展望エリアにて
敵の回復手段さえなくなれば、あとは詰めを誤らないようじっくり攻めるだけとなる。
仮に完全コピーされていた場合は、偽ユーミルによる窮地からの逆襲などが怖いところだが……。
そこは、血の通っていない偽物たち。
最後まで変わらない動きのまま、鏡の広間から消えていった。
……長期戦であれば、この性質は怖いものだったのだろうけれど。
「――!? ハインド殿、鏡が!」
トビが指差す先、部屋全ての鏡が一斉に割れる。
鏡の破片は床に散らばる先から、全て光へと昇華され……。
残ったのは、鏡の回廊に入る前までの塔内と似たような内装だった。
「派手なクリア演出だな……」
「うむ! やり切ったな!」
血振るいのような所作をしてから、スパッと剣を鞘に放り込むユーミル。
……血なんて一切付いていないけどな?
ともあれ、そんなリーダーの様子を見て、パーティメンバーは戦闘態勢を解いて肩から力を抜いた。
「にしても、躊躇なくボコボコにしてくれたよな……俺の分身」
普通、少しくらいは躊躇するのではないだろうか?
早々に割り切った――というか、何か別の目的にすり替わったセレーネさんはともかく。
杖を床に立てながらの俺の言葉に、ユーミルは腕組みしつつ答えた。
「何を言っている! どれだけ姿形が似ていようと、本物はここにいるお前ただ一人だろうが! くだらないことを言うな!」
「お、おお……そう言われると、何も返す言葉がないが」
何でこいつ、一々発言が男前なの?
そっちだって散々、自分の分身がダメージを受ける度に騒いでいた癖に。
続いて、ユーミルを押し退けるようにしてリィズが俺の前に出てくる。
「まず、立ち方が違います。歩き方が違います。仕草が違います。何より、ハインドさんはあんなに冷たい表情をしません。味方が大ダメージを受けたときなどは、一見そっけなくも気遣いに満ちた……そんな、ちょっと不器用な表情をなさってくださいます」
「……え? 俺、普段そんな顔してる?」
「しています。きゅんとしますね?」
「お、おう」
リィズの目には俺がどう映っているのだろうか……?
しかし、一切の説明なしに唐突にあの偽者が出てきたとしても、即座に本物と見分けてしまいそうな勢いだ。
「あ、えーと、その……に、偽物とはいえ、いい練習になったよ!」
「一体、何の練習になったんですか……?」
「だ、大事な瞬間を迎えたときのための心構え……かな?」
そしてセレーネさんは、ずっと何かがズレたままだ。
俺、将来的にセレーネさんに射られるのか?
……そのズレを生じさせた原因は俺自身なのだろうけれど。
「拙者は――」
「お前はいい」
「!?」
自分の番か、とばかりに話し始めるトビの言葉は即遮る。
別に話を聞きたくないだとか、意地悪でそうしたのではなく――
「何ででござるか!?」
「だってトビ、特に率先して俺の偽者を殴ろうとしていたじゃないか。あれだろう? この前、お前が休み時間に委員長……佐藤さんへの文句を言っているときに、背後から来ているのを教えなかったから――」
「ちゃ、ちゃ、ちゃうでござるよ!」
理由に心当たりが沢山あったからだ。
しかし、違うのか?
「じゃあ、あれか? 放課後の掃除の時間に、お前が倒したモップを掴めず頭に直撃したから――」
「先程から、恨むにしても自業自得な理由ばかりではありませんか?」
「ハインド君のせいじゃない……よね?」
「ちっがーう! 違うのでござるよ、御二方! 単に拙者は、自分よりモテるハインド殿を一発でいいから……あ」
本当は、もっと違う理由を口にするつもりだったのだろう。
しかし、今の発作的に出た言葉……そっちが本音だよな?
ユーミルが腕組みを解かないまま、トビの言葉に失笑を送る。
「何だ。ただの嫉妬ではないか、見苦しい」
「……まあ、そうでござるな! そのとーり! ユーミル殿の仰る通り!」
「こいつ、開き直りやがった」
急に取り繕うのをやめると、トビは勢い付いて話し始める。
「だって、チャンスでござろう!? 姿そっくりの偽者でしかも敵とか、大チャンスでござろう!?」
「分からんこともないが……」
本人に当たり散らすことなく、ストレスを発散できる……かもしれない貴重な機会だ。
手段としては歪んでいる気がするが。
「でも、本物には恩しかないし! 戦闘中にも言ったけど、やったらやったでどんな仕返しされるか分からないでござるしぃぃぃ! 申し訳ないでござるよぉぉぉ!」
「放せ! 縋りつくな! 恩しかないなら、そもそも殴ろうとすんな!」
「でも、時々イラッとするのは本当なのでござるよぉ! 拙者の狭い心を許してぇぇぇ! 拙者もモテたい! 具体的には、魔王ちゃんとかにモテたい! むしろ魔王ちゃんにモテたい!」
「おい」
「何で私たち、お前の胸の内を延々と聞かされなければならないのだ……?」
「段々と懺悔のようになってきていますね……」
「それでも自分の欲望が沢山混じっている辺り、トビ君らしいけどね……」
相手に不満が一切ない交友・付き合いなど、きっと在りはしないのだ。
それを覆せるくらい気が合ったり、楽しく過ごせたりする相手を友人と呼ぶ……のだと思う。
もちろん、そんな恥ずかしいことは口が裂けても言わないが。
だから俺は別に、トビがこんなことを言い出しても態度を変える必要を感じない。
……大体、内心を盛大にぶちまけているように見えてその実、普段と言っていることはそう変わらないし。
「神父様ぁ! 拙者の罪は許されるのでござるかぁぁぁ!」
「うるせえ、誰が神父だ! あーもう、さっさと上に行くぞ! ほら、来い!」
「あぁぁぁぁぁ……」
俺はトビを引きずりつつ、広場の出口へと向かう。
野郎二人の妙なやり取りを眺めていた女性陣も、やがてその後に続いた。
300階の階段を上っていくと、その途上で不意に開けた場所に出た。
ゲーム内では久方ぶりに感じる風が、やや強く体に当たってきた。
空の青さが目に染みる。
「ここは……展望フロア、か?」
「そのようです」
やけに階段が塔の外縁に沿っていると思ったら、ここに繋げるためだったらしい。
変化の大きい景観に、全員足早に柵の傍へと駆け寄った。
「おおー! ……って、TB世界を見下ろせるとかではないのだな」
「異空間らしいからな。ちょっと残念だが」
300階という高さだというのに、極端な寒さなどは感じない。
そしてユーミルの言の通り、欄干から下を覗き込んでも、どこまでも不思議な平原が続くだけだ。
「あの……あっちに、それらしい世界が見えるみたいなんだけど……」
「え? どこどこ? どこでござるか、セレーネ殿!」
セレーネさんが発見した方向をみんなで見ると……。
確かに砂漠や森林地帯、雪の積もる山脈に島々というそれらしい大陸が蜃気楼のように揺らめいて見える。
「はー、なるほど……これはスクショ――あ、ここスクショ禁止でござるか」
「何っ!? では、クリア者専用特典ということだな!」
「クリア者、ねえ……」
俺は呟くと、やや塔からせり出した展望デッキの後方を眺める。
釣られてみんなが見上げるのを待つと、上空を指しつつ言葉を続けた。
「……塔、まだ上まで続いているみたいだが?」
「本当だ!?」
「気付かなかったのかよ」
階段の中腹でこの場に出た時点で、気付きそうなものだが。
見上げた塔の高さは、果てが見えない程どこまでもどこまでも続いており……。
「多分だけど、301階からは上級天使・レプリカが雑魚敵に――」
「いぃぃぃやぁぁぁぁ! ハインド殿、ギブ! そんなんもう無理! 無理でござるよ!」
「ギブってか、挑戦しようにも回復アイテムがほとんどないしな……」
イベントの到達点としては、一応ここらへんという想定なのは間違いないと思うが。
このように、展望台もあるのだし。
俺は根を上げるトビから視線を外すと、そのままユーミルへと顔を向けた。
「どうする? リーダー」
「むぅ……上がある以上、少しでも記録を伸ばしたいところだが。ハインド、得た素材なんかは全滅すると、どうなるのだ? ロストか?」
「201階から上、休憩所のないエリアからは全滅しても保持されるぞ。やるか?」
「うむ。残存アイテムを搔き集めるのだ!」
集約された回復アイテムは、全て俺に預けられた。
……分けて持たないのは、分配するほどの数が残っていなかったからだ。
「マジでござるか……こんなアイテム数で……」
「覚悟を決めろ、トビ。ま、決めるのは全滅への覚悟だけど」
「……確かに、サバイバルダンジョンのラストはクリアでなければギブアップ、もしくは全滅の二択でござるしなぁ……」
「クリアが無理なら、最後まで戦うほうが私たちらしいだろう!」
「らしいかどうかはともかく、再挑戦への敷居が高過ぎます。ですから、なるべく一度の挑戦で記録を伸ばしておく、というのは道理でしょうね。全滅のデメリットもありませんし」
「が、頑張ろうね!」
セレーネさんがそう締めたところで、メンバー全員やけくそ気味に気合の声を上げる。
そこから先、俺たちがゲームからログアウトするまでには……。
残念ながら、そう長い時間はかからなかった。




