残響
「秀平」
冬休みが迫り浮足立つ、学校の休み時間。
俺が秀平の席に近付いて呼びかけるも、反応はなし。
それもそのはず、机に突っ伏して寝ており――
「秀平。起きろ」
俺は呼びかけつつ、肩を揺さぶった。
やがて秀平はのろのろと起き上がると、血走った目でぼんやりとこちらを見つめる。
「ハインド殿……拙者の回避スコア、今いくつ……?」
「お、おいおい……」
かなり小さい声だったので、そこまで目くじら立てる気はないが……正直、寝ぼけていようとゲーム内の名を現実で呼ぶのはやめてほしいところだ。
秀平は周囲を見回し、ようやく現在の状況を認識できたらしい。
小さく謝ると、眠気を散らすように呼吸を整えつつ目元を擦った。
「やっぱりそうなっている原因、ゲーム疲れなのかよ」
「数々のゲームイベを乗り切ってきた俺を、ここまで疲労させるなんて……TB、恐ろしいゲーム!」
「ちょっとお前が何を言っているのか分からん」
俺は嘆息すると、一度自分の席に戻って鞄に手を入れた。
教室移動もないので寝かせておいてもよかったのだが、朝ギリギリに登校してきた際に、休み時間に声をかけろと言ってきたのはこいつのほうだ。
眠気覚ましに水筒の熱いお茶を、常備している紙コップに注いで目の前の机の上に置いてやる。
「ありがと、わっち。カフェインじゃー」
「この間の反省を活かして、授業中に寝なかったのは褒めてやるが……そのザマで午後の授業までもつのか?」
「あちち……ふぅ、美味い。それに関しちゃ、昼休みを上手に使うしかないねぇ。昼はさっさと食べて、残った時間で寝ていようかなって」
「……そんなにギリギリだったのか? お前の回避スコア」
俺が話を聞く体勢に入ると、秀平は血走った目のままにやりと笑って見せる。
いやいや、その顔はちょっと怖いぞ……何? 俺、今からお前に何をされんの?
「……そりゃ、やばかったよね。今も、目の前に戦闘ログやらミニマップが見えるようで――」
「危ない危ない! お前、よくVRギアの健康維持システムに引っかからなかったな!?」
「そこはほら、気合で」
「未祐みたいに不合理なことを言うなよ……気合で機械を騙せるか」
「そもそもだよ? 回避スコア稼ぎには、重戦士の防御型がパーティにいた時点で離脱しないとだから」
秀平が言わんとしていることが分からず、俺は一瞬沈黙する。
しかし、すぐに答えに行き当たり――
「ああ、そういうことか。壁役が複数いると、敵からの攻撃が減って上手いことスコアを稼げないもんな?」
比較的パーティ構成を選ばなかった『支援スコア』にはない悩みだな。
精々、厄介なのは神官がダブついたときくらいで……。
野良で壁役として最も信頼されるのは重戦士の防御型なので、安定感に欠ける回避型の軽戦士は二番手に回されがちだ。
「止むを得ずパーティを抜けるときに、舌打ちとかされると結構な精神ダメージがあるんだよ。かといって、野良パで一々理由を説明するのもちょっとなって思うし……」
「そういうのいいから、抜けるならさっさと抜けろって人は確実にいるだろうな。仮想空間とはいえ、直接顔を突き合わせるが故の短所か」
「というか、TBのマッチングシステムの欠点だね。名前と簡単なステータスを出し合って、その編成を全員が了承してから合流って形なら――」
どうやら、秀平はスコア稼ぎそのものよりも前段階のパーティ編成で苦労していたらしい。
職配分の希望まで細かく出せればいいのだが、天空の塔の野良パーティはシステム側でざっくり決めて配分する形式だった。
設定できるのは、以前も触れた男女比や固定パーティ混在の可不可くらいか。
「なるほどな。しかし、それはそれで過剰に編成を吟味するプレイヤーが現れて面倒なことになりそうだけど」
「あー……確かに。システム側で選んじゃう闇鍋形式は、マッチング時間の短縮には物凄く利くんだよねぇ」
「ランダムだっていう共通認識があれば、大多数のプレイヤーは諦めがつくしな。現に多少偏った編成でも、そのまま出発になるケースが多かったし」
「抜けにペナルティが付いているゲームもあるしね。TBにはないから、さっきも言ったように俺は何回かやっちゃったけど」
「個人的には、よっぽどじゃない限りどんどん戦闘するほうがスコアは増えると思うぞ」
今回のイベント、報酬も含めて色々と実験的な試みが多かったように感じられる。
どうにか固定ではなく野良中心で動くプレイヤーを手放さないよう、TB運営が腐心している様子がうかがえた。
「……わっち。俺はどっちかっていうと抜けていた側のプレイヤーだから、そう言われると耳が痛いんだけど? 迷ったんだよねえ、壁役ダブりでもガンガン行くか……」
「そりゃ悪かったな。しかし、その甲斐はあったんだろう?」
俺の問いに、秀平は黙って親指を立てることで応えた。
どうやら、こんな状態になっただけの成果は得られたらしい。
「わっちはもう、途中から安泰だったよね?」
「何だ、見ていたのか? 支援スコアのランキング」
「見ていたよ。トップ独走、午後は動きなしでフィニッシュだったもんね。余裕じゃん」
「あー……まあ、確かに。例の気付け薬のスコアがな……」
「気付け薬?」
「……後で話すよ。あ、そうそう」
「?」
秀平に伝言……と、ついでに訊きたいことがあるのを思い出した。
ランキングを気にかけていたなら、既に名前を見ているかもしれないが。
「野良で一緒になった、メディウスってプレイヤーがいてさ。どうも、お前を知っている風だったんだが――」
「……」
……おや?
秀平にしては珍しく、名前を聞いた瞬間に黙り込んでしまった。
もしかして、聞きたくない名前だったりしたのだろうか?
「……あ、ごめんわっち。続けて?」
「あ、ああ。本当にいいのか?」
念押ししたのは、言葉の割に表情が苦し気だったからだ。
それが果たしてよかったのか、秀平は眉間に寄せた皺を解いて下に向けていた視線を上げた。
「うーん……わっち。少し面倒で、長めの話を聞く気ってある?」
やけに勿体つけるな。
らしくない行動の連続に、俺はこう切り返すことにした。
「普段のお前が面倒臭くないとでも?」
「ひどっ!? 一気に眠気が飛んだわ!」
「俺が知らないゲームの話題でも、いつも滅茶苦茶長く話すじゃねえか。今更だろ」
「……ま、まあ、そうだよね。何だかんだで、わっちはいつも話をちゃんと聞いてくれるもんね……」
何にせよ、目が覚めたのなら結構。
深刻な顔よりも、そうやって締まりのない表情をしているほうが秀平には似合う。
「にしても、一体何なんだよ? 休み時間、もう終わるぞ?」
「じゃあ、放課後にでも話すよ。わっち、今日までバイト休みだったよね?」
「ああ。生徒会……も、なかったはずだな。今日は真っ直ぐ帰れるぞ」
「じゃあ、帰りにちょっと家に来てよ。そこでメディウスについての話はするから」
秀平の家か……行くのは久しぶりだな。
そういえば、まだ秀平のお姉さんへのお礼もしていなかったし……。
どちらにしても、近いうちに訪問する予定ではあった。
頷きを返し、秀平が中身を飲み干した紙コップを回収する。
「分かった。放課後な」
「あ、もちろんメディウス以外のゲーム関係の話題なら大歓迎だからね! 昨日の未祐っちの追い上げの話とか、他にも――」
「……チャイム、もう鳴ったぞ。次は数学だけど、準備は?」
「うおっ!? やべっ!」
慌てて教科書を探し始める秀平を置いて、俺はその場を離れる。
それにしても……秀平のやつ、やけに話し難そうにしていたが。
俺がメディウスと軽く接した印象では、人に嫌な思いを平気でさせるタイプには――ああいや、先入観を持つのはよそう。
とにかく、放課後まで待てば分かる話だ。
まだ鞄の中を漁っている秀平を横目に、俺は紙コップをゴミ箱に。
既に準備済みの自分の席に戻ると、椅子を出して腰を下ろした。