攻略再開
パーティ同士の接触、その制限時間が迫る。
回復アイテムの受け渡しは既に終わり……あとは、パーティ同士が一定の距離を取ればペナルティを受けることはない。
しかし、そんなタイミングで近付いてくる小さな影が。
「……」
「あの……フクダンチョーさん?」
犬耳に尻尾、獣人の姿をした少女がこちら目がけて接近。
そして「ちょいと面貸しな」と言わんばかりに、親指を立てつつ俺に顎をしゃくってくる。
どうでもいいのだが、少女然とした彼女にはまるで不釣り合いな所作だ。
「……えーと」
困った俺は、時間を確認しつつみんなの顔を見回した。
時間的には、まだ大丈夫そうだが……。
「行ってこい、ハインド。何だか面白そうだ!」
「害になるようなことはしないでしょう、おそらく」
「おや? いつもなら、ハインド殿が同年代の異性に接触することを嫌がるお二人が……どうしたのでござるか? 面白キャラ寄りとはいえ、一応美少女でござるよ?」
それよりも、俺はトビが言いたい放題なことのほうが気になるが。
何の権利があってそんなことが言えるのだろう。
自分だって、限りなく残念寄りのイケメンな癖に。
「アレは大丈夫なやつだ!」
「アレは大丈夫でしょう」
「あ……ハモったね……」
「……」
「……」
セレーネさんの指摘を受けつつ、睨み合う二人。
いつもの二人は置いておき、フクダンチョーさんのもとへ。
……どちらのパーティにも会話が聞こえてしまう距離なので、あまり移動した意味はないが。
「あなたが増やした豆サラをシリウス? サリウス? だかに売ってくれたあとくらいから、豆サラの人気は絶好調です。バカ売れです」
「ああ……」
豆サラの話だったか。
あの小さくてパワフルな馬は、今やTBのどの地域に行っても目にすることができる。
フクダンチョーさんはその生みの親として、アルテミスで二番目に有名なプレイヤーだ。
「シリウスですね。構成員がお嬢様に、執事にメイドなんで……あの人たち、目立ちますから」
「グラドのギルドだってのがまた、大きかったですね。さすが大陸中央国家。そして初心者たちの出発点」
そこまで理解が及んでいて、何故にシリウスのギルド名をうろ覚えなのか……。
やはりというか、フクダンチョーさんは色々と無頓着な性格のようだ。
「元祖豆サラも、沢山の仲間ができて草葉の陰で喜んでいることでしょう……」
「え!? 亡くなっているんですか!? 最初の豆サラ!」
「いいえ? 言葉の綾です」
「何だよ!」
思わず言葉も荒くなる。
考えてみれば、このゲームに動物の寿命は存在しなかったはず。
言動が余りにいい加減で、弦月さんとの会話の後だとギャップがすごい。
「そんな訳で、豆サラ普及功労者にして、フクダンチョー仲間であるハインドにはこれを差し上げます」
「副ギルマスですけどね……何です?」
犬耳をぴこぴこと動かしながら、アイテムポーチ――というよりも、大きめのショルダーバッグに近いものに手を突っ込むフクダンチョーさん。
……そのバッグ、パッチワークされていて可愛いな。
何となくだがフクダンチョーさん作ではなく、エイミーさん辺りが作って持たせていそうな気がする。
「じゃん!」
「これは……?」
手渡されたのは、ガラスの瓶に収められた透明な液体。
回復薬のようにも見える……が、それにしては色がない。
非常に澄んでいて、どちらかといえば――
「それ、世界樹の雫です」
「おお!?」
清水のようだと思ったら、本当にそうだった、
これが噂の……。
世界樹の雫はルストの特産品で、豊富な地下水を吸い上げた世界樹の葉から稀に漏れ出すそうだ。
世界樹が存在するいくつかのゲームではかなりメジャーな存在で、大抵は効果の高い回復薬として使用可能……なのだが、TBにおいては今のところ戦闘に役立つような要素は発見されていない。
「そして朝露バージョンです」
「え? 朝とか夜とかあるんですか?」
「ありますよ。朝露版は、きりっと引き締まっていてエネルギッシュな味がします。私のおすすめです」
「あ、直接飲むんですね。素材とかじゃなく」
「ですです。お馬さんの育成にもばっちぐーで、初代豆サラも飲んでいました」
「へー……ばっちぐー?」
しかし、これは考えようによっては……ああ、いやいや。
考え込む前に、大事なことを言うのを忘れていた。
「ありがとうございます、フクダンチョーさん。あとでいただきますね。じゃ、俺からも何か……」
「!!」
そう口にした直後、フクダンチョーさんの尻尾と耳が千切れんばかりに動き始める。
……豆サラ普及のお礼と言いつつも、完全に何か期待していた顔だ。これは。
フクダンチョーさんが俺に期待するものというと……出会った時のことを思い出すに、あれか。
「……では、この高級フルーツを使った飴を」
「飴!」
こちらも小瓶を取り出した瞬間、掻っ攫うように持っていかれた。
ちょっと強引で不躾な動作だったが……ま、まあ、それだけ期待されていたのだと思うと、悪い気はしない。
「おお……またハインドが、飴配りおじさんと化している」
「うるせえよ!? せめてお兄さんと言え!」
例えお兄さんになったとしても、ユーミルが付けたその名称はどうかと思うが。
……しかし、「また」とか言われると何かちょっと悔しいな。
携帯できるお菓子のレパートリー、増やしてみるか。
バフ効果やら満腹度上昇値などを色々考えた結果、飴は適性が高いんだがなぁ。
「むぐむぐ……おいしー! 最高! では!」
「あ、はい。また」
早速、頬を飴の形に膨らませるフクダンチョーさんを見ていると、別に構わないかという気もするが。
用が済むと、フクダンチョーさんはアルテミスの面々に合流。
飴を分けてもらおうと手を出すエイミーさんに、耳と尻尾を立てて威嚇している。
独占する気か……。
「……ユーミル!」
エリアを出る直前、弦月さんが振り返って手を上げる。
対するユーミルは、腕組みをしてこれに相対。
「アニマリア捜しでは後れをとったが……最高到達階層の記録は、譲る気はない!」
「私もだ!」
そして背を向け、髪を揺らして去っていく。
最後は爽やかに、アルテミスの面々が通路の角を曲がって見えなくなる。
「いい人だなあ、弦月さん。今度はユーミルが即答できるよう、易しい言葉を使ったんだろうな? リィズ」
「ええ、間違いありませんね。敵対宣言というよりは激励に近い言葉な辺り、実にあの人らしいといえます」
「あの御仁なら、塔の頂で会おう! ……とか言い出すかと思ったでござるよ、拙者。頂が何階かは知らないでござるが」
「あ、あはは……」
「お前たち!?」
攻略に戻ってから、しばらく。
長めの休憩を挟んだことでユーミルの調子が落ちていないかと心配だったが、出会えた相手がよかった。
むしろ競っている相手を直接目にしたことで、益々ユーミルは燃え上がり――
「よぉぉぉぉし! アルテミスに負けるな! どんどん登るぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「うるせえ! 熱くなり過ぎるんじゃねえ!」
普段以上に、騒がしいことこの上ない。
しかし、俺がユーミルの頭を冷やすべく言葉を続けようとすると――
「ユーミル殿。さっきのポジション被りからの突き飛ばし、拙者まだ許していないでござるよ……?」
「もう少し被ダメージを抑えてください。与ダメージがどれだけ増えても、これでは意味がなくなってしまいます。いつものことですが」
「あの、ユーミルさん。ちょっと聖水の数が心配で……」
「……よかったな、ユーミル。冷却材の準備は万端だ」
「さ、寒い……もっと燃料もくれ! 燃料も!」
大丈夫だ、お前は基本が真夏の太陽レベルの熱量だから。
そんな感じで、俺たちは塔を進み……。
苦しみながらも、やがて300階層が目の前に近付いてきた。




