野良パーティのはぐれ神官 その7
フィリアちゃんがいる時点で、パーティの質はある程度以上を保証されているようなものだ。
それでも、油断は禁物。
支援役は常に、パーティの状態に気を配らねばならない。
休憩所を出ておよそ十分、攻略序盤……今のところ大きな問題は起きていない。
むしろ進むペースは早いほうで、ここまでは非常に順調であるといえる。
「おーし、こんなもんだろ! 仕上げ頼むぜ、フィリアちゃん!」
「……!」
野良パーティでは、敵の位置や連携次第で同時攻撃が難しくなることが多い。
よって、その際はどうしても攻撃の順番やそれに付随する取得スコアを譲り合う場面が生じる。
特に余裕のある勝利確定時は顕著で、今は武闘家の青年が隊列の後ろに。
代わってフィリアちゃんが前に出て『塔の衛兵・小隊長』を追い詰めているところだ。
「おお……また立ち回りがパワーアップしている……」
低い姿勢からの鋭い踏み込み、そして斧による豪快な薙ぎ払い。
ちなみに厳しい目を向ける層から、過去に「劣化アルベルト」、「アルベルトのお荷物」と揶揄されていた彼女の最近の評価だが……。
アルベルトにはない体の小ささを活かした戦闘スタイルを確立したことで、そういった声は次第に聞かれなくなっていった。
というより――
「大型武器を振り回す美少女……最高だな!」
「言い方がちょっときもいけど、分かるー」
「きもっ……!?」
本人の自覚がなくとも、一部ゲーマーの夢を具現化したような存在であるフィリアちゃんだ。
武闘家の男性が言うように強さとは関係のない面からも、肯定意見が否定意見を上回るのにかかる時間は一瞬だった。
そもそも容姿が可憐ということで、甘い方向にフィルターがかかりやすいんだよな……。
もちろんアルベルトの娘であるという期待と相殺される面もあるし、それらの偏見を抜きにしても強いということを俺は知っているが。
それでも男であれば、多少甘くなるのは自然で――
「いい運動神経と低重心だ。若干の視野の狭さと連携の拙さから、まだまだ伸び代もたっぷりという感じだが……」
「……!」
聞こえた至極冷静な呟きに、俺は驚きとともに視線を向けた。
今の声はどうやら、先程最後にパーティに合流した騎士の青年のものらしかった。
美少女フィルターが効いていないだと……?
「ああ、すまない偉そうに。俺の悪い癖で」
「い、いえ……」
確かに上から目線に感じるが、彼の今しがたの動きを考えるとそうなるのも……うぅむ。
フレンドが故、肩入れするが故に一瞬湧いた反発心のようなものはすぐに封じ込められてしまう。
ついでに聞いてしまった手前、俺も自分なりのフィリアちゃん評を返さざるを得ない。
「フィリアちゃんは目の前の敵に一点集中するタイプですから、正しい評価だと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
あくまでもにこやかに、柔らかな口調で訊き返してくる。
最初にこの人に感じた、爽やかで人当たりのいい相手という印象は変わらない……少なくとも、表面上は。
フィリアちゃんの弱点である視野の狭さは、俺も知っている。
そこを突破口に闘技大会の決勝においては揺さぶりをかけて切り崩したので、そうそう忘れるものではない。
だが、その後……いざ味方になって目に付いたのは、短所よりも長所だ。
俺は自分の勘に従い慎重に――しかし、思っている通り正直に答えた。
「ただ、周囲を気にしすぎても持ち味が減ってしまうかなと。もちろん、弱点が少ないに越したことはないんですが……余計な情報は、あの思い切りのよさと踏み込みの鋭さの邪魔になりはしないかと」
「なるほど……弱点を消す際に、長所に影響が出ないかが大事ということかい?」
「そう……ですね。そういうことだと思います」
身近にモロに該当するやつがいるからな。
尖った個性の弱点を補った結果、つまらないことになるというのはどの分野でもありがちな話だと思う。
フィリアちゃんの場合はまだ、ユーミルよりは器用な気がするので……。
総合的なレベルアップが可能と思われ、彼の言うような「伸び代」については俺も同意だ。
そんな俺の意見を聞いた彼は――
「そうか……やはり君は面白い」
否定も肯定もせずに、そう言って笑うのだった。
プレイヤー名、メディウス。
騎士の攻撃型、得物は槍の一種であるパルチザン。
名を聞いてすぐに分かるような、いわゆるランカーではない。
が、ランカーではないことが不思議なほどに彼は強かった。
「うおぉぉぉ!? ヤバイ、HPが! ハイ――」
「交代するよ。後は任せてくれ」
「お、おお」
俺が武闘家の青年に回復を送り込むよりも早く、『騎士の名乗り』を使いつつ壁役を引き受ける。
無論、攻撃型の彼に壁役はあまり向いていない。
それを分かってか――
「回復しますね」
「おう! ふぃー、助かった……お? あいつ、やるじゃないか……」
「……」
攻撃のノックバック、ヒットストップを巧みに利用して躱していく。
しかも、武闘家の青年を回復する俺の安全を確保できる位置でそれを行っているのだから驚きだ。
どころか、じわじわと敵を遠ざけてくれている。
挟撃するフィリアちゃんの邪魔にもならず、魔導士の少女の魔法攻撃の射線にも被らない。
まるで背中にも目が付いているかのような無駄のない動きだ。
「よっしゃ、全快! やっぱ回復量多いな、一瞬だぜ! サンキュー! ――うおおおおおお!!」
そして元気に駆け戻る武闘家の青年に連動し、素早く敵の背後に回って道を空ける。
あれだけの動きをしていながらヘイトを必要以上に稼がなかったらしく、壁役のバトンもすぐに武闘家の彼に返している。
本当ならば、均等型であるフィリアちゃんのほうが交代する壁役としては向いていたのだが……それだけ自信があったのだろう。
極めつけは、これだ。
「……そろそろか」
そんな声が聞こえた、次の瞬間。
メディウスのMPが全て消費され、天使の胸を穿つ槍の先端から光が迸った。
『バーストエッジ』によってとどめには少し遠いかと思われた敵のHPをギリギリで削り切り、歓声を上げる武闘家と魔導士の前で槍を回転。
敵の消滅エフェクトが舞う中で、槍の石突を床につけて笑顔で応じる。
……二人は気が付いていないのだろうか?
グッドプレイヤー、という枠を彼――メディウスが大幅に逸脱していることに。
「……ハインド」
一目では分からないくらい微妙に……非常に微妙にだが、表情を変えたフィリアちゃんが俺の袖を引きつつ呼びかける。
やはりフィリアちゃんには分かるか。
「うん。彼、半端じゃないプレイヤースキルだな……」
そう口にしたところで、先程の会話を振り返る。
彼のフィリアちゃん評……あれは、自身の弱点が限りなく少ないという背景があるからこそ出た意見だということを。
それだけ、メディウスの能力に欠点らしきものは見当たらない。
一体、どうしてこれだけのプレイヤーがランカーにもならずに埋もれていたのだろう?
不思議に思った俺は、メニュー画面からこっそりとランキングを見返してみた。
「……ん!?」
「……ハインド?」
フィリアちゃんが俺の腰辺りから顔を出し、メニュー画面を一緒に見てくる。
そんな動きを察しつつも、俺は驚きで動けない。
何故なら……
「ここにも……こっちにも!?」
「……」
複数のランキングで、先日まではなかったメディウスの名を見つけることができたからだ。
中でも、やはりアタッカーとして伸びやすい種類のランキングでそれは顕著だった。
まずいぞ、ユーミル……あいつ、彼の存在に気が付いているだろうか?
アタックスコアランキングにおいて、1位は依然ユーミルだったが……すぐ下の2位には、急激に数値を伸ばしたメディウスがランクインしていた。
気が付いてログインしてくれればいいが、今回の野良パーティの進み具合によっては危ない差だ。
このランキングは固定パーティ限定ということはないので、野良だろうとしっかりスコアが伸びてしまう。
ユーミルが気付いて、ヒナ鳥なりを誘って戦ってくれればいいのだが……。
ここでパーティを抜けるのは、正直マナー違反だよな?
落ち着かない気分でそわそわし始める俺だったが、背中に温かな感触を感じて動きを止める。
「……ハインド」
視線を下げると心配そうな顔のフィリアちゃんが、俺の腰をポンポンと叩いてくれていた。
……ああ、確かにそうか。
折角フィリアちゃんともパーティを組めたのだし、ここで焦っても仕方ない……よな。
俺が礼を言いつつ笑顔を向けると、やはり変化が分かりにくいくらい微妙に……微妙にだが、フィリアちゃんは口元を僅かに緩めるのだった。




