イベント後処理会 その1
秀平の話を聞いた日の夜。
近いうちにメディウスとぶつかることになるかどうかは分からないが……。
分からないものはひとまず置くとして、TBで俺たちが後回しにしていたことが一つある。
それは――
「イベント後処理会ー!!」
ユーミルが高らかに宣言する。
後回しにしていたことというのは、今ユーミルが言った通りの内容だ。
今夜はメンバーが揃っており、前回のイベント中は別行動が多かったヒナ鳥も三人とも合流している。
こうして全員で談話室に集まるのも久しぶりだ。
「わー、楽しくなさそうな響きー……めんどくさー……」
「むっ!」
シエスタちゃんの呟きを聞き咎め、ユーミルが笑顔を険しいものに変える。
そのまま何か言うのかと思いきや……。
「……」
「無言で俺を押すな! さては何も反論を思い付かなかったな!?」
人の背中に回り込み、シエスタちゃんのほうへと俺を押しやってくる。
振り返って止めると、新緑色の瞳をあさっての方向へと逸らす。
「そ、そんなことはない! 私よりもハインドのほうが、上手く必要性を説明できると思っただけだ!」
「物は言い様ですね……」
リィズの指摘に、へたくそな口笛を吹いて誤魔化すユーミル。
その後ろをリコリスちゃんが走りながら、羽ばたくマーネと共に通り抜けていく。
……ぽってりしていたマーネの体、少し細くなったか?
「それじゃー、先輩。私をその気にさせるような屁理屈かもーん」
「屁理屈って……」
「こじつけでもいいですよ? 先輩の話が面白ければ、喜んで乗せられてあげましょー」
乗せられてやるときたか……。
人によっては煽りと受け取りそうな大物発言だ。
こちらがそうは思わないことを見越して言っているのだろうけれど。
「数日振りでも相変わらずだなぁ、シエスタちゃんは……分かった。面白さは保証できかねるけど、何かそれらしい話を考えるよ」
「わー」
後処理の必要性……というか、シエスタちゃん相手に説くべきなのは、いつも通りその楽しみ方か。
肘をついてだらけるシエスタちゃんのやる気を引き出すべく、俺は思案しつつ口を開く。
「……シエスタちゃん、金勘定は好きかな? 主に増える方面での話なんだけど」
「へ? そりゃー、お金はあればあるだけ色々と楽になりますから……好きですよ?」
だったら後は簡単だ。
ヒナ鳥とアラウダちゃん、そしてホリィちゃんのパーティは安定志向でイベントをプレイしたと聞いている。
故に収支は黒字――つまり、消費したアイテムに比べて得たもののほうが遥かに多いはず。
「ゲットしたお金や素材、アイテムを整理。それから、一覧にして眺めるのは楽しいと思うんだ。あくまで個人的な意見だけど」
「はい! めっちゃ楽しいです!」
力強い賛同の声がトビから上がる。
離れた位置で投擲武器を整理していたはずなんだが……いつの間に。
「特に作業ゲー系の素材集めとかね! いずれ使うにしても、まずはその成果を見てにやにやするのがゲーマーの嗜みでござろう! ソシャゲのプレゼントボックスに資材やら石を溜め込むのもいいでござるなあ! 受け取る時の達成感と解放感、プライスレス!」
「……」
言いたいことは分かるし、ひょっとしたら援護射撃のつもりなのかもしれないが。
お前、シエスタちゃんが作業色の強いゲームを自分から進んでやると思うか?
やったとしても、よほど短縮・スキップ関係が整備されているゲームだけな気がする。
「まー、トビ先輩の話はさておき……」
「置かれたでござる!?」
「例えるなら、お金の増えた通帳を眺めるようなものです?」
「そうそう。って、中学生だよね? シエスタちゃん……」
バイト経験もない中学生に、通帳を眺めて悦に入る瞬間を理解できるのは不思議だ。
もちろん、現実はゲーム以上に増えるばかりでないのが辛いところだが。
「先輩の仰る通り働いたことはありませんが、想像したら幸せな気分になれました。私としては、増えたお金が家賃収入とかの不労所得だともっと幸せです」
いつものシエスタ節に、思わず体の力が抜けそうになる。
将来的に本当にやりかねないな、この娘は……。
「不労所得!? そこは苦労あってこその成果ではないのか!?」
「やだなあ、ユーミル先輩。同じ成果を得られるなら、苦労せずに得られるほうがいいに決まっているじゃないですかー」
「そ、それはそうだが! 理屈は分かるが、感情面では素直に同意できんぞ!」
せっかくシエスタちゃんが見せたやる気も、ユーミルはお気に召さなかったらしい。
まあ、やる気といっても不純なのは確かだが。
「と、ともかく! そんなわけで、シエスタにはアイテム整理係を命じる! 今した話を踏まえれば比較的楽しい役なのだし、それでいいだろう!」
「いや、説明したのは俺なんだけど……」
「わー、納得しましたー。ユーミル先輩はかしこいなー」
「シーちゃん、すっごい棒読み……」
アイテム・素材整理係は負担が軽いので、シエスタちゃんが俺たちの分もやってくれることになった。
元々、俺たちは素材や消費アイテムの多くを共有している。
よほどの貴重品以外は神経質に分ける必要もない。
インベントリ、そして談話室のアイテムボックスに詰め込んでおいた素材やアイテムをメンバー全員で次々とその場に取り出す。
『天空の塔』攻略中はみんな時間がなく、かなりの量が元から談話室に置いてあったボックス、それから臨時で増やしたボックスの中に未分類で放り込まれていた。
「おおー、どかどかと……なるほど、悪くない眺めですね。面倒くさいなーって気持ちとワクワクする気持ちが半々になりますなー。それで、他のみんなは何をするんです?」
「うん、まあ……」
薄々は察しているであろう、シエスタちゃんの問い。
トビが普段、消費アイテムをストックしているボックスを開いて溜め息を吐く。
「何をするって、これでござるしなぁ……すかすか。中級ポーションの在庫10って……」
「ちなみにですが、保管庫のボックスも似たようなものですよ」
「リィズちゃん、みんなが持ち出しやすいよう定期的にここのボックスに補充していたものね……」
「セッちゃんもでしょう?」
「そうだったのですか? ありがとうございます、リィズ先輩。セレーネ先輩」
サイネリアちゃんが礼儀正しく二人に頭を下げて礼を言う。
誰が多く使ったということもなく、それだけ前回のイベントは回復アイテムの消費が激しかったという話だ。
それこそ、止まり木がフル稼働してどうにかといった具合に。
ようやく話が見えてきたのか、リコリスちゃんが拳を握って椅子から立ち上がる。
「だったら、止まり木さんたちのお手伝いに行きましょう! あと、イベントで使ったアイテムのお礼もしないと!」
「しばらくの間、私たちの農業エリアの管理もお任せしていましたしね……」
馬たちの様子が気になってきたのか、サイネリアちゃんがそわそわと落ち着かない様子になる。
素材関係の整理を行うシエスタちゃんを残して、俺たちは一斉に立ち上がった。
「だね。と、いうことで――」
「生産だああああああああああ!!」
ユーミルがザクザクザクザクと、猛烈な勢いで鍬を振り下ろしながら畑を進んでいく。
少し遅れてリコリスちゃんが同じように「生産ですー!」などと叫びながら進む。
その後ろをセレーネさんとサイネリアちゃんが、せかせかと種まきしつつ付いていく。
……。
「あ、あのー……」
「イベント中は大変お世話になりました。止まり木には本当に、いつもいつも感謝しています。イベントの成果報告と、それから取得できた生産系素材に関してお話があるのですが――リィズ、頼む」
「はい。パストラルさん、いいですか?」
「は、はい」
放っておいていいのかな? という顔のパストラルさんだが、やがてリィズの話に耳を傾け始めた。
あっちの二人なぁ……明らかにオーバーペースだが、いつものことなので仕方ない。
燃え尽きるまで放っておくのみである。
「ハインド殿、ハインド殿」
さて、どこを手伝うかと農業区を見回したところで――トビが嬉しそうな顔をして近寄ってくる。
メニュー画面を開きっぱなしのようだが……。
「どうした? トビ」
「イベント報酬、送られるそうでござるよ! 今から!」
「え?」
俺はトビの言葉に慌ててメニュー画面を開く。
視界の端にある時刻表示が、ちょうど20時59分から21時00分へと変わり……。
直後、TB世界の上空から光が差し込む。