野良パーティのはぐれ神官 その6
野良パーティに本腰を入れてプレイするのは数日ぶりとなったが……。
その間、全くプレイしなかったかというとそんなことはない。
隙間時間にちまちまと挑戦を繰り返し、どうにか150階までは到達済みだ。
これは全体平均のやや上の値であり、相対的にレベルの低いプレイヤーとマッチングされることは少なくなる。
しかし、その反面――
「見たぜー、ハインド」
「307って、どうやったらそこまで行けんの?」
「やっぱ料理バフ? 最後まで維持できた?」
「勇者ちゃんとバトルしたい」
ゲームにある程度以上精通しており、熱心な層が増えるということでもある。
熱心ということは、ランキングに関心がある者も自然と……ということだ。
特に300階付近とアニマリア関連についての話を聞きたがるプレイヤーが非常に多く、パーティ結成の度に質問攻めに遭う羽目になった。
「今日はノクスちゃん連れていないの?」
「女神様、綺麗だった?」
「運営からのヒントの少なさ、酷かったと思うんだけど……」
「リィズ様に踏まれたい」
そしてその度に、さっさと先へ進みたいプレイヤーには嫌な顔をされるという始末。
野良なので仕方ないのだが、そういったお喋りを無駄・不快と感じるメンバーが混ざると割と地獄だ。
そういったプレイヤーがいなかったとしても、全員が俺に質問ばかりするプレイヤーならそれはそれできつく……。
「回復のコツを教えて!」
「どの攻略サイトが一番参考になる?」
「っていうか、ハインドは攻略サイトとか掲示板とかって見ているの?」
「セレーネの眼鏡を磨きたい」
さっきから混ざるノイズのような質問は何だよ!?
俺に言わずに本人に言え、本人に!
――とまあ、このようにお喋りな人が揃うとその対応に追われることになる。
一人二人なら居てもいいのだが、お喋りに寛容かつ口数が少ない……そんな人が混ざってくれると、バランスが取れてパーティの雰囲気がグッとよくなる。
しかしながら、ランダムである以上はそう上手く行くものでもない。
「……おかしい。プレイヤーの質は間違いなく上がっているのに、下層と同じくらい疲れた……」
終了二日前のログアウト後、思わずそんな独り言が口から漏れた。
俺が思い描く、自分の中にある理想の野良パーティに限りなく近い……。
そんな人たちと会えたのは、休日となった最終日の午前中。
家事を一段落させ、自室で休憩がてらイベントに参加したときのことだった。
再開階層は、もがきながらも昨日のうちに到達した200階。
「あ」
野良パーティの特徴として、フレンドとは非常にマッチし難いという点がある。
特に同ギルド内のメンバーは全くと言っていいほど絶望的で、パーティを組んだ履歴が近いプレイヤーにもほとんど会うことはない。
逆にフレンドであっても組んだ最終履歴が遠かったり、パーティ結成歴が一切なかったりした場合はその限りではない。
これらは、なるべく野良専用ランキングでの争いを公平化するための仕様だと思われる。
そんな中、俺の前に現れた見知った人物というのが――
「……ハインド」
傭兵親子の娘さんのほう、大きな斧を担いだ少女……フィリアちゃんだった。
口数が少ないながらも人懐っこい性格を持つフィリアちゃんは、表情を緩めて俺の傍へと近寄ってくる。
「ど、どうしたの? フィリアちゃん。君は傭兵として固定パーティに雇われているんじゃ……?」
そういう都合でヒナ鳥パーティへの加入を断っていたはず。
俺は突進してくるフィリアちゃんを受け止めつつ、質問を投げかけた。
フィリアちゃんはそれに小さく頷くと、短くも明瞭な答えを返してくる。
「……ん。雇い主がピリピリしているから……息抜き」
「……なるほど」
どうも、フィリアちゃんたちの雇い主は結果を出せずに焦っているらしかった。
確かに、アルベルト親子を擁しておいて目立った成績を残せないというのは辛いだろうな。
これまで、この二人を雇うことができたパーティやギルドはほとんど漏れなくイベントで好成績を出している。
そういった中で不発ということになると、周囲の目も気になるだろうし……繊細な人であれば、結果次第で引退まで考えてしまいかねない。
影響力があるというのも大変だな、と自分の現況を棚上げしつつフィリアちゃんに理解を示す。
フィリアちゃんはそんな俺の様子を見て、嬉しそうにくっついてくる。
「……え? 今ので会話、終わりなの!? ピリピリしている理由とか、普通は訊かない!?」
「通じているのか、それで……俺には分からん……」
俺たちの様子を見ていた残りのパーティメンバーのうち、二人の男女がそんなツッコミを入れる。
男性が武闘家、女性が魔導士で、どちらも見た感じ積極的にコミュニケーションを取るタイプのようだ。
「しっかし、最終日にランカー二人とご同席かぁ……俺も運が向いて来たかな? よろしくな!」
「頑張ってデバフするから、よろしくね! 足手まといにはならないよ!」
「あ、はい。俺も精一杯頑張ります、よろしくおねがいします」
「……」
フィリアちゃんが二人の言葉に無言で小さく会釈を返す。
特に二人はそれにむっとした様子もなく、笑顔で応じてくれた。
この人たちが寛容ということもあるだろうが、フィリアちゃんのキャラクターがTB内で多数に周知されているというのも大きい。
「最後の一人、中々来ないな」
「休みとはいえ、午前中だしねぇ。高階層は人数も少ないし、焦らず待ちましょ」
軽い挨拶を済ませると、二人の男女は魔法陣――もう一名のプレイヤーが出てくるはずの転送陣を眺める。
野良はオートマッチングなので、場合によっては集まるのに時間がかかったりもする。
「……ハインド。何か食べ物、ある?」
「新作チョコがあるけど、食べる?」
「!」
ふんふんと強く頷くフィリアちゃん。
ああ、昨日からの野良パーティで負った心の傷が癒される……。
ちなみにこれは、ユーミルに飴配りおじさんと言われて悔しかったので作ったものだ。
カカオ豆はあるのにコーヒー豆は未発見なTB世界に、個人的に物申したいところではあるが……。
包み紙を開いてチョコを口に含むフィリアちゃんの姿を見届けてから、俺は羨ましそうに見ていた二人にも包みを差し出す。
「お二人もいかがですか? チョコレート」
「マジで!? 噂通りのお人好し――ゴホン! いいやつなんだな、ハインドは!」
「料理ができる男は危ない、気を付けろってウチのおばあちゃんが言ってた!」
「……なるほど。いらないんですね?」
どうやら、この二人は少々ノリが軽すぎるようだ。
何か勘違いしているようだが、俺は誰にでも優しい人間という訳じゃない。
失礼な人間にやる食料など持ち合わせていないので、アイテムポーチへと包みを持っていく。
「ご、ごめんって! 冗談! 動画で勇者ちゃんとのやり取りを見ていたから、つい!」
「料理男子っていいよね! 今度おばあちゃんに、危なくなんかないって言っておくよ!」
「……分かってくださればいいんですよ。はい、どうぞ」
「「ありがとう!」」
野良で会ったばかりだというのに、早くもコンビのような息の合った返事を寄越す二人の男女。
偶にこういう人たちがいるんだよな……やはりというか、気が合うと別れ際にフレンドコードを交換して去っていくというパターンが非常に多い。
単なる俺の勘だが、この人たちもそうなりそうな雰囲気がある。
「うっま!? 何だこれ、市販のチョコより断然うめえ!?」
「ああ、現実に持って帰りたい……友だちにも食べさせてあげたいー」
「おいしい……甘い……」
配ったチョコは好評のようだ。
ちなみに野良パーティでコミュニケーションを取りたくない、話したくない人は休憩所の出口付近で待機するというのが暗黙の了解になっている。
出口付近にいるのが一人で、軽く話してから出発するメンバーが四人などになったりすると……。
いつの間にか一人になった側が音もなく離脱して、いなくなっていることも。
仕方ないと理解はしているが、そういうときは少し寂しい気持ちになる。
さて、そんなことを考えているうちに休憩所内の転送陣が光を帯びて起動を開始した。
最終日・午前中の野良パーティ、最後の一人は……
「こんにちは。俺が最後かな?」
爽やかな挨拶、笑顔と共に現れた。
表示された職は騎士の攻撃型で、上級者らしい無駄な飾りの少ない実用的な装備に身を包んだ青年のようだった。
これで前衛三人、後衛二人か……職もばらけたし、かなりバランスがいいな。
先に集まっていた俺たち四人は――
「ようこひょー」
「むぐ……ごっほ、ごほ! やべ、がっつきすぎた……あ、ちわーす」
「……こんにひは」
「こんにちは。フィリアちゃん、お茶もあるけど飲む?」
「飲む。ありがとう」
「……!?」
口の中でチョコをもごもごしながら、やや困惑する彼を出迎えた。




