試練の鏡像 後編
「沈め、紙装甲!」
ショルダータックルからの袈裟斬りという、ラフなコンビネーションで敵を叩き伏せるユーミル。
軽々と吹き飛び、倒れて動かなくなったのは……
「拙者の分身―っ!!」
『試練の鏡像・トビ』、つまりトビのコピーだった。
……それにしても、トビの言い方は非常に紛らわしい。
ユーミルも同じ感想を抱いたのか、剣を振り切った体勢を解きつつ眉根を寄せる。
「うるさいぞ、トビ! 一瞬、お前が出した分身にFFしたかと焦ったではないか!」
「し、失敬……しかし、敵とはいえ自分と同じ姿形のものが酷い目に遭うのは忍びないでござるなぁ……忍者だけに!」
「……」
ユーミルがトビに冷たい視線を送っている間に、敵パーティに異変が生じる。
残った敵メンバーが壁を作る後ろで、大きく白い光を放つ魔方陣が完成。
セレーネさん、リィズ、そして些少なダメージながら俺の三人による遠距離攻撃も実らず、偽トビがむくりと起き上がる。
「おっ!? さっすが偽者とはいえハインド殿! やるでござるな!」
「喜んでんじゃねーよ! 嬉しそうな顔をしている場合か!」
「うがあああ! またか! 私はあと何回、あいつらを倒せばいいのだ!」
先程からこの繰り返しだ。
前衛である偽ユーミルや偽トビを倒し切っても、偽ハインドが結構な速度で復活させてしまう。
また、後衛メンバーへの攻撃時には特に手痛い反撃が。
どうも敵パーティには防衛優先度のようなものが割り振られているらしく、敵陣深くに入るほど攻撃が苛烈になる上、スキル攻撃も激しくなる。
非常に厄介で手強いが、この性質もまた利用可能なもので……。
「――よし、ここから作戦開始だ! 各員、さっき言った通りに!」
必要な情報、そして状況が整ったところで作戦決行の指示を飛ばす。
というより、回復アイテムのことも考えるとこのタイミングが限界だ。
これ以上待つと、こちらのパーティが先に崩壊してしまう。
前衛で会話を聞く余裕が少なかったユーミル、トビが作戦内容について確認の声を上げてくる。
「了解だ! スキルを温存して戦えばいいのだな、ハインド!?」
「拙者は敵スキルの誘発……回避盾としての腕の見せ所でござるな!」
「OK、ちゃんと聞いていてくれたな! ……みんな、頼むぞ! これが最後のチャンスだ! 必ず物にしよう!」
「はい」
「任せて、ハインド君!」
盤石の防衛陣を構える敵パーティを前に、俺たちはラストアタックを始める。
……リィズと共に打ち出した作戦は、そうセオリーから外れたものではない。
MP・スキルを温存しながら戦い、敵の大スキルを誘発したところで……。
カウンター気味にこちらの全火力をぶつけ、一気に殲滅するというものだ。
ただし、何事も言うは易し。
スキルの誘発、そして出された技を凌ぎ切るというのは非常に難しい。
しかし――
「――偽ハインド殿、ちーっす!」
トビの『縮地』が最高に活きる作戦でもある。
その場から消えたトビは敵パーティの最奥、『試練の鏡像・ハインド』の目の前に出現。
「うっひぃ!? 来たぁ!」
そして敵パーティから一斉に向けられる視線と武器。
もう『縮地』の短いWTは開けるはずだが、ここで戻ってきては意味がない。
「こんなもの……ひぃ!? いつもみたいに、女性陣相手に失言した時と一緒でござ……ひぇ!? 怖っ! やっぱ怖ぁ!」
情けない声を上げながらも、トビが集中攻撃に耐える。
その様子を確認しつつ、俺は詠唱を開始。
ユーミルは囲まれない程度に囲いの外からちょっかいを、リィズとセレーネさんは遠距離攻撃でトビの回避のサポートに回る。
ただし、これらの行動に必要以上のスキル使用は絡まない。
全て通常攻撃や、WTの短い基本スキルの使用に留める。
「トビ……もし失敗しても、骨は拾ってやるからな!」
「縁起でもない!? ハインド殿、どさくさ紛れになんてこと言ってんの!?」
「行ってこい!」
「待って、違う意味に聞こえる! そのタイミングの“いってこい”は違う意味に聞こえるでござるよ!?」
俺もトビに使うのは、被弾時の保険になる『ホーリーウォール』だけだ。
これと『空蝉の術』を有効活用して、トビにはどうにか目的を遂行してほしいところ。
「――壁が来たぁ! ……わはははは! 囮が敵を倒しちゃなんねーなんてルールはないでござるよぉぉぉ! 拙者は最初の宣言通り、このまま偽ハインド殿をボコるっ!」
「あいつ……」
目が本気だ。
それまで回避に徹していたトビが反転、敵前衛の二人に残存する投擲武器を全て投げつけると、一気に偽者の俺を狙う。
が、勢いに任せて飛びかかった直後。
「お覚悟ぉぉぉ! ……ほあ!?」
立ちはだかるのは偽ユーミル。
偽ユーミルはロングソードを構え……一閃!
トビの『空蝉の術』が斬撃で、次いで巻き起こった魔力爆発によって『ホーリーウォール』が一瞬で割れる。
二枚の壁が削げてしまったが……。
大技の一つ目、偽ユーミルの『バーストエッジ』を使用させることに成功した。
「危なっ!? セーフ、セーフでござるよ! 拙者は、まだぁぁぁ!!」
「――!? トビ君、危ないっ!」
「!?」
尚も偽ハインドに接近しようと試みるトビの土手っ腹に……。
突風を伴った矢が激しく突き刺さった――かに見えた。
トビはHPを減らしながらも、転がって矢を回避。
あいつ、『ブラストアロー』をまともに受けて生存を……!? いや、違う!
どうやら、トビはすんでのところで『分身の術』を出して偽セレーネさんの狙いを逸らしたらしい。
セレーネさんの声が届いた結果のようだが、敵を妨害して助けてやれないのがもどかしい。
大技を吐き出させることが目的なので、俺たちは発動する敵のスキルに対して黙って見ていることしかできないのだ。
「どぅおぉぉぉぉああああ!!」
もはや言葉にならない叫びがトビの喉から絞り出される。
ギリギリの回避を続けながらも、トビは更に偽ハインドへと近付いていく。
お前のその執念、どこから湧いてきているんだ……?
そして、遂に執念の一太刀が偽ハインドを捉えるかと思われた瞬間――
「あっ!?」
よりにもよって、トビを止めたのは他でもない己自身の鏡像……偽トビだった。
トビがあまり使わない『影縫い』によって、偽ハインドの目と鼻の先で刀が静止。
フィニッシュは、偽リィズによる闇魔法。
「のぉぉぉぉぉぉう!?」
『影縫い』の効果が切れ、『ダークネスボール』によってトビが吸い込まれていく。
偽リィズに使わせた魔法が小粒だが……敵スキルの中で最も怖い『バーストエッジ』と『ブラストアロー』を使わせたのだ。
十二分な働き、殊勲賞といっていいだろう。
「――渡り鳥、突撃! トビが作ってくれた、この機を逃すな!」
「おうっ!」
「はい!」
「うん!」
俺に残された最後の投擲物、『閃光玉』を合図に一斉攻撃を開始する。
この鏡像たちは無生物ながらも目を使った視界が存在するようなので、これで多少は攻めやすくなるはずだ。
こちらの面々はしっかりと目をガードしてから、ユーミルを先頭に一気に崩しにかかる。
優先目標はもちろん、最初と変わらず『試練の鏡像・ハインド』だ。
「ハインド、あとは私たちに任せろ! お前はトビを!」
「……ああ!」
俺はユーミルの言葉を一瞬だけ吟味すると、即座に頷きを返した。
もうバフはかけ終えているし、できることは回復と『シャイニング』による援護だけだ。
もし戦闘が長引くようならトビを起こして戦線復帰させたほうが、ずっとパーティのためになる。
幸いまだ『聖水』は残っているので、蘇生にそう時間はかからないはずだ。
「……トビ、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
三人が敵を押し込んでくれたので、倒れたトビの近くにはスペースができている。
ありがたいことに俺への攻撃もなかった。
『聖水』を投げつけ、トビの傍に屈み込む。
「お、あ……せ、戦闘は……? は、ハインド殿、一体、どうなったのでござ――」
「消えなさい、ハインドさんの紛い物!」
「――やった! 今度こそ射止めたよ!」
「とどめだぁぁぁ!!」
『シャドウブレイド』による連続刺突音、『スナイピングアロー』のクリティカル音&弱点にヒットする快音、そして聞き慣れた斬撃音と重なるようにして上がる爆発音。
目を向けなくても、先程トビに浴びせられたコンビネーションを大幅に上回る攻撃がフルヒットしたのを察することができた。
「……」
「……」
……どうやら、片は一瞬でついたらしい。
俺は半身を起こすトビと共に、回復役を失い蹂躙される鏡像パーティを見た。
躍動する渡り鳥の女性陣たちの姿に、しばし開いた口が塞がらない。
「……トビ。この戦闘のMVPは、お前だって言ってやりたいところだけど……」
「……いいのでござるよ、ハインド殿。女は強し、でござるな?」
「……本当、そうな……」
蘇生によって脱力気味のトビに肩を貸しながら、俺は同意するようにしみじみと答えた。




