呼び声
リィズがいない今、当然ながら援軍予測は使えない。
よって階層内を適当に進み、そこでアニマリアを呼ぶ――といった雑な行動は厳禁だ。
更には、仮にアニマリアを呼べたとして、である。
「神獣の声がどの範囲まで有効なのか、不明だからな……」
「悩むよりも、早速実践だ! もう細かなことを考える必要、なし! なしだ!」
「そして私のお祈りタイムが始まります……」
「え?」
「む?」
シエスタちゃんの唐突な言葉に、俺とユーミルは同時に疑問の声を発した。
……ああ、そういうことか。
「ハインド!? 一人で納得したような顔をするな! 仲間外れにするなと、さっき――」
「それこそ、さっきシエスタちゃんが言っていただろう? こちらからアニマリアを呼べるなら、捜して歩き回らなくて済む……ってさ。だから、自分は早くアニマリアが駆け付けてくれることを祈る――と、そう言いたいんだろうさ」
以前も、シエスタちゃんは似たようなことを言っていた気がする。
体を動かさずに可能なことであれば、シエスタちゃんは労を惜しまない性格だ。
……何だか、労を惜しまないという表現が酷く矛盾しているというか、おかしく思えるが。
とにかく、祈りで済むならいくらでもといった感じなのだろう。
「先輩、大正解ー。ということで、正式に私の側近に任命しますね?」
「おい!? 話題がループしているぞ!? いい加減にしろよ、お前たち! 前だ、前! 不毛なループはやめて、前に進むのだ! 行くぞ、ノク――」
「ストップ」
ノクスを連れて休憩所を出て行こうとするユーミルを、俺は腕を掴んで止めた。
前を見るのは結構だが、それよりも先にやっておくことがある。
「何だ!? もうこの場でやることなど――」
「一応、この休憩所内でもアニマリアを呼んでみようと思ってさ。ここを出るのは、それが済んでからにしようぜ」
「……む?」
意表を突かれた、という顔でユーミルが動きを止める。
一方、シエスタちゃんは理解を示すように頷いた。
「やっておいたほうがいいでしょーね。意地の悪い開発・運営だったら、休憩所にアニマリアを隠れさせているってこともあるでしょうしー」
「あるよね」
「ある、のか?」
頷き合う俺たちをよそに、ユーミルだけは腑に落ちないといった表情のままだ。
そりゃあ、激しい戦闘の合間を縫って探索・捜し出すのが正道ではあるだろう。
多くのプレイヤーも、そうやって誰かが見つけたほうが納得しやすいはず。
だから正直、出題者が用意した答えとして『休憩所』というのは悪手であると思うのだが……。
「でも、一応念のためな。散々苦労して塔の戦闘階層を捜した後に、実はここでした――ってなると、嫌だろう?」
「そ、それは確かに嫌だ!」
「そうですよ。それにもしここで終われば、私は先輩と――先輩たちと駄弁って、美味しい料理を食べて、生アニマリアを見て帰るだけという最高のパターンを得られるわけですからー」
「む、むぅ! ならば、早速やらせてみるとしよう!」
ユーミルが素早く、ノクスとマーネの二羽を抱きかかえる。
そして休憩室の壁を睨み――
「……ここからどうすればいいのだ? ハインド」
「本当、こういうときのお前は勢いだけな。ノクスはお前が抱えたままでいいけど、マーネは……シエスタちゃん!」
「あいあいー」
シエスタちゃんがユーミルからマーネを受け取り、腕を前に出して止まらせる。
……神獣には、ゲームシステムに紐づいた固有の行動がいくつか設定されている。
その中の一つに、『シグナル』というものがある。
基本的に神獣はパーティに加えると飼い主――育成者と、パーティメンバーを追従して移動を行う。
しかし、不意に距離が開いてプレイヤーが神獣の認識範囲外になった場合……神獣は自動でシグナルを発しつつ、鳴き声を上げる。
この状態になると神獣の詳細な位置がマップにも表示されるし、視界にもガイドが出て、音を頼りに捜すことも可能に。
放っておくとパーティ状態が解除され、神獣の飼い主に対する好感度が下がってしまうので注意が必要だ。
「つまり、心は痛むが……ノクスとマーネを残して、私たちが隠れればいいのだな!?」
「無理だよ。この大して広くもない部屋の中で、どうやって神獣の認識外に出るんだよ」
「違いますよ、ユーミル先輩ー。この前のアプデ? だったかで、実装されたんですよ」
「何がだ?」
ユーミルに問われたシエスタちゃんが、バトンを渡すように俺のほうを見る。
イベントの陰に隠れるような形での実装だったので、ユーミルのように気が付いていなかった人も多いのだろう。
「……プレイヤーが離れていなくても、神獣に連続で鳴き声を出させる機能だ」
「む?」
よく分からないという顔のユーミル。
百聞は一見に――ということで、やって見せることにする。
「ノクス、エモート。鳴き声・喜び」
「マーネ、エモート。鳴き声、えーと……落ち込みでー」
俺とシエスタちゃんの指令を受け、ノクスが羽をバタつかせて明るい鳴き声を。
マーネが地面を向いて悲し気な声を上げる。
それを見たユーミルは……。
「かっ……!」
何か言いかけた後に、胸を抑えて後ろを向いた。
そしてこちらに向き直ると、神獣たちをチラチラ見ながら咳払いをする。
「ご、ごほん! な、なるほど……これを使ってアニマリアを呼ぶと!」
「シグナルを出しているときの神獣が可愛い、という声が多かったそうで。ユーミル先輩みたいな人が一杯いたんでしょうねー……」
「おい!? 私は何も言っていないだろう!」
「実装時期がイベントと同時ってのが、どうしてもね……もちろん、ユーミルみたいな人が多かったのはそうだろうけど」
「だから、私は何も――!」
「わざわざ神獣が弱体化するタイミングに被せて、ですもんねー。もっと他に、いい時期があるでしょうに」
「怪しいよね」
「無視するなぁぁぁ!」
そんなわけで、神獣側からの呼びかけは問題なし。
後は場所を変えながら、ひたすら試すのみである。
まずはここ、休憩所。
「よし、今度は私がやるぞ! ノクス、エモート! えーと……」
「呼び声、だ。それが、元からあったシグナルと同じ鳴き声だ」
「そうか! では……エモート、呼び声!」
「じゃ、私も……」
休憩室に、二羽の少し切ない声が響き渡る。
ここにいます、見つけてくださいといった感じの胸が締め付けられるような声だ。
………………。
しかし残念ながら、目立った反応はなし。
「駄目か」
「駄目ですかー……」
シエスタちゃんは特に残念そうだ。
元より、昼間の動きを思い出すに、可能性は低かったか。
ノクスの様子が何かを感じ取るような動きに変わったのは、戦闘階層に入ってからのことだった。
一方のユーミルはさほど残念そうにはせず、二羽の声に聞き入っている。
「むぅ……何だか二羽のこの声を聞いていると、こう……」
「むずむずしますか? 抱き上げてあやしたくなりますか? それとも赤ちゃん言葉で――」
とぼけた表情でそんなことを言うシエスタに、ユーミルは目を丸くする。
次の瞬間かっと顔を赤くし、その勢いと共にまくし立て始めた。
「お前は私にどうなってほしいのだ、シエスタ!? 赤ちゃん言葉!? はぁ!? 母性か!? 母性なのか!? 私が母性に目覚めるには、まだ早い!」
「……」
「早い、よな? ハインド?」
「必死に目を逸らしてんのに、何でこっちを見るんだよ!?」
「ぶふっ!」
堪え切れなかったのか、シエスタちゃんが派手に噴き出す。
少し前にユーミルに赤ん坊の話などをしてしまった、己の失態に頭が痛くなる。
あのやり取りがあったから、ユーミルにしてはシエスタちゃんの意図を素早く汲み取れたのだろうし……どうしてこう、間が悪いのか。
「おおよそ期待通りの反応、ありがとーございます」
「こいつは……! もういい! 次だ、次! 今度こそ上に行くぞ!」
「あ、おい! ユーミル!」
赤い顔のまま、ユーミルがさっさと休憩室を出ていく。
その後、201階層に進んだ俺たちは……。
「出発地点付近は……応答なしだな」
「あー。戦闘を避ける最後の望みが……」
「そうそう上手い話はあるまい! さあ、次だ! ここからは戦って進むぞ!」
三人と戦力外の二羽と共に、どうにか階層を進んでいく。
戦闘方針としては、回復二人だとどうしても攻撃力不足になるので、シエスタちゃんは攻撃魔法に専念。
俺はいつも通り回復・支援を、ユーミルがヘイトを引きつつ攻撃――といった役割分担だ。
この状態だと、もはや一戦一戦がボス戦に近い緊張感がある。
「実際、元ボスモンスターですしねー……はぁ、はぁ……」
「どうだ、ハインド?」
「ここ、大体フロアの中央付近だと思うんだが……うーん……」
少し様子を窺ってから、俺は黙って首を横に振った。
シエスタちゃんの表情が段々と薄くなってくる。
そしてどうにか202階層、203階層と進み……。
「ぜぇ、ぜぇ……」
「ハインド、回復アイテムがもうない! まずいぞ!」
「っていうか、そろそろ敵の増援が来そうな気がする!」
「何っ!?」
「リィズがいないから、確証はないけど! 感覚的に!」
「まずぅぅぅい!! 倒せ倒せ、早く倒せぇぇぇ! ――倒れろぉぉぉっ!」
205階層で、危険な状況に陥ってしまう。
運悪く、そろそろ撤退するかと話したところで接敵した形だ。
シエスタちゃんの顔は既に能面のようになり、単独で前衛を務めるユーミルの額には汗が浮いている。
そして、俺の嫌な予感を裏付けるように――
「うわ、来た!? 増援!」
「せんぱ……げほっ! ああ……もうだっ……もうだめ……」
「シエスタ、しっかりしろ! まだだ、まだ活路はある! はずだ! そうだろう、ハインド!」
「い、いや、無茶言うなよ!? ……ええい、こうなったら一か八かだ! エモートだ、ノクス! どうにかして、アニマリアを呼んでくれぇ!」
「マーネぇぇぇ……」
窮した俺たちは、後方に控える神獣たちに“呼び声”を上げることを指示。
困ったときの神頼み、という言葉もあるが……それだけ、絶望的な状況だ。
高階層なだけに、周囲に他のパーティの姿もない。
二体に囲まれ瀕死のユーミルに、WTが明けた回復魔法を必死に送り込む。
……使うか? 『サクリファイス』を。
あれを使えば、二人を生還させることは十分に可能だ。
自分が生還できないということを差し引いても、全滅するよりよほど――
「……?」
不意に、ユーミルが敵から距離を取って周囲を見回す。
更には、何故か天使が動きを止めたことで、俺とシエスタちゃんもようやく異常を察知して状況把握へと移る。
すると何かが駆ける大きな足音のようなものと、地面を伝う振動を感じ――
「――可愛い子どもたちの声がするわー!」
「「「!?」」」
その数秒後。
なんと近場の壁を突き破り、女神が瓦礫を散らしながら登場した。
角を額に具えた、毛並みの美しい白馬に乗って。




