ゲーム漬けな日曜午後 前編
そういえば、前にトビが言っていたな。
ゲームのイベント開始日、そして締め日には……。
学校なり仕事なり、休みを取って休日全てをプレイ時間へと換算するゲーム馬鹿――もとい、ゲームの修羅が少なからずいるのだと。
そしてこの場にも、そんな修羅が一人。
「おおおおおおおおおおおおおおおお! 急げ、間に合えええええええええええええええええええええええええええええええええええい!」
「おい、ユーミル。ちょっと落ち着い――」
「唸れ私の火事場力ぅぅぅぅぅぅぅぅ! ダメージ、ダメージぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「聞けよ! っていうか、うるせえ! 黙って戦えないのか!?」
「全くです」
……修羅というか、ただの騒音発生機になっている気がしないでもないが。
未祐はランキングの異変に気が付いていなかったのだが、幸いに午後の予定がなかった。
(俺たちの)家で寛ぐつもりだったらしく、緩んだ顔で昼食を要求してきたのが今からおよそ三時間前。
そして、しっかり未祐が食休みしたのを見てから、俺がランキングについて話したのが二時間前だ。
話した時の反応は……そう。確か、こんな感じだったな。
「――亘のアホぅ! 何でもっと早く言ってくれなかった!? 何でもっと早く言ってくれなかったのだぁ!」
「どうして二回も言うんだ……だって、食べてすぐだと消化に悪いだろう? 未祐、お前聞いたら絶対にすぐログインするとか言い出すじゃん」
「そ、そんなことは――」
「あるだろう?」
「……あります」
食事中に言えば未祐が動揺して立ち上がり、食卓が揺れ、その後は焦って早食いになるのが目に見えている。
その説明に対し未祐は自身のお腹を軽く撫で、俺に向けていた怒りの矛先をあっさりと変えた。
「優しさに満ち満ちた気遣いに、何も反論できぃぃぃん! おのれ、メガ……メド……む?」
「メディウスな」
「メディウスとやらぁぁぁ!! 新参者のくせに生意気なぁぁぁ!!」
「いや、メディウスのプレイ開始時期は知らんけどな? 新参者かどうかは……うーん?」
大体、早い遅いを論ずるなら未祐が自分で気付けなかったのが悪い。
ランキングの推移だけは注意しておくようにと、前もって言っておいたのに。
ということで――
「ハインドぉ! ポイントぉ!」
「あー……」
塔に籠もり、ユーミルのポイント稼ぎをすることとなった。
俺は最小の動作でメニュー画面を開き、ランキングのページへ移動する。
度々ポイント確認を要求されるので、もう操作にも慣れてしまった。
順位は未だ変わらず、ポイント差は……
「5700差だな」
「縮まるどころか広がっているぅぅぅ!? 何故だぁっ!!」
「あっちも塔を攻略中なんだろ……多分、かなり上のほうにいるな」
伸びにムラがあるところからして、ランキングを意識していないとは思う。
ナチュラルに戦ってこの伸び、というところが怖いのだが。
時間当たりの増加量を見るに、かなり高階層にいるのは間違いない。
どちらかというと、メディウスは最高到達階層の記録を狙っているようにも見える。
スコアの伸びを受けての推測なので、合っているかは不明だ。
「大体、野良パーティで渡り鳥の記録を抜かしそうになってどうする!? 危ないではないか! 野良では手を抜け、などとは絶対に言わんが!」
「メンバーに恵まれたのもそうだけど、俺だけ二回目ってことで情報を共有できたのが大きかったな」
事前の予想通りのユーミルの発言に、少し自分の口元が緩むのが分かる。
そう言ってくれるからこそ、あの野良パーティで全力を尽くすことができた。
おかげで、1位になった俺の支援スコアは上々だ。
「しかし、攻略二回目か……メディウスが今も動いているとなると、やっぱ敵に塩を――」
「何っ!? 攻撃スコアだけでなく、最高到達階まで抜かれそうなのか!?」
「まあ……うん」
メディウスが組んでいるパーティの質にもよるが……。
あいつなら、他のメンバーが並以上なら一人で記録を引き上げてしまえそうだ。
俺の発言を聞いたユーミルは、下を向いて体を震わせる。
「再挑戦したぃぃぃぃぃ!! 私たちの記録がぁぁぁぁ!!」
そして両手を広げ、塔内に響き渡る声で叫ぶ。
これだけうるさいと、天使がシステムなんて無視して一斉に集まって来そうで怖い。
「ゆ、ユーミルさん、落ち着いて。もう最終日なんだから、片方に集中しないと悲しい結果になっちゃうよ……」
「そうですよ。あなたは万事、両立できるほど器用ではないのですから。目の前のことに集中できないのなら、唯一の長所すら死んだことにますよ?」
「セッちゃんはともかく、貴様の助言には悪意の含有量が多すぎないか!? あ!?」
現在のパーティメンバーは、急な招集に応じてくれた面々だ。
大学での午前授業帰りのセレーネさんに、勉強の復習を切り上げて参加してくれたリィズ、そしてユーミルと俺に……
「駄目ですよ、ユーミル先輩! みんな、パーティの記録よりもユーミル先輩の記録のためにって集まってくれたんですから! 今は攻撃スコアに集中して頑張りましょう!」
「ぐっ!? リコリス……!」
不在のトビに代わって盾役を、と申し出てくれたリコリスちゃんだ。
シエスタちゃんといい、ヒナ鳥たちもしっかり200階まで上って来てくれていたからこそ、こうやって臨時でパーティに加わってもらうことができている。
本当にありがたいことだ。
と、そんなリコリスちゃんにまで己の散らかった発言を指摘され、ユーミルが言葉を詰まらせる。
「あ、えっと、生意気なことを言ってごめんなさい! でも、私も頑張りますから! 勇者のオーラは全部ユーミル先輩のです! 私、他の人にはオーラを装備してほしくないんです! ユーミル先輩といえば、勇者のオーラ! ……ですから!」
「そうか……いや、そうだな! よく言ってくれたリコリス! うむ! お前の言う通り、TBのオーラは全部私のものだぁぁぁぁ!」
「はい!」
「誰にも渡さんぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
「はいいいいい!!」
ユーミルが集中できそうな形に話がまとまったのはいいが……リコリスちゃんも加わってうるささが二倍、いや二乗になってしまった。
実際、『天界への入場券』などという用途不明のアイテムよりは『勇者のオーラ』のほうが俺たちにとって大事なのは言うまでもない。
気合の声を上げる二人に嘆息するリィズと苦笑を浮かべるセレーネさんの横で、俺は無駄を減らしたスケジューリングに思いを巡らせる。
「……ユーミル」
「うおー! ……む!? 何だ、ハインド!?」
「お前が昼の食休みをしている間に、夕飯の仕込みはしておいた」
「むむ!?」
「だからイベント終了時間までみっちりやっても構わないけど、夕飯はしっかりな。効率が落ちないように、休憩もちゃんと取ってさ」
「おお!? いいのか!?」
昨日は生徒会の書類、そして授業の課題をしっかりやっていたのは知っている。
やるべきことを放り出しているならともかく、そうでないのなら休みの日くらい半日ゲームに費やしても構わないだろう。
「構わない。ただしイベントが終わったら、速攻ログアウトして風呂入って寝ること。いいな?」
「分かった! ……ふふふ、そういうことなら私と一緒に風呂に入るか!? 時短になるぞ、ハインド!」
「ああ」
「!?」
からかうような表情だったユーミルが、俺のカウンター攻撃のような返事に目を丸くする。
次いで、顔が瞬間沸騰したかのように真っ赤になった。
他の同様に目を丸くしているメンバー、特にリィズが正気に返る前に俺は言葉を続ける。
「なっ……なっ!?」
「冗談だ。本気にするな」
「――!? ハインド、お前ぇぇぇぇぇぇっ!!」
「頭が冷えただろう? ちょうどいいコンディションになったなら、スコア稼ぎに戻るぞー」
「むしろ変な方向に頭がヒートアップしたのだが!? おい! おーい!! こういう話題のとき、恥ずかしがるのは男のほうというのがお約束ではないのか!? なあ!? 聞いているのか、ハインド!」
こういうものは、少しでも具体的に想像してしまったほうが負けなのだ。
ユーミルのほうを意識して見ないようにしつつ、俺は通路をパーティの先頭に立って進んでいく。
重ねて言うが……具体的に想像したら、負けだ。
「ユーミルさんのお風呂発言については、後でじっっっ……くり追及するとして」
「り、リィズちゃん、顔! 顔!」
「怖いです、リィズ先輩……」
俺は見えていなくても怖い。
先程から感じるプレッシャーで、背筋に冷たい何かが走りっぱなしである。
「はぁ……失礼。それにしても本当に、至れり尽くせりですね。普通、ゲームのイベントを制するために私生活込みでここまで助力してくれる人はいませんよ? いくら共通の趣味とはいえ」
「う、うん、そうだよね。いいなぁ……」
「素敵ですよね!」
後ろから聞こえてくる会話がこそばゆい。
しかし……生粋のゲーマーであるセレーネさんはもちろん、ゲーム好きなリコリスちゃん、そして染まりつつあるリィズの意見は、どこか一般的な女子のそれとはズレているような気がした。