冬の高校生たち
「わたるー! 亘、亘、亘、亘ー!」
「うるさいな……早朝だぞ?」
珍しく自力で起床し、台所に侵入してきた未祐は朝から喧しい。
今日は生徒会の仕事などはなかったはずだが……。
もう制服を身に着け、眠気は0で活力満タンといった顔だ。
「おおっ、コーンポタージュ! ちょうどいい、体が冷えきって――」
「いや、俺に用事があったんじゃないのかよ?」
「む?」
マイカップを含めた全員分のカップ、それからクルトンの入った瓶を棚から取り出す未祐。
朝食の準備を手伝ってくれるのはありがたいが、食欲で思考を上書きされるのが早過ぎないか?
「……ああ、そうだった!? 聞いてくれ、亘! 何だか昨夜のうちから胸がざわつくというか、何かに不覚を取ったような気分があるのだが……」
「なんだそりゃ?」
そんなことを言っても、寝床に入れば数秒で熟睡してしまうのがこいつというやつだ。
……寝て忘れなかった点を思えば、未祐の中で大事なことなのだろうけれど。
「誰かに出し抜かれた感というか……ま、まあいい! それとは別に、思い出したのだ!」
「何を?」
そんな未祐の正体不明の感覚はともかく、今度は具体的な話がありそうだ。
スープの入った鍋をぐるりと混ぜ、弁当のおかずを四つの弁当箱に詰めて話の続きを待つ。
「クラスの女子から相談を受けていたことを、だ! ほら、亘! 去年もやっただろう? もうすぐあの時期だ! あの時期!」
「ああ……」
あの時期……というと、恋人や想い人を持つ生徒たちが一斉に浮つきだすあの時期か。
未祐と理世の周辺が騒がしい時期でもあるが、俺は俺で二人とは別ベクトルの忙しさがあったりする。
「クリスマスの時期か。ってことは、また……」
「うむ! その子は彼氏に手編みのマフラーをプレゼントしたいらしいぞ! 手編みに関しては未経験者だそうだ! 本を読んでもちんぷんかんぷんだから、亘に編み方を教えてほしいと!」
そう、俺がこの時期に忙しくなる理由はこれだ。
クリスマスプレゼントの相談……内容は、主に手芸と料理の二択。
「……一応、細かく訊いておくけど。俺に相談したいのって、一人か?」
「三人! 編み物二人、料理が一人!」
「多いな!?」
「多分、これからまだ増えるしな! 三人の中で、去年も相談に乗った面子が二人! うち、一人は去年とプレゼントする相手が変わっていたぞ!」
「おい!? 別れんなよ! せっかく苦労して作った――ああ、もう!」
朝から気分が落ちる悲しい報告まで受けた。
こればっかりは当人たちの問題なので、仕方ないのだが。
「諸行無常だな!」
「そりゃ仏教用語だ……いきなりクリスマスから遠ざかったぞ」
「でも、私の愛は永遠だぞ! 永遠だからな!」
「何の宣言だよ……ああ、まあ、素晴らしいとは思う」
「だろう!」
毛糸の手編みは少し前に小春ちゃんに教えたばかりなので、改めて知識を蓄え直さなくても即教えられる。
流行りの色や編み方などもばっちり学習済みだ。
しかし――
「……俺たち、一応風紀を取り締まる側だよな? 生徒会役員なんだし。一歩間違えたら、これって風紀を乱す手伝いにならないか?」
「それを言ったら、私は去年から相談窓口役をやっていたと思うが? その時期は、既に選挙を終えて生徒会役員だったぞ?」
「そういやそうだな……」
「去年大丈夫だったのだから、今年も大丈夫だろう! 多分!」
「そうだといいがな……」
校内で度を越えたやり取りがなければ、別にいいと個人的には思うのだが。
先生方は――割と寛容だったな、そういえば。
俺たちの高校は生徒の自治に任せる傾向があるため、あまり干渉してこないのだった。
無論、問題が起きたときはその限りではない。
「うーん……そしたら、やっぱり各部活を通すのが一番いいだろうな。部活動の一環にしちまおう。料理を教えるのは、まあ料理部でなんとか。編み物は手芸部に相談って形になるか」
「手芸部……佐野ちゃんだな!」
「佐野先輩と呼べ、この無礼者。大層な努力家だぞ、あの人は」
手芸部の部長は佐野先輩という、背が低く可愛らしい三年生だ。
体育系の部はともかく、文科系の部は三年生の引退が遅めである。
とはいえ、冬は受験シーズンだ。
「手芸部って、二年生がいないんだよな。やっぱり、佐野先輩が受験だから遠慮して俺のところに――」
「いや、その佐野ちゃん本人から亘にお助け要請が行っているはずだぞ? さっきの相談を受けた後、偶然廊下で会ったからな!」
「え? 嘘?」
料理の手を休めてスマートフォンを確認すると、確かにメッセージが入っていた。
時間は……何だ、ついさっきじゃないか。
そこまで頻繁に話す間柄ではないので、文面は丁寧だった。
それを要約すると――
「どうやら、相談件数が多過ぎるみたいだな。同級生の相談相手だけで手一杯だから、二年・一年のほうはお願いしたいとあるが……三年女子には受験って、関係ないのか?」
「分かっていないな、亘! 最終学年の三年生だからこそだろう、何かしようと思うのは!」
「……なるほど」
人によっては離れ離れにもなるし、高校最後の思い出ということもあるのか。
それでも勉強時間が減るのは苦しい気がするが……勉強とそれ以外の時間とで、メリハリをつけられれば大丈夫なのだろうか?
まあ、そこは本人の自由。
「……簡単・短時間でできるプレゼントの案も作っておくか。編み物、料理問わず」
「それがいいな! 佐野ちゃん、本業の裁縫も技術的な部分はイマイチだし! どうせ三年の分も亘にお鉢が回ってくるぞ、途中でパンクするに違いない!」
「あの人はセンス全振りだから……頑張ってはいるんだが」
大体、佐野先輩が二年だった去年も俺がプレゼントの相談を受けていたのは……。
佐野先輩を筆頭に、手芸部の面々の技術がざっくり言って「下手の横好き」状態だったからだ。
かといって普通は一年生の、それも男子にそんなに相談が来るものではない。
その原因を作ったのは、当然のように目の前にいるこの女だ。
「……」
「お? 何だ、亘? できたのか? 朝ごはん」
こいつが人の作った手編みの防寒具を身に着け、あろうことか周囲に自慢しまくってくれやがったからだ。
そして、先程も触れたがこいつは去年の時点で生徒会役員だった。
シンプルに顔が広いのである。
料理部のおやつタイムで女子とそれなりに接点のあった、俺に全く原因がないとは言わないが……。
「できたぞ、ホットサンドもサラダも。ほら、未祐。持っていけ」
「よーし! ごっはんー、ごっはんー!」
原因の一端――いや、大部分を作ったこいつには、最大限に協力してもらうとしよう。
起床した理世が階段を下りてくる音を聞きながら、俺は食卓に朝食を並べつつ……。
再度、未祐に声をかける。
「じゃあ、詳しく相談したいから……」
「む?」
「今日は一緒に登校しよう。部員への根回しもだけど、やっぱり先生方の許可も必要だろう? 個別相談は時間が足りない上に色々と問題があるし……どうした?」
にこにこと、妙に嬉しそうに未祐が頷き始める。
話はちゃんと聞いていたようだが、今の話にそこまで喜ぶような要素があったか?
「いや、なに。亘と一緒に学校に行くのは久しぶりだと思ってな!」
「ああ……そういやここのところ、何だかんだで朝の時間はバラバラだったな」
「昨夜のモヤモヤが吹っ飛ぶようだ! ふふん、今年も窓口役は私にどーんと任せて――」
未祐が胸を叩くような動きをしたところで、ドアが開かれる。
こちらは未祐と違い、まだ眠そうな顔をした理世が緩慢な足取りで部屋に入ってきた。
「騒がしいですね……朝から何の話をしているのですか?」
「シャー!!」
椅子の上に片足を乗せ、前傾姿勢になった未祐が理世に威嚇を行う。
……そのモヤモヤの原因とやら、もしかして理世から来ているのか?
昨夜は特に喧嘩などしなかったはずだが。
ちょっと不思議だが、とりあえず……行儀が悪いから、早く足を椅子から降ろしなさい。