放課後・過去語り 前編
二階にある秀平の部屋は、いつ来ても物が多くにぎやかだ。
まず、棚には溢れんばかり一杯のゲーム。
レトロゲームから最新ゲームまで、それらがぎっしり詰まって並んでいる。
棚の上には、ゲームセンターで取ったであろう景品のぬいぐるみたち。
机にはパソコン、壁にはこれまたゲームのポスター。
置いてある時計もゲームセンターの景品で……今は16時半を過ぎたところか。
ボタンを押すと時計に付いたキャラクターが喋る機能が付いているのだが、壊れているのか押しても反応がない。
「相変わらず狭いなぁ、お前の部屋は……」
「八畳あるのに?」
「そういうことじゃねえよ」
部屋の大きさの話ではなく、動ける範囲の話だ。
部屋自体は、もう家を出たお姉さんたちが二人で使っていた部屋だそうなので狭くない。
何せ物が多いだけじゃなくて、散らかっているからなぁ。
秀平は物を蹴とばしながら椅子を出し、こちらを向く。
……あれ? 俺が座るところ、もしかしてないのでは?
「じゃ、わっち。早速だけど、メディウスの話を――」
「掃除だ」
「聞かせて……はい?」
よく見たら埃も積もっているし、空気も少々淀んでいる。
臭かったり不潔だったりまでは行っていないが、俺が個人的に許せるラインを軽々と超えている。
「掃除だ。話を聞く前に」
「い、いや、別にそんなの……いる?」
「いる、絶対に。水と酸素と食事と睡眠くらい」
「そ、そんなに?」
「全滅間際の回復アイテムくらい」
「そんなに!?」
ゲームで例えるほうが反応がよろしいのはどうかと思う。
が、そんなこんなで話の前に部屋の片づけを開始。
しばらく来なかったのが災いしたな……というか、俺以外の友人を招いたりしなかったのだろうか?
秀平の交友関係はそれなりに広いはずなのだが。
「じゃ、じゃあ掃除……っていうか、もしかして手伝ってくれんの?」
「ああ。俺に任せろ」
伊達に清掃員としてシュルツ家に雇われてはいない。
……何だかんだで、最近は清掃員として以外の仕事も少しずつ増やされているような気もするが。
とにかく、掃除については頼ってもらって問題なし。
「わっちの家事における絶対の自信が眩しい……! 正に家事神様!」
「そういうのいいから、さっさとやるぞ」
「合点!」
まずは床に散乱したゲームや漫画の埃を払い、棚に戻していく。
次に高いところから順に埃を落としていき、最後は掃除機。
それが終わったら、仕上げに――
「……あんたたち、何してんの?」
二人で物を整理し掃除機をかけ、とやっていると……。
開いたままだった部屋の出入口の向こうから、響子さんが不審そうな目を向けてきた。
事情を説明したところ――
「あははははは! 掃除!? 友だちの家に来てわざわざ! 亘ちゃんってば、もうさいこー!」
「い、痛い。痛いです、響子さん」
笑いながら背中を叩かれた。
嫌がる秀平に背を押され、さっさと退散していったが。
埃も付くし、そのほうがいいとは思う。
響子さんが去ったので、掃除を再開。
「秀平、俺に触られたくない場所とか物とかってあるか?」
「ないよー」
「そうか」
念のため訊いたが、男同士だもんな。
未祐の部屋を掃除する時のような、繊細な気遣いは無用か。
さて、折角の機会だ。
棚を動かして、裏の埃まで……
「……?」
「あっ!!」
バサバサと何かが隙間から、俺の足元へと落ちてくる。
水着のちょっとセクシーな女性と目が合い――それが何なのかは、すぐに察しがついた。
「……」
その、割と肌色成分が多い雑誌を俺は横に除ける。
棚の隙間、そして裏側を掃除してから雑誌を元あったであろう場所に戻し……棚も戻す。
そして立ち上がると、硬直したまま口をぱくつかせる秀平のほうを振り返る。
「――さて、そっちは終わったか?」
「待って、わっち!? そこでノーリアクションは逆に堪える! 何か言って!?」
そうは言うが、俺は一応確認を取ったはず。
この雑誌の存在そのものを忘れていたのか、それとも作業中だから適当な返事をしてしまったのか……。
多分、後者だな。
棚の側面や裏側と比べて、雑誌にはあまり埃が付いていなかった。
「俺も男だ。下手な言い訳はいらん」
「理解がありすぎるのも考えものだなあ!!」
「このくらいなら、そこまで過激なものでもないし。漫画雑誌なんかに載っている程度だろ? 購入年齢的にもセーフだ、セーフ」
「その通りだけども! 何か、もっとこう――ああ、もう! こうなったらわっち! 見てしまったからには、そいつを持って帰るんだ!」
棚から雑誌を引きずり出し、俺に押し付けてくる秀平。
反射的に受け取りそうになるものの、慌てて出しかけた手を引っ込める。
「な、何でそうなる!? 俺がこんなものを部屋に置いておいたら、理世にどんな顔をされると思ってんだ!」
「え? 置いておいたらって……まさか、むき出しで置く気じゃないよね?」
「……」
「もしかして、隠してもバレる感じ?」
「…………」
「速攻で?」
「………………」
そのものズバリな出来事があったわけではないのだが……。
何故か理世は、俺の部屋にある物を正確に把握している。
配置から、消耗品の減り具合まで詳細に。
それに関してはいい。いや、本当はよくないが、ひとまず横に置いて。
年頃の妹なので、兄として理世の目にそういったものを触れさせるのはよくないという思いもある。
何が言いたいかというと……俺にとって、こいつは爆弾にも等しい危険物ということだ。
爆弾を家に持ち帰れようはずもない。
「……ごめん、わっち。俺が悪かった。同じ女の姉弟を持つ身として、もっと気遣うべきだった……」
「いや……いいんだ」
大体、今時アナログな現物という時点でリスクが高すぎる。
デジタルデータのほうが――と、やめよう。
内心とはいえ語れば語るほど、自分の中で何かが失われていっているような気がする。
「……わっち。何で姉とか妹って、そういう系の察知力が高いんだろうね……?」
「母親もな……男にはないセンサーでも付いているんじゃ……?」
野郎二人、片付けかけの部屋でアレな雑誌を手に沈黙する。
しばらくして、そそくさと秀平が元の場所に雑誌を戻し……。
「秀平ー!」
「――!?」
戻し終えたところで、今度は締まったドアの向こうから声がかかる。
その呼び声に、過剰に反応して棚にぶつかる秀平。
更には掃除機を蹴とばし、痛みに呻きながら勢いよくドアを開けてようやく応じる。
「な、なに? 響子姉ちゃん」
「?」
何か変だなという顔をする響子さんと、雑誌を隠した棚のほうをチラチラと見てしまう秀平。
……お前はそもそも、根本的に隠し事に向いていないと思う。
響子さんは手に持ったスマートフォンを振りつつ、秀平に用件を告げる。
「お母さん、夕飯までに帰ってこられないって。何か出前でも頼む?」
「あ、えーと……わ、わっち!」
「俺か? 作ってもいいけど……」
手のかかるものは厳しいが、秀平の話が終わってすぐ取りかかれば……うん。
理世は塾で遅めだし、未祐は緒方さんに誘われてどこかに行くと言っていた。
我が家のほうの夕飯にも、普通に間に合うはずだ。
しかし、お菓子に続いてということで、響子さんはいい顔をしない。
「それはさすがに悪いわよ。夕飯ぐらいは自分たちで用意しないと。うーん……あっ!」
「あっ! って……ま、まさか、姉ちゃん……?」
「だったらここは、久しぶりに私が作ろうか?」
秀平の顔色が急激に青くなる。
普段はやらないということ以外、俺は響子さんの料理の腕に関する情報を知らない。
しかし、この様子からして……。
「ノウ! ノォーウ! と、とりあえずちょっと待って! わっちと話が済んでから、どうするか決めるから! 最悪、俺が弁当でも買いに出るし!」
「……そう?」
「そうだよ! 姉ちゃん、せっかく帰省中なんだから! ゆっくりしないと!」
「……」
やっぱり何か変だな、という顔で部屋を覗き込もうとする響子さんに……秀平が左右に動いて視線をブロック。
いやいや、不自然不自然。
弟の挙動不審さを訝しむ響子さんだったが――不意に、響子さんが持ったままだったスマートフォンに着信。
俺に向かってごめんね、と一言残して着信に応答しつつ階段を下りていった。
「……ぶはぁー」
窮地を脱した、といった様子で大きく息を吐く秀平。
そもそも、雑誌はもう棚の裏なのだから堂々としていたほうがバレないと思うのだが。
「……掃除、終わらせるか」
「そうだね……」
他にかける言葉は何もなかった。
そうして俺たちは、微妙な空気を払拭するため黙々と掃除を再開するのだった。
「プロゲーマー?」
大掃除もかくや、という必要以上に掃除した感のある部屋。
今度は俺の座る場所もしっかり確保し、響子さんが掃除後に持って来てくれたミネラルウォーターを口にしつつ、ようやく話を聞き始めることができた。
そこで秀平から出た言葉は、俺の想像の外にあるもので……。
「プロゲーマーって、あの? eスポーツとかに関係する?」
「そう。ゲームの大会に出たり、依頼を受けてプレイしたりでお金をもらうあのプロゲーマー。ゲームの腕で生計を立てている人たちのことだね」
どうも、プロゲーマーというのは話の結論部分に関係する事項のようだった。
そこに至るまでの話を今から秀平がしてくれるのだろう。
俺はそれ以上問わず、じっと話の続きを待った。
「俺とメディウスが会ったのは、今から――」
冬の夕暮れはとても短い。
陽が落ち、暗さを増してきた窓の外を眺めながら……秀平が記憶を掘り起こすように、やや遠い目をして語り始めた。