イベント後処理会 その2
毎回、報酬授与には何かしらの演出があるTBだが……。
さすがに前イベントは対象となりそうな上位の報酬数が多いためか、戦闘神直々ということはなさそうだった。
代わりに現れたのは――
「……うお」
思わず感嘆の声が漏れた。
天から差す光、その中をゆっくりと……優雅に羽を揺らしながら、天使らしき人影が舞い降りてくる。
一見して分かるほど、今まで戦闘で戦った天使たちとは纏う雰囲気が違う。
「何だ何だ!? ハインド、これは何だ!?」
「ぷ、プライベートエリアなのに……」
農業区内の異変に、作業中だった面々も次々と集まってきた。
システム側の介入のようなので、パストラルさんの言うプライベートエリアの設定はおそらく無視されている。
ちらりとトビの横顔を見ると、にやにやとあまりよくない時の顔をしていた。
――と、いうのも。
「……」
降りてきた天使の……そう、天使の少女は。
繊細に整った愛らしい顔立ちをしており、優しい笑みを浮かべていたからだ。
汚れ一つない美しい純白の羽を一度動かし、天使の少女が静かにトビの前に降り立つ。
「せ、戦闘神殿の御使いさんでござるか!?」
「あら……お話が早いようで、助かりますわ」
……人間であれば十歳未満に見える容姿に似合わず、大人びた話し方と声をしている。
天使の少女が何もない空間で手を振る。
すると、僅かな光の残滓を残して幾何学模様の入った指輪が出現。
それを恭しく両手で持つと、トビの前で差し出すように掲げて膝を折った。
「どうぞ、この“見切りの指輪”をお納めください。試練において、最も軽やかに舞った戦士様」
「お、おお……で、では、遠慮なく!」
デレッとした表情で指輪を受け取るトビ。
天使の少女はそれに変わらぬ笑みを返すと……。
俺たち全員に対しても挨拶するように笑みを振りまくと、再び天から差した光と共に空の彼方に去っていった。
「ほああ……何というイメージ通りな天使っぷりでござろう……あれが本物でござるかぁ……」
「凄い役得……これって、天使さんと初対面ですよね!? 最高です! ありがとうございます、トビさん!」
「いやいや、パストラル殿! これも止まり木あっての成果でござるよ!」
短時間ですっかり骨抜きにされたトビに、天使やら悪魔やらが好きなパストラルさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
他の止まり木のメンバーは今夜、子どもが少なめということもあってか、リアクション薄めで農作業に戻っている。
それにしても――
「確かに、多くの人が考えるであろう天使のイメージそのものだったんだが……」
何だろうか? 引っかかる感じがある。
俺がその原因に思いを巡らせていると、理世が素早く言語化してくれる。
「……やけに事務的、だったでしょうか?」
「そう、それだ!」
「む?」
今までの……そう、神族・魔族であるアニマリアや魔王ちゃんなどとの比較になるが。
終始笑顔ではあったのだが、その笑顔がやけに無機質というか作りものっぽかったというか。
それを聞いたトビは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「え? そうでござったか? あの子、拙者に対して尊敬の眼差しを――」
「あったか?」
「ないな!」
「なかったですね。セッちゃんはどう思いますか?」
「あ、えっと……言葉が大袈裟すぎて、逆に不自然だったような……?」
「外交辞令というやつでしょうか……?」
「がいこうなの? サイちゃん。社交じゃなくて?」
トビと浮かれ気味のパストラルさんを除いた俺たちの間では、天使の印象はあまり芳しくなかった。
どこか冷たい印象を受けたんだよな。
「いやいやいやいや! え、何? それは単に、拙者への嫉妬でござろう?」
「可愛い子を前にしたお前は、限りなくポンコツに近いからなぁ……」
「え? え? ハインド殿、ひどくない?」
「可愛い……?」
ぼそりと呟くリィズが怖い。
そういう顔さえしなければ、我が妹こそ天使であると言っても俺としては差し支えないのだが。
今更言うまでもないのだが、ゲームの天使の容姿と張り合えるリィズは、現実ではおかしいレベルの美少女である。
「私は魔王とサマエルのドタバタした感じのほうが好きだぞ! ちょっとドジなアニマリアも悪くなかった!」
「うん、そういう血の通った感じがなかったって話でな?」
ユーミルの好みは別として……。
俺の考え過ぎかと思い周囲を見ると、サイネリアちゃんやセレーネさんも同意するように頷きを返してくれる。
うぅむ……。
俺が再び思考の海に沈みそうになると、またもリィズが手助けをしてくれる。
「天使共通の性質でしょうか?」
「どうだろうな? サンプルが一人じゃなぁ……」
「今までに私たちが会った、というか戦ったのって、天使を模した何かだったみたいだしね」
「そうですね。セレーネさんのおっしゃるように、今の子と違って光の塊でしたし。第一、表示される名前が露骨にそうでしたよね」
「……よく分からんが、それは今結論を出す必要があることなのか?」
「うっ」
珍しく鋭いユーミルの指摘が俺の胸に突き刺さる。
ま、まあ、確かに考えても仕方のないことなのだが。
「こ、考察自体は無駄じゃないって! ……多分」
「そういうものか? しかし、ハインド。そんなことよりも、お前の報酬はどうなった? 慈愛の腕輪は? 私はそっちのほうが気になるぞ!」
「あ、あれ? 本当だ。そういえば、もらっていな――」
不意に、視線を感じた。
農業区の畑の横合いには、植林を行っている林がある。
その林の一番手前の木から、隠しきれない白い羽が見えている。
そっと顔を出したかと思うと……俺たちの視線に気づき、さっと隠れる。羽以外は。
「あー……」
一瞬で先程までの考察が無に帰した。
うん、一人目の天使が事務的だったのは単なる個人? の差に過ぎなかったようだ。
しかし、これはどうしたものか……こちらの天使さんは、役目を果たさなくていいのだろうか?
「ハインド、そっとだ! 野良のわんこかにゃんこに近付くようにそっと行け!」
「え……やっぱそうなる?」
「それしかないだろう! あまり積極的に目を合わせようとするな! 逃げられるぞ!」
「例えはともかく、やけに具体的で詳しいでござるなぁ。ユーミル殿……」
「な、何のことだ!? 私は勢いよく近付いて、にゃんこに逃げられたりなどしていないぞ!?」
「逃げられたんだね、ユーミルさん……」
そんな会話を背景に、俺は静かに林のほうへ近付いていく。
もちろん、杖などの武器は持っていない。
なるべく警戒させないよう、肩の力を抜いて自然な動作でゆっくりと。
作り笑いはかえって警戒される恐れがあるので、これも自然な顔のままで。
……って、どうしてトビはすんなり済んだっていうのに、報酬受け取りでここまで苦労しなければならないんだ?
「……っ」
「あっ……」
っと、いかんいかん。
俺の表情と連動するように身を硬くして、一歩下がる気配を天使の少女が見せる。
こわくない、こわくない……よし、近くまで来たぞ。
「えーと……」
「!」
「もしかしてだけど、俺に用事が? あ、急かさないから。心の準備ができたら、ゆっくりとでいいから出てきてくれるかな?」
「……」
そう宣言して辛抱強く待っていると、天使の少女がおずおずと顔を出す。
……少女は、先程の凛とした美しさと幼さが同居した天使とはまた違った容姿だった。
伏し目がちで、角のない柔らかな顔立ちをしている。
こちらのほうがトビの好みそうなタイプではないだろうか?
恥ずかしいのか、赤い顔でこちらをちらちらと見上げてくる姿がいじらしい。
「うおーっ! 何でござるか、それ! 何でござるか! ハインド殿ばっかり、ずる――」
「黙れ、トビ助! ハインドの腕輪がもらえなくなったらどうする! リコリス、連れていけぃ!」
「はーい!」
「ああぁぁぁぁぁ……」
あ、連れていかれた。
少女はやがて、先程の天使の少女と同じように光の中から腕輪を取り出す。
そして、それを震える手で精一杯腕を伸ばして差し出してきた。
白磁のような質感の下地に、上品な金の細工……きっと、これが『慈愛の腕輪』で間違いないのだろう。
トビが言ったような御使いというよりも、こちらは子どもが言いつけられた「おつかい」といった感じの少女の様子に……
「ありがとう。偉いね」
「……!」
思わず、子どもをあやすような口調になってしまう。
しかし、俺の言葉に天使の少女は安心したように小さく微笑んだ。
気が付くと――
「はい、これ」
「……?」
「おつかいのお礼」
俺は少女の手に、腕輪を受け取る代わりに持っていたお菓子を握らせていた。
何だろうか? とても庇護欲を掻き立ててくる少女だ。
喋らないのは無口なのか、それとも言葉を発せないのかは分からないが。
フィリアちゃんとも、会ったころのセレーネさんともまた違う感じがする。
「おおっ! さすが飴配りおじさん! ナイス!」
「……」
おじさん言うなっていっただろうが! とユーミルに叫び返したいのを堪えつつ、天使の少女が光の柱を通って帰って行くのを見守る。
笑みと共に小さく手を振ったのが見えたので、俺は上空からでも見えるよう少し大きな動きで手を振り返す。
そのまま少女は、もう一人の天使と同じように天界へと帰っていった。