。


「未祐、お前……着ぐるみまでイノシシなのかよ? 何も、そこまで自虐しなくてもいいんだぞ?」


 未祐はイノシシの着ぐるみだった。

 子供向けゲームだからか、二足歩行用にデフォルメされていて可愛らしいデザインだ。

 牙の中身も見た感じ綿で、実際に触ると鼻の辺りも含めて柔らかい。

 仮にこれで突進を行ったとしても、何の攻撃力も発揮されないことだろう。


「ち、違うのだ! これは違うのだ!」


 未祐が丸っこい(ひづめ)を振って必死に否定する。

 その所作も、着ぐるみを着ているとあって何だか微笑ましい。

 胴体がずんぐりしているので、普段は長い未祐の手足が短く見える。


「何が違うんだ?」

「自動診断を使ったら、こうなって……」

「え? マジで?」

「マジだ! 私が自分でこれを選ぶはずがあるまい!?」


 このゲームにおける容姿の初期設定……つまりはアバターである着ぐるみの設定なのだが。

 大別してプリセットの中から選ぶパターン、自分で細かく設定するパターン、そして未祐が選んだ自動診断による設定の三つが存在していた。

 自動診断はゲーム側が出してくる質問に答え、その結果に応じて自動でアバターを生成してくれるというちょっと面白い機能だ。

 つまり、未祐は――


「遂にゲームにまでイノシシ扱いされたってわけか……不憫な」

「納得いかん! 何一つ納得いかん! ぬああああっ!!」


 またも蹄を振り回す未祐。

 危ない、危ないって……当たっても痛くはないだろうけれど。

 ちなみに俺たちが今いる場所は、ぬいぐるみが多数置かれたファンシーな部屋だ。

 この中のぬいぐるみが魂を得て動き出した、といった感じの設定だろうか? よく分からないが。

 許可を得ているのだろう、見たことのあるゆるキャラや有名キャラたちの姿もぬいぐるみの中には見える。

 ゲーム的に言うと待合ロビーに当たる場所で、設定したパスワードを入力しないと他人は入れないようになっている。


「というか、何なのだ亘の格好は!? 私よりもそっちだろう、まず論ずるべきは!」

「何なのだって……プリセットの先頭にあった犬だけど?」


 何もおかしなことはないはずだ。

 妙に眉毛がしょんぼりしている以外、取り立てて特徴のない犬の着ぐるみ。

 どうせこのゲームは軽く触るだけだと思い、あまり深く考えなかった。

 未祐よりも大分早く設定が終わり、待ちぼうけだったのはこの差があったからか。

 俺が犬の着ぐるみで一人突っ立っていた間、こいつはAIと一問一答していたのだから……遅れるのも当然である。

 手を広げて肉球を見せる俺の姿に、未祐は何やら眉根を寄せる。


「……駄目だな! やり直し!」

「あ?」


 こちらの肉球を蹄で突きながらも、語気を強めていく。

 動きも段々とボクシングのワンツーパンチのように……って、腰が入り過ぎだよ! 押される!


「やる気がまるで感じられん! 待っていてやるから、設定をやり直してこい! 何なのだ、プリセットの一番上って! 名前を“ああああ”にするくらいの暴挙だぞ!? 悩んだ末に一番上ならともかく!」

「どうしてそうなる!? やり直しって、本気で言ってんのか!?」

「本気も本気だ! やるからには、何であれ常に本気だぞ! 私は!」


 それはよく知っているが、こんなところでまで発揮しなくても……。

 とはいえ、どうせやるならという意見は分かる。納得できる。

 斜に構えるのは決して格好よくない、むしろ非常に格好悪いということを、未祐にはこれまでの人生で散々見せ付けられている。

 それでも、自分で細かく設定するほどの熱はないので――


「……じゃあ、お前と同じ自動診断で設定しなおしてくる。それでいいだろう?」


 繰り出される右の拳を両手で受け止めると、ようやく勢いが収まる。

 拳……蹄を収め、イノシシが腕を組み難そうにしつつ頷く。


「うむ! そうしろ!」


 幸い、初期設定のやり直しはそれほど難しくなかったはず。

 おおよそ十分間もあれば、またこの場に戻って来られるだろう。

 しばらくして……。




「……」


 未祐が着ぐるみの中でしていたであろう、同じような渋い顔で俺はロビーに戻ってきた。

 今から「これ」を見て未祐がどんな反応をするのかと思うと、憂鬱である。

 こんなことなら、適当でもいいから何か自分で設定すればよかった。

 そう後悔しても、約束の時間という名の制約がやり直すことを許してくれない。

 しかし、周囲を見回しても未祐の……あのゆるいイノシシの姿は見つからず。


「どこに行った?」


 待っていると言ったのだから、部屋のどこかにはいるはず。

 あいつは落ち着きがないが、約束は必ず守るタイプだ。

 えーと……着ぐるみの視野が狭いせいで、見落としがないか心配になるな。

 あ、あれか? あの辺のぬいぐるみ、崩れたような跡がある。


「はふぅ……」


 そうして割と広い部屋の中を奥に進んでいくと、ようやく見つけた。

 ぬいぐるみの山に埋まるように、イノシシの着ぐるみが緩み切った体勢で寝転んでいる。

 誰かが見ることを考慮していないのだろう、幸せそうにぬいぐるみに頬擦りなどをしており……。

 それはフクロウのぬいぐるみか? ちょっとノクスに似ているように見えるな。


「むふふふ……むお!?」

「……」


 黙って観察していると、ようやくイノシシがこちらの視線に気が付いた。

 慌ててぬいぐるみを蹴散らしながら立ち上がり、居住まいを正す。

 しかし、とてもじゃないがその程度で繕いきれるものではない。

 右往左往する姿に、俺はそっとこんな言葉を投げかけた。


「……見なかったことにしようか?」

「……そうしてくれ」


 何だかんだで可愛い物好きな未祐である。

 そうして呼吸を整えたところで、未祐が変更された俺の姿をまじまじと見た。

 遂に来たか……。

 俺の姿をざっと見た未祐は、すぐさま硬直。

 やがてプルプルと震えだし――


「ぶふぉ!?」

「まーた噴き出しやがったよこいつ……」


 素顔が見えないので以下略。

 やはり笑われてしまったか……まぁ、この姿を見れば噴き出すのも仕方ないというか。

 今の自分の姿は、非常にアレな感じだ。

 認めざるを得ない。


「ふ、フライパン!? その着ぐるみは無理があるだろう、亘! わははははは!!」


 未祐が震える指先を俺に突き付け、腹を抱えるようにして笑う。

 その笑いがあまりに長いので、事前に覚悟をしていたはずが……。

 自分の中で、遂に我慢が限界を迎えてしまう。


「あははははは! 焼けるのか!? 玉子を焼けるのか!? 美味しく焼けちゃうのか!?」

「うっせえよ! どこに行ってもイノシシ娘なお前に言われたくないわ!」

「うはははは!」


 ゲームが自動診断で下した俺のアバター(着ぐるみ)は……。

 玉子焼き用の長方形のフライパンに、にょきっと手足が飛び出た間抜けな格好だ。

 取っ手は頭の上にあり、腰を折るとへにょへにょと途中で曲がってしまう、フライパンとしても半端な存在。

 未祐のことを笑えない、そんな微妙な姿へと成り果てていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フライパンって、「便利」ですよね~。 焼けるし、鍋の代わりにもなるし、皿の代わりにもなるし・・武器にも盾にもなるし。 ぴったりかとw
[良い点] いやもうひたすら草生えるw [気になる点] この視界や取り回し不自由な手足からして料理はこのゲーム内で作る奴じゃなくてショップで注文して出てくるのかな? [一言] 他の連中だと何のきぐるみ…
[良い点] 動物だけじゃなく物まで完備してるし! 且つ、診断結果にあるのかよ(笑) [一言] 多種多様な調理器具の中でも王道いったなー
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