試練の鏡像 中編
パーティにおいて、サポート役である自分に課していることがいくつかある。
その中に、視野を広く保つというものがあり……。
無論、目で捉えきれない矢の軌道など、一つ一つの詳細までは追い切れない。
しかし視野を広くという意識の結果、誰がどう動いたか、それによって何が起きたかは把握できた。
まず、セレーネさんの放った矢は――。
『ダークネスボール』の拘束から逃れた偽トビが、『空蝉の術』を発動してから『縮地』。
NPCにしかできない高精度な動きで、偽物の俺の前に盾として立ちはだかる。
「げっ!?」
というのが、俺が認識できた「あちら側」の様子だ。
思わず声が出たのは、あちらの様子のせいもあるが……。
こちらに最悪のタイミングで飛んでくるであろう矢に身構えたから、というのもある。
偽トビの横に視線をスライドさせると、既に偽セレーネさんが矢の発射体勢に映っていた。
――どこを狙ってくる? また頭か!? それとも、命中しやすい胴体か!?
どちらにしても、『ダークネスボール』で身動きが取れねえ!
「――ぬぁぁああああっ!! だあっ!」
「――!」
ユーミルが気合の声と共に『ダークネスボール』の黒いエフェクトを掻き消さんばかりのオーラを発し、俺の前に剣腹が見えるようにロングソードを突き立てる。
直後、甲高い金属音。
それとほぼ同時に、黒球の効果が切れて拘束から解放される。
「た、助かった! ありがとう、ユーミル!」
「うむっ! お前を守るのは、私の役目だからな!」
「ちっ……」
「おい、そこ!? 舌打ちするな馬鹿リィズ! ――むおっ!?」
ユーミルは床から剣を引き抜き、即座に己の分身と一合、二合と剣を重ねる。
同じ剣の軌道、同じ膂力によって弾き合う二人の騎士。
「このぉぉぉっ! コピーの癖に生意気な!」
「絶好調のユーミル殿と互角でござるか!? ――って、こっちも!?」
速度を上げるトビにぴたりと付く偽トビ。
いや、若干偽トビのほうが速いか?
どうやら、使用されているデータはそのプレイヤーの平均値ではなく好調時のものを用いている節がある。
山場のボス戦ということでみんな気力は充実しているが、どうしたって疲労は隠せないのに……厄介な。
「こ、このままではまずい! ハインド殿、スキルのフォローをお頼み申す!」
「分かった!」
トビが形勢不利と見たか、『分身の術』を使って己のコピーに対抗する。
俺は分身によって減ったトビのHPを、残数0が見えてきたなけなしの『中級HPポーション』で回復。
トビが分身との同時攻撃により、偽トビを押し返していく。
しかし数秒後……偽トビも『分身の術』を使い、何とその場にトビが四人になってしまう。
「うおおっ!? どれが拙者のスキルで出した分身でござるか!? 頭がこんがらがる!」
「っていうか、気持ち悪っ! 気持ち悪いぞ、トビ! 早く敵の分身を倒すのだ! これ以上お前が増えても、誰も喜ばん!」
「ユーミル殿、ひどっ!? でも、拙者もできれば、増えるのを見るなら美少女のほうが――」
「私もお手伝いしましょうか? 一番締まりのない顔をしている忍者を狙えばいいのですよね?」
「リィズ殿、それ拙者! 拙者のことだよね!?」
四人のトビが入り乱れ、軽快な動きでその場を跳ね回る。
しかも下手に回避力が高いため、双方中々出した分身体が消えない。
機動力で両パーティの陣形がかき乱され、他の面々の攻撃の手が緩む。
まずは偽トビの分身にさっさと対処しなければ……。
「え、ええと……?」
「せ、セレーネ殿? クロスボウの向きが不穏でござるよ!? 多分でござるが、それも拙者! 拙者でござるから!」
「よし、面倒だ。全部焙烙玉で爆破しよう」
「ハインド殿ぉ!? 諦めんな! 諦めんなよぉ! 本物の拙者はここでござるよ!?」
実際には、これだけうるさい本人の識別は簡単なのだが。
ついでに『焙烙玉』のストックもとうに切れている。
つまり喋っておらず、敵表示になっているトビを狙えば……そこっ!
「OK、当たりだ! 押し込め、トビ!」
「おおっ! ナイスだ、ハインド!」
「ハインド殿ぉぉぉ!! 信じていたでござるよぉぉぉ!!」
威力が低い『シャイニング』だが、当てやすさと目潰し能力だけは一級品だ。
分身の分身……ややこしいが、鏡像がスキルで出した分身体がその攻撃で消失。
しかし、やがてトビの分身も敵パーティの攻撃に遭って霧散。
そこで両パーティが陣形を整えつつ距離を取り合い、仕切り直しの空気が場に漂う。
「ハインド、ここからどうする気だ! 必殺を期した矢が外れた以上――」
「ご、ごめんなさい……私のせいで」
「せ、セッちゃんのせいではない! ハインド、今の一連の動きで敵の能力分析は済んだのだろう!?」
「ああ。大丈夫だ!」
「力押しが無理なら、次の策を早く! それまで――」
ユーミルが走り出す。
一拍遅れてトビが駆けだし、セレーネさんが俺の横に並びつつ頷く。
「――それまで、私たちが足止めをする! ついてこい、トビ助!」
「合点承知! って、誰がトビ助でござるか!」
「ハインド君……一度は外しちゃったけど、私……絶対に諦めないからね!」
「は、はあ……あの、セレーネさん……?」
「諦めないからね!」
「は、はいっ!」
それとこれとは切り離して――いや、いいか。
そして再び、計ったかのようなタイミングでぶつかり合う両パーティ。
支援魔法を詠唱しつつ思考を巡らせる俺の近くに、小さくも頼れる背中が寄り添う。
「ハインドさん」
「リィズ。敵の鏡像パーティ、俺たちよりも総合的な防御力が高いと見たが」
「はい。NPCらしい合理的な判断がそれを可能にしているようです」
「性格が反映されていないことによるメリットか……」
作戦立案の補佐に来てくれたのであろう、リィズと一緒に戦いながら言葉を交わしていく。
詠唱の手と、アイテムの準備だけは止めない。
「人格まで丸々コピーされていたなら、打てる手も隙も多かっただろうけれど……」
「そうなったら、少なくとも私のコピーはハインドさんを全く狙わないでしょうから、まずまともな戦闘にはなりませんね」
「……こちら側もそんな相手とは戦い難くなるから、その点についてはこれでよかったのかもな」
杖が輝き、魔導書が妖しげな闇を吐き出す。
足元には白と黒の魔方陣が、交互に浮かんでは消えていく。
……っ!?
それにしても、この結構な頻度で正確に飛んでくる矢、非常に心臓に悪い。
セレーネさんを敵に回すとどれだけ厄介かということだが、本物の彼女ならもっと怖いタイミングで矢を放ってくる気がする。
……相談を続けよう。
「敵パーティはアイテム使用なし。代わりに――」
「こちらよりも高HP、高MPのようですね。スキルのWTに関しては――」
「あるみたいだな。いや、内部の処理がどうなっているのかは分からんが……同じスキルを連発はしてこないようだ。間隔を計れそうか?」
「……敵のスキル発動を誘発できれば、ある程度は可能だと思います」
この辺りに、どうも付け入る隙があるような気がする。
それを活かすなら、残り少ないアイテムでその時が来るまで耐える必要が出てくる。
また耐久戦か……まあ、総じてそういうイベントなのだが。
「おっ!? 何だか倒せそうだぞ、偽物の私!」
その時、不意にユーミルが明るい声を上げた。
って、すげえなあいつ……好調時の自分を悠々と追い詰めていやがる。
「攻撃を集中させるでござるか!?」
「許す! 足止めとは言ったが、やれるならやってしまうぞ! セッちゃんも!」
「あ、はい!」
ユーミル、トビ、セレーネさんの三人が偽ユーミルへと攻撃を集中させる。
合わせてリィズが『ダークネスボール』を、俺が『シャイニング』でそれぞれ敵の後衛を止める。
偽セレーネさんと偽リィズが限界で偽ハインドまでは手が回っていないが、そちらは放置しても怖い攻撃はまず飛んで来ない。
というか、偽リィズと偽セレーネが壁になっているせいで、こちらの攻撃が届かない上に後ろで何をしているかもほとんど見えない。
「――そこだっ!」
集中攻撃が実り、偽ユーミルのHPが限りなく0に近くなる。
弱点が少ない騎士とはいってもやはり攻撃型、防御は程々の数値でしかない。
しかし……赤かったHPバーが冗談のように一瞬で数割戻り、偽ユーミルが何事もなかったかのように反撃に転じる。
俺は思わず叫んだ。
「はぁっ!? 何だそのインチキ臭い回復! 今の減りを見てから詠唱して間に合うのかよ!」
「普通、瀕死になったら少しは動きが鈍るだろう! どうなっている!?」
「お二人がそれを言うのでござるか……例の高速蘇生よりはマシでござるよ?」
よくよく見ると偽ハインドの足元には大きめの魔法陣がしっかり出ていた模様だが、それはそれ。
何にせよ、相手の回復役――『試練の鏡像・ハインド』を先に倒さなければならない点だけは変わらない。
使用スキルが同じ以上、きっと蘇生魔法である『リヴァイブ』も使用してくるはずだ。
俺とリィズは視線を交わして頷き合うと、唯一突破口が見えた作戦の実行へと移った。




