クリスマス相談会・下準備
――生徒間での話は済んだ。
手芸部も料理部も女生徒の割合が多いので、クリスマス相談会とでもいうべき今回の突発行事に好意的な見方をしてもらうことができた。
昼休み、未祐とした会話の内容は……確か、こんな感じだったか。
「当然! 当然だな!」
「何でこんな意味が分からん行事の案を、みんなすんなり受け入れるんだろうな……」
あれから、半日も経たずに相談件数は更に増加し……。
やはり、個人で捌き切ることは不可能な状態に陥っていた。
やや他の人たちよりも遅い時間、食堂で弁当を開く未祐が俺の呟きに眉を寄せる。
「意味が分からんとか言うな! 乙女の一大事だぞ!?」
「そこじゃねえ。学校の、それも男子生徒に相談するのが変だって話だよ」
「それは、あれだ! 亘! お前が大概おかしいやつなのだから仕方ない!」
「堂々と本人の目の前で、おかしいとか言うな!」
また、当代の生徒会長である未祐の影響もある。
普通なら眉をひそめるであろう話でも、未祐が関わっているとなれば「仕方ないか」で済まされるのが我が校の素晴らしいところだ。
「……しかしなぁ。偶にチェックするんだけど、この地域って料理教室も編み物教室もあるじゃないか? 何なら今時、参考になるネット動画もいっぱい転がっているだろうし」
「動画もいいだろうが、やはり直接教えてくれる相手には敵わないだろう?」
「まあ、それはそうだな」
「それに教室の先生が相手だと、細かく質問しづらいだろうからな! その点、亘相手なら安心! 安全! 訊きやすい!」
「時々、俺はお前らの無遠慮さが怖くなるよ……」
弁当箱の中のミニオムレツを崩しながら、自分が他人からどう見られているかに思いを馳せる。
……まぁ、今更簡単に変えられるものでもないか。
遠慮して、大きく距離を取られるよりはずっといいし。
「じゃ、残りは先生方へ話を通すだけだな。上手くいくといいが」
「任せた! ま、亘は先生方への受けがいいからな! 何とかなる!」
受けがいいというか……。
目立って問題を起こさないので、警戒されていないという評価が一番正しいか。
小・中での苦い経験があるため、便利に使われないようなるべく自分から距離は置いていたが……生徒会に入ったことで、否が応にも職員室に行く機会は増えている。
頼られるのと、便利に使われることは似ているようでまるで違う。
「任せるって、お前は行かない気か?」
「すまない! 放課後は生徒会室に直行しろとゆかりんが……」
「あー……そうか。じゃあ仕方ねえな」
「仕方ない! 既に導火線に火が点いているしな!」
「って、何か怒らせるようなことをしたのかよ。駄目じゃないか」
「わ、わざとではない! うっかりだ!」
緒方さんを怒らせると、生徒会そのものが機能不全に陥るからな。
大方、未祐の仕事に何か確認漏れでもあったのだろう。
「ゆかりんにも、今回の件の話はしておくぞ! 先生への話が終わったら、亘も生徒会室に来てくれ!」
「ああ。緒方さんの説教が終わったころに、ゆっくり行くよ」
「わ、亘? できれば、その……早めに助けに来てくれると嬉しいのだが……」
未祐は自業自得だが、よく考えたら巻き込まれる後輩たちが可哀想だな。
用事が済んだら、なるべく早く向かうとしよう。
ちなみに先程触れた未祐への「イベント好き」という認識は、生徒間だけのものではなく……。
「……はぁ。また七瀬さんなのね」
「……す、すみません」
現在は放課後、場所は職員室。
俺と未祐とでまとめた企画書に、学年主任の先生が目を通している。
呆れられはしたが、企画書に目を通す表情に険しさの類はない。
眼鏡をかけた中年の女性教諭なのだが、生徒への態度が公平なため、多くの生徒から慕われている人気者だ。
「確か君たち、去年も学校に無許可で似たようなことをやっていたわよね?」
「――先生。一つ言い訳しても?」
「どうぞ、岸上君」
職員室には独特の緊張感がある。
生徒にとってアウェーであるこの場所は、心を弛緩させることを許してくれない。
簡単な問答でも、何だか詰問されているような気分になる。
「最初に相談してきた人は一人だったんです。途中から段々と増えて、収拾がつかなくなりまして」
「それは大変だったわねぇ。それで?」
……あれ?
これ、まんま詰問じゃねえ?
この先生にしては妙に口調が厳しいような。
「どうして今年はこういう形に? 岸上君。企画書の記述ではなく、直接あなたの口から聞きたいわ」
「……はい。どうせ規模が大きくなるのなら、去年の轍を踏まないよう最初からコントロールできるイベント・部活動にしてしまうのはどうかと思いまして」
「岸上君。頭の回る君相手だからこそ、意地の悪い訊き方をするけれど……それを行うことで得られる、学校側のメリットは? 何かあるの?」
「あ、えーと……そ、そうですね。一番はある程度、生徒間での高価な品のやり取りを抑制できる……かと」
「へえ」
先生が興味を惹かれたような声を漏らす。
……俺たちの高校は、許可を取ればアルバイトが可能だ。
故に給料をプレゼントに注ぎ込み、学生らしからぬ高価なプレゼントを用意することも可能といえば可能だ。
しかし手作りの料理、そして贈り物にはそれらを抑制する効果が期待できる。
「もちろん生徒全員という訳にはいかないですが……プレゼントにも流行りというものがあります。プレゼントは手作りで、という生徒が増えれば乗っかる人は確実にいます。流されやすい人は飽きっぽいので、手作りする物品を特に吟味してもらう必要はありますが」
「きちんと懸念材料やデメリットも包み隠さず話すところは、好感を持てるわ。続けて」
「……少し話は変わりますけど。去年、バイト代の数か月分で、高価な宝石をとある女性にプレゼントしようとした男子のクラスメイトがいましてね?」
確か相手が当時、三年生の先輩だったんだよな。
釣り合いを取りたかったのだろう、精一杯背伸びをする彼の姿は……。
健気であり、危なっかしくもあった。
「宝石? 高校生男子が? はー……」
「はい、高校生男子が。あの、具体的に誰なのかというのは――」
「ああ、大丈夫よ。深く追及はしないし、誰かに言い触らしたりもしないわ」
「ありがとうございます」
経過は省くが、最終的に彼のそのバイト代の大部分は貯金へ。
残りは家族とのパーティ代に、という形に落ち着いた。
……言うまでもなく、当人が稼いだお金だ。
最終的な使い方を決めるのはその人にしかできない。
それだけ、彼の周りにはいい友人や家族がいてくれたという話。
「何と言いますか、その……身の丈にあったというか、高校生らしいというか。あ、そうそう。高価な品が学校に持ち込まれた際の盗難なども怖いですよね? 学外ならともかく、学内でそんなものを渡そうとする時点で問題ですけど。受け取った側が、後日アクセサリーなどを持ってこないとも限りませんし。特にネックレスなんかは、服の中に入れておけば目立ちませんしね。生徒間でのトラブル回避にもなりますし、高価な品ではないプレゼントに誘導する意味では――」
「岸上君」
「何ですか?」
「君って、本当に高校生?」
「どういう意味ですか!?」
ついつい出てしまった大きな声に、他の生徒と話していた先生からも「何事か」という視線を浴びてしまう。
ごめんね、と詫びて先生が苦笑する。
「あはは、分かった。了解したわ。いいプレゼンだったわよ?」
「プレゼンさせられていたんですか? 俺」
「他の先生方へは、私が責任を持って話を通しておきます。安心して」
「え? あ、ありがとうございます。あの……」
「まだ何か?」
「特に反対もなく、あっさり通りましたけど……今の問答、一体何の意味が?」
こんな取って付けたような理由を挙げる必要はあったのだろうか?
すると先生は、机に肘をついて嘆息を一つ。
「建前というのは大事なのよ、何事も。特に、大人を納得させるためにはね」
「せ、先生? まさか今の俺の理由付け、そのまま使う気で――」
「そして、岸上君。建前だろうと何だろうと、当事者のそれが一番説得力を発揮するものなの。こればっかりは、口先で誤魔化すことができない領域の話よ」
「は、はぁ……」
「決して師走の忙しい時期で首が回らないだとか、自分で考える余裕がないだとか、そんなことはないのよ? ここに来たのがあなたで助かっただとか、そんなことは思っていないわ。ええ、全くそんなことはないからね?」
「えっと……なんか、その……すみません」
咎めるように言いつつも、しっかりと企画書をクリアファイルに収納。
デスクの最も目に付くところに置き、日付を書いた付箋を貼付してくれる先生。
こういうお茶目なところも、生徒から人気を得る秘訣なのかもしれない。