実地確認
ログインして向かう先はもちろん、塔の200階層。
それよりも下層で検証をしていた「趣味人」さんの数値が、上層でも適用できるかどうか。
理世が計測・計算した上層での補正値、それが正しいかどうかの確認ということになる。
前回ログアウトを実行したギルドホームの談話室に降り立った俺たちは、早速準備にとりかかる。
「最初は、天使の感知範囲から探っていこう」
「非戦闘状態のプレイヤーに対する感知範囲、それから……戦闘状態になっている地点への反応ですね?」
リィズの言葉に、杖を持ち直して頷く。
塔の増援の仕組みはややこしいのだが、簡単に説明すると……。
非アクティブ――つまり戦闘状態にない敵天使の中で、最も近いものが寄ってくるというものだ。
戦闘開始を感知すると範囲が徐々に拡大し、天使の感知範囲内に戦闘エリアが重なると移動開始となる。
「増援タイミングに波があることから、配置による運は絡むが……」
「敵配置の間隔には最低保障がありますからね」
「ああ。だから、運が悪いとき……最短の増援時間は割り出せるってことになるな」
その最短の増援時間を割り出すことが、今の目標ということになる。
俺は説明を終えると、ユーミルへと視線を向けた。
「きちんと聞いていたか? ……さっきからひたすらノクスを撫でまわしている、ユーミル」
「はふぅ……むおっ!? も、もちろんだ!」
「……」
「……」
こいつ……ようやくノクスに慣れてきたからって。
構い過ぎると、ストレスが溜まるし嫌われるぞ?
「ったく……もう一回、説明が必要か?」
「あ、そ、その……できればもう少し分かりやすく、だな?」
「……細かなことを全部省くと、そうだな。計算が済めば敵をどれくらいのペースで倒せばいいか――が、おおまかに分かるってことかな」
「おお!」
「201階の通常モンスター……小隊長を二体以上同時に相手するの、きついだろう? 一体ずつ倒せるペースを探ろうって話だ」
「そういうことか!」
ようやくユーミルの理解を得られたところで、俺とリィズもアイテム整理を終えた。
逃走用の『閃光玉』と『けむり玉』を多めに持ち、談話室のアイテムボックスを閉じる。
「じゃ、出発だ。ユーミル、ノクスを連れたままでいいから行くぞ」
ユーミルの分のアイテムを押し付けつつ、出入り口に向かうよう促す。
両手が使えるよう、ノクスは俺が一旦預かった。
「む? ノクスを籠に置いてこなくていいのか?」
肩にノクスの爪の感触と重みが加わる。
リィズも俺の言葉を不思議に思ったようで、帽子の位置を整えつつこちらを向いた。
「ハインドさん? 神獣は今回、アニマリア不在によって能力が大幅に低下するのでは……?」
ゲーム内の説明では、リィズが言った通りになっている。
ちなみに塔の外でも能力低下は適用される傍迷惑な状態であり、不満を抑えるためか神獣用の経験値アイテム『神獣の宝珠』がイベント開始時に配られた。
そんなわけで、今は普通のフクロウとそう変わらないノクスであるが……。
「少し気になることがあるんでな。三人PTで枠には余裕があるし、本格的な戦闘はしないから大丈夫だ」
「そうかそうか! ではノクス、私たちと一緒にいこーなー!」
上機嫌でノクスを肩に乗せ、立てかけておいた剣を手に歩き出すユーミル。
ノクスは落ち着きなく上下に動く肩の乗り心地に、若干居心地が悪そうだ。
背を向けているユーミルに対し、ノクスは首の可動範囲を活かしてこちらを切なそうに見てくる。
……すまん、ノクス。
もうちょっとだけ付き合ってやってくれ。
リィズの計算については、俺の理解が及ばない部分がある。
それによると、塔内の敵配置――特に距離においては一定の規則性があるらしい。
更には計算から得た仮説として、増援に駆け付ける速度を加味すると天使はプレイヤーが見ていない場所では「壁をすり抜けて移動」しているそうだ。
だから、ランダムマップ生成である塔においても増援速度の計算は可能……とのこと。
「ということで、最初に目視で二体が見える場所を探す」
「探す!」
リィズ、そして肩にノクスを乗せたままのユーミルと共に201階層に立つ。
先程までの複雑な説明に嫌気が差していたのだろう。
簡単な内容の指示に、ユーミルが大きく頷く。
「普通なら接敵を避けたい最悪のパターンだが、同時に敵が最短で増援に駆け付けやすい状態でもある。もし見つけた場合は間違っても、二体同時に視認されないように」
「されない!」
「塔内の衛兵は音に鈍いから、発見したら互いを呼び合おう。……ただし鈍いといっても限度はあるから、程々にな」
「程々の声で呼ぶ!」
塔の階層毎のスタート地点は当然ランダムだが、少し意地悪な設定がある。
必ずスタート地点の目の前に複数の進路が用意されており、その中の一つはユーミルに説明したパターン……。
つまり、複数の敵が近めに配置されている道が絶対に存在している。
いわゆるハズレルートというやつだ。
「いたぞ、ハインド! リィズ! 右通路に二体!」
忠告したにも関わらず、ユーミルが限界ギリギリの声で俺たちを呼ぶ。
能力が下がっているノクスは己の状態を察しているのか、一層落ち着かない様子で首をくるくる回して周囲を警戒している。
……本当、ごめんなノクス。
「一発でハズレを引くとは……いや、この場合は当たりだけど。リィズ、行こう」
「はい」
戦闘開始後の動きは簡単だ。
『塔の衛兵・小隊長』と戦闘状態に突入したら、計測開始。
敵の増援が到着するその瞬間まで耐えて、その後は撤退。
敵を倒す必要はなし。
「ユーミル、無理に反撃しなくていいからな! 防御、防御!」
「分かっている! そう何度も念押しせずとも――あ、こいつ! まだ私がハインドと話して……話して……」
後ろに意識を散らしながら戦うユーミルに、天使の攻撃は容赦がない。
やがてユーミルは奥歯を噛んで怒りの形相に転じると、長剣の柄を強く握り――
「邪魔だぁぁぁ! くだばれえええっ!!」
「何も分かってねえ!?」
剣身から、おびただしい魔力が放出される。
短気を起こして使った『バーストエッジ』により、天使は通路の奥に向かって吹き飛んだ。
普段は乗っているバフなし、デバフなしなのでダメージは残念なことになっているが。
「……ハインドさん。あのお馬鹿さんへのMP供給を断ちましょう」
「そ、そういうわけにも……MPがないと、挑発スキルも使えないじゃん……」
「ダメージ、しょっぱ!? しょっぱいぞ、ハインド!」
「当たり前だ! この阿呆!」
立ち上がりで、少々もたつきはしたが……。
ヘイト引きはユーミル、ノクスは俺の肩で戦闘には不参加という形だ。
……ノクスは先程ユーミルから俺の肩に移った瞬間から、沈み込むような姿勢で目を細めたままだ。
不思議と、肩にとまるノクスが普段よりもずっしりと重い気がする。
何というか、その……お疲れさん。
「ハインドさん。デバフ二種、適用完了です」
「おっしゃ、ナイス。あとは俺たちで何とかするから、引き続き計測は頼んだ」
「お任せを」
リィズは敵の攻撃力・魔力を下げるデバフのみを使った後は、計測に専念。
俺はユーミルにもしものことがないように、HP回復と防御関係の支援だ。
このとき、ユーミルの『騎士の名乗り』を超えるヘイト値を稼がないように注意が必要となる。
そして……
「……増援到着しました、ハインドさん。計測も問題ありません」
視界内のエネミーリストに敵がもう一体増えたところで、リィズが声を上げる。
倒そうとせずに耐える戦闘だったので、かなり長く感じたが……。
戦闘経過時間をチラ見してみると、普段通りに戦っていればすぐの時間だった。
人の時間間隔というものは、酷く曖昧なようだ。
「よし、撤退! ……ユーミル、撤退! 撤退だっての! ムキになるな!」
「ぬっ、ぐっ! きょ、今日はこれくらいで勘弁しておいてやる! 覚えていろ!」
「どこの小悪党ですか、あなたは……」
去り際に『けむり玉』を投じ、視界を塞ぎつつ来た道を戻っていく。
走って戦闘状態が解除されたら、次はフロアそのものからの脱出を図る。
塔から離脱し、塔の入り口に戻ったら……集合して、再度200階の休憩所へ。
そこから先は、今の作業を数度繰り返して数値を確認。
実際に計測した時間が誤差の範囲に収まっていれば、晴れて確認完了だ。
201階で塔からの離脱・そして再開、戦闘を繰り返していると……。
反復作業に飽きたユーミルが、段々と退屈そうな顔になってくる。
「なぁ、ハインド……」
「一気に終わらせる方法ならないぞ。同フロア内で、逃走を繰り返して測るのは一番駄目なやり方だ」
「完璧に言おうとしたことを先読みされた!?」
ユーミルが俺の言葉にショックを受ける。
何年一緒にいると思っているんだ……お前が言い出しそうなことくらい、分かるっての。
今は、200階層の休憩所に戻ってきたタイミングだ。
「しかし……一々塔から離脱せずに計測・逃走を繰り返すのは、どうして駄目なのだ? 増援までの時間は、それまでと同じように測れると思うのだが……天使の配置がズレるからか?」
「いや、プレイヤーを逃した天使は元の位置に戻るらしいから、配置という点では大丈夫だ。っていうか、逃走を繰り返した場合に付くペナルティって、今のイベントでは基礎知識なんだけど……知らない?」
「そうなのか? いつもみんなで倒しながら進んでいるから、どうなるのか知らん!」
基本的にユーミルという人間は「逃走」という択を持ち合わせていない。
俺が「逃げよう」と言えば従ってくれるが……。
指揮権がユーミルにあれば、大抵の戦いで最後までそのまま戦ってしまうだろう。
だからこその、この理解度の低さだ。
「はぁぁぁー……」
「溜め息を吐くなぁぁぁ! 貴様に言っていないだろう!?」
リィズの心底から、といった長い長い溜め息にユーミルが怒りだす。
……あ、そうだ。
「実は、それ関連でお前に見せようと思って動画を用意していたんだった。昨夜はあの通りだったから、機会を逸していたんだけど……」
「む?」
「今更だけど、見るか? ゲーム内にデータを落としてあるから、すぐに出せるぞ」
「見る!」
俺の肩からノクスを掻っ攫って癒されながら、ユーミルが肯定の返事を短く発する。
本当は、上層に辿り着いた段階で見せようと思っていたものだ。
階層に溢れる通常戦闘の天使があまりに強敵ならば、逃走の機会もあるかと思って準備していたのだが……。
昨夜は、料理バフの残り効果時間に追われるように進んでしまったからな。
「リィズ、悪いけど少しだけ待っていてくれな。短い動画だから」
「構いませんが……ハインドさん。動画というのは、どのような……?」
「……見れば分かる」
俺はそう言い残すと、ゲーム内に持ち込んだ動画ファイルを再生した。
空中投影された映像の枠を広げ、二人に見えるサイズにして固定する。
「……む? これは……塔の中のようだが……」
「主観カメラ、というやつですね。VR内で自分が見たものを、そのまま動画に残せるというものです」
「ほう」
場所は塔の中層、150階付近。
撮っている本人の姿は映らず、精々が腕や体の一部といったところ。
時折映る武器からして、撮っているのはおそらく軽戦士だろう。
そして戦闘に突入するパーティだったが、徐々に回復が立ちいかなくなり……。
「まずいぞ、こいつら。完全に弱腰で――あっ!」
「一斉に逃げ始めましたね……」
「……」
リィズは薄々、俺が見せている動画の「末路」を察し始めているようだった。
消極的になったパーティは『塔の衛兵』たちから逃げに逃げ、それでもどうにか上に向かう階段を探そうとフロア内を走り回る。
主観カメラの主の息遣いもどんどん荒く、恐怖と緊張を含んだものになってくる。
やがて、どうにか階段を見つけ……主観カメラの人物が、喜色を含んだ声を仲間にかけた――次の瞬間。
「捕まった!?」
不意に、カメラが反転。
光の塊に腕を掴まれ、カメラの主は転倒。
一瞬横に視界が移動すると、そこには同じように天使に掴まるパーティメンバーたちの姿が。
その先については……もはや、言わずもがなである。
「ぬおおおっ!? 酷い! 酷いぞ! あんなに何体も寄って集って刺して!? 悪魔か、あいつらは!」
「天使だけどな」
「あ、そ、そうか!? 天使か、あいつらは!」
「落ち着け。ただの事実確認になってる」
そもそも、昔から神話などでは天使と悪魔……どっこいの残虐性を持っている気がする。
むしろ神様サイドのほうが、罰などが厳しい場合もあるような?
――と、それはいいとして。
「これで分かっただろう? 逃走を繰り返すと、ペナルティで天使の感知範囲と速度にプラス補正がかかっていく。結果、敵もどんどん集まってくる。だから逃走を重ねた、このパーティは……」
カメラは暗転する直前、階段の先を恨めしそうに見つめていた。
そんなに上に行きたかったのか……不憫な。
最期に震えながら伸ばされた手がその印象を尚更、強いものにしている。
動画を見終わったユーミルは、若干開いてしまっていた口を閉じると、その場で小さく震えた。
「うぐ……とんだホラー映像だったのだが……なんてものを見せるのだ、ハインド! 悪趣味だぞ!」
「あ、いや、俺も趣味がいいものとは思わなかったんだけど……お前にはこれくらいの映像のほうが、一発で薬として効くかなと。実際、効いただろう?」
「そ、それはそうかもしれないが!」
追われて逃げ回る映像が趣味に合わなかったのか、ユーミルは渋い顔だ。
しかし、それも持ち前の切り換えの早さですぐに振り払う。
「と、とにかく、理解はできた! 逃走を繰り返して測るのは、なしだな! なし!」
「ああ。天使の速度が上がっちゃうから、戦って倒しながら進む際の参考にならないんだよ。速度上昇率の計算が、また複雑らしくてなぁ……補正される倍率にランダム性があって――」
「そこは詳しく説明されても分からんから、しなくていいぞ! 要は、色々あって最終的に逃げ切れなくなる、ということでいいのだな!」
「うん、まぁ、そこだけ押さえてくれればいいさ。だから面倒でも、逃走ペナルティがリセットされる塔からの離脱は必須なわけだ」
手間はかかるが、この方法が一番確実で安全だ。
昨夜、戦闘前の相談中にも触れたように、全滅して失われる時間のほうが大きい。
「……それにしても、あの戦闘神。穏やかな顔して、戦いを避ける臆病者は嫌いということか! 性格面では、しっかりと戦いの神をしているな!」
「へ? ……あー、そうか。ゲーム世界内の理屈で考えると、確かにそうなるのかもなぁ」
「だろう!?」
単に攻略難度を引き上げるためと考えていた俺は、ユーミルの言葉にはっとさせられた。
そういうゲームの世界観にしっかりと浸った上での言葉、いいよな。
システム的にどうの、難易度的にどうのというよりも、ずっと真っ直ぐにゲームを楽しんでいる感じがする。
「……」
「そしてリィズ! 貴様、何で今の映像を見て薄く笑っていたのだ!? 天使どもよりずっと怖いぞ!」
「笑っていません。気のせいです」
「嘘だ!? 私の目は誤魔化せんぞ! ……ハインド、ハインド! 笑っていたよな!?」
騒がしく確認してくるユーミルに、黙って顔を背けるリィズ。
そんな二人を尻目に、ノクスが俺の肩の上でのんびりと羽を広げていた。




