放課後・過去語り 中編
「俺がメディウスと会ったのは、今から五年前になるかな」
「え?」
またも予想外の言葉が秀平から放たれる。
出会ったのが五年前……? 遠いな。
現在高校二年生なのだから、小学六年ってことか?
「交流を絶ったのは中二の時」
「……続けてくれ」
結構長い付き合いだったのか。
秀平が中二のころというと……はて?
もう俺が秀平と知り合った後だが、何かそれらしい様子はあっただろうか?
「で、現実では会ったことなし!」
「ネット上だけの友人ってことか?」
「そうなるね」
その点に関しては、特に珍しくもない話だ。
俺たちはTB外で小春ちゃんたちやマリーたちと会っているが、現実の付き合いにまで発展するケースは稀だろう。
よほど気が合ったとしても、距離の問題で会えない場合もある。
国内であっても端と端では相当な遠さの上、もし相手の居場所が海外ならば尚更だ。
「メディウスは……そうだなあ。最初に会った時は、物凄くつまらなそうにゲームするやつだったよ」
「へえ?」
それは意外だ。
一歩引いたような印象こそあったが、野良パーティで組んだ際のメディウスは終始笑顔だった。
内心まで推し量ることは難しいが……秀平が過去形で話している以上、今は違うということなのだろうか?
「そして俺は、そんなメディウスを狙うPKだった」
「……へー」
これはよく分かる話だ。
秀平は、なんというか人並み以上に現実で実現不可能な体験をゲームに求めているところがある。
だから、ゲームによってはそういったプレイスタイルを取ったとしても不思議ではない。
「な、何だいわっち? その汚物でも見るような目は!」
「してねえよ、そんな目。何だ、あれか? 小学校でその時期、苦手なクラスメイトでもいたのか? ちょっと暴力的な感じの」
「……」
「それとも、女子グループに嫌われるようなことでもしたのか?」
「……」
「なるほど。両方か」
「何で無言を貫いたのに当ててくんのぉぉぉ!? しかも寸分違わず! エスパー!?」
「たわけが。今のお前を見ていれば大体分かるわ」
秀平は基本ヤンキーっぽい男子が苦手だ。
小学生でも、まあ……既にそうなりそうな気配のあるやつは、俺の近くにもいた。
女子に関しては言わずもがな。
いつもの余計な一言で泣かせでもしたのだろう。
「で、お前はゲームでそのストレスを発散していたわけか」
「そ……そうなる、かな?」
「いや、別に構わねえよ。お前のことだから、PKに対しておおらかなゲームでやっていたんだろう? ゲームの一要素っていうか、一勢力っていうか。そういう感じの」
「やっぱエスパーじゃん!? こわっ! わっち、こわっ!」
「黙れ、この小心者。それよりも、話の続き」
「お、おう」
変なところで気が小さいのは、人のことを言えない気がするが。
ともかく、秀平は話を再開……しようと一度口を開いたのだが、不意に向きを反転。
パソコンのスイッチを入れると、何やら画像の入ったフォルダを開いていく。
「どうした?」
「あー……メディウスと会った当時の画像があったはずだから、それをわっちに見せながら話そうかと」
「画像って……ゲームのだろう? 見て何か分かるもんか?」
「大丈夫大丈夫。そのゲーム、TBと同じ実体スキャン&投影型のVRゲーだから」
そう言って秀平はフォルダの中から画像を探す。
……しっかし、部屋と同じくパソコン内まで雑然としているな。
目的のものが見つかるまで時間がかかりそうだ――と、俺が画面から目を逸らそうとした時だった。
不意に、フォルダ一杯に同じ人物を写したものが多量に出てくる。
その正体は……
「……おい。何だ、この大量の魔王ちゃん画像は?」
大きく、目尻が吊り気味な赤い瞳。
髪は黒で、その頭からにょきっと角が生えた人外の少女。
間違いない、この画像は全てTBの魔王ちゃんの姿をあらゆるアングルから収めたものだ。
「あ、いつもの癖で間違えた」
「間違えんな。って、うわっ! フォルダのデータ量でかっ!」
「データの分だけ、俺の魔王ちゃんに対する愛が大きいってことだね!」
「やかましいわ!」
これだけ散らかったフォルダの中から、妙に手早くアクセスしたと思ったらこれか。
ちなみに秀平の画像フォルダの中にはいくつもの画像フォルダがあるのだが、フォルダ分けされずに放置してある画像も多い。
しかもフォルダの中にも更にフォルダが、またその中にも――と、ものによってはマトリョーシカのようになっていて頭が痛くなってくる。
「……見つかるのか? こんな調子で、本当に」
「ま、待って! もうちょっと待って! 確かこの辺に……あった! あったぁ!」
そしてようやく、秀平がとあるフォルダに行き着く。
記憶の奥底に沈めるかのように、深く深くに位置するそのフォルダにあったのは……。
「今のVRゲームと比べて、全体的にグラフィックが荒いんだな」
「そりゃ、VRX3500に比べたらね。サーバー負荷とかもエグかったらしいよ」
「考えてみたら、一人一人の生体データをゲームに反映しているんだから当然か……」
と、画像全体の印象はこれくらいにして。
肝心の中身に関しては、一言で表すなら「秀平敗北の軌跡」だった。
このゲームは俯瞰で撮った映像を後から画像として保存できる仕様らしく、小学生の秀平が同じ人物にのされている姿が続いている。
今のような忍者の覆面はしておらず、僕悪いです! と言わんばかりに禍々しいデザインの黒い軽鎧に黒いコートを装備。
どうやら普段は、そのコートに付いたフードを目深に被っていたようだ。
やられた後の画像ばかりなので、顔は普通に見えているが。
「この時期からもう顔が整っていやがる……けっ」
「わっち、最初に出る感想がそれってどうなん……?」
「どうしてこれで女子に嫌われることができるんだ? 不思議で仕方ないんだが」
「放っといてよ!? あ、いや、放っておかないで! 何とかして!」
「無茶言うな」
少年時代の秀平の顔ばかり見ていても仕方ないので、他の部分にも注目してみる。
秀平を打ちのめしている同年代の少年だが……これ、本当にメディウスか?
俺がそう疑いそうになるくらい、その少年の目は荒んだものだった。
自分が倒したPKである秀平を、まるで路傍の石ころでも見るような目で見ている。
勝ったことに何の感慨も抱いていないような、そんな冷たい表情だった。
「……どっちがPKか分からない顔をしているな」
「だよねぇ。負けたこともだけど、その冷めた顔がまたムカついてさぁ」
「ほう」
確かにこれでは秀平の目的だったストレス発散どころか、怒りを掻き立てられる反応だろうな。
しかし、このゲームはダメージ表現が分かりやすいな……それを見る限り、戦いの後だというのにメディウスは無傷のようだった。
これだけ圧倒的であれば、普通は諦めの念が出てもおかしくはない。
だが、秀平はそうではなかったらしい。
「学校……小学校に行っている間、俺はメディウスを倒す方法を考えまくったよ。それこそ朝から下校時刻まで、授業そっちのけで」
「おい」
「それを考えている間は、仲が悪くなっちゃったクラスメイトのことも気にならなくなったしね」
「……」
そう言われると、怒るに怒れない気分になってしまう。
その頃の秀平にとって、打倒メディウスは生き甲斐のようなものだったのだろう。
話しながらもパソコンの画像送りをしていく秀平の顔には懐かしむような笑みと同時に、古傷の痛みを堪えるような複雑なものが浮かんでいる。
「放課後になったら、一目散に走って家に帰ってさ。何度も何度も挑んだよ。あいつは俺と同じ小学生の癖に、そのゲームではトップで……居場所は簡単に掴めたから、何度も何度も戦いを挑んだ」
画像が送られていく。
一枚、二枚、三枚……それらが記録された日時も少しずつ進む。
秀平が負けているのは相変わらずだったが、その様子も少しずつ変わってくる。
段々と勝った直後のメディウスにダメージが増えていく。
秀平が倒れた位置が、メディウスに対して近くなっていく。
そして、何よりも――
「あっ」
「……」
声を上げたのは俺、笑って黙り込んだのは秀平だ。
――何よりも、時間が経つと共にメディウスの表情が徐々に和らいでいく。
やがて、大きなガッツポーズで跳びはねる秀平の傍で。
メディウスは――負けたにもかかわらず、笑っていた。
心の底から嬉しそうに、笑っていた。
「この画像の後、俺はメディウスと初めてまともに喋ったんだ」
「え、今更!?」
「そしてめっちゃキレた。キレ散らかした」
「あ、ああ……負けたってのに、メディウスが笑っていたからか?」
「そう! 何せ俺が欲しかったのは、あの冷静・冷徹・冷酷なメディウスが地団駄を踏んで悔しがる顔だったからねぇ! 何だよ、この爽やか晴れやかな笑顔はぁ! 今になって思い出しても腹立つぅぅぅ!!」
「お前、それは……」
おそらくだが、メディウスが笑った理由を色々と勘違いしている。
この一連の画像群におけるメディウスの変遷を見るに、きっと――。
しかし、俺が言葉を続ける前に秀平がそれを遮る。
「うん、今はちゃんと分かっているよ。あいつがあの時、笑った理由は……あいつって、いわゆる天才ってやつだったんだよね。俺と会った時点で、もう大学も卒業間近だったらしいし」
「だ、大学? つまり、飛び級ってことか?」
「そ」
もっと低い年齢で少年少女が大学を卒業した記録もあると聞いた気がするし、ないではないと思うのだが。
となると、メディウスは海外在住だったのだろうか……?
そういったことは、日本よりも海外のほうが色々と進んでいるはず。
「そんな現実感のないやつ、お前の身近に存在したのか……」
「……言っとくけど、TBで初っ端わっちが知り合ったマリーっちとか司っちなんかも大概だからね? お金持ちのパツキンお嬢と執事よ?」
「あ、ああ、そっか。って、話の腰を折って悪かったな……続きを」
秀平が画像送りを再開する。
すると、少し経ってそれまでの敗北画像とは様変わりしたものが並び始める。
二人の勝ちと負けが交互になり始め、やがて……
「じゃ、続けるね。ま、そんな天才メディウス君にとって、俺が必死こいてやってたゲームなんざぁ鼻クソほじりながらトップに立てるお遊戯でさぁ」
「お前、今でも微妙に根に持っていないか……? それと、ゲームは正しい意味で遊戯だと思うぞ?」
「俺が初勝利を収めてあいつと話すようになった後は、直々に、色々と叩き込んでやったわけよ。ゲームこそ至高! という絶対の摂理を!」
「言っていることはおかしいが、お前がいいことをしたってことだけは分かる」
やがて、画像の中で秀平……カイトとメディウスが共闘を始める。
ある時は巨大なモンスターと、またある時は異常な数のPK集団と。
その画像のメディウスは実に楽しそうで、最初の見下すような、あるいは達観したような冷めた表情はどこにもなかった。
それは年相応の顔をした少年同士で、夢中でゲームをしている姿でしかない。
……いいゲーム仲間じゃないか。
「うーん……なるほどな。仲を深めた経緯については理解した。ところで、秀平」
「はい?」
「この、途中からお前たちと一緒に写っている女の子は誰だ? 偶然パーティを組んだにしては、出てくる回数が多いように思えるが」
「あー……」
メディウスのことを訊いた時ほど深刻そうではないものの、困り顔で後頭部を掻く秀平。
……何だ? 一瞬、もしかしたらこの子が原因でメディウスと疎遠になったのかと思ったのだが。
どうも三角関係だとか、そういう感じではないらしい。
秀平の様子から読み取れる感情は……「苦手意識」、だろうか?