野良パーティと最終局面
毒と薬の関係については、以前も触れたとおりであるが……。
麻酔に使う薬や激痛を止める薬など、中には使い方を誤ると危険なものがあるのは広く知られていることだろう。
俺がリィズに預けられたこのアイテムも、それらの薬品に近いものがある。
アイテム名は『死神殺しの気付け薬』。
冥界の使者すら追い返す秘薬――とフレーバーテキストには書かれていた。
パストラルさんが好みそうな名前からして普通のアイテムとは違うのだが、使用法や効果範囲も普通とは違っている。
足元に叩きつけたのは、そのためだ。
「な、何だ? ハインド、何をしたんだ?」
「……?」
メディウスとフィリアちゃんが困惑する様子が伝わってくる。
俺が叩きつけて割れた瓶からは、闇色の霧がとめどなく溢れ周囲を覆っていく。
こいつの効果範囲はバトルフィールドにいる味方全体。
そして、その効果は――
「ごふっ!?」
不思議な力が沸き上がった直後、続けて全身に痛みが走る。
血が熱くなるような感覚と痛みが同時に襲い……最後に脱力感が到来。
自分のHPバーは満タンになった後、アイテム使用前よりも下がるという見たことのない動きしてから停止した。
力の抜ける腕で、どうにかロクコピーの攻撃を捌いて倒れた二人に目をやる。
ゆっくりと広がった霧が二人を覆い、アイテム効果適用のエフェクトが発生。
「――むっほおおお!? 何々、何ですか!? 電気ショック!? 何だか知らんが、全身が燃えるように熱いぜえええ! うおおおおお!」
「――ふあっ!? あ、あれ、戦闘不能後にしては意識が……って、くさっ!? 何よ、この臭い!」
すると、倒れていた二人が弾かれたように跳ね起きた。
次いで、霧が発する刺激臭に鼻をつまんでいる。
「これは……それぞれ、受ける効果が違うのか? しかし、こんな効果を持つアイテムは……」
「……元気、出てきた……!」
これはメディウスとフィリアちゃんの声だ。
『死神殺しの気付け薬』の効果は、瀕死に近いものには運がよければ回復とバフを。
死者……つまり戦闘不能者には、蘇生を促す強力な薬だ。
ただし、それ以外の者には――
「だ、誰か! フォローを!」
きつめのダメージとデバフが入る。
『万死一生』を持つ重戦士と相性がいいようにも思えるが、戦闘不能でない限り回復かダメージかは不確定であるため安定することはない。
仮にHPが1の状態であっても、回復が100%起こるという保証はされていない。
メディウスとフィリアちゃんはギリギリのHPで踏み止まっていた上で、更に運がよかっただけだ。
全滅間際に生き残った者が使う運用も、薬が遅効性の霧という形態を取るため、耐え切れなければやられてしまう。
とにかくギャンブル性が高く不安定で使いづらいので、『聖水』を使える隙があるならそちらを迷わずそちらを選んだほうがいい。
製造コストも毒草を多量に使うことから非常に高価で、製作難度も高い。
元の毒素が強過ぎて、性質反転の効果を持つ『陰陽草』でも毒を消し切れなかった……そんな印象のアイテムで――
「ハインド、待ってろ! 今すぐ行く!」
「あ、死神さんですか? どうも、こんにち――ぶふっ!?」
「ハインド!? ハインドぉぉぉー!!」
顔面にいいのを貰い、防御とHPが下がっていた俺は後方に崩れ落ちた。
……こうなる未来が見えていたから、嫌だったんだ……このアイテムを使うの。
元から防御が薄い後衛は、アイテム使用前に狙って瀕死になっておくのがとても難しい。
駆け付けるロクさんの足音を聞きながら、俺は色を失っていく鏡張りの天井を見上げるのだった。
俺の意識が戻ったときには、既に戦闘は終わっていた。
道中の戦闘は短く済んだが、この戦いに限っては固定パーティの三倍は時間が経過。
また、例の『死神殺しの気付け薬』についてはみんな気になっていたらしく……ボス戦後、ちらちらという視線が何度か俺に向かって飛んできていた。
だから例の展望フロアを見て落ち着いた辺りで、俺のほうからアイテムの話題について切り出すことに。
「……あのアイテムについて、聞きたいですか? もし聞きたいなら、説明しないこともないですけど」
「な、何だよ、その意味ありげな……嫌な予感がすんなぁ。でも、正直知りてえ! 何なんだよ、あの霧を出す回復アイテム! 臭かったし!」
「右に同じー。あ、言える範囲でいいからね? 当たり前だけど」
メディウス、フィリアちゃんも黙って頷く。
マナーがいい人ばかりで助かる。
まぁ、この人たちならこうなるだろうと思ったからこそ切り出したのだが。
「まず、チートとかの類ではないので安心してください」
「そこは疑ってねえよ! 製法とかも聞く気はねえ!」
「戦闘ログも残っているしねー……ちゃんとアイテム名が表示されているってことは、正規のものってことだもん」
「では、効果についてだけ。あのアイテムは――」
詳細な効果……特にそのギャンブル性について触れるにつけ、メンバーの表情が変わり出す。
説明を終えると、自分たちがどれくらい危ない橋を渡ったかということが充分に分かった様子だった。
「そ、そっか……随分な博打をしていたんだな、ハインド……」
「私たちが復活したところで、フィリアちゃんとメディウスにデバフが行っていたら危なかったんだね……でも、それって貴重な薬だったんじゃない? いいの?」
「いいんです。アイテムは使ってこそなんで」
こうして300階を突破できたのだから、使って損なしだ。
リィズも、野良用にと持たせてくれたのだから納得してくれるだろう。
「太っ腹だな、ハインドは。例の病にはかかっていないと見える」
「例の病……? ああ、個数限定の貴重な回復薬を使えなくなる有名なアレか。ないない、ないよ」
メディウスとのそんな問答に、パーティ内で笑いが共有される。
フィリアちゃんが俺の袖を引き、「ハインド、リィズ?」と俺にだけ聞こえるように囁きかけてくる。
おそらく、リィズが薬を作ったのか? と訊いているのだろう。
頷きを返すと、フィリアちゃんは感心したような顔で袖から手を離した。
フィリアちゃんのリィズへの評価、怒りっぽいということで若干低かったからな。
今回の件で、少しはリィズのことを見直してくれたらしい。
その後は、アイテムの続く限り塔を上り……。
全員生存状態で限界が来たところで中断、このイベントで最も長く組んだ野良パーティもそろそろ解散という運びとなった。
希望があれば、野良編成は攻略終了後にパーティを維持したまま出発地点の休憩室に戻ることができる。
軽く話をしてから解散、という場合は今のように休憩室を使って行えばいい。
肩をぐるぐると回した後、大きく伸びをしたロクさんが白い歯を見せてみんなに笑いかける。
「くーっ、楽しかったぜぇぇぇ! なあなあ、俺から提案があんだけどよ!」
「フレンド登録でしょ? 私はしてもいいよ。みんなはどうする?」
予想通り、フレンド登録を行うロクさんとパンダさんの二人。
しかし、俺たちもか……そこはちょっと予想外だ。
とはいえ、俺とフィリアちゃんも特に拒否することなくフレンド登録を完了。
二人ともいい人なので、断る理由もないしな。
しかし、メディウスの様子が変で――
「メディウス? どうかしたか?」
「あ、いや……」
妙に歯切れが悪い。
感情的にノーという雰囲気ではなく、何か理由がありそうだが……。
踏み込みすぎないように気を付けつつ、メディウスが話しやすいように言葉を続けてみる。
「別に、拒否しても嫌な顔する人はこの中にいないと思うけど。ですよね? ロクさん」
「ああ! 無理なら無理って言ってくれよな! 別に怒らねえから! 理由も言わなくていい!」
「うんうん。どこかで会ったら、軽い挨拶くらいはしてくれると嬉しいけどねー」
「……人、それぞれ」
本当、この人たちと野良パーティを組めてよかった。
心地いい距離感だ。
メディウスも同じ気持ちだったのか、少しの間言葉を詰まらせ……。
やがて、フレンド登録しない理由をゆっくりと話し始めた。
「ロクはああ言ってくれたけど、君たちにはきちんと理由を言っておきたい。実は俺、このゲームをあまり長くやらない可能性が高いんだ。おそらくだけど……目的を達したら、もうログインしなくなると思う」
「それって……」
「体が悪いとか、ネット環境を維持できないとか、そういう深刻な理由ではないよ。ハインド。とにかく、長くやらない可能性が高いのにフレンド登録するのは気が引けるという……まぁ、そういったつまらない理由なんだ。すまない」
「ええ!? あんなに上手いのに、引退予定があるの!? 何だぁ、勿体な――」
「パンダ」
ここまで騒がしかったロクさんが、チクリと刺すような鋭く静かな声でパンダさんを諌める。
一瞬、それに目を丸くするパンダさんだったが……やがて、メディウスに向かって小さく頭を下げた。
「そっか、ごめんね。そういうのは自由だもんね。今日はパーティを組んでくれてありがとうね、メディウス」
「いいや、こちらこそ。みんなも、ありがとう。俺も楽しかったよ」
「おう!」
最後は爽やかに、和やかに。
各々が握手などを交わし、メディウスを除く四人がフレンドになりつつ、パーティは解散となった。
ロクさんとパンダさんが先に去り、続けて塔を離脱する状態に入ったメディウスが俺に声をかけてくる。
「ハインド。カイト……じゃなかった。トビによろしく言っておいてくれ」
「トビに……?」
「ああ」
俺の疑問には答えることなく、メディウスは笑みを残して去っていった。
よく分からないが……あいつと知り合いなのだろうか?
複数の名を呼んだところから、別のゲームの――いや、今はいいか。
後で秀平に訊いてみることにしよう。
そして最後、フィリアちゃんが俺の傍にゆっくりと近付いてくる。
「ハインド……今度、遊びに行ってもいい?」
「え? もちろんいいよ。いつでもおいでよ」
「うん……ありがとう」
前々から、ギルドホームに遊びに来るのは大丈夫だと言ってあるのだが……。
わざわざ確認しなくてもいいのにな。
フィリアちゃんが転移の光に包まれ、小さく手を振りつつ去っていく。
……さて。
俺も塔を出たら、ログアウト前にユーミルの順位を確認しなければ。
声をかけるのは……そうだな。
昼食の用意をしてから、になると思うが。