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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~  作者: 二階堂風都
天空の塔

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イベント終了二日前

「――」


 秀平が机に突っ伏している。

 その肩は規則的に上下し、見える横顔は目を閉じ、涎を垂らしているのが分かった。

 どんな夢を見ているのか、口元がだらしなく緩んでいる。


「……」


 実に気持ちよさそうに眠っているのだが、残念ながら今は授業中。

 そして更に残念なことに、俺の席から秀平の席までは遠い。

 授業の種類によっては放っておいてもいいのだが……あの数学教師は居眠りに厳しい。

 数学は秀平の苦手分野でもあるし、しかも席の順番的に解答する番がそろそろ回ってきそうだ。

 どうにかして、今のうちに起こしてやりたいところ。

 ――と、秀平の斜め前の席、佐藤さんと目が合った。


「……?」


 目立たない程度の動きで、秀平を起こしてやってほしいとジェスチャーしてみる。

 果たして、意図が伝わったか……。

 たっぷりと呆れた顔をしてから、それでも行動を起こしてくれる佐藤さん。

 さすが、みんなの頼れるクラス委員長。

 佐藤さんがシャーペンで秀平をツンツンと突くと――


「うへへ……」


 あ、駄目だ。

 どうやら刺激が弱かった模様。


「……」


 い、いかん! 佐藤さんが手間取らせるんじゃねえよ、とばかりにお怒りだ!

 消しゴム、定規、下敷きと、起こすためというより攻撃に近い何かへエスカレートしていく。

 そして、遂に丸めた教科書が頭を直撃し――


「ほあっ!?」

「あっ……」


 スコーン! という小気味いい音が静かな教室内に鳴り響いた。

 秀平の奇声が大きかったせいもあり、誤魔化し切れるものでもなく……。

 数学教師は音を発生させた佐藤さん、そして充血気味の目を白黒させる秀平の様子を見てすぐに事態を察したらしい。

 授業で不真面目な態度を取ることが稀な佐藤さんはスルーし、秀平の傍へと歩み寄る。


「津金……」

「へ?」

「先生、最近のお前の授業態度に感心していたんだがな。残念だ」

「へ? え?」


 未だ状況を飲み込めない様子の秀平だったが……。

 授業終了後、ペナルティが課されたことは言うまでもない。




「どうしてこうなった……」


 秀平が頭を抱える。

 机の上には一枚の数式が書かれた紙と筆記用具が。

 佐藤さんが一瞬気の毒そうな顔をした後、慌てて険しい表情を作って一言。


「わ、私のせいじゃないからね!?」

「大丈夫だよ、佐藤さん。寝ていたこいつが悪い」


 ペナルティの内容は、数学のミニプリント。

 提出期限は本日中、今は二時限目の休み時間だ。

 昼以外の休み時間を目一杯使えば終わる量な辺り、優しさに満ち溢れている。

 放課後はゲームに時間をたっぷり使いたい秀平は、必死にプリントに挑戦中だ。


「くそう……あの鬼教師……」

「それだけ期待されているんだろう。あの先生、本当にやる気のないやつは放っておくから……」

「ああ、言われてみればそんな感じだよね。よく見ているね、岸上君」


 斎藤さんが佐藤さんの肩を突きつつ、会話に入ってくる。

 どうやら、佐藤さんを呼びにきたようだ。

 次の選択科目に向けて、一緒に移動するつもりらしい。


「はい、これ」

「?」


 斎藤さんが何かを持って丸めた手を出してきたので、俺は反射的に受け取った。

 見ると、それは包み紙に入ったお菓子のようで……。


「チョコレート。岸上君だって、疲れた顔をしているよ?」

「おっ……ありがとう。つっても、ゲーム疲れだよ?」

「それだけじゃないでしょ? 岸上君の場合は。いいから、食べて食べて」

「そ、そう? じゃあ、遠慮なく」

「うん、どうぞ」


 包みを取って、口にミルクチョコレートを放り込む。

 甘っ……けど、確かに糖分が体に沁みる感じだ。

 斎藤さんのほうこそ、よく見ているなぁ……などと思いつつ、再度礼を言っておく。

 それに笑顔になった斎藤さんは、佐藤さんと連れ立って教室を出ていく。


「津金! せっかく成績上がってきたんだから、サボんないでしっかりやんなさいよ! バーカ!」

「い、委員長!? 最後の一言、必要ないよね!? ね!?」


 クラスメイトがぞろぞろと移動していくが、秀平と俺は時間の許す限りこのままだ。

 特にサポート禁止という訳ではないので、分からないところがあったら教えなければならない。

 教えるのは解法までで、決して答えをそのまま教えることはないが。

 人気(ひとけ)が減った教室の中、チョコレートを舌の上で転がす俺を秀平がじっと見据える。


「……わっち。今こそ言いたい、殴っていい?」

「昨夜の反省はどこに行った? っていうか、お前もチョコの代わりにしっかり貰ったじゃん」

「何を!?」

「佐藤さんの罵倒」

「お菓子と罵倒を同列に並べないでよ!? ちくしょおおおおお!! ――っていうか、何でわっちは俺より元気なの!? 昨夜のログアウト時間、結構遅かったよね!? 朝会ったけど、未祐っちもいつも通りうるさかったし! 何なのこの差!?」

「いや、今のお前も充分うるさいが……」


 昨夜……天空の塔をリタイアした時刻は、おおよそ深夜の一時。

 それから寝たわけだから、健康的とは言い難い睡眠時間だ。

 だが、俺たち三人はログアウト後にすぐ就寝している。

 あらかじめ寝るための準備を済ませてからゲームを始めたが故に、できたことだ。


「秀平、もしかしてログアウト後に風呂に入ったか?」

「そうだけど……」

「駄目だって、風呂は交感神経が活発になるから。眠れなかっただろう? すぐには」

「……まあ、うん。早く寝なきゃと思いつつも、布団の中でスマホゲーやってた」

「さっさと寝て、朝入ったほうがよかったかもな」


 単純な話、秀平の睡眠時間のほうが短いのだ。

 ……俺の起床時間を考えると、正確に比較するのは難しいが。

 家事に休みはない。


「ただ、昨夜のチャレンジだけど。仕方ないとはいえ、休みの前の日にやらなかったのは反省点だな。何せ今回は――」

「そうだった、野良報酬がある! やばい! 早く帰るためにも、こんなプリントさっさと終わらせないと!」

「問3まで行け、問3まで。そこまでだったら次の授業に間に合うはずだ」

「OK! やったるぜー!」


 良くも悪くもゲームが原動力の秀平がやる気を出す。

 しかし、無言ということはなく話しながら解き進めているが。


「にしても、昨日のラスト一階……まさか、わっちと未祐っち二人だけでクリアするとは思わなかったよ」


 思考の半分がゲームに持っていかれたのか、話題もTBの話へ。

 手元の数学問題は……大丈夫そうだな。

 変なところで器用な奴め。


「運も味方したんだが、やっぱ未祐がな」

「どんな感じだったの? 謎の力に覚醒でもしてた? 拙者たち、もう蘇生猶予が切れていたからさぁ。把握していないんだよね」


 俺たちは305階の終盤で遂に蘇生アイテムが切れ、MPも尽きて壊滅状態に陥った。

 やはり、ヘイト無視の攻撃をあれだけ湧く一般モンスターに連発されると厳しい。

 残ったのは俺と未祐……ユーミルだけだったのだが、なんとそこから一つ上の階まで進むことができた。


「二人だから、当然敵の処理が間に合わずに増えるわけだが……306階のラスト、未祐が敵三体の攻撃に晒されながらも倒してな?」

「おおっ、マジで!? 三体の上級天使を? パないね、未祐っち……超人かよ」

「自分でも驚いていた。元より、昨夜は絶好調だったが……底力がフル発動って感じだったな。だから、そういう意味では覚醒していたとも言える。さすがにそこで燃え尽きたのか、307階に入ったら瞬殺だったけれども」

「で、最後はハインド殿が残されたと」

「いや、全体攻撃で仲良くお陀仏」

「おおぅ……」


 最終的にインベントリ内の項目は得た素材を除いて空、MPも空だったのだから悔いはないだろう。

 ……使った回復アイテムの総量を考えると、収支の計算がちょっと怖いが。

 結果として、渡り鳥の到達階層は307階という記録に終わった。


「残り二日だが、どうだろうな? 暫定1位は取れたみたいだけど」

「ま、弦月パーティの記録が鏡ボス負けの300階だったし、二日あっても抜かれる心配は低いっしょ……よし、できた!」


 秀平がペンを置いたので、俺も準備を整えて立ち上がる。

 自分が借りて座っていた、秀平の一つ前の席……田中君の椅子をしっかりと戻し、移動開始。


「っていうか、そもそも未祐っちの自己満だもんね? 最高階層到達記録は。もちろん、取れたら嬉しいのは確かだけど」

「大事なのは、勇者のオーラがかかっている攻撃スコアだしな。そっちに注意を払うようには言っておいたよ」

「だよね。俺たちも、それぞれの野良限スコアを上げていかんと……」

「昨夜の攻略で得たスコアが入ればなぁ……」

「ああー、めっちゃ入ってたよね。固定だから意味ないけど。その点、未祐っちの攻撃スコアはいいよねぇ。どっちで稼いでも――」


 俺たちが出たところで、無人となった教室のドアを後ろ手で閉める。

 今夜からはまた、野良パーティに参加だ。

 ……おかしな人と一緒にならないことを祈ろう。

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