増大するオーラ
アニマリア自慢の、つぶらな瞳が俺をじっと見てくる。
目が合ったせいなのか、呼んでもいないのに距離を詰めてきた。
近い、近いよユニコ――じゃない、ペガサスちゃん。
「まあまあ、もう懐かれたのね? よかったら触ってあげて」
「い、いいんですか?」
馬系統の動物は、大抵臆病だと思っていたのだが……。
耳を立てて寄ってくるペガサスの顔の前、死角になる真正面を避けつつ手に平を出す。
匂いを嗅いだ後も態度が変わらないことを確認し、「さ、触るよー」と声をかけながら首筋に恐る恐る触れる。
すると、馬とほぼ同じ声で機嫌よさそうに鳴いてくれた。
こういうところは一緒なのか……。
「あ、ハインド私も! 私も触ってみたい!」
「お前、やっぱでかい動物には積極的なのな……いいですか?」
「どうぞ! 代わりに私は、この子たちにさーわる! ノクスちゃん! マーネちゃん!」
シエスタちゃんの両肩に止まっていた二羽を、アニマリアが抱きかかえる。
何とも幸せそうな顔で、頬擦りなどしている。
「おー。名前、憶えていたんですねー……」
「選手権のことは、ちゃーんと憶えているわよ! ――へくしゅ!」
そしてくしゃみを一発。
アレルギーだと言っていたっけ、そういえば……。
触れ合いタイムが終わり、状況説明も終わったのはそれから十分後。
その間、他のプレイヤー及び敵天使たちが近付いてくる気配は一切なかったので、この場が特殊な空間に化けている可能性は高い。
要因となっているアニマリアは、己の状況を知ると一言。
「そう……ここはベームちゃんが管理する天界の塔だったのねえ」
「うむ。人間界に落ちたならともかく、神界保有の塔だろう? すぐに分からなかったのか?」
ユーミルが気になったところをつついていく。
何だかんだで、結局ユーミルは神様に対してタメ口を選択した。
だったら、どうしてシエスタちゃんの呼び方に驚いていたのかという話だが……ともかく。
シエスタちゃんは話し疲れたようで、話し相手を俺たちに押し付けて一息ついている。
「神界と一口に言っても、広いから。管轄が違うと、能力が弱まっちゃうのよねえ……自分の管轄内だったら、すぐに帰れたんだけどね? 何なら、びょーんと空間転移もできるのよ? 便利でしょう」
「は、はあ……そういうものですか」
アニマリアは、塔内を彷徨っていた反動なのか、元からの性格なのかは分からないが……。
どうも、語り出すと止まらない様子だった。
いいのだろうか?
そんなふうに神の性質というか、自分たちの弱点を曝すようなことを言って。
「あ、これ解いてもいいかしらね? ずっと出していると、疲れて……」
「可変式なのか、それ!?」
驚くユーミルの目の前で、アニマリアの身を包んでいた後光と光の粒子が消える。
威厳も何もあったものではないその姿に、思わず半笑いが出てしまう。
こうなると、もう普通の美人なお姉さんにしか見えない。
さすがに焦れたのか、ユーミルが頭を振って話題を切り替えようと試みる。
「そ、それよりもだな? いい加減――」
『やはりこちらでしたか、アニマリア……』
「む!?」
どこからともなく、その場に言葉が降ってくる。
イベント開始時に聞いた声なので、俺たちでもすぐにピンと来たが……。
「あら! ベームちゃん!」
『あら! ……ではありませんよ。捜しました。長引く不在に、主神がお怒りですよ』
戦闘神ベルルムのようだ。
やはりアニマリアのほうが反応するのが早く、呆れの混じった声に応じる。
『自力で帰還できますか? それとも、迎えの者を――』
「大丈夫よう。ここがどこなのか、場所さえ分かれば帰れるわ」
アニマリアが一度、言葉を切って視線を横に。
ペガサスが寄り添い、今度は視線を誰もいない宙に向けるアニマリア。
「ペガサスちゃんがいるもの」
『……そうですか』
……アニマリアの位置を探知できなかったベルルムに、この場の様子は見えているのだろうか?
不明だが、声は間違いなく届いているようで、そのまま話は進んでいく。
『ありがとうございました、来訪者の方々。お約束通り、報酬をお支払いしようと思うのですが……』
報酬は『勇者のオーラ』であり、ユーミル待望のアクセサリーだが……。
今すぐ渡すといった様子のベルルムの口調に、俺たちは面食らう。
「え、あの……今ですか?」
『天界の塔を閉鎖・回収した後にお送りすることもできますが、いかがいたしますか? どちらを選んでいただいても構いませんよ』
後か今かと問われれば、当然ながら答えは決まっている。
早いほど得ということもそうだが、何より受け取り手のユーミルは待つのが苦手だ。
「今でいい! 今でいいぞ、ベルルム!」
『そうですか。では早速――』
「あ、私がやるわ! ベームちゃん!」
『構いませんが、何をお渡しするのか分かっていますか? アニマリア』
「……さあ?」
オーラのパワーアップが目前ということもあり、前のめりになっていたユーミルがずっこける。
何とも、力が抜ける女神様だ。
「あ、分かったわ! 女神パワーを全開にしての、抱擁でしょう! 疲れが吹き飛ぶわよー」
両手を広げて微笑むアニマリアの姿に、俺はびくりと体を硬直させる。
直後、俺は左から力強い手に肩を、右からだらりとぶら下がるように袖を掴まれた。
――今の些細な動きで、そこまで反応するか!? 普通!
『いえ、違います』
「違うの?」
違う、違うんだ。
今のは、抱きしめられるのを想像したとか、そういうのじゃなくて――
『無形のものである、という点だけは合っていますが』
「やっぱり抱擁ね!?」
『違います。……来訪者には、多数の人々から承認を得ることで増す“例の力”があることを覚えているでしょうか? 神や……あるいは少数の高位魔族などであれば、単独でも効果を発揮することができるはずで――』
「今度こそ分かったわ! アレのことね!」
『……抱擁ではありませんからね? では、お任せします』
言葉を遮って華やいだ声を上げるアニマリア。
ベルルムは慣れた様子で淡々とそう告げると、アニマリアが表情を引き締めて向き直る。
例の後光と光の粒子が復活し、俺とユーミルは思わず居住まいを正した。
『――この世に生きる愛しき動物たちの加護を司る女神、アニマリアが承認いたしましょう。汝……』
「……」
「……?」
「……あの、アニマリア、さん……?」
敬称に迷いつつも、動きを止めたアニマリアに問いかける。
するとアニマリアは、照れたような仕草をしつつ頬を染め……。
「ええと……誰に“勇者の承認”を送ればいいのかしら……?」
「「「……」」」
最初から最後まで天然ぶりを発揮するアニマリアに、俺たちは微妙な笑みを浮かべるしかない。
当然、その後はユーミルを指定して承認のやり直しとなる。
再び、神様エフェクトと共にアニマリアの声に不思議な響きが籠っていく。
美しいソプラノボイスが、耳朶を通って頭にまで直接届いてくる感じだ。
『――この世に生きる愛しき動物たちの加護を司る女神、アニマリアが承認いたしましょう』
「……」
ユーミルがアニマリアの前で、手を組んだ状態で膝をついている。
黙っていれば美人のユーミルと、これまた美人な女神様が並んでいる姿は非常に絵になる。
俺は肩にそれぞれの神獣を乗せたシエスタちゃんと並んで、その「儀式」のようなものを見守った。
『汝、騎士・ユーミルを勇者と認めます。私を、仲間と神獣と共に捜し出してくれてありがとう……』
後半の言葉は、あまり儀式的なものとは関係ない素直な感謝だったように思える。
厳かな所作でアニマリアがユーミルの頭に手の平を向けると、光の粒子が集まり、大きくなっていく。
それらはユーミルの身を包み、一瞬強い光を放つと消えた。
俺はパーティメンバー一覧からユーミルのステータス画面を開くと、急いで装備欄を確認した。
相変わらず、能力上昇は程々のようだが……またこれで、『勇者のオーラ』が強アクセサリーへと限りなく近づいたわけだ。
もう段々と、趣味の装備とは言えなくなってきたな。
「ふおお!? これはまさか!」
「――!?」
「見ろ、ハインド! オーラが! オーラが!」
ユーミルの身を、青白いオーラと稲妻が激しく包んでいる。
今までのものよりも数段、発光量も稲妻発生の頻度も上だ。
どうやら上昇値はともかく、オーラエフェクトのほうは普段と違った様子を見せているらしかった。




