イベント後処理会 その5
肩から飛び立ったノクスが、倒れたままの秀平の頭へと着地。
そのままドスドスと、容赦なく秀平の頭をくちばしで突きまくる。
「いたたたたたた!? いったぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あ、起きた」
トビが跳ね起きると同時に、ノクスが俺のもとへと戻ってくる。
大体、矢によるダメージは大したことがないのだ。
演習はダメージ量の調整が簡単で――要は、立てなかったのだろう。
あれだけ大見得を切っておいて、この醜態だからな。
「と、トビ君、平気……?」
「………………」
トビは手で顔を覆い、セレーネさんの声に答えない。
そして指の間から、俺たちのほうをちらり。
「……」
ちらり。
あわよくば、もっと心配して構ってほしいという感じが見え見えの動きだ。
ヒナ鳥三人は苦笑するだけだったが、付き合いの長い俺たちはそうはいかない。
ユーミルを先頭に、次々とトビの望みとは正反対の言葉を投げつける。
「――鬱陶しいぞ、うじうじと! 人が似たような状態になったら、いつもゲラゲラ笑っているだろうが! お前は!」
「さっさと立ってください。今更、何を恥ずかしく思うようなことがありますか。素行からして恥ずかしいような人が」
「今の拙者なら……何だっけ? もう一回言ってもらえるか? トビ」
「やめて!? 謝るからやめて!? せっかくだから、ちょっと優しくしてもらおうかと思った拙者が悪かったでござるぅ!」
容赦ないなー、と呟きつつセレーネさんが苦笑する。
何ともなさそうなトビの姿に、ようやく安心したように胸を撫で下ろす。
その後は『見切りの指輪』の検証へと戻り――やがて、一通りの性能チェックが終了。
「上昇のピーク時は結構強いな。ヒートアップの最高打点よりは少し低いけれど、それでも回避型としては破格の攻撃力だ」
「ハインド……もっと――」
「分かりやすく、だろ? やるって。大丈夫だから」
ユーミルのいつもと変わらぬ要求。
直感的に、分かりやすい言葉で説明するなら……。
「前に説明した軽戦士・攻撃型のヒートアップ、その最大補正後の値が一般的な重戦士の素の攻撃力と同じくらい。で、見切りの指輪最大値は……うん。騎士の通常攻撃力と同じくらいになるかな? リィズ」
「はい。おおよそ合っているかと」
「分かりやすい! が……それは本当に強いのか? 回避失敗で効果は消失するし、継続時間も短いのだろう?」
「そうだな……もうちょい詳しく説明すると――」
ユーミルの言いたいことも分かる。
要は、効果を積み上げるまでの苦労と発揮能力が釣り合っていないと。
回避型は攻撃を欲張らずに回避に徹した方が、カウンターなどを受ける可能性が減るということもある。
しかし、このアクセの長所として――指輪はスキルではないので、MPを消費しない点がある。
それに軽戦士・回避型も前衛である以上、攻撃力はあって困るものではない。
更に言うと、ユーミルが大きく見落としていることが一つ。
「軽戦士と重戦士、それに騎士じゃ手数が全然違うだろう? それなのに、一時的とはいえ攻撃力が並ぶんだ。この意味、少し考えれば分かるんじゃないか?」
「むおっ!? そうか!」
そこまで話すと、ようやくこのアクセの強さにピンと来たらしい。
シエスタちゃんが肩の上で跳ね回るマーネを連れて、のっそりした動きで手を上げつつ口を挟む。
マーネがこちらに飛び移り、激しく……ええと、これはエクササイズか?
とにかく、ノクスの近くでぴょんぴょんと跳ね始めた。
気が散るが、マーネも自分の見た目が気になるお年頃なのだろう。
「おー。つまりですよ、先輩。軽戦士のスピードで、騎士並の重い一撃がポンポン放たれると? トビ先輩だと、二刀流だし……上手く当てれば騎士の三、四倍のダメージを短時間で出せちゃう? そういう感じになります?」
「そういうことだね。もちろん、騎士がスキルを使った時の火力には敵わないけど」
「壊れアクセではないか!」
「壊れだったら、拙者としてはもっと嬉しかったのでござるがなぁ……」
「極端だな、お前の思考は。ユーミル、指輪の弱点を思い出せ。いいか?」
攻撃が少しでも掠れば、そこで指輪の攻撃上昇効果は切れる。
二、三度避けた程度では大した効果は発揮せず、持続時間も短い。
敵のパターンを読みやすいPvEはともかく、PvPの敵目線でいくと……
「早目に止めればそこまで怖くない、か?」
「ああ。とにかく、どんな攻撃だろうと当てればいいんだから。範囲魔法、範囲攻撃に連続攻撃。さっきセレーネさんがやったような高速攻撃などなど。ここから導き出される天敵は――」
俺はサイネリアちゃんを手招きした。
そして、トビに攻撃を当てるとしたらどうするかを質問してみる。
「わ、私がトビ先輩に? む、無理なのでは……?」
「かすり傷でもいいんだ。例えば、アローレイン――」
「縮地で躱されませんか?」
「からのダブルショット。外れたらトリプル、最後に弾速と発生の早いクイックで仕留める! ……どうかな? 縮地のWTもかなり短い部類だけど、連射型なら間に攻撃を差し込めるんじゃない?」
サイネリアちゃんがスキル使用をイメージし、受け手のトビも同じようにその回避をイメージする。
やがて、二人は丸っきり逆の表情を同時に浮かべた。
「なるほど……そうですね。そのスキルの使用順なら、どうにか一射くらいは当てることができそうです」
「悶絶コンボ!? 弓術士の連射型はほんと、何でそんなにMP消費が低くてスキルのWTが短いのでござるか! クイックの後、ダブルのWT終わっているでござろう!?」
「MPさえあれば、ループコンボも組めるもんな。強い強い」
天敵は弓術士の連射型だ。
それと、命中させやすいスキルで代表的なものといえばもう一つ。
「神官のシャイニングも、当てて止めるだけなら最上位のスキルになるぞ」
「短い詠唱こそありますけど、座標指定で即着弾ですもんねぇ。PvEではゴミとか産廃スキルとか言われていたのに、PvPではほんと優秀ですよねー」
「ハインド殿のせいで、目潰しに使う神官の増えたこと増えたこと……」
「当てやすいといっても、目にピンポイントはそうそう当たるもんじゃないけどな。相手だって当てられないように動いているんだし、何なら腕で目を覆うだけでいい。低ダメージだし」
ただ、やはり胴当てなどを狙うなら群を抜いて簡単なスキルだ。
自分を中心に射出するタイプの魔法よりも、ずっと連続回避を抑制するのが容易である。
結論、『見切りの指輪』はPvPのパーティ戦で活かすことが難しいアクセサリーだと言える。
恒常的なステータスアップ能力はないので、被弾が嵩む場合は素直に他のアクセサリーのほうがいいというケースすらあるだろう。
しかし、一対一の決闘ならこの上なく強いアクセサリーなのは間違いない。
また、パーティ戦だろうと全ての攻撃をいなせるプレイヤーであれば話は別だ。
「ま、ともかく後は拙者の腕次第ということでござるな! 苦労して取っただけあって、見切りの腕輪のポテンシャルは高いでござるよ! 拙者、大満足!」
そして、火力が不足しがちな軽戦士なら誰でも欲しいアクセサリーであることには変わりない。
……にしても、こうなると益々火力偏重に傾いていくな。
俺たちパーティの総合能力は。
「ほう、腕次第? セッちゃんの矢の直撃を受けた後にそう言われても、まるで説得力がないのだが?」
「ぐっ、ユーミル殿……!」
「トビ先輩も、マーネと一緒にエクササイズしますか!? 体をもっと軽くして、スピードを上げましょう!」
「り、リコリス殿? 拙者のは単に油断とか判断ミスであって、体が重いとかそういうことでは……」
既にスリムなトビがこれ以上細くなったら、得るものよりも失われるもののほうが多そうだ。
筋肉をつけるということなら賛成だが……と、そこまで考えたところでトビ――というか、秀平の家族の姿が脳裏をよぎる。
そういえば、響子さんを始め津金家はみんな線が細かったな。
もしかしたら、体質やら遺伝的なものもあるかもしれない。
「っていうか、そのマーネは一体どうしたのでござるか? さっきから、ハインド殿の頭の上で荒ぶっているでござるが。何故に?」
「美しくなるためのエクササイズです!」
「なるほど、そういえば太り気味だと言っていたでござるな」
「エクササイズ……ですか? あれが?」
リィズが首を傾げる。
傍目には、マーネの姿は羽をばたつかせてぴょんぴょん跳ねているようにしか見えない。
頭のツボがいい具合に刺激されているような、されていないような。
「は、ハインド君? 髪の毛、ぐしゃぐしゃだけど……」
「まあ、はい。それはいいんですけど」
「い、いいんだ……包容力の塊だね……」
むしろ、よく滑りやすい髪の上でそこまで暴れられるものだと感心してしまう。
いざとなったらマーネは飛べるので、滑落に関してもそう神経質になる必要はないはずだ。
一応、肩にいるノクスと共に受け止められるよう準備はしているが。
「それよりも、セレーネさん。マーネの動き、段々と鈍くなってきていません?」
「え?」
みんなが俺の頭の上を見る中、段々と着地の感触が弱くなっていく。
やがて、温もりが一つ所で動かなくなった。
どうやら疲れて眠ってしまったらしい。
「……リコリスちゃん。マーネを」
「……はい! そーっと、ですね!」
眠るマーネに釣られてシエスタちゃんが大あくびをしたところで、今夜は解散となった。
まだやることがあるので、俺は残るが……。
就寝時間が近い中学生組から順番に、ログアウトを促していく。