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イベント後処理会 その4

 ギルドホーム地下にある演習場では、仮想敵の攻撃頻度から威力・スキルに至るまで、細かく設定することができる。

 これを用いれば『見切りの指輪』に関する検証は容易だ。

 しかしその途中、トビが難色を示す。


「見切りの指輪の判定が……」


 今の設定は、案山子(かかし)が剣を持って真っ直ぐ振り下ろす設定だ。

 初段、それを(かわ)したトビの体に初めて見るエフェクトが出ていた。

 だから問題ないと思っていたのだが……。


「普通に回避するだけじゃ駄目なのか?」

「駄目でござるな。これは仮説でござるが、見切りというだけあって際どい攻撃を回避しないと効果が発動しないようでござる」


 そう言って、トビは一定の間隔で振り下ろされる案山子の剣を避けてみせる。

 右、左……確かに、最初だけ出ていたエフェクトが一切発生しない。

 その様子を見たセレーネさんが、一早く演習の操作パネルへと向かう。


「そういえば、演習用の標的も色々なものが追加されているんだよ? トビ君、何か別のに変えようか?」

「そうでござるなぁ。では、お願い――」

「ほう! 私にも見せてくれ、セッちゃん!」


 演習場の隅で暇そうにしていたユーミルが、反動をつけて壁から背を離す。

 言葉を(さえぎ)られたトビは黙って肩を(すく)めた。

 こういうときのユーミルに抵抗しても、無駄だというのは分かり切っているものな……。

 大股歩きでセレーネさんの傍まで行ったユーミルが、肩越しに操作パネルを覗き込む。


「む……案山子の時点で、既に色々と装備が追加されているではないか。面白い! ――ぽちっと」

「あっ」


 セレーネさんのやや慌てたような声を聞き、その場の全員が案山子に注目する。

 案山子の剣が消え……何を装備するのかと注目していると。

 無手になった案山子は、下半身の棒を軸にトビのほうへぐるりと体を向け――。

 次の瞬間、妖し気に案山子の目が赤く光る!


「どぅわぁぁぁっ!?」

「案山子ビーーームッ!!」


 ユーミルの気合の入った叫びよりも僅かに早く、案山子の目からレーザーともビームともつかない……ええと。

 まぁ、どっちでもいいか。

 とにかく、光線のようなものが発射された。


「な、何するのでござるか!?」

「心配するな! 低火力モードにしたから、軽戦士だろうと当たってもダメージは0だ!」

「そ、そういう問題ではなく! やるならやると――」

「トビ。見切りの指輪、今ので発動したんじゃないのか?」

「言ってから……え?」


 トビの体を赤く攻撃的な(もや)のようなエフェクトがかかっている。

 光は暗く淡く、回避による攻撃アップに段階があることを分かりやすく示しているようだった。


「お、おお! やはり、拙者の仮説は――」

「案山子ブーメラン!」

「最後まで言わせてぇっ!」


 ユーミルの操作によって案山子の両腕が変形し、鎌のような形になって連続で発射される。

 案山子というか、もうほとんどロボみたいだな……TB世界的には、うーん。

 古代遺跡系にそういうものがいるとは聞いたので、なしではないのか。

 それはそうと、今の攻撃によってトビの体を覆うエフェクトが強く明るくなった。


「重なったんじゃないか? 効果時間は?」

「上書きされているでござる! 攻撃アップ効果も上昇!」

「いいじゃないか。折角だから、上昇量とかも詳しく検証しておくか?」

「そうでござるな! いやー、しかしこの派手めなエフェクト……効果は最高でござるが、拙者の隠密性が損なわれるとは思わないでござるか?」


 ……。

 その場の全員で顔を見合わせると、一斉に白けた表情なり苦笑いなりを交わす。

 こいつ、いつになったら自分の隠密性の低さに気が付くのだろう……?


「……大丈夫だ。お前が隠密性を活かした行動を成功させたことは、ほとんどないから」

「え?」

「よーし。仮説が立証されたことだし、ここからはみんなで標的を出しまくるか。上手く避けろよ、トビ」

「え?」


 遠い位置で雑談していたヒナ鳥三人とリィズも呼び寄せ、操作パネルの前に集まる。

 案山子の他にも魔獣、蟲、ゴーレムと演習標的の数は前に見たときよりも豊富になっていた。

 セレーネさんはこういった更新情報にも(さと)い。さすがである。


「ちょいちょいちょい!? どうして全員でやる必要があるのでござるか!?」


 演習場の中央で、取り残された形のトビが不満を露にする。

 別に、俺はみんなでトビを(いじ)めようなどという考えは微塵(みじん)も持っていない。


「一人で的を出し続けると、攻撃パターンが固まりやすいじゃないか。パターンが読めたら回避に余裕ができて、指輪の効果が発動しなくなるかもしれないだろう?」

「ぐっ、ぬぅ……た、確かにそうでござるが……」

「だから、交代でなるべく無作為になるよう標的を出していくからな。ついでに回避訓練にもなると考えれば、そんなに苦じゃないと思うんだけど。それでも嫌か?」

「回避訓練……」


 セレーネさんが俺の言葉に頷き、「絶対プラスになるよ!」と太鼓判を押す。

 ユーミルが腕組みをし、リコリスちゃんが握り拳を。

 サイネリアちゃんが頷き、シエスタちゃんがあくびをする。

 リィズは冷めた目で……と、後半になるにつれて反応が酷い気がするが。

 とにかく、全員で指輪の検証とトビの回避訓練に付き合うというのだ。

 トビがその事実に、頭巾から覗く瞳を潤ませる。


「みんな……! ありがたい! 感謝致す!」

「ならば、早速行くぞー! まずは私からだ! まだ案山子の飛び道具は残っているっ!」

「ちょ、待っ!? まだ心の準備が!」


 ユーミル操作によって案山子が新たな機能を発揮し、今度はそのまま腕を飛ばす。

 それを慌ててトビが避け、指輪の効果が高まっていく。




 トビの検証兼回避訓練はまだ続いている。

 度重なる回避によって、力が上乗せされていった指輪のエフェクトはまるで……。

 重戦士のチャージ系スキル、その最大値付近のように膨れ上がっている。


「ぬ、おおっ! 見える、見えるでござるよ!」

「はー、すごー……目で追っかけるのも面倒なくらい……」

「……速いですね。さっさと当てるつもりで敵を配置したのですが」


 シエスタちゃんやリィズが皮肉を混ぜずに素直に褒めるほど、今夜のトビの動きはキレがある。

 それが聞こえたのか聞こえていないのかは不明だが、調子に乗ったトビはこんなことを言い出した。


「まだまだぁ! 今の拙者なら! TB弓術士随一の精度と速度……ラスボスたるセレーネ殿の矢も躱せるはず!」

「お、おいおい……」


 トビの言うラスボスという言葉はきっと、限りなく正解に近い。

 本職が鍛冶師であるにもかかわらず、セレーネさんの弓の腕は天下一品だ。

 出てきていないだけで、まだ上がいるのかは分からないが……。

 少なくとも、俺たちが知る限りTBプレイヤーの中で最も質の高い飛び道具を繰りだせるのはセレーネさんだ。


「ということで、セレーネ殿ぉ!」

「は、はい!」

「本気で! 本気で拙者を狙ってほしいでござる! タイミングはお任せで……それを()って、此度(こたび)の回避訓練を完遂と致すっ!」

「わ、分かったよ! 本気で、だね!」


 トビの勢いに押される形で、セレーネさんがクロスボウと矢の準備を始めた。

 操作パネルに演習相手として登録すれば、セレーネさんはトビの敵扱いとなる。

 そうすれば、標的たちと一緒に攻撃を加えることが可能だ。

 俺はその登録を済ませ、現在の演習相手……ゴーレム軍団の操作を続けつつ、推移を見守る。

 しかし……


「大丈夫かな……?」


 トビは忘れている。

 こと「隠密」という点に関しては、セレーネさんこそ俺たちの中で特に優れていると言えることを。

 人見知りが故に、彼女は目立たないための術を人より多く身に付けている。

 セレーネさんが呼吸を小さくし、(まと)う気配が薄くなっていく。

 そして、俺がランダムで繰り出しているゴーレムの攻撃に混ぜるように自然に――


「――」


 最小限の動作で、音もなく矢を放つ。

 トビは気付いていない……俺の目にはそう見えた。

 だが、トビは標的用ゴーレムの拳を躱すと同時に視線を矢に。

 極限まで研ぎ澄まされた集中力によってカッと目を見開き、叫ぶ。


「見切ったぁ!」


 ――ブスリ。

 セレーネさんが放った矢をモロに額へと受け、トビが白目を剥いて膝を折る。

 あまりに綺麗な頭部へのクリティカルヒットに、誰も何も言えない。

 そのまま力なく倒れるトビの姿に、ようやく我に返ったセレーネさんが悲鳴を上げた。


「と、トビくぅーーーん!!」


 見えていても、躱せない。

 そういう攻撃もあるということを、身をもって知ったトビなのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見切ったッ!!()
[一言] 隠密能力、精密狙撃能力も凄いが、目で追うのが億劫になる程高速で移動するトビの移動先どころか避けられない体制である事まで予測して額に当てるって… まぁ戦闘中にデバフ管理しながらダメージを一桁ま…
[良い点] 期待を裏切らないトビ [一言] 結局空蝉とかホリウォはどうなるんだこれ バフは回避失敗がトリガーじゃなくて、有効時間が延長(上書き?)されるから空蝉やらが殴られても消えることはないのか 良…
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