イベント後処理会 その3
その後、なんともう一度天使が登場。
アタックスコア1位の報酬である『勇者のオーラ』をユーミルに届けにきたのだが……。
「いっぺんにやれ!」
何度も差しては消える光の柱に、いい加減畑作業の邪魔だとユーミルが叫ぶ。
三度の襲来に、遂に止まり木の老人たちのリアクションは「薄め」から「極薄」に。
あ、なんかまた羽の生えた子が来たなーくらいの感じだった。
「いっぺんにってのは、全くもってその通りだが……順番があるんだろう、多分」
野良専ランキングの報酬が先で、共通のものが後と。
何もしていないときならよかったのだろうが、俺たちの場合はタイミングが悪かった。
……該当者で戦闘中の人とかは、どういう扱いになっているのだろうな?
戦闘後の授与か?
「色んな天使ちゃんが見られてよいではござらんか!」
「……」
お前は魔王ちゃんのような悪魔っ子がいいのか天使がいいのかはっきりしろ。
視線だけは向けた俺はまだいいほうで、女性陣なんてトビのことを見もしていない。
「というか、何で俺だけ受け取りの難易度が高めだったんだろうな……?」
「でも、あの子が一番可愛かったでござるよ?」
「そりゃ、お前の好みの問題だろ。顔の造形レベルは三人ともどっこいだったと思うが」
ちなみに、ユーミルのところに来た天使は活発な性格の子だった。
文句を言っている割には、ユーミルはしっかりその天使の子と意気投合していた。
無形の『勇者のオーラ』を必殺技でも放つかのように渡してきた辺り、かなりユニークな子だったと思う。
「そういや、ユーミルには男の子の天使が来るのかと思ったら違ったな」
「やめて、ハインド殿! 誰得でござるか!?」
「いや、ある程度の数の女性プレイヤーは喜ぶだろ……」
「私はどちらでも構わん!」
「だから、ある程度のって言っただろ!」
こいつら、人の話をまるで聞いてくれない。
TBプレイヤーの女性比率なら美少年天使、全然ありだと思うが。
「まぁ、ともかく報酬受け取りはこれで終了だな。生産に戻るぞ」
「拙者、他のランカーのところに来たであろう天使ちゃんの姿も気になるでござる! 今しがた激写した、三人の天使ちゃんのスクショを餌に掲示板で――」
「後にしろ。生産に戻るぞ」
「あ、それと見切りの指輪の試用もしたいでござるなぁ。仕様が未知の部分も多い故!」
「後にしろよ」
「モンスター……いや、演習でいいでござるな。誰かに協力してもらって……」
「だから、後にしろってば。いいのか?」
「?」
トビが不思議そうな顔をする。
他のメンバーはもう、ユーミルも含めてトビが話している間に作業に戻っている。
俺は鍬を担ぎつつ、小さく嘆息した。
「あのシエスタちゃんですら真面目に作業しているんだぞ。ここで俺たち、まともに参加しなかったら……」
「し、しなかったら? 何でござるか?」
あちらの作業、特にユーミルのペースは未だに落ちない。
その農作業に似つかわしくない出しっぱなしのオーラはどうかと思うが。
発するエフェクトが派手になった分、周りの人が……ああ、リィズが鬱陶しそうな顔をしている。
「みんなは表面上、何も言わないだろう。しかし、自分では回復アイテムやらを使うたびにこう思う訳だ。ああ、このアイテムを作る時、俺は役に立たなかったな――と。それってどうなんだ?」
「めっちゃ気が引けるでござるぅ!? っていうか、気が散るっ!」
「嫌だろう?」
「い、嫌でござる! すごく嫌でござる!」
「じゃあ、行こう。さっさとしないと畑の作業が終わる」
「マジ!? って、早っ!? ま、待ってー! 拙者もー!」
やっと優先度が整理できたか。
天使たちのことはともかく、獲得した新アクセの効果は俺も気になる。
生産関係とイベントの後始末が終わったら、後で時間を取ることに――
「いやー、上手く焚きつけましたねー。トビ先輩は乗せやすいですなー」
「まあ、あいつのメンタルの弱いところを突っつけばね。って……」
「どーも。“あの”シエスタちゃんが来ましたよ?」
聞いていたのか……。
というか、どこから来たんだ? シエスタちゃん。
先程の天使が植林エリアに隠れていたことからも分かるように、付近に遮蔽物は少ないのだが。
「先輩。頼まれた取得物の整理、終わりましたよー」
「もう終わったの? 早いね」
正直、こちらの作業が終わったころに行けばちょうどくらいだと思っていた。
この様子だと、だらだらやるほうが面倒と判断したようだ。
「電子メモだと味気ないんで、洋紙にまとめてメモしてきました。どうぞー」
「ありがとう」
シエスタちゃんが作成、渡してくれたその目録は非常に見やすかった。
種類ごとに分けられた上に間隔も程よいため、目を通すとスムーズに中身が頭に入ってくる。
字の丁寧さは……まあ、性格を反映してか雑な走り書きなのだが。
読めなくはないので、必要十分といった感じか。
「うん、短時間でまとめたとは思えないリストだ。有能だねー、ご苦労さま」
「おー、先輩に褒められた。私の字、適当ですけどちゃんと読めます?」
「大丈夫。後でパストラルさんにこれを見せながら、細かいことを相談って形にするよ。それはそうと、シエスタちゃん」
「何ですか?」
俺は渡された洋紙の一部を指差し、シエスタちゃんに見せる。
洋紙は妙にヨレヨレで、折り目のようなものもついていた。
この状態から推測するに――
「何か、ここ……シエスタちゃん。もしかして、この上で寝ていた?」
「……」
「濡れてから渇いたような跡もあるんだけど……」
「……。女の子の涎の跡って、ご褒美になると思いません?」
「ちょっと!?」
思いっ切り該当箇所を持つ時に掴んでいたんだけれど!?
何というか、その……奇妙な罪悪感が。
慌てて手放すのも失礼だと思うので、俺は顔を引きつらせつつも洋紙を折り畳んでアイテムポーチにしまう。
シエスタちゃんの顔に眠った際の跡が残っていないのは、瑞々しい肌がさっさと元の形を取り戻したからだろう。
「寝てから来たって……どんだけ高速でまとめあげたのさ?」
「何のことはないですよ? 一旦インベントリに吸わせて、談話室にあるアイテムボックスにだーっとジャンル分け。で、終わったらボックス内の数を書き出すだけでしたんで」
「最低限の労力で済ませたわけね……さすがっていうか、何ていうか」
「みんながある程度、出す時に寄り分けておいてくれたおかげもありますねー」
アイテムポーチを素材やアイテムに近付けると、大抵のものは吸い取ってくれる。
だから、そのやり方なら重いものを持ち上げたり下ろしたりする労力が必要ないということになる。
「――っと、生産に戻らないと。トビにああ言った俺がやらないなんて、無責任にも程がある。シエスタちゃん、ありがとうね」
「先輩は真面目ですねー。一仕事終えた私は、農作業する先輩とおしゃべりしつつ高みの見物ということで」
俺に君と話しながら作業しろというのか。
確かに横から話しかけられても、作業効率を落とさない自信はあるが。
「……いいと思うけど。みんなが作業している横でそれって、落ち着かない気分に――」
「なりませんねー」
「ならないのか……」
「全然。定時で帰る派遣社員のごとく気になりません」
「大物だな!? 有能なことが前提だよね、それって!?」
「やだなあ。それならさっき、先輩がお墨付きをくれたじゃないですかー」
「したけれども!」
ゲーム的にはヒナ鳥のギルドメンバーなので、派遣ではなく正式メンバーのはずだが。
とはいえ、彼女がお願いしたことを完遂したのは確かだ。
じゃれついてくるシエスタちゃんの相手をしつつ、俺は畑に向けて鍬を振り下ろした。