塔と神獣
何度目かの周回を終え、やがて計測が完了した。
結果、リィズの計算に狂いなし。
「これで敵の増援タイミングをある程度、読むことができるようになるな」
「おお、そうか! それは凄いな!」
「リィズだけは、な。言っておくけど、俺には無理」
「む……」
実際には、配置パターンを読むのに階を上がって数戦闘は必要だそうだが。
……数十通りあるパターンを数戦闘で読めるだけでも、充分に凄い。
そんな芸当、俺には不可能だ。
「今夜の戦いからリィズが増援接近の警告を出してくれるから、それを聞いてしっかりペース管理……スキルのWT管理をやってくれよな。状況によっては、増援前にラッシュをかけて戦闘を終わらせるのも一つの手だ。そうやって上手く対応できれば、かなり戦闘が楽になるはず」
「えー」
確認作業は終了したものの、俺たちはまだ塔内200階層の休憩室にいる。
その休憩室の椅子に行儀悪く足を載せながら、ユーミルが不満そうに口を尖らせた。
「……何ですか?」
当然、リィズは不機嫌そうな顔でそれに応じる。
俺もユーミルが何に不満を持っているのか分からなかったので、疑問を乗せて視線を向ける。
「ハインドがリィズの言葉を聞いて、私に伝えればいいではないか!」
「何でそんな面倒なことを……」
「決まっている。私がこいつの指示に、従いたくないからだ!」
「おい」
「発信源が同じでも、ハインドが言い直すことで私の心に平穏が訪れる! 素晴らしい!」
「しょうもねえ!? 一分一秒を争う戦闘中に、わざわざそんなことできるか!」
そう言い出す可能性を少しだけ考慮して、わざわざ「警告」という表現を使ったのに……。
ユーミルの言葉を聞いたリィズは、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を左右に振った。
そしてこう切り返す。
「でしたら、こうしましょう。ユーミルさんは、私の警告を聞き流していただいて結構です」
「む……いいのか? 本当に聞き流すぞ?」
「ええ、構いません。あなたが私の警告を聞き流して戦闘不能にでもなってくだされば、私の心に平穏が訪れます。何と素晴らしい」
「貴様!?」
売り言葉に買い言葉……が、今のはユーミルが悪い。
――じゃれ合いの範疇だろうから、厳しい言葉をかけるつもりはないが。
こんなことを言い合っていても、いざ戦闘になれば互いの邪魔をすることは決してない。
それほど心配しなくても、きっと大丈夫なはずだ。
「悪魔か!? 私の言い分が大概だったのを差し引いても、あんまりではないか!?」
「失礼な。私は常に天使であろうと心がけていますよ?」
「どこがだ!?」
「ハインドさんの前だけは、ですが。ということで、ユーミルさん。先程のように言い直してくださいよ。さあ」
「そこで、天使か! とはならんぞ!? この悪魔め!」
だ、大丈夫……だよな?
いつまで経っても終わらない口喧嘩の応酬に、少しだけ不安になってきた。
「で、ノクスをこの場に連れてきた理由なんだが……」
メインでやるべきことが粗方終わったところで、今度はこちらの話だ。
俺が気になっていたことが何なのか、リィズはもう察しがついていたらしく……。
「アニマリアの件、ですね……」
「うん、それ」
「む? アニ……ああ、アレか! 行方不明になっている、動物たちの神様!」
アニマリア捜索に関しては、未だ運営サイドから何のヒントも提示されていない。
当然、塔内のどこかにいるとされるアニマリアはまだ未発見のままだ。
イベント後半になれば……と思っていた大多数のプレイヤーの期待は、空振りに終わっている。
「だったら、神獣そのものがヒントになるのでは? というのが、俺が行き着いた一つの考えになるわけだ。神獣を塔に連れてくれば、アニマリアの居場所を感知できるんじゃねえかなと」
「……なるほど。そうでしたか」
「ありそうな話だな! さすがハインド!」
二人はそれぞれ、俺の意見を否定することなく聞いてくれている。
それに多少の自信を得た俺は、手の上に乗せたノクスを二人の前に差し出した。
視線を受けたノクスは、不意に――何故か縦方向に体を縮ませて、力を溜めるように丸くなった。
それから縮んだ分だけ反発するような動きで羽と体を伸ばし、飛び立ってくるりと一回転を決める。
な、何事!?
「――誰だ!? ノクスに変な芸を仕込んだのは!」
器用に羽ばたきながら、ゆっくりと高度を落として俺の手の上に戻ってくるノクス。
明らかに、誰かの趣味が練り込まれた派手でアクロバティックな動きだ。
「あっ、あっ! 駄目ではないか、ノクス! それは大事な戦闘で勝ったときの決めポーズだろう!? 今の私の動きはノーカン、ノーカンだ!」
「お前かい!」
どうやら、ユーミルが俺を褒めた際に見せた拳を握る動作に反応したらしい。
勝利時の決めポーズなどと言っているが……。
「っていうか、お前がノクスに触れるようになったのって昨日だよな?」
「そうだが?」
そういえば、昨日のログアウト前……。
ユーミルは「ノクスと遊んでから帰る!」と言ってホームに残っていたな。
その時か……一夜で芸を覚えたノクスも、神獣らしく普通じゃないが。
「それでは、ご褒美の餌はやれんぞ!」
指で摘まんだ餌を顔の横で振り、ノクスが反応したところで遠ざける。
そんなユーミルの様子に、俺とリィズは視線を交わし合う。
「……ハインドさん。これは……」
「ああ。誰か共犯がいるな」
「!?」
芸が成功したら、餌をやって条件付けをする。
これをペットに詳しくないユーミルが、一人で考えついたとは思えない。
知識があって、ユーミルの要請を断らないであろう人物……。
止まり木の誰かという線もあるが、昨夜ホームに戻ったのは少し遅い時間だった。
子どもたちとおじいちゃん、おばあちゃんが主メンバーの彼らのログアウトは早い。
ということは、消去法で――
「セレーネさんだな」
「セッちゃんですね」
「即バレ!?」
困り顔でユーミルに協力する、セレーネさんの姿が目に浮かぶ。
そんなわけでユーミルとセレーネさんの手により、ノクスが決めポーズを覚えた。
……何の意味があるんだ、これ?
「話を戻すぞ。だから、今からやろうとしているのは――」
「ノクスにアニマリアを捜してもらおう大作戦だな!?」
「まあ、そうだ。これが正解なら、神獣の能力が露骨に下げられているのもかえって怪しい」
塔に神獣を連れてくるな、と言われているようなものだ。
そう言われると、むしろ逆らってみたくなるのもまた人情。
守りながら進んでやろうじゃないか、という反骨心が芽生えてくる。
「ただ……これって低階層では、もう試した人がいると思うんだよな」
アニマリアと神獣を結びつけて考えるのは、むしろ自然なことだ。
塔の攻略に熱心ではない時間に余裕のある層ほど、もう試行済みという可能性は高い。
「ハインドさんの予想では、アニマリアはイベント序盤で見つかる下層にはいないはず――でしたね?」
「イベントの盛り上がりを考えると、どうしてもな。その理論で行くと、最後のチェックポイントである200階層の少し上あたりが……」
「一番くさいと!」
ユーミルの言葉に頷きを返す。
とはいえ神獣の能力が下がっているのは厳然たる事実なので、進める階層には限界がある。
神獣はパーティの枠を一つ使うので、今回の仕様ではPT戦力を大きく削ぐことになってしまう。
「ま、推測に推測を重ねた、駄目元の試行だからさ。間違っていたら、笑ってやってくれ」
「そうだな! わっはっはっは!」
「――何で今笑ってんだよ!? ぶっ飛ばすぞ!」
間違っていたらって言っただろうが!
ユーミルの笑いに反比例するように、高まる頭痛に俺は思わず額を抑える。
「そういうときは、当たっていたら褒めろ! と、調子に乗るくらいがちょうどいいと私は思うぞ! そして当たったら、存分にドヤる!」
「つ、強い……! このポジティブ人間が!」
「褒めるな、褒めるな!」
「頭のネジが数本外れているようにしか思えませんが……」
「褒めるな、褒め……お前っ!?」
ユーミルがリィズに掴みかかる。
しかしながら、外れたときの保険ばかり考える人間とどちらがいいかといえば……。
断然、プラス思考の人間のほうが好ましいと思う。
羨ましいといえば羨ましいが、どうしてもそれを危なっかしいと感じてしまう自分がいる。
――まぁ、今更羨ましいと思ったところで自分の性格は変わらないか。
「はいはい、喧嘩はそこまでな。ということで、ノクス!」
一声かけると、腕からノクスが音もなく飛び立つ。
先頭に立つよう指示を出し、俺たちも武器を取って休憩室の出口へと向かう。
「そろそろ出発だ。夕飯の準備が間に合わなくなっちまう」
「うむ! ノクスは私が守ーる!」
「ハインドさん、戦闘は……?」
「うーん……210階層までなら、どうにか三人でも……倒しながら進んだほうが、天使に移動補正もかからないし安全だろう?」
何度も逃げて追い回されるような状態になったら、アニマリアの捜索どころではない。
もちろん昨夜、五人でギブアップすることになった211階層以降は危険だと思うが。
フルメンバーではないので、微増であっても敵ステータスが強化されると苦しい。
10階層の間に、アニマリアがいることを祈るのみ……である。
「そうですね。まずは戦ってみましょう。無理そうでしたら、改めて四人と一羽で来ればいい話ですし」
「ああ。それでも全然駄目だったら、切り替えて150階層付近を調べてみるのもありだしな。でも、そうだな……今はせっかく戦うんだし、リィズは増援読みの練習もしてみてくれ」
「分かりました」
「進め、進めー! 勇者のオーラはすぐそこだー!」
階段を上って201階層に出ると、俺たちはノクスを先頭に進み始めた。




