イベント予想をしてみよう
「季節感!」
唐突なのはいつものことだが、今回は特に酷い。
現在、場所はTB内・農業区。
現実時間で夜九時、ゲーム内時間は昼となっている。
「……」
「季節感が足りない!」
そこに来ての、ユーミルのこの発言。
また始まった、という顔のリィズの横でセレーネさんがオロオロする。
「季節感が――」
「うるせえな!? 聞こえているよ!」
「聞こえているなら返事をしろっ!」
「言葉が足りないから、その続きを待っていたんだろうが! 三度も繰り返そうとしやがって!」
セレーネさんが俺たちの間で益々右往左往する。
リィズは無視して農作業を継続、トビはニヤニヤしながら寄ってきて観戦モードに。
「どうせ“多少気温は下がっているけれど、砂漠に雪は降らんしな……冬らしくない!”とか、そんな程度の発想だろう!」
「分かっているなら続きを言う必要はあるのか!?」
「俺だけ分かっていても仕方ないだろう!? 補足を人に丸投げすんな、お前の悪いところだぞ!」
現にセレーネさんは「あー」と得心がいったように周囲を見回す。
農業区は緑が多いものの、やはりサーラは砂漠地帯。
燦燦と太陽が照り付け、動けば額に汗が滲む。
先程触れたとおり、現実に連動して気温は低くなっているが……冬らしさはあまり感じられない。
「現実の砂漠では、稀に雪が降ったりもするそうだけれど……」
「望み薄だろう、セッちゃん! サーラ、夜でも平気で十度以上はあるぞ!」
「確かにね……」
それほど揉めそうもないということで、傍観の構えを解いたトビが割って入る。
あれから睡眠不足は解消されたようで、今日は目の下の隈も綺麗さっぱりといった具合だ。
「次のイベント、さすがに冬めいたものだと思うのでござるが……」
「夏の終わりに海戦、秋は収穫祭をやったしな。順当に考えれば、冬は――」
「TB式、スキル込みの雪合戦大会だな!」
「何だその物騒な雪合戦は」
「あー。ビーチバレーでスキルを発動できたのでござるし、ないとは言えないでござるなぁ」
あの謎の仕様か……TBはそういったイベントの布石らしきシステムがいくつか見られ、少々イベント予想が難しくなっている。
単に交流用のミニゲームという線も捨てきれないが、果たしてどうなんだろうな?
程々の肯定意見を受け、ユーミルは頷きを一つ。
「ということで、セッちゃんはどうなると思う? 次のイベント!」
「えと、クリスマスも近いし……ツリー作りとかはどうかな? 他のゲームで見たことがあるよ」
「ツリー作り?」
「そのゲーム特有のアイテムを、ツリーに飾りつけしていくの。光る石とか、カラフルな葉っぱとか。他には……ゲームのマスコットのぬいぐるみとか」
「おお、楽しそう! いいな、それ!」
セレーネさん曰く、飾りを豪華にしていくことで報酬を貰えるイベントだったとのこと。
もっとも飾りの種類は限定されていて、自由度はそれほどなかったそうだが。
「拙者は、雪があるなら雪像作りがいいでござるなぁ。魔王ちゃんの雪像を作りたいでござる!」
「「「……」」」
ある意味ブレないトビの意見だが、女性陣から返ってきたのは冷たい沈黙である。
……気温、下がったんじゃないかな? 少なくとも体感分だけは。
ちなみに俺は、前回が戦闘系だったので今回は生産系か収集系と予想。
実はトビと同じく、俺の中でも雪像作りは予想候補の一つだったのだが……。
ここは言わずに、黙っておいたほうがいいだろう。
「見事に予想が割れたな……リィズはどう思う?」
「私は……特に。ハインドさんと一緒に過ごせるのであれば、それ以上は望みません」
にやけ面を再開し、俺の視界に端に入るようススッと移動してくるトビ。
リィズの言葉を聞き、苛立ったようにユーミルが剪定ばさみを地面に突き立てる。
「かーっ! お前はまたそんな! そんなの当たり前だろうが! 私も同じだ! それを踏まえた上で、どんなイベントがいいかという話だろうが!」
「……」
今度はリィズが葉の剪定の手を止め、静かにはさみを地面に置く。
――あ、やばい。
これはキレる。
「……それこそ、そんなものは明日になれば分かることでしょう? 強制される謂れはありません」
「誰も強制などしていないだろうが!? つまらんことを言う奴め!」
「いつものハインドさんのように、予想を元に対策を練るなら話は別ですが。どうせあなたは、適当に予想を投げてそこで終わりでしょう?」
「た、ただの雑談にそこまで求めるな! 楽しくお喋りしようという気はないのか、お前は!」
「少なくとも、ユーミルさんとはありませんね」
「お前ぇーっ!」
またセレーネさんが二人の間でオロオロし始め、トビが笑顔で俺の視界の端をにゅっ、にゅっと出たり入ったりする。
……俺もこいつに対して、キレていいだろうか? いい加減、鬱陶しいのだが。
「ま、まぁまぁ二人とも! その辺りで――」
「セッちゃん、どいていろ! 私はこいつと決着をつけねばならん!」
「下がっていてください、セッちゃん。どの道、いずれは戦わなければならない定めです!」
「ひぅっ!? は、ハインド君、何とかしてー!」
「……」
セレーネさんの制止も効果なしか。
これは二人とも、相当きているな。
原因は多分、クリスマスが近いせいで学校で色々とあるせいだろう。
モテるからな、二人とも……ストレスが溜まっているようだ。
「セレーネさん、こっちへ」
「は、ハインド君……?」
「大丈夫です。俺に任せてください」
セレーネさんと入れ替わるように、手に付いた土を払いながら二人の傍に近付く。
……そうそう、クリスマスといえば。
我が家では例年、ささやかなパーティを催している。
普段よりも豪華なメニューを用意するのが恒例だが、今年は――
「まず、クリスマスケーキは基本だよな。これはちゃんと用意する」
「……!」
「他には七面鳥、ローストビーフ、ポテトにピザ。寒ければ鍋もいいし、奮発して寿司なんかもありだ」
「む!?」
効果は覿面だった。
リィズはケーキに、ユーミルは肉に反応して争いを中断。
注意を引けたら、後はとどめの一言を放つだけだ。
「ありなんだけど……この分だと、今年のクリスマスパーティは中止かな……」
「ハインドさん!?」
「ハインド!?」
「いやあ、残念だ。本当に残念だ。でも、仕方ないよな? そんなに仲が悪いんじゃ」
「駄目だっ! パーティはやるぞ!? 忘年会も兼ねたウチの大事な恒例行事だろうが!」
「……ウチの?」
さらっと自分のことを含めるユーミルの発言を聞き、リィズが再び目を細める。
毎年毎年、未祐がその場にいないということはないのだが、理世はそれが気に入らないらしい。
……とはいえ、だ。
もう十分だろう?
「……」
本気で中止にするぞという意志を込め、腕組みしつつ二人を睨みつける。
険悪だった空気が霧散し、ユーミルとリィズは気まずそうな顔で互いを見やった。
……一時休戦、というアイコンタクト。
「――すまなかった!」
「申し訳ありません。ケーキ、楽しみにしていますから……どうか」
「中止はやめてくれ! 年末における私の最大の楽しみなんだ! 生き甲斐なんだ!」
「そうか。じゃあ、生産に戻ろうか?」
俺が表情を緩めて腕組みを解くと、慌てて二人が各々の剪定ばさみを拾い上げる。
多数の葉を広げ伸びていく『薬草』において、この作業は収穫時の質を決める大事な一要素だ。
「わ、分かった! ……あれ? この列の葉の剪定、どこまでやったっけ?」
「そこですよ、ユーミルさん。忘れないでください」
「む……ここか。助かる」
次のイベントが何であれ、目下の優先事項は生産活動だ。
作って作って、備蓄と商品を増やすことでイベントにも繋がっていく。
二人が腰を下ろすのを見届け、俺も痛んだ葉を探す作業へと戻る。
「さ、さすがハインド君……」
「お二人の胃袋は、ハインド殿が完全掌握しているでござるからなぁ……」
古来より、胃袋を掴まれた人間が弱いのは道理である。