クリスマス相談会 その2
胃袋を掴む。
それは、料理部女子のほとんどが目指しているところだ。
我が校の料理部は、俺がそう評するのも何だが活気がある。
週一回の実習はほとんどかかさず行っているし、多めに作った料理を部外の生徒に振る舞った際の評判も上々。
故に、定員一杯まで人は集まった。
「あっま! 甘いよぉー!」
「あはははは! 麺つゆ入れ過ぎた!」
「……何か、硬くない? このパスタ」
「硬いね……で、でもアルデンテが好みだって彼が!」
「限度があるわよ、限度が。芯が残っているじゃない」
放課後の調理実習室は賑やかだ。
真面目にレシピなどを教わる人もいれば、単に騒ぎたい人。
横で見ているだけの付き添いに、味見と称して試食役を買って出る食い意地の張った人まで様々だ。
「……ふー」
下級生一組の指導を終え、俺は固まった肩を動かしながら息を長く吐く。
室内の話し声が少々大きいとあって、先生方に注意されないか心配になる。
テーブルの片付け……よし、完了だ。
次の相談者がくるまで、このまま座って静かに休憩するとしよう。
料理部男子は健治を始め、備品と食材の買い出しに行っていて話し相手も少ない。
女子ばかりで居心地悪いとか言いやがってアイツら……そんなの、普段の料理部だってそうだろうが。
ふと、壁にかけられたカレンダーが目に入った。
「……」
クリスマス、二学期の終業式、そして年の終わりが近付いてきている。
クリスマスか……。
正直、この時期が近づくと複雑な想いがこみ上げてくる。
周囲の騒がしさをよそに、俺の意識は遠く過去の記憶へと傾き――
「亘! 亘!」
――かけたところで、溌剌とした声に意識を呼び戻される。
本人が開け放ったであろう調理実習室のドアを閉め、こちらにずかずかと歩み寄ってくるのはもちろん未祐だ。
「新しい参加希望者を連れてきたぞ!」
「おう。って……」
未祐の後ろに誰かいる。
最近になって見慣れてきた、その姿は……。
「佐野先輩じゃないですか。どうしたんですか? 何か手芸部のほうで問題でも――」
「違うぞ、亘。珍しく察しが悪いな」
「うん?」
指摘され、自分の頭の回転がやや鈍っていることに気が付く。
考えずとも、ここに来たのだから目的は一つか。
佐野先輩は何かを言い出し難そうにしている。
ここは――
「……どんなメニューのご相談で?」
「あ……!」
食材の持ち込みなしということは、試作の手伝いではない。
細かな詮索は野暮であるし、早速本題へと移る。
「じゃ、じゃあ遠慮なく。えっと、私は彼氏にとかじゃなくてね!? 弟と妹! 当日は、家族に料理を作ってあげたいんだけど! それで……言い難いんだけどね? あのー……」
「何ですか?」
捲し立てつつも、非常に歯切れが悪い。
嘘を言っている風ではないのだが、様子が変だ。
というか、詮索しないつもりだったのだが……自分からぺらぺらと話しているな。
「げ……ゲームの中の、料理? っていうのを再現してみたいんだけど……」
「へ?」
そのまま俺が片付けた調理台を使い、三人でそれを囲って座って本格的な相談を始める。
佐野先輩に詳しく話を聞くと、弟さんと妹さんは同じVRゲームをやっているとのこと。
二人とも小学生で、まだ低学年らしい。
そのゲームの中に出てくる料理を、実際に食べてみたい! ……というのが、お姉ちゃんサンタへのお願いだったそうだ。
「そうですか……要は佐野先輩、再現料理をしたいのですね?」
「ゲーム飯だな! ゲーム飯!」
漫画の料理を再現する漫画飯、というのは実際のお店でもやっていたりするが。
ゲームは……大手のタイトルがどこかとコラボすれば、といった感じだろうか?
期間限定だったりで、漫画やアニメなどよりは再現されることが少ない気はする。
「げー……? 二人は詳しいの? 弟たちがやっているの、VRのゲームらしいんだけど」
「詳しいぞ!」
「嘘つけ。お前、色々やるけど知識は全然備わっていないじゃないか」
とりあえず、VRギアは二人とも持っているしゲームは好きだ。
それを伝えると、佐野先輩は幾分かホッとした様子を見せた。
どうも、ゲームと聞いて怪訝な顔をされるのが怖かったらしい。
「あ、実は画像があるのよ。えっと……」
佐野先輩が出したスマホの画面を、未祐と顔を寄せあって覗き込む。
何だろうか、動物の着ぐるみ? を着た二人が、モコモコと膨らんだケーキらしきものが載った皿を掲げている。
……あれ? このゲーム、ちょっと見覚えがあるな。
「あー、これ基本無料のキッズ向けゲームですね。もっとも人気が出て、大人も結構な数がやっているらしいですけど」
「亘? 何で知っているのだ?」
「TBの攻略サイトの広告で見た」
「よかった、知っているんだ。私、スマホのアプリゲームくらいしかやらないからさ……どこから手を付けたらいいか、途方に暮れていたんだ」
そう言いつつ、過剰にデコレートされたスマホをしまう佐野先輩。
……ポケットにしまったら痛そうだな、そのスマホ。
佐野先輩が話を続ける。
「実乃梨に相談しようかとも思ったんだけど、実乃梨はゲームやらないし。二人がゲーマーだって噂を聞いたから、もしかしたらと思って」
「噂になっていましたか……」
「何故だろうな!」
よくそんなことが言えるな、こいつ。
本当に心当たりが一切ないかのように言い切りやがった。
「……亘? どうしてそこで私を見る?」
「自分に責任がないかのような言い方すんな。秀平と俺と三人で、学校でもしょっちゅうゲーム雑談しているせいだろ」
「おお!」
「おお! じゃないよ」
「ぷっ!?」
何の話してたの? からのへーという同級生たちの薄い反応には慣れたものだ。
佐野先輩が怖々と話したように、高校生くらいになると趣味が多様化。
特に据え置き型や時間のかかる本格的なゲームは、中学までで卒業という人も少なくない。
昔よりも電子系のゲームに対する偏見は減ったそうだが、まだまだ子供っぽい、時間の無駄と断ずる人も中には存在している。
TBの人口はあの手のゲームの中ではかなり多いが、きっと手軽なスマートフォンアプリのほうが話の合う生徒は多いだろう。
「あっはははは! はー……それで、どう? 亘ちゃん。この画像、見ただけでどういう料理か分かる? 分かっちゃう?」
「あ、はい。大体は」
「お、やっるぅ! そうと決まれば――」
「待ってください。ケーキとデザートは来週、まとめて教える日があるので……その時に先輩もどうですか? その時までに、確証が持てるよう下調べしておきますので」
「あ、そうなんだ? ならそうしよっかな」
「とりあえず、画像のデータください。未祐宛てでも、俺宛てでもどっちでもいいので」
「りょーかい!」
佐野先輩がスマートフォンを高速で操作する。
……このタイプの人たち、大概端末の操作が速いよな。
必修技能か何かなのだろうか?
そういえば、少し前に連絡を取り合った際の返信も早かった。
……やがて、未祐と俺の両方のスマートフォンが震える。
「――っと、確認しました。では、調べておきますね」
「うん、ありがとう! それにしても、ケーキは別日なんだ。未祐ちゃんは知ってた?」
「今日は普通にメインディッシュ系だな! 確か、匂いが混ざると気持ちが悪くなるとかどうとか!」
「なるほど、そっかー」
この学校の調理実習室、やや換気能力が低いのだ。
その割に実習台は多く、かなりの料理を同時に調理できるので、系統が違うそれらを一斉に行うと少々まずいことになる。
というか、前になったことがある。
冬場で寒いので、窓を全開にして換気という訳にもいかない。
得心がいったように、佐野先輩が何度か頷く。
「甘い系としょっぱい系でおおよそ分ければ、そこまで酷いことにならないもんね?」
「そういうことです。大量の砂糖を煮物に放り込む人もいますけどね……」
一応、佐野先輩が言った分け方をした上で、使う調理台を更に香りの系統別に分けている。
具体的には和系と洋系だが、クリスマス用料理ということで洋系のほうが分布としては多い。
「すんすん……あ、やば。そう言われると、部屋の中の匂いでお腹が空いてきたかも……」
「そうだな! お腹が空いてきたな! ……お、バターのいい香り! いい香りだなぁ!」
「……」
そんなことを言いつつ、二人は息の合った動きでこちらをチラチラと見てきた。
……どうせ催促するのなら、そんなことをせず素直に言ってほしいものである。
「――井山先輩、そっち終わりました?」
「亘ちゃん? うん、終わったわよ……あら、悠ちゃん。いらっしゃい」
「おっすー、実乃梨」
手が空いた部長と共に、部費で買い付けた食材で料理を一品。
これは盛り付け例として完成したら写真を撮り、後でみんなに見てもらう予定だ。
写真を撮った後は食べていいので、これを二人にあげるとしよう。
「何を作るの?」
「何を作るんだ!?」
「同時に言わんでよろしい。クリスマスリース風チキンロール、かな?」
「チキンロールを並べて、丸く盛り付けするの。悠ちゃんの美的センスで、盛り付けを手伝ってくれてもいいのよ?」
「よっしゃ、お任せぃ! まずは葉っぱ、葉っぱよ未祐ちゃん! 下に敷くでしょ!?」
「お、おお! 洗えばいいのだな!?」
葉っぱって……大丈夫かな。
あ、いや、佐野先輩の美的センスに関しては心配していないのだが。
裁縫で培ったデザインセンスは、料理の盛り付けにおいても充分役立つことだろう。
「……あ、そうそう。佐野先輩」
「なぁに?」
「ちょっと弟さん、妹さんがやっているというゲームを後で俺もやってみます。何か分かるかもしれないし」
「そうだな! 私も後でやってみる!」
「やるの!? あ、じゃなくて……やってくれるの!?」
偶にはTB以外のゲームをやってみるのもいいだろう。
軽い調査目的のプレイではあるが。