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クリスマス相談会 その1

 クリスマスといっても、みんながみんな意中の人と過ごすわけではない。

 当然だが家族と過ごす人、友だちと過ごす人、一人でのんびり過ごす人と様々だ。

 プレゼントも多様で、必ずしも他人に渡すとも限らず……。


「き、岸上。その……俺、自分用に編みぐるみを……」

「加地君!」


 また、来るのが女生徒ばかりとも限らない。

 その日はクラスメイトの男子の中でも、妙に可愛いものに反応していた加地君が家庭科室に来ていた。


「あっはっはっは! そういうのもありだ! ありだぞ! 面白い! 遠慮なく入るといい!」


 未祐が厚みのある背中をぐいぐい押していく。

 加地君は困惑しつつも、大人しくそのまま押されていく。


「お、おう……っていうか、ここで教えを()うには七瀬の許可が要るのか? 岸上」

「そういうわけじゃないんだけど……まぁ、入って入って。歓迎するよ」


 特別教室の入り口前、三人で話していると集まっていた好奇の視線が散っていくのが分かる。

 いっそ未祐が笑ってくれて助かった、という表情の加地君。

 やがて、熊のような大きな体で編み棒を手に毛糸と格闘を始めた。

 比率の問題で少し居心地が悪そうではあるが、家庭科室の中には男子生徒の姿もちらほらといったところ。

 未祐が教室内を見渡し、腕組みと共に大きく頷く。


「うむ、盛況なようで何より! どうせ亘に面倒が重なるのは避けられん!」

「間違っちゃいないだけに、何も言えねえ……」

「どうせやるなら、このくらいでなくてはな! 学校にクリスマス行事はないが、この祭りの準備をしている感は楽しい!」


「相談会」は名前からして、人を集めて一斉開催するように思えるが、実はそうではない。

 昼休み、それから放課後。

 およそ二週間、平日八日間の集中開催で手芸部・料理部が希望者に技術指導・アドバイスを行うというものだ。


「おーい! わたるーん! ミシン止まったー!」

「何もしてないのにー!」

「嘘つけぇ! 今行く!」


 一言ツッコミを入れつつ返事をすると、同級生の女子グループから笑い声が上がる。

 確かあそこは……友だち同士でお揃いのバッグを作るんだと言っていたかな?

 プレゼントの材料は作る人の持ち込みで、一部の専門的な道具は貸し出しも可能だ。

 裁縫のミシンだったり、電動系の調理器具だったり。

 こういうときはその手の道具……学校の備品が破損したりなくなったりしがちなので、しっかりと管理する必要が出てくる。

 ……それにしても、手芸部と料理部の全面協力を得られたので今年は凄く楽だ。

 ちなみに今日は昼休みに手芸部が、料理部は放課後の割り当てになっている。


「あ、あの! 岸上先輩、お訊きしたいところが!」

「はいはい、さっきの続きね。ごめんね、待たせて」

「い、いえ! 大丈夫です! 何度もすみません!」


 初心者には、他よりも丁寧にやり方を教える必要がある。

 特に希望者が多いマフラー編みは、長い長い反復に入る前……序盤が大事だ。


「へい、きっしー! こっちも! へい!」


 一生懸命編み棒を繰る一年生を見守っていると、聞き覚えのある声が耳に届く。

 俺はその場から動かず女生徒を見ると、手元を確認して小首を傾げた。


「……いや、何で!? 遠藤さんのそれ、前に作ったやつの色違いじゃん! できるでしょ!?」

「ふっ、女は前だけを向いて生きるものなのよ……」

「おおっ!? いいこと言うな、舞ちゃん! 格好いいぞ!」

「いえーい! 未祐ちゃん、いえーい!」

「いえーい!」


 鬱陶しいな、二人揃って……何だよそのハイタッチは。

 俺の横で後輩ちゃんが困り顔で固まっちゃったじゃないか。


「素直に忘れたって言わなかったから、遠藤さんは後回しね?」

「ちょっ!?」


 このように、去年同じことを教えたのに忘れている同級生はともかく。

 初心者、特に委縮しがちな後輩たちにはなるべく優しく教えることを心がけている。


「副会長! 助けてください、副会長ぉー!」

「編み目が……編み目がぁぁぁ!!」


 ……どこをどうしたらそんなに切羽詰まった声が出るのか。

 これはまた別のテーブルからの声だ。

 ふざけているようにも思えるが、これでも本人たちは至極真剣である。

 そしてやけに俺ばかり呼ばれるような気がするが、手芸部員約十名もあちこちで熱心に指導中だ。

 本当、去年よりはずっと楽に――


「岸上くーん!」

「副会長さん!」

「岸上! こっちも頼む!」

「亘! 亘! 新しい参加者が来たぞ! 1年生!」


 楽に……楽って何だっけ?




 放課後はともかく、昼休みの相談は酷く慌ただしい。

 簡単なアドバイスだけを受けて教室に戻っていく生徒がいるかと思えば、褒められたものではないが早弁して家庭科室に入り浸っている生徒もいたりと様々だ。

 比較として、放課後はのんびり作業していく生徒が圧倒的に増え、閉門ギリギリに集団で帰っていくというパターンができつつある。


「やっぱ、一緒に作業している人がいると(はかど)るんだと思うんだ。単におしゃべりしたいって面があるのも間違いないだろうけど」

「一人だと根気が持たないということか?」

「多分な」


 後片付けをしつつ、未祐と放課後の部について話が及ぶ。

 中でもアドバイスを必要としていないのに、ここに来ている生徒たちがいることを疑問に思ったようだ。

 編み物・裁縫に限らず、反復作業を多く含む行動というのはモチベーション維持が難しい。


「まぁ、だからそういう使い方もありだろうよ。その手の人があんまり増える時は、本気で助言や技術指導を欲している人優先ってことになるけど……その辺りは大丈夫なんだろう? 未祐」

「大丈夫だ! ウチの生徒はそこら辺、言われなくても(わきま)えているやつらばかりだ!」


 未祐に窓口役をお願いしている最たる理由は、実はここにある。

 俺たちの高校にだって、どうにも折り合いが悪い人たちというのは存在している。

 だがそういった冷やかし目的の生徒や、どうにも真剣さ・根気がまるで足りない生徒たちは未祐がいると不思議と寄ってこない。

 おそらく、そういった部分を未祐に見抜かれるのが怖いのだと思う。

 未祐の熱量、真っ直ぐさに耐えられないというか……とにかくこいつといると、自分の弱い部分がよく見えるんだよな。


「亘が作ってきたサンプルに釣られて、簡単系で済ませるやつも多いしな! そこまで渋滞することもあるまい! 早ければ一日で卒業だ!」

「釣られてとか言うんじゃないよ。これだって未経験者が作るのは大変なんだぞ?」


 やる気はあっても手作りに手を出す根気が少し足りない……そんな人のために、俺たちは簡単な編み物の作り方を多数用意している。

 この辺りに置いてあるコサージュ、コースター、毛糸の小物入れにペットボトルカバーなどは編み物初心者におすすめだ。


「まぁ、私としては二年女子の間でコースターが人気なのは意外だったが……」

「受験勉強する時に、それの上に飲み物でも置くんじゃねえかな? 何だっけな……確か、完成したら合格祈願で交換し合うって言って――」

「二年生はそうなんだ。三年女子はそっちのコサージュ、みんなで作ってお守りにするって言っていたよ」

「佐野ちゃん!」


 割って入った声は、俺たちよりも幾分か低い位置から発せられている。

 声の主である手芸部部長の佐野先輩は、小柄でややギャルっぽい見た目をした三年生の女子だ。

 髪の色を少し抜いていたり、耳にピアスの穴があったりなのだが、爪だけは手芸部らしく何もせずに短く切ってある。


「亘ちゃんがサンプルに作った花のコサージュと私の星のコサージュ、完成した数は今のところトントンくらいかなぁ。ま、最終的には私が勝つんだけど!」

「ほう。そうなのか?」

「っていうか、いつの間に勝負みたいになっているんですか……佐野先輩のコサージュ、サンプルっていうか図案だし。凄く綺麗ですけど、絵じゃないですか」

「ふ、普通は亘ちゃんみたいに二、三日で実物を用意できないでしょーよ! 絵で充分じゃん!」


 ちなみに料理部の井山先輩と佐野先輩はお友だちである。

 井山先輩から移ったのか、佐野先輩も俺を呼ぶときは「ちゃん」付けなのが何とも気恥ずかしい。

 井山先輩のほうはしょっちゅう会うので慣れたが、佐野先輩とは会う機会が少なかったからなぁ……どうも馴染まないというか、落ち着かない。

 メールなどの文章のやり取りだと彼女の態度は丁寧なだけに、余計に。


「甘いな、佐野ちゃん! なんと亘はこれを一晩でやっていたぞ! 二日もかかっていないっ!」

「うっそ……ここにあるの、全部? 一晩で? うっそ……嘘でしょ……」


 佐野先輩は不器用で、作業速度もあまり速くない。

 それでも手にたくさん絆創膏を貼っていた去年よりは進歩しており、家庭科室内にはいくつか先輩の作品が展示されている。

 その中の一つは、確か何かしらの大きな賞を受賞していたはずだ。

 ……だから、そこまでショックを受けないでほしい。

 佐野先輩の得意分野は本人が震える手で持っている図案のほう、デザインだ。


「あ、えーと……さ、佐野先輩。他の手芸部の部員さんたちは?」

「あ、ああ、そうだった! 他の部員はもう帰らせたよ。二人も、お片付けありがとうね。で……そろそろ戻らないとヤバイんじゃないかな? 二年の教室のほうが、こっから遠いっしょ? 遅れたら先生に怒られない?」

「心配無用だ、佐野ちゃん! 私は常に駆けっこで一等賞だった! 飛ばせば余裕で間に合う!」

「走るな。生徒会長だろう、お前」


 速度に関することよりも、廊下を走る気満々なことのほうが先に引っかかる。

 速度は速度で、未祐は本人の言葉通り小・中の運動会や体育祭では常に一番だった。

 高校でこそ当然ながら陸上部員に劣るものの、充分いい勝負にはなるという恐ろしさだ。

 何がおかしかったのか、佐野先輩がけらけらと笑う。


「あはははは! あー、おかしい……ところで、未祐ちゃん」

「む? 何だ佐野ちゃん?」

「未祐ちゃんは、亘ちゃんに何か作ってあげたりはしないの?」

「何かとは?」

「何って、クリスマスプレゼントに決まってるじゃん。人のお世話ばっかりしてるけど……自分のことはいいの? 何なら、私が作り方を教えてあげよっか?」

「――!?」


 佐野先輩の言葉に、未祐は雷にでも打たれたような様子で目を見開いた。

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