トビと発見動画
「ほうほう……はー、確かにこれは絵になるでござる……ふむぅ」
「……」
アニマリア発見から数時間。
トビに捉まった俺は、記録していた映像を談話室で見せていた。
映像はちょうど、アニマリアによる勇者認定……すなわち、『勇者のオーラ』を一段階ランクアップさせる場面にさしかかっていた。
それからアニマリアと軽いやり取りがあった後、ペガサスで塔を去っていくところまでで動画は終わっている。
「……ハインド殿」
「何だ?」
「色々と訊きたいことがあるのでござるが……その前に一つ、いい?」
「いいけど?」
動画を見終えたトビが、神妙な顔つきでこちらを見た。
こいつがこういう顔をするときというのは、大概どうなるか決まっている。
「何で拙者、こんな貴重な場面に居合わせていないの!? 馬鹿じゃねーの!」
「自分を罵倒してどうする……」
そう、大概こういうときのトビはくだらないことを言う。
トビは悔しさが収まらないのか、テーブルをバンバンと叩く。
以前も、こいつのこんな姿を見たような気がするな……。
「確かに付き合いも大事でござるよ!? しかし、しかしぃ!」
「物に当たるな」
「――ドライ!? ハインド殿、ドライすぎる! 少しは共感して!?」
「……それが分かっているから、こうしてしっかりと動画を撮ってきたんだろう?」
「それはそうでござるが!」
トビの嘆きは止まらない。
ユーミルかリィズがいれば、キツイ一言で黙らせるのだろう。
一仕事を終えたノクスが、餌箱に突っ込んでいた頭を出して首を回す。
それを見て不意に冷静になったのか、トビが動きを止める。
「……まぁ、過ぎてしまったものはしゃーないでござるな! ノクスもそう思うでござろう? ――ハインド殿、質問!」
渡り鳥の清涼剤、ノクスの効き目はメンバーの誰に対しても抜群だ。
トビは手を上げつつ、もう片方の手でノクスの羽についた小さなごみを取ってやっている。
「結局、アニマリアの発見条件は何だったのか……だろう?」
「そう、それでござる! 結構、掲示板の攻略スレッドでは捜索関連で盛り上がっていたのでござるよ? 更に言うなら、女神様のあの登場タイミング……あんまりにもばっちりでは?」
パーティのピンチに颯爽と駆け付けた……というわけでもないが。
都合がいいにも程がある、と言われればその通りな現れ方だった。
しかし、俺が思うに――
「多分だけど、“パーティがピンチに陥ること”……辺りが条件に入っていたんじゃねえかな」
「神獣を連れた上で、でござるか?」
「そこは間違いないと思う。アニマリアが壁をぶっ壊して、開口一番に言った台詞は憶えているか?」
「あー……」
トビが天然女神様に似合わない、豪快な登場法を思い出して苦笑する。
実際に壁を壊したのは騎乗していたペガサスのようだが。
そしてアニマリアが発したのは、可愛い子どもたちの声が――というものだ。
「あとさ、アニマリアが壊した壁なんだけど……」
「見た見た、見たでござるよ! 向こう側の通路とかではなく、次元の裂け目のような何かが見えていたでござる!」
過去、このゲームの転移魔法で見せられた謎空間の景色によく似ていた。
酔う人が多かったため、現在は修正済みで見られなくなったあの模様だ。
あの中にアニマリアとペガサスがいたとすると、俺たちの側から発見するのは不可能だ。
そう考えると、アニマリアが自分から登場したであろう範囲だが……。
「それを踏まえると、発見場所についてはざっくり200階……じゃない、201階よりも上のフロア全部が対象じゃないかと」
「なるほど。妥当な範囲に思えるでござるなぁ……下層なら、普通に神獣を連れてピンチになるプレイヤーがいそうでござるし」
「セオリーが分かっている上層のプレイヤーほど、塔に神獣は連れてこない。結果、発見は難しいと」
「……これ、ワンチャン誰も見つけられないまま終了もあったのでは?」
いわゆる攻略勢というのは、基本的に効率を追求したプレイをするものだ。
そんな中で神獣を連れてくるという無駄の多い発想は、攻略勢の思考とまるで噛み合わない。
だから、トビがそう思うのも無理はない。俺だってそうだ。
「だなぁ……俺たちみたいな欲張りが上がるか、もしくは……」
「もしくは?」
「絶対に神獣をパーティに入れている、動物愛に溢れた人たちがいるじゃんか?」
「いるでござるなぁ……弱体イベでも関係ないとかいう強者たちが……」
ちなみに、アニマリアが神界に帰還することで神獣たちへの加護は復活するそうだ。
そういった趣旨の説明がアニマリア本人からされたので、おそらく今イベント終了まで神獣は弱いままだ。
「そういう人たちが、イベント終了までに上がってくるのに賭けたんじゃねえかな?」
「実質四人パーティでござるし、厳しいことには変わりないと思うでござるが……少々、全体的に意地が悪い設定なような?」
「前にも言ったけど、もしかしたら時間経過でヒントが増えた可能性もあるけどな。発見条件も含めて、開示されないことには分からんままだな」
何にせよ、発見することには成功したのだ。
後は運営のアクション待ち、ということになるか。
掲示板の反応も気になる、などと話すトビと雑談を続けていると……。
談話室の扉が少し強めに開かれる。
この開け方は――
「来たぞ! ……む、もしかしてアニマリアの話をしていたか?」
やはりユーミルだった。
『勇者のオーラ』のこともあり、普段以上に上機嫌な足取りである。
「おー、ユーミル殿。ユーミル殿は、何か面白い話ないでござる? 特に、ハインド殿がさりげなく隠しそうな内容で何か」
「おい、何だよその訊き方は」
「あるぞ! アニマリアが帰り際に話してくれた、神獣たち……ノクスとマーネの成長評が!」
「何それ、面白そう」
「……」
俺の隣に体当たり気味で座るユーミル。
対面のトビは、映像になかった話の内容に興味津々だ。
……別にわざと外したのではなく、動画を見やすく編集する際に蛇足だと思ったので外しただけだ。
特に他意はない……他意はない。
「マーネは……体の大きさの割に、ハートが大きくて素敵ね! だそうだ。小動物特有の、周囲に怯える様子がほとんどないとか」
「明らかにメイン飼育者……シエスタ殿の影響でござるなぁ。それで?」
「のんびりが過ぎるのと、ちょっとぽっちゃりしているから、もっと運動させてあげてね! ……とも言っていたな!」
「ぶふぉっ!?」
マーネの体型に関しては、羽がもこもこしているせいで俺たちは気付いていなかった。
……食べても太りにくいシエスタちゃんとは違い、マーネはしっかり食べた分が脂肪に変わってしまっていたようだ。
今頃は、しばらく活発なリコリスちゃんがマーネをメインで育てるのはどうか? という相談をシエスタちゃんがしているはずだ。
トビはひとしきり笑い終えると、笑い過ぎで涙のにじむ顔のままユーミルに向き直った。
「甘やかされているでござるしなぁ、マーネは……それじゃ、ノクスは?」
「賢く、真面目で忠誠心が高いとべた褒めだった! が……」
「……?」
「臆病で慎重な面があると、マーネとは逆の評価をもらったぞ! 猛禽類なのに!」
「あっはっはっは! ハインド殿、あっはっはっは!」
「うるせえよ!? こっちを向いて笑うんじゃねえ!」
トビは明らかに、ノクスも飼い主に似たのだと言いたげだ。
そして俺の横では「もっと自信を持て、ノクス!」と、ユーミルがノクスに力強く呼びかけている。
……ノクスはノクスで、ユーミルに主要な世話を代わってもらうのもありかもしれない。
ユーミルの影響を受けて、ノクスの積極性が増すということもあるだろう。
ただ、あまり無鉄砲になられてもそれはそれで困るのだが。




