ゲーム漬けな日曜午後 後編
ユーミルを飽きさせない工夫として、一応料理のメニュー替えを行っている。
一応、などと半端な表現なのには理由があり……。
実は、ここまであまり凝った料理は出せていない。
というのも、残り時間の都合でTBの短縮された調理時間すら惜しいからだ。
気合を入れたセットメニューを作れば、その周回のみスコア効率を上げることはできる。
しかし、料理素材を補給する時間や圧迫されるインベントリの枠などを考えると、収支はマイナスだ。
「ハインドのセットメニュー……ハインドのフルコース……」
「いや、夕飯もあるから……そんなに落ち込まんでも」
敵接近までの猶予が長い階段付近でハムサンドを齧りながら、ユーミルがしょぼくれた顔をする。
今回のイベント、休憩所の配置が一定間隔な下層はよかったのだが……。
上層になると、効果時間の都合でバフをボスまで持ち越すことができない。
上に行くほど、携帯食料の出番が増えて地のステータスが大事になってくる傾向だ。
「そう言うハインド君も、腕を振るう機会が減って寂しそうに見えるけど……?」
「……分かります? セレーネさん。こんなことなら、セット料理の作り置きをしておけばよかったです」
「ですが、複合バフが実装されたのはつい最近でしたよね?」
リィズの慰めが混ざった指摘に頷きを返す。
準備が間に合わなかった原因は、もちろん実装時期が近かったせいもある。
「まあな。しかもセット料理はアイテム欄を複数枠使うから、どっちみち実用圏外だったとは思うんだけど」
「最低限の携帯食料と回復アイテムを詰めると、インベントリは一杯ですもんね!」
折角の新要素が腐り気味なので、この辺りは次の戦闘系イベントで改善してほしいところ。
……それとも、効果時間が長いバフも既に実装されているのだろうか?
TBの料理に研究の余地がまた増えた形だな。
「あ、でもですよ? ハインド先輩のサンドイッチ、何種類あるのってくらい色々出てきますよね!」
もぐもぐと、こちらもサンドイッチを食べながらリコリスちゃんが笑顔を向けてくる。
挟んである具はユーミルのものとは違い、防御が上がる野菜メインだ。
「ユーミルは物・魔どっちのバフでもいいってのがあるから、料理も幅が出せるんだよね。それこそ、サンドイッチなんて挟む具によってバフの調整は簡単なほうだから」
「あ、だったらMP系でもいいんですよね!?」
「うん。だから、さっきフルーツサンドだったでしょう? これは全員に出したけど」
「なるほどー!」
ちょっと過剰なくらいの頷きと尊敬の念がこもったリコリスちゃんの表情に、口元が緩みつつも居心地が悪くなる。
久しぶりだとあてられるなぁ、この無垢で真っ直ぐな笑顔。
野良パーティが原因で荒んだ精神には、綺麗すぎて毒なくらいだ。
「ハインド! 夕飯のメニューは!?」
と、俺が妙な感覚にリコリスちゃんを直視できずにいると、ユーミルがハムサンドを完食して訊いてくる。
やはり、いくら変化をつけてもサンドイッチばかりなので飽きてきたらしい。
「これだけパンを食べたからな……他の主食がいいだろうと思って、和食中心にしておいた」
「おお! 味噌汁! 漬物、煮物、焼き魚!」
「煮物までは合ってる。魚はない」
「何でもいい! とにかく楽しみだ!」
上機嫌に歩き出すユーミル。
これで夕飯まではいいとして……お腹が一杯、眠気と疲れが出てくる夕飯以降はどうなるかな。
結論からいうと、俺の心配は意外な形で裏切られた。
ただ、それによって周回での「飽き」や「退屈」といった面は解消したものの――
「げはっ!」
苦悶の声を上げて重戦士の男性が塔内の床を転がる。
不意打ちによるPKではなく、決闘形式によって負けたパーティが塔から退場。
「多いな……いや、本当に多いな決闘を挑んでくるプレイヤー! 何でだよ!?」
「は、ハインド君、落ち着いて!?」
PvEとPvPを交互にこなすような状況に、思わず叫んでしまう。
既にペース管理、ポイント推移は滅茶苦茶だ。
「あ、ああ、すみませんセレーネさん……ま、まあ、よく考えれば分かることだったんですけど」
今日はイベント最終日、そして夜はログイン人口が最も多い時間だ。
時間経過によって全体の踏破階層もぐぐっと上がり……200階以降に上級者しかいないことに変わりはないものの、以前のような「誰にも会わない」状態はずっと少ない。
「渡り鳥、勝負じゃいっ!!」
「覚悟ーっ!」
「またか……」
「いいではないか、ハインド! 受けるぞ、決闘!」
「……もう、好きにしてくれ」
しかも、最後だからかやたら挑戦的なプレイヤーが多い。
俺たちがこの辺りにいることが知られているのか、最初から付近を探しているプレイヤーもおり……まるで、お祭り騒ぎのような状態だ。
普通に考えれば、不意打ちを行うPKのみ撃退して天使と戦えばいいのだろう。
それでも、決闘を避けずに受けているのには理由がある。
「対人戦にもスコアが設定してあったの、今日になって思い出したわ……」
基本、塔の存在理由が「試練を与えること」の他に「鍛えること」らしいので、プレイヤー同士で争うことも仕様としてはマッチしている。
繰り返しになるが、これも攻略で先行し過ぎたが故にあまり味わえなかった要素の一つだ。
ただ、スコアという形で戦うメリットがきちんとあったのは幸いだった。
「しかも、スコア効率的には悪くないのですよね……まあ、短期決着が前提ですが」
「あ、その心配はなさそうですよ!」
「わはははは! みんな吹き飛べーっ!」
「「「ありがとうございまーす!!」」」
ユーミルの『バーストエッジ』を避けきれず、なんと敵パーティ四人が一斉に吹き飛んでいく。
上級者といってもピンキリなので、このように実力差が空いていると一方的になるのだが……。
ユーミルの攻撃に倒されていくプレイヤーたちは、不思議とみんな満足気だった。
っていうか、ありがとうって……それはさすがにおかしいだろ。
「り、リィズちゃん! 俺は勇者ちゃんより、リィズちゃんにトドメを……!」
「……」
「あっはあ! ガン無視いただきましたぁぁぁ!」
「うわぁ……」
「……ユーミルさん」
「う、うむ……」
中には、こういうちょっとキモ――あ、いや、行き過ぎた人もいるのだが。
しかも妙に既視感が……1イベントに一回は、こういう輩がリィズの近くに湧いているような気がする。
とはいえ、リィズになら何をされても喜ぶ……というか、何もされなくても喜んでしまう無敵の人種だ。
ドン引きしつつも、折角なので残った男性魔導士にはユーミルのスコアに変わってもらうことにする。
「ハインド先輩。どうしてあの人、リィズ先輩に無視されて喜んでいたんですか?」
手持ち無沙汰になったリコリスちゃんが、邪気のない顔でそんな質問をしてくる。
その内容に、俺は顔を引きつらせつつ目を逸らした。
「あ、えーと……無視っていうか虫けら扱いっていうか……と、とにかく! り、リコリスちゃんは、まだ知らなくていい世界の話だから!」
「?」
「ね、ねえ? セレーネさん!」
「は、ハインド君……そこで私に振られても困っちゃうよ……」
「???」
疑問符を浮かべながらも、リコリスちゃんからそれ以上の追及を受けることはなかった。
どうにか切り抜けた、が……。
それにしても、何てリコリスちゃんの教育に悪い連中だ。
次に似たような連中に挑まれたら、光よりも早くご退場願わなければ。
「あ、あー……ごほん! 気を取り直して、周回を続けるぞ! 残り時間もあと少しだ!」
「「「おー!」」」
メディウスはまだプレイ中なのか、気を抜けないが……。
既にユーミルのランクは1位に戻り、しっかり時間一杯まで周回を続ければ勝てそうな状態だ。
あとは、極端に強いパーティやレッドネームのPKなどに狙われないことを祈るのみ。
――と、こうしてイベント最終日の夜は賑やかに更けていった。